『昔のオンナ』「ち、ち、ちが・・・違うって、ボクはそんなんじゃなくって・・・その・・・!」 単純に一言否定だけすれば良いものを、何度も声が裏返る。 「あら。そうなの? ・・・じゃ、そういうことにしておいてもいいけど・・・」 単にからかわれただけなのだろうか。 リンは愉しげな表情で笑いを堪えている。 「そういうことも何も・・・時々成り行きとかで一緒に冒険することもあるけど、時々敵にもなっちゃうし・・・ 今回は、世にも珍しくボク自身が仕事の依頼人・・・って立場なんだけど・・・」 アルル自身雇われた身ではあるが、彼を用心棒として個別に雇ったのは彼女であるのだから、一応は表現に誤りはない。 「ふぅん。つまりは、少なからず色んな意味で縁がある・・・って感じの関係なのかしらねぇ・・・」 黒髪に指を絡ませ、考え込むような仕草を見せる。 「あのっ、お姉さ・・・えっと、リンさんは・・・」 「そのまま『リン』でいいわよ」 「じ、じゃあ、リンは・・・その、シェゾの昔の女・・・って、こと・・・なの?」 勢いに任せて単刀直入に切り出してはみたものの、それだけの言葉を発するだけの間に、顔の色が赤く変わってしまったことが 自分でもはっきりとわかる。 「 ―――――― そう・・・そうなら、面白いんだけどね」 一瞬、肯定されたかのような気がして、アルルは自らの心音が跳ね上がるのを感じた。 「うーん・・・私は、シェゾの昔のパートナー・・・ってとこね」 「 ――――― パートナー・・・」 意図せずに復唱してしまう。 「そう、パートナー。もしかして・・・安心した?」 その一言と悪戯染みた視線に、アルルは更に顔を高潮させる。 彼に、パートナーと呼べる存在があったことは、意外過ぎることだった。 単独での行動を好む彼ではあったが、状況次第では成り行きや打算で知人とのパーティーを組むことは珍しくなかったし、 仕事先で行きずりの冒険者と一度限りの仕事をすることも時々はあっただろう。 だが、常に行動を共にする『相棒』的存在となると話は別だ。 目前の彼女の年齢は未だ判りかねたが、彼らのその関係が成り立っていたのは、 彼がこの地域で腰を据えていた5年以上前のことであるはずだから、当然彼女は今よりもその年月分だけ若かったはずである。 もしも見たままの年齢だとすると、今のアルルよりも『幼い』可能性だってありえるだろう。 それほどまでに、彼女の実力が認められていたのか。 それとも当時の彼にとって、彼女の存在自体に意味があったのか ――――― 「なんか・・・ちょっとだけ羨ましいかも」 素直な感想であった。 「想像してるほど良いものじゃないわよ」 そう言って笑う。 「・・・アルルも魔導師なんでしょ」 「うん。その・・・まだタマゴ、なんだけど・・・」 あまり大威張りで言えるものではない。 「すごいじゃない。私は全然ダメ。シェゾとあれだけ長く過ごしていたくせに、何一つ魔法を覚えられなかったんですもの」 確かに彼女から魔導を操る者独特の雰囲気は感じなかった。 だが、なぜだか魔導と全く無縁な存在ではないような感覚を僅かながらに感じなくもない。 「ま、シェゾの方に本気で魔法を教えるつもりがなかった・・・ってことなのかもしれないけど」 『本気で教えるつもりがなかった』ということは、戯れ程度にでも教えるような素振りは見せていたということか。 「もしかして・・・リンって、シェゾの弟子とか何かだった・・・の?」 彼女の黒衣の意味がそこにあるかもしれない・・・との考えからの問い。 「いいえ、そんな関係も面白そうだけどね」 あっさりと否定されてしまう。 「じゃあ・・・」 単なる興味本位だったのか、それとも別の感情が起因しているのか、 アルルは目前の女性と彼のことについて、もっと詳しく知りたくなった。 だが、それをどのように聞き出すのが良いものか、僅かに逡巡してしまう。 「そうね、確かに私とシェゾとの関係は・・・他人には理解できないものなのかもしれない」 そんなアルルの意図を知ってか知らずか、リンは遠い目をしながらそう呟く。 「もしも・・・まだ時間があるなら、私の昔話を聞いてもらえないかしら」 冷たい雨が全てを洗い流す。 体中にこびり付いた泥も自らの血も、そして命の炎すらも ――――― 何故自分がこんな場所に倒れているのか、そして何故自らに死という脅威が迫りつつあるのか、 全く覚えていなかったし理解もしていない。 ただ、体はひたすらに冷たくて、やがて痛みさえも感じなくなっていく。 もう ――――― 死んでしまったのかもしれない。 自分自身のことだというのに、そんな感覚に囚われてしまう。 「 ――――― 」 人の気配を感じた。 正確には、雨を弾く靴の音が聞こえたというべきか。 死の淵で、もがくことすら忘れかけたこのような状態で、果たしてそんな音が聞こえるものだろうかと耳を疑った。 その音は、辛うじて自分が『まだ生きている』ことを知らせてくれた。 「・・・・・・」 男の靴のようだった。 見えるのは、雨を弾き上げるその靴と足元のみ。 夜の闇のように黒い靴が目前に迫った時、雨に混じって僅かに鼻腔を擽る臭いの存在に気が付いた。 ――――― 血の臭い。 大分雨に流されてはいたものの、それは間違いなく血の匂いであった。 「・・・・・・」 辛うじて首を擡げ、男の姿に視線を向ける。 その男自身は恐らく怪我はしていない。 身に纏っている黒衣を濡らすのは、これまで他者に流れていたはずの命。 感覚的に、他人の命を糧にしている存在なのだと理解できた。 例え雨に濡れようとも、その血の痕を消し去ることはできやしない。 ( ――――― 殺される) そう思った。 ――――― そうは思ったが、だから何だというのだろう。 どうせ、既に死にかけている身。 寧ろ、この場で楽になれるのならばそれでいい ――――― 男が足を止めた。 声を発するでもなく、その場に動かない。 既に消えかけた命の灯火の値踏みでもしているのだろうか。 時間にしてほんの一瞬のことだったのかもしれないが、それは限りなく長い時間だったように思われた。 (早く・・・早く、私を楽にして ――――― ) 心の声でそう叫んだその瞬間のことである。 「 ――――― !」 雨に濡れ、鉛のように重くなっていた筈の体が宙に浮く。 突然のことに、反射的に体を強張らせようとしたのだろうが、体自体がその反射についてこない。 「・・・・・・?」 視界の隅に、銀色の滴が映りこむ。 それが、その男の雨に濡れた髪の毛だと気が付いた時には、自らの体は軽々と彼に抱きかかえられてしまっていた。 (私を・・・殺さないの?) その問いは、決して言葉にはならなかった。 彼の腕の中は、雨に濡れて凍えそうに冷たい場所ではあったが、それでも限りなく暖かく感じた。 決して安心したわけでも安らぎを感じたわけでもない。 依然、そこには死の香りが付き纏っていることに変わりはない。 ――――― それでも、彼女はそのまま眠りに落ちた。 「宿屋の主人にね、相当からかわれたらしいわよ」 笑いを堪えながらリンが言う。 「こんなカワイコちゃんを連れてくるなんて・・・一体どんな心境の変化だ・・・って」 彼はその宿には長期滞在していたらしく、そこに連れ帰るしかなかったのだろう。 「連れて来たのはいいけれど、結局怪我と体力が回復するまで世話をしたのはアタシだった・・・って、大分経ってから女将さんが 笑って言ってたわ」 アルル自身、彼が時折見せる気まぐれな優しさを知っている。 知ってはいるが、それが万人に向けられているわけでないことも当然知っている。 「怪我・・・そんなに酷かったの?」 「大半はシェゾが魔法で直してくれたみたいだから、どっちかというと体力回復に時間がかかったのかもね。 その後、熱も出たみたいだし・・・」 相変わらずの表情で彼女は話を続ける。 「その内元気になって、動き回れるようになっても、シェゾは追い出そうともしなかったし『出てけ』とも言わなかった・・・ だからなんとなく、そのまま一緒に宿にいたんだけれど・・・シェゾがいつものように 一人で外出した時、こっそりとついて行ったことがあるの」 「・・・どこに?」 思わず、話の先を促してしまう。 「その時は、良くわからなかったんだけど・・・裏の仕事っていうのか、あまり人様には言えない仕事だったみたいね。 私を見つけた時は、それまで見た事ないくらいの驚きようだったわ」 「怖く、なかった?」 「怖く? ・・・って、シェゾが? それはなかったわ。別の意味では怖い思いをしたけれど」 「別の意味?」 「まあ、成り行きというか、剣士、魔法使い入り乱れての大騒動になっちゃってね。その時・・・私はまた、シェゾに 助けられた」 恐らく、もしその場に居合わせたのが自分であっても彼は助けてくれただろう。 そうは思ってみるものの、なぜ彼女の言葉を聞く度に、話の中の過去の彼女と自分とを比較したくなってしまうのだろうか。 「その時に初めて、シェゾが今まで宿で名乗っていた名前が偽名で、その本名がシェゾ・ウィグィィであること・・・そして、 その正体が闇の魔導師であること・・・を知ったってわけ」 自分に限らず、その他の見知った面々の前で彼が偽名を使ったことは、アルルの記憶の限りでは一度たりとも存在しない。 確かに、旅先等で何らかの仕事を請け負う際にどうしているかまでは知りようがなかったし、言われてみると彼が 積極的にフルネームを名乗ること自体それ程多くはないような気もした。 アルルは、思わずその疑問を口にしてみる。 「そうね・・・アルルが今住んでいる街がどんなところなのかは良くわからないけれど、この辺の街は『魔』とか『闇』とか・・・ そういう存在にすごく敏感だから・・・」 言われてみたら確かにそう。 市場では、他の街では人間と友好的に暮らしているはずの魔物の姿はもちろん、見た目は人間とはそれ程変わらない 亜人の姿も見かけられなかった。 「私も、良くはわからないけれど・・・ここに限らず、そういう土地は多い・・・って聞くわ」 一瞬だけ遠い目をして、リンは呟くようにそう続ける。 「えっと・・・それで、リンはその後どうしたの?」 話の先を聞きたいような聞きたくないような、そんな気持ちでアルルは問いを発する。 噎せ返るような血の臭い。 まだ記憶の新しいところで嗅いだことのあるはずの匂いではあったが、その時とは立場も状況も違う。 「 ――――― お前っ!」 その場での『事』が落ち着くなり、細身の長剣を染める命の証であったはずの赤い色彩を振り払いながら、彼は振り向いた。 「何故こんなところにいる!!」 「 ――――― 」 何故と問われても、答えは簡単には出てこない。 彼がどこで何をしているのかが気になって、彼の少しでも側に居たかっただけで、彼の ――――― 「今度こそ、死にたいのか!」 先刻よりも低い声。 ――――― 怒っている。 それまで、彼が他人に対してまともに感情を見せるようなことはなく、彼の新たな一面を垣間見たようで、それはそれで 新鮮な驚きではあったのだが、そんなことを考えているほど悠長な場ではない。 「何だ・・・? そいつは」 不意に声がかかる。 恐らくは、今回の彼の仕事仲間とでも言うべき存在なのだろう。 それ程親しくしているようにも感じられなかったが、少なくともこの場においての敵意だけは感じられない。 「 ――――― !!」 興味本位にか、男は血に塗れた手を伸ばして触れようとしてくる。 反射的に、大きく身を竦めてしまったその時のことであった。 「・・・触るな」 「・・・・・・?」 男は手を止めた。 「何だ、まさかお前さんの『女』ってことはないだろう?」 あまり品の良いとは思えない口調で言いながら、まずは鼻で笑い、そのまま続けて豪快に笑う。 「そうだな・・・俺の ――――― パートナーってことにでもしておくか」 口元に笑みを浮かべ涼しげにそう言いやると、男を押し退けるようにして、今度は彼の方が手を伸ばす。 震えたままの体に手が触れた。 「・・・文句は、ないな?」 仕事仲間の男に告げた一言なのか、それとも自分へと向けられたものだったのか・・・ 彼がそう言い放つのと同時に、そのまま有無を言わさず腕の中に抱きすくめられた。 「だから・・・『パートナー』だなんて、言葉の上だけ・・・なんだけどね」 屈託なく笑う彼女を、アルルは直視する。 目を背けてしまいたい感情もないわけではない。 ――――― いや、なぜそんな感情を抱く必要があるというのだろう ――――― ? 彼の昔話を聞いている ――――― ただそれだけのことなのに。 今更、過去の出来事から目を背けたことで、何かが変わるはずもないというのに ――――― あとがき・・・ 前後編くらいで終わるかな・・・と思っていたのですが、中編を入れることになっちゃいました。 話の長さ的には、2つでも良かったんですけどね。区切りたいところが真中にならなかったもので(笑) えー、タイトルからして、『どうよ』って感じですが、あじは生粋のシェアル派です。 それだけは宣言しておきます!(爆) 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |