『昔のオンナ』依頼を受けたのは、恐らくただの成り行き。 仕事自体は、比較的単純な仕事。 ただ、問題だったのは・・・目的地への道程に、その土地固有の鉱物のせいで魔導力が極端に制限されてしまう森があって、 低級な魔物が巣くっているということ。 用心棒を雇うための必要経費は依頼主が負担してくれるって話だったから、最初は向こうで調達する予定だったのだけれど、 途中の街で偶然出会った見知った『彼』を半ば強引に道連れに。 興味なさげにではあるが渋々の承諾を取り付け、改めて出立しようとした矢先、不意に彼が行き先を問う。 「・・・その街へは、正直行きたくはないんだがな」 彼の呟きは耳に入っていたけれど、いつものことだと聞かないフリ。 それがどういう意味だったのか、その時のボクは全く考えていなかった ――――― 街行く人の楽しげな声が響く。 市場に集まる人々の明るい笑顔。 抜けるような青空は街の雰囲気と相まって非常に心地良い。 天気が上々な分それなりに気温は高いため、あとは爽やかな風でも吹けば更に爽快感は増すのだろうが、 さすがにそこまで贅沢はいってられない。 目的地の街には無事に着いたものの、依頼された届け物は未だアルルの手元にあった。 古代の歴史書であるらしかったが、彼女には全く読むことは出来ない。 保存状態が悪かったためか破損の激しいその文献は、僅かな魔力で作り出した薄い膜の中に包まれている。 通常ならば、簡単に破れるようなことはない魔力の膜も、魔導力が制限される土地を通過する際は例外で、 一定以上の魔力を持つ者が、常にそれを身に付けることによって魔力を供給し続ける必要があった。 そのため、彼女がこの仕事を任されたわけであるが、その問題の森は何事もなく通過し、あとはこの街に住まう 文献研究の第一人者の元に届けるのみである。 ――――― ところが、届け先は留守。 直接手渡すことが条件の仕事であった以上、そのままこの街で足止めとなってしまった・・・というわけだ。 「まあ、明日の朝には戻ってくる・・・って話だから、また出直せばいいよね」 往路は歴史書を保護する魔力への影響を考え転移魔法は一切使わなかったが、復路については話は別である。 届け物さえ相手に渡すことが出来たのなら、彼らはその日の内に転移魔法で元いた街に戻ることができたはずなのだ。 「・・・例の森は無事に抜けたんだ。もう俺の用は済んだわけじゃないのか?」 「ダメ! 帰り道にもう一度森を抜けなくちゃならないんだから。前にも言ったじゃないか!」 まだ陽は高い。 確かに、予定もなくここで時間を過ごすのは無駄以外の何物でもないわけであるから、彼が不機嫌になるのも わからなくもない。 「とりあえず、どこかに宿をとって・・・ボクは買い物でもしようかなぁ」 これだけ活気のある街だ。何か掘り出し物が見つかるかもしれない。 「ところでさ、キミ・・・なんでそんなカッコしてるの?」 アルルの疑問も無理からぬもの。 あくまでも今回の彼の仕事は『剣士』としてのもののため、当然それ相応の服装はしていた。 魔導師風のローブではなく、簡素な防具に黒を基調とした活動的な服。 このスタイル自体は、普段から彼が好むので比較的見慣れたものではある。 一方、腰に下げているのは見慣れない剣。 魔導力が制限される状態で剣が必要とされるのが予めわかりきっていたため、 『闇の剣』は最初から使うつもりはなかったのだろう。 自ら『戦利品』だと称したその剣は、どういう意味での戦利品なのかは判りかねたが、それについては特に問題はない。 彼女の視線は彼の身に付けている服でも腰に下げている剣でもない。 彼 ―――――― シェゾ・ウィグィィは、 どこで調達したのかフードの付いたマントを頭から被り、その内側の服の襟も大袈裟に立てて口元を隠している。 この天気の中、それだけ厚着をしていれば不機嫌になるのも当然といえば当然なのだろうが、問題はそこではない。 「・・・もしかして、キミ・・・この街でなんか悪事でもやらかしたの?」 どう見ても顔を隠しているようにしか見えないのだ。 見ようによっては、更に不審人物度が上がったように見えなくもない。 出発前に呟いていた彼の言葉が不意に思い起こされた。 だから先刻から、早々に街を立ち去りたいかのような仕草を見せるのかもしれない。 あまりにも何度も同じ問いをぶつけてくるためか、観念したように彼は重い口を開く。 「この近くの街に居を構えていたことがある。5年ほど前の話だ」 「ふうん・・・それで?」 彼の話をまとめると ――――― 全くの例外がなかったわけでもないのだろうが、基本的に彼は一つの地に根を下ろす期間を最大でも5年程度と 決めているらしい。 そして、一旦根を下ろした地にはその後、極力近寄らないようにしている・・・と。 闇の魔導に手を染め、老いることない体となってしまった者の『自衛』の一つなのだと彼は言う。 「うーん・・・なるほどね。確かに、何年経っても若いままでいたらアヤシイよねぇ」 相槌程度にそう返す。 「でもさ、そんなことし続けてたら、その内に行ける街とかなくなっちゃうんじゃないの?」 ある意味、当然の疑問だろう。 「よほどのことがない限り、短期間しか滞在していない場所ならそれほど気にしちゃいねーよ」 『よほどのこと』とは、具体的にどんなことなのか気にはなったが、あえてそれは聞かないでおくことにした。 「そっか・・・でも、ここみたく、他にも長くいた場所って幾つもあるんでしょ?」 「まあな。だが、15年か20年か・・・それ以上の時間を置けばそれ程気にはしない。 まさか同じ人物が再び同じ姿で現れたと本気で思う奴もいないだろうからな」 仮に、昔の彼を知っている人物に出会ったとしても、『昔の知人に良く似た人』で納得してしまうのだろう。 「なるほどね・・・悪事したわけじゃないんだ」 「・・・・・・」 軽く睨まれるが、アルルは全く気にしない。 日常会話の範疇である。 「それに ――――― 不用意に、昔いた街に戻ると、聞きたくない話を聞くこともあるからな・・・」 誰に言うとでもなく呟いた一言。 「聞きたくない・・・話?」 アルルの問いに、シェゾはそのまま答えなかった。 『聞きたくない話』というくらいだから、『言いたくもない話』なのだろうということは容易に想像がついた。 彼の言う『街』が、この街からどの程度離れた場所を指しているのかはわからなかったし、今手に入れただけの情報で、 その『街』で何らかの『事件』が起きたのか否かを判断することはできなかった。 だが、彼には彼の事情があるわけで、アルルは それ以上の詮索や無理強いはやめることにした。 宿に着くなり部屋に篭ってしまった彼を置いて、アルルは市場へと足を向けた。 特に買出しの必要があるわけでもないが、先刻通り抜けてきたばかりの大通りに並ぶ沢山の賑やかな商店や露店を、 まずは一通り見学してまわる。 どこの街でもありがちな市場の風景ではあったが、良く見ると露店には手工の小物や装飾品が多く並んでいる。 材質は木製だったり金属だったり陶器や布だったり・・・そして製法についても、その特徴は一貫していなかったが、 恐らくはこの街が昔から工芸全般で栄えた土地だということなのだろう。 中には手頃な価格のアクセサリーの店もあるようなので、土産に幾つか購入しようかと考えていたその時であった。 「ねぇ、そこのあなた」 雑踏の中、そう呼ぶ声がする。 「 ――――― ?」 無意識に振り向いてはみたが、特に視線を巡らせることもなく再びそのまま歩き始める。 「ねぇ・・・青いスカートのあなたよ。今、振り向いたでしょ?」 更にかけられる声。 確かに自分のスカートは青いし、確かに一瞬だけだが振り向いた。 怪訝に思いつつも、アルルはもう一度振り向いてみた。 「・・・やっと見つけた。途中で見失った時はどうしようかと思っちゃった」 賑やかな市場通りの中央にまるで突然現れたかのようなその声の主は、アルルが思わず見とれてしまうような 美しい黒髪と神秘的な瞳を持った女性であった。 「あの・・・ボクに、何か用?」 「もちろん。用があるから呼び止めたのよ」 「でもボク・・・お姉さんのこと、知らないよ・・・?」 この街に入ってから出会った人なのだろうか、それとも旅の途上や前の旅で縁のあった人なのか。 親しげに声をかけてくる以上、全くの他人というわけではないような気がしたが、アルルの中に彼女の記憶は全くない。 これだけ印象深い女性であるならば、忘れるはずはないと思うのに ――――― 「そりゃそうでしょ。私だって、あなたの事・・・全然知らないもの」 あっさり過ぎるくらい軽い口調でそう返す。 「だってよく考えてもみなさいよ。私があなたのことを知っているんなら、回りくどく呼びかけたりしないでちゃんと名前で呼び 止めるはずでしょ?」 「あ・・・そっか・・・」 少し考えれば気が付きそうなことではあったが、完全に失念していた。 「見た目に反して、意外と凄腕の冒険者なのかも・・・って思ったんだけど、そうでもない・・・のかしら」 小声の呟きはアルルにも聞こえてはいた。 失礼なことだと憤慨はしてみたが、生憎それを否定するだけの自信は持ち合わせてはいない。 「・・・で、ボクに用って、何?」 アルル自身、特に急いでいるわけではないが、このままでは一向に話が進まない。 この女性の意図するところも多分に気になるところでもある。 「そうね・・・こんなところで立ち話もなんだから、どこかでお茶でも飲みながら話さない?」 断ることはできたし、そうしても誰に咎められるものでもないだろう。 だが、アルルは彼女のその強引さが決して不快には感じなかった。 時間を持て余している彼女に、その誘いを断る理由は何一つなかったのである。 彼女の案内のままについていくと、市場の大通りから少しだけ入った小路沿いに、小さなガーデンカフェが現れた。 石造りの低い塀に囲まれたその箱庭は古めかしい造りのものではあったが、それはそれで趣のある空間で、まるで辺りの空気とは 別の時間が流れているかのようだった。 席につくなり、彼女はミルクティーを頼む。 慌ててアルルも同じ物を注文した。 「あら。ごめんなさい。いつも同じ物を頼んでいるものだから・・・ここ、他のものも美味しいらしいわよ」 「そうなんだ。でもいいよ。ミルクティーだってきっと美味しいんでしょ?」 旧知の友にそうするように微笑みかける。 「へぇ・・・なるほど。そういう意外性もある・・・ってことか」 またも独り言。 「・・・・・・」 アルルは、改めて目前に座るその女性を観察してみる。 自分より若干短めと思われる黒の髪はまるで絹のようにしなやかで、とにかく印象的である。 その髪の色と同じ黒衣を身に纏ってはいるが、普段から見慣れたはずのそれとは違い、比較的柔らかな生地を使っているのか 無粋な印象は全く感じない。 黒一色の装束ではあるが、唯一色彩を放っているのが襟元の赤いチョーカー。 そしてチョーカーに付けられた年代物と思われる金細工のチャーム。 黒髪と同じく印象深かった金の瞳は、そのチャームよりも、 そして自らのそれよりも明るい色を放ち、まるで宝石のようでもある。 ただの街娘という雰囲気ではないが、いわゆる軽装であることから、 地元の冒険者かこの街に腰を据えている旅人なのかもしれない。 腰に剣などは下げていないから恐らく剣士ではないだろう。 懐剣やナイフ程度ならどこかに隠し持っているのかもしれないが、専業の剣士であるならばよほどの理由がない限り それを持たずに歩き回ることなどありえない。 小柄で華奢な体つきを考えても、それは間違いないだろう。 かといって、魔法を使う者独特の雰囲気もあまり感じられない。 年齢は ――――― 二十歳そこそこくらいであろうか。 醸し出す雰囲気だけ考えると、もっと年上のような気もするし、言動や仕草だけ見ていると、もっと自分に近い年齢のような 気もしてくる。 「・・・何?」 食い入るように見つめてしまっていたのだろうか。 思わず視線があってしまった。 「え・・・いや、その・・・ごめんなさい」 とりあえず謝ってみる。 「あら、気にしなくてもいいわよ。見つめられるのには慣れてるの」 冗談交じりの口調でそう返してきた。 「 ――――― さて・・・と。じゃ、そろそろ本題に入りましょうか」 運ばれてきたミルクティーを一口だけ運び、しなやかな足を組み換えてから改まったかのように向き直る。 「単刀直入に聞くわね。あなたと一緒に来た男 ――――― もしかして、シェゾ・ウィグィィでしょ」 「 ――――― !!」 それは事実であるのだから別に驚くことではない。 そして彼自身この近辺の街に長く腰を据えたことがある以上、彼のことを知る者が存在するのは当然のこと。 だが、改まってそう問われると返答に窮してしまう。 彼の『職業』を考えると、どこでどのような恨みを買っているとも限らない。 その首に賞金がかかっていても不自然ではないだろう。 「え・・・あの、そのぉ・・・」 先刻視線があってバツの悪い思いをした時の比ではなく狼狽するアルルを見て、目前の女性は我が意得たりと微笑んだ。 「へぇ。つまり・・・シェゾは、偽名を使っているってわけでもないし、あなた自身も彼が何者であるか・・・って事を知ってるって ことみたいね」 全てはお見通しだったようだ。 「そんなに慌てなくても大丈夫よ。私は敵討ちでもなければ賞金稼ぎでもないから」 そう言って、鈴が転がるような声で笑う。 「じ、じゃあ・・・お姉さんって・・・」 当然のことながら、浮上する疑問。 この女性は、一体何者なのか ――――― 「あ、自己紹介・・・してなかったわね。私は、リンっていうの。で、あなたは?」 「ボク・・・アルル。アルル・ナジャ」 思わず即答してしまう。 「そう、アルル・・・ステキな名前ね」 リンと名乗った彼女は再度微笑む。 「 ――――― で・・・アルルは、今のシェゾの女・・・ってところなわけ?」 あとがき・・・ シェゾの過去話を書いてみたいとは思いつつ、『そうするとアルルが出てこないじゃないか!』という 根本的な問題にぶち当たり・・・ そんなわけで、こういう形で書き始めてみましたが・・・ 短編の予定だったんですけど、長くなっちゃいました・・・(汗) 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |