『闇が 光を 照らす時』






第五話 『涙の理由』



「・・・・・・んっ」

 特別寝苦しかったわけではない。
 理由をつけるのなら・・・『ただなんとなく』アルルは目を覚ました。
 部屋にはランプが明々と灯されている。
 ・・・ジェイクの配慮であった。

 アルル自身にも理由は全くわからないが、彼女は『闇』を恐れていた。
 正確にいうと、『闇』という存在そのものを・・・というよりも、単に 『夜の暗闇』に脅えていた・・・と言い換えた方が的を 得ているであろう。

 なんだか外が騒がしい。
 物音などが聞こえるわけではなかったが、空気が震え、大地を伝わってくる 何か奇妙な感覚に胸騒ぎがした・・・といったところであろうか。

「先生・・・? いないの?」

 小声でジェイクの名を呼び、部屋の戸を開ける。
 そこには先刻まで人のいたような気配があるだけで、 誰も見当たらない。

「・・・・・・」

 彼女は意を決して、戸外への木戸に手をかけた ―――――



「アルル・ナジャ・・・だって?」

 シェゾの意外な台詞に、ジェイクは驚きの表情を隠せずにいた。

 確かに彼は、黒いローブを纏った強大な魔導力の持ち主の名を、その 様に呼んだのである。

「・・・冗談はよせ。・・・あまり、俺を怒らせるな」

 彼はそう続けた。

「絶対に・・・バレないって思ってたんだけどな・・・」

 急に力が抜けたかのような溜息を洩らし、ゆっくりと 『敵』はそう答えた。
 良く通る、透き通ったかのような女性の声・・・

「そのケッタイな扮装もいいかげんにやめろ。・・・お前には、 黒は似合わない」

 シェゾの声に、僅かに躊躇しながらも、彼女はまず黒のローブのフードだけを 外し、そのまますぐにローブ自体も脱ぎ捨てた。
 ローブの下からは、彼の見慣れた魔導装甲と青と白を基調にした活動的な 洋服を身に纏った、アルルの姿が現れる。
 僅かに大人びたような憂いに似た表情を浮かべて、 彼女はそこに立っていた。

「これは・・・一体・・・」
「・・・ドッペルでは・・・ないようだな。ヤツ特有の魔導力の波動を 感じない」

 ジェイクには構いもせず、シェゾはそう続ける。

「どうして・・・いつから気が付いていたの?」

 彼女からの問いである。

「気配も・・・魔導力も感じなかった。・・・感じないはずさ。 最初から、俺の前に現れたアルルとお前は同一人物だったんだ。お前の方が、 巧妙にそれを押さえ込んでいる以上、それは全て『本物』の気配や魔導力に 完全に隠されてしまっていた・・・」

 今のアルルは魔導力を失っている。
 そのために今回は、気配は感じずに魔導力 だけが感じられたのであろう。

 彼女は再び溜息をついた。

「完全な誤算だね。・・・まさかあの森に『ボク』以外の誰かがいたなんて、 全然知らなかったから・・・よりによって、 キミがいたなんて・・・ね」

 沈みがちな声であることを除けば、全く『アルル』 本人の仕草に口調・・・

「お前は『何者』だ。・・・そして目的は何だ」
「ボクは、アルルだよ。・・・ドッペルなんかじゃない。『アルル』本人。 目的は・・・ボクを、殺しに来たの」

 あまりに意外な彼女の答えに、シェゾは言葉を失った。

「小さい時から、いろんな冒険とかしてきたけど、ボクって意外と『一人』に なる機会って少なかったんだよね。たまには完全に『一人』になることも あったけど、近くに街があったり、街道があったり・・・」

 彼女は話を続ける。

「絶対に、他の人に迷惑のかからない場所と時間を選んだつもりだったん だけど・・・キミとボクって、やっぱり何か縁があったのかもね」

 この時シェゾは、彼女が寂しげな笑みを浮かべたように感じられた。

「・・・『選んだ』・・・だと?」
「そう。本当はボクがキミと出会う前の時代に行きたかったんだけど」

 シェゾは、息を飲んだ。

「ま、まさか・・・お前・・・」
「今更隠すつもりはないよ。・・・そう、ボクは遠い未来から来たんだ。 ・・・ボクを殺すために・・・ね」
「バカな、未来から・・・だなんて」

 時を越える魔法は、確かに存在する。
 だが、大きく隔たりのある時間を超え、行き先の時代・時間や場所までも 正確に特定するとなると話は別である。
 それはかなり高位の魔法で『個人』レベルで使いこなせるものではない。
 神殿等に描かれた魔法陣を幾重にも取り囲むだけの数の魔導師の力を 必要とし、行き先自体もそれなりの魔導力を帯びた場所である必要がある。
 しかも『時を越える』という摂理に反する行為であるため、おいそれと使用 することは許されていない筈だ。
 そのような事情から、一般的に『時を越える魔法』というのは、 何らかの魔法実験の失敗の産物として偶然に発生したり、何らかの要因で 偶然開いた時空の歪みを利用して命知らずの魔導師が魔導書を頼りに無謀な 挑戦を試みる・・・といった観のもの、として認識されていた。

 だが、それを自由に操ることの許された力を持った者が存在することも 事実である。

「サタンか・・・いや、ヤツがこんな馬鹿げた行為に 手を貸すとは思えない」

 未来のアルルとサタンの関係がどのようなものであるかの想像はつかないが、 彼がアルルをアルル自身に殺させるようなことを許すとは思えない。

「・・・となると・・・まさか!」

 目を見開いてシェゾが何かを口走ろうとした時、彼女は大きく首を横に 振った。

「それ以上は、言わないで。未来のボクがどうなっているかをキミに教える わけにはいかないんだ」
「・・・嘘、だろ?」

 魔王のように人間のレベルを遥かに超えた魔力を持たずとも、 『時』を司ることの許された存在・・・

「それ以上は、言わないで。・・・ボクが、ただの『アルル』でなくなった 時から、きっと今日の出来事は決まっていたことなんだから・・・」

 彼とて、知識としてしか知りえない魔法。
 『時』を司る者が、その使命を果たすためだけにおいて使うことを 許された魔法。

 様々な制約と『時』との契約によって成り立つと いう禁忌の魔法 ―――――


 それを使って、目の前の少女はこの時代に現れたのだという。

 自らの存在を、消し去るために ―――――


「わかった? ボクは、本物のアルルで、ボクを殺さなきゃならない。 だからお願い。・・・シェゾ、そこをどいて」

 切なげな、それでいて強い光を放つ金色の瞳が彼を見つめていた。

「 ――――― 嫌だね」

 事も無げに彼は答える。

「仮にお前が本当に未来からやって来たアルル自身だったとしても、自分自身 を消し去るなんて、そんな馬鹿げた行為・・・誰が認めるものか」

 彼女は無言で立ち尽くす。

「納得いかねぇな。・・・何かの陰謀としか思えない」

 強い口調で、シェゾはそう続ける。

「陰謀なんかじゃない。・・・これはボク自身の意思なんだから!」
「そんなこと、口ではなんとでも言えるさ」

 ほんの一瞬、間が開いた。

「気を付けろっ!!」

 均衡を破ったのはジェイクの一言。

「 ――――― !」

 当然彼も気付いていた。
 彼女の魔導力が、迷いの色を帯びながらも、 激しく増大していく感覚に・・・

「お願いっ! どいてぇっ!!」

 悲鳴にも似た叫びをあげて、彼女は魔力の塊を放つ。

「 ――――― !?」

 驚愕の表情を浮かべたのは、それを放った彼女自身であった。
 なんと、シェゾは彼女の放った魔法を正面から受け止めたのである。

「う・・・そ・・・避けてよっ!! 今のボクの力は、この時代のアルルとは 比べ物にならないんだよ!! わかってるのっ!!」

 まるで今にも泣き出しそうな叫び。

「わかってる・・・つもりだ」

 苦しげな表情を浮かべて、シェゾはそう答える。

 それでも、それでも恐らくこの魔法の威力は、 それなりに力を抑えたものなのであろう。
 力の差が歴然なのは、変えようのない事実なのである。

「なら・・・どうしてっ!」
「・・・どかねぇ。それが『俺の』意思だ」

 悲痛な表情を浮かべ、彼女はきつく眼を閉じた。

「どいて、どいて、どいてぇぇーーっ!!」

 目を閉じたまま、何度も光の散弾を放ち続ける。

「 ――――― くぅっ!」

 銀の髪が乱れ、血しぶきが闇に飛んでも彼は微動だにしない。

「・・・絶対にどかねぇ。お前が『アルル』を殺したりしたら、 お前自身の存在だって消えてしまうんだぞ! そんなバカなこと、 絶対にさせねぇ!!」

 蒼い瞳が、彼女の姿を捕らえて離さない。

「お願い・・・もう、やめてよ・・・ ボクをこれ以上苦しめないで・・・」

 涙が・・・いつの間にか夜空に顔を現した、月の光に反射した。

「これ以上・・・ボクに『罪』を犯させないで・・・」

 頬を涙が伝い落ちる。

「ボクは、『ボク』を消してしまわなきゃならない・・・ だって・・・」

 一旦言葉を区切った彼女は、意を決したかのように、髪を振り乱し・・・涙の 粒を大地に振りまきながら、こう告げた。


「だって・・・ボクが・・・」


 ――――― ボクが、キミを殺したんだから!! ―――――





『闇が 光を 照らす時』 第六話に続く・・・

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あとがき・・・


 ごめんなさい。ごめんなさい。カナブンよりもごめんなさいっ!

 あじ的には、悲痛な話を書くの・・・って好きなのですが(極悪)読む側 に立って考えたら・・・やっぱり嫌ですよねぇ・・・
 あじも、書くのはともかく、長く読んできたお気に入りの作品がバッド エンドだったりしたら、やりきれない思いになりますし・・・  





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