『闇が 光を 照らす時』






第七話 『そして、陽は昇る』



「ボク・・・無事だよ。シェゾのおかげだよ・・・ だから、良かっ・・・」

 言葉の途中でアルルは、突如その意識を手放してしまったかのように崩れ落ちる。

「・・・アル・・・?」
「心配ない。あんな強烈な力を放った後だ。普通にしていられる方が どうかしている」

 突然のことに、アルルの身体を揺り動かそうとしたシェゾを制すように、 ジェイクは声をかける。

「ただの疲労だろう。一晩眠れば元通りだ。それに・・・」

 ジェイクは言葉を詰まらせた。

「魔力も、記憶も・・・今のショックで戻ってしまったようだな」
「・・・まあ、目の前に自分自身が現れて、ドンパチやらかしてたんじゃ、 無理もないさ。いわゆる荒療治・・・ってヤツだな」

 そう言いながら、彼は自らの体に凭れかかるかのようにして眠っている アルルを静かに抱え上げると、そのままジェイクに彼女を託す。
 彼自身の傷は、不思議なことにほとんど癒えているようであった。

「さて、最後の難問だが・・・」

 向き直りながら、彼はそう告げた。

「それでも・・・まだお前は自分を消そうとするつもりか?」

 彼女は、終始無言のままであった。

「今度攻撃を仕掛けたら、あの物好きな男もただじゃ済まねぇ。 そろそろ、諦めたらどうだ」
「・・・だって、このままじゃ・・・キミは死んじゃうんだよ」

 重い口からは、小さくそう呟かれた。

「だから言ったろ? 俺達は敵同士だ・・・と。未来の俺が、未来のお前に 何されようと知ったことじゃない。・・・お互い納得ずくでやってることだ。 今更どうこうできるもんじゃないだろう」

 やはり、彼女を正視したままこの言葉は言えなかった。
 自分で吐いた言葉に納得はしているものの、それを認めたくない『自分』が 彼自身を支配しているのであろう。

「・・・違うよ。ボク達は・・・ううん。少なくともボクは納得なんて していない・・・」

 再び、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

「・・・そんなの、ボクは望んでいない。・・・いなかった。ボクは・・・ キミと戦いたくなんてなかった・・・でも、そうしなくっちゃならなかった。 ・・・そうしないと、大勢の人がいっぱい、 いっぱい困ることになるって・・・」
「・・・おいおい。未来の俺はそこまで極悪人なのかよ・・・」

 次第に、子供のように、そう・・・まるで自分の良く知っているこの時代の アルルのように泣きじゃくり始めた彼女を見て、 彼はつい思わず冗談じみたかのような口調でそう言った。

「ち、ちが・・・うっ。キミは何にも悪くない・・・でも、キミは闇の 魔導師として強くなり過ぎ・・・て、だから・・・っ!」

 叱られて、言い訳をする子供のような彼女言葉に、 シェゾは大きく溜息をついた。

「もういい。・・・これ以上は聞かねぇよ。『時』を司るお前が、未来の出来事 を過去の世界でベラベラと喋り捲って帰っていっただなんて、 シャレにもならないからな」

 そう言って、僅かに彼女に歩み寄る。

「・・・俺が死んじまうのがそんなに嫌だったってんなら、もうそんな心配はいらないさ」

 彼の言葉に、彼女は不思議そうな表情を浮かべる。

「少なくとも、俺は・・・俺達の未来の姿を知った。自分が殺されちまうことを 知っていて、むざむざ殺されるものか。なんとか自分で回避するだろうよ」
「・・・で、でもっ」
「お前・・・俺が信じられないのか?」

 彼女の瞳が大きく見開かれる。

「少なくとも、お前が未来からやって来たことで、俺は未来のお前に殺されずに 済むだろう。・・・それについては礼を言う。だからって、 お前のいた時代の俺が生き返るだなんて、そんな都合の良い話が あるかどうかは知らねぇが・・・とりあえず、帰れよ。自分の時代に・・・ そして、もしどうしてもやっぱり納得いかない・・・って時は、そん時また ここにくればいい」

 そう、例え今の自分が未来で無事生き延びたとしても、彼女の帰る時代でも 同じ事が起きているという保証はない。
 『時』とは、未だその原理が解明されることのない不思議な『現象』なのである。

「・・・ダメなんだ」

 蒼い瞳に見竦められて、彼女はつい、言うつもりのなかったはずの 言葉を洩らしていた。

「ボクは、帰れないんだ・・・これ、そういう魔法だから」

 涙を浮かべたまま、それでも彼女は寂しげに笑った。

「いくらボクでも、そんな簡単に自由に時を越える魔法なんて使えるはずがない じゃない。・・・この魔法はね、術者の全魔力と生命とを引き換えに 使うことのできる魔法なんだ。・・・たった1日分の猶予を残してね」

 寂しげな笑みを浮かべたまま、アルルはそう続ける。

「バカな・・・たった1日って、大体あれから・・・」

 そう、彼が黒ずくめのローブを纏った彼女と出会ってから、既に4日が 過ぎているはずだった。
 ――――― しかし・・・

「そうか・・・そういうことだったのか・・・」

 今までずっと感じ続けていた『違和感』 ―――――

 慣れたはずの転移魔法を二度も失敗した自分。
 彼が見つけ出すまでのたった3日の間に傷が完治し、街に馴染んでいたアルル。
 一月も前からアルルはこの地に留まっていたと告げたジェイク。


 そして ――――― 今、雲の隙間から顔を覗かせた青白い満月。


「お前にとって、これは数時間の出来事だった・・・というわけか」

 未来のアルルの時を越える魔法の力の影響で、彼の転移魔法は歪んだ 時空の狭間に引っかかってしまったのだろう。
 その結果、彼は3日。アルルは1ヶ月も時を遡ることになってしまったのだ。

 目前の彼女にとって・・・いや、時の流れ自体があれからほんの数時間しか 経過していないということは、歴然としていた。

「・・・あの時も、同じ満月が出ていたからな・・・」

 傾きかけたその月は、間もなく夜が終わりを告げることを物語っている。

「そう。あの月が沈むころ・・・ボクの魔法は切れるんだ」
「馬鹿野郎! 何でそんな真似までして・・・」
「キミを死なせるくらいなら、自分の存在がなくなってしまった方がいい・・・ そう、思ったから・・・」

 言いながら、彼女は月を見やる。

「でも・・・もう一度、君に会えただけでも良かったと思ってるよ。 一人ぼっちは・・・寂しかったから」

 無理した作り笑いが、痛々しかった。

「じゃ、もう・・・ボク、行くね。目的は果たせなかったけど・・・ 良かった・・・って、心から思えるから」

 そう告げて、そのまま最後の転移魔法を唱えようと、彼女は目を伏せる。


 最後の ――――― 詠唱を唱える・・・


「 ――――― 『アルル』っ!!」


「 ――――― !?」

 彼女は思わず眼を見開いた。
 その視界には、目前にいたはずの彼の姿はなく、視界の端に僅かに 銀色の髪がなびいている。

「寂しかったんだろ・・・? それなのに、なぜ一人で行こうとする」

 彼女の身体を抱きしめたまま、彼は ――――― そう問うた。

「俺は、今の『お前』と一緒に行くことはできないけれど・・・せめて最後 までこうしていてやるから・・・」

 未来で一体何が起きたのか、彼にそれを知る由はない。
 しかし、彼女の心の中に蔓延る深淵の闇に似た『寂しさ』だけは、 手にとるようにわかったのである。

「・・・ありがとう・・・シェゾ」

 それ以降の言葉はなかった。




 やがて空が白み始め、月の色も失せ始める。

 それでも、彼らは・・・ただ、そのままでい続けた。

「 ――――― ありがとう。シェゾ・・・」

 不意に彼女は、もう一度そう告げた。

「光が・・・見えたよ」
「・・・光?」
「 ――――― 今まで、ボクの力は皆に光を齎す存在だ ・・・って、言われ続けてきたけど、自分でその『光』を見たことなんて なかった・・・」

 彼女の声は、次第に小さくなっていく。

「・・・でもね、ボクにとっての・・・は、キ・・・ったんだ」

 その声は、途切れがちになり・・・やがて ―――――


 ――――― ありがとう・・・キミに会えて、 ボクはきっと幸せだった・・・


 腕が、まるで宙を掴んでいるかのように軽くなった。

 まるで、幻であったかのように、彼女の姿は光の粒子と化して、無に 還る・・・


 まるで、今までの出来事が、全て夢であったかのように・・・ いつもと同じ朝が訪れる・・・




「消えた・・・のか?」

 不意に背後から声がした。

「ああ・・・たった今・・・な」

 声の主はジェイクであった。
 魔力の使い過ぎで意識を失ってしまったアルルを家の中に寝かせてきたのだろう。
 もしかすると、何らかの無用な気遣いで今まで場を外していたのかもしれない。

「ここ一月のアルルの記憶は・・・消した。 その方が良いだろうからな」
「やはり・・・あんたの仕業だったか・・・」


 ――――― かなり昔のことになるが、この辺り一帯の権力者達の 主導権争いに端を発した大戦争があった。
 当初は人間同士の争いだった筈が、魔物や魔界の住人までをも巻き込んだ、 危機的状況に陥るのに、それほど多くの時間は要さなかった。
 しかし、その大戦争を何事もなかったかのように丸く治めるのに 成功した一人の魔導師がいた。

 ――――― そう・・・『何事もなかったかのように』・・・


「それが、私の特別な『力』だよ。魔導師としての力量自体は、 さほど人と変わらない」

 アルルの記憶を、そして魔導力を封印したのも、ジェイク・サーバラ その人の仕業であった。

「・・・普通なら、ただじゃ置かないところだが・・・やめておく。 確かにアルルには、忘れてもらっていた方が都合がいいだろうしな」

 ジェイクにとっても先刻、アルルの記憶が戻ってしまったのは 予想外のことだったのだろう。
 『魔導力』と『魔導に関わる記憶』のみを封じるという不安定な術の 使い方をしたためと、先刻シェゾが言っていた通り『未来の自分』との遭遇と いう通常ではありえない事件の勃発が、彼女の力と記憶を呼び覚ます結果と なってしまったのだろう。

 もう・・・2度と『昨夜』の記憶が蘇ることはないと、彼は告げた。

「・・・で、君はどうする?」

 シェゾはジェイクの言葉の意を理解できなかった。

「何のことだ?」
「このまま、昨夜の記憶を引きずって生きていくのは 辛いことだと思うのだが・・・」

 彼の言葉に、シェゾは鼻で笑う。

「そんなヤワじゃねぇよ。・・・それに、俺まで忘れちまったら、未来は 何も変わらないことになっちまう」
「仮に・・・君が『それ』を知っていたとして・・・だ。君は『闇の魔導師』 として力を高めるのを諦めるだろうか・・・私には、そうは思えない。 ・・・そして、君が力を高めた結果、遠い未来に 彼女と対峙することになった時、自らの命を守るため、躊躇わずに彼女と 戦えるだろうか・・・」

 図星である。
 全ては彼の言う通りであった。

「本当は、君だってわかっていたんだろう?」
「確かに・・・な。その通りだ」

 否定すること自体無意味なことだろう。
 彼は、素直にそれを認めた。

「一人で背負い込むには、辛すぎる事実だ。・・・墓まで持っていくのは、私 一人で充分だろう。・・・もう一度だけ聞く。記憶を・・・消すか?」

 ジェイクの問いに、やや躊躇しつつも、彼はこう答えた。

「以前、こんな話を聞いたことがある。・・・未来は、自分の手で 切り開くものだ・・・とな。それも一理ある。・・・だが逆に、全ての運命は 宿命付けられているものだ・・・という話も聞いたことがある」

 彼は言葉を区切った。
 ・・・そして ―――――


「 ――――― 俺は・・・」



 * * * * * * * * * 



 暗く、鬱蒼と茂った木々の間から、眩しいくらいの朝日が降り注ぐ。
 滅多に人の立ち入らない樹海であっても、小鳥のさえずりや、爽やかな 朝の涼しげな風は、他の地と何ら変わることはない。

「 ――――― い・・・」

 そんな心地良い空間での眠りを妨げるかのように、どこからか 声が聞こえてくる・・・

「・・・おい、こんな所で何爆睡してんだよ」

 今度は、はっきりと聞こえた。

「・・・ほえ?」
「良くこんなとこで無防備に眠りこけていたもんだな」

 眠気眼を手で軽くこすり、アルルは目前の人物に焦点をあわせる。

「あれ・・・? シェゾ・・・何でこんなとこにいるの?」
「偶然通りかかっただけだ。近くに用があったからな」
「・・・っていうか・・・どうしてボクこんなとこで寝てるわけ?」
「そんなこと、俺が知るか」
「おっかしいなぁ・・・確かにボクは追試を・・・って、あれえ?」

 突如彼女は素っ頓狂な声をあげる。

「ない・・・ないないっ! ボクが徹夜でしたマッピング・・・」

 身の回りを必死で探しまわったかと思うと、すぐに鋭い眼差しで彼に視線 を向ける。

「もしかして・・・シェゾ。・・・盗ったんじゃないの?」

 的外れな問いに、シェゾは呆気にとられた表情で答えを返す。

「そんなもの奪ったって、何の得にもならんだろうが」
「だって、他に考えられないじゃないっ!! なんだか知らないけど、 服もボロボロになってるみたいだし・・・キミ、ボクが寝てる間に 何かヘンなことしたんじゃないのっ!!」
「するかっ!!」

 いつもと同じ朝。
 いつもと同じ、明るく、無邪気な会話・・・


「・・・なぁ、お前・・・追試とはいえ、こんな樹海で一晩過ごしたりして、 怖くはないのか?」
「なにそれ。・・・ボクを馬鹿にしてるの?」
「いや・・・そういうわけじゃないんだが、なんとなく・・・な」
「んー。怖くなんかないよ。・・・だってさ、今『ここ』にはボク一人しか いなかったとしても、ボクには大事な友達や仲間が沢山いるからね」

 満面の笑みを浮かべて、アルルはそう言った。


「 ――――― それって・・・とっても心強いことだと思わない?」






― 終 ―







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あとがき・・・


 ・・・今回のあとがきは、作品を通してのあとがきにしました。
 ちょっと長めなので、別ページにしました〜
 ・・・というわけで、こちらへ どうぞ☆  





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