『闇が 光を 照らす時』






第四話 『望まざる再会』



 少女は、楽しげに笑った。
 なんの屈託もない笑顔を惜しげもなく辺りに振りまいて、 世界の中心で、太陽の光を一身に浴びているかのように、満面の笑みを絶やさなかった。

 結局彼は ――――― その場を立ち去るタイミングを失ってしまっていた。

 彼は、ジェイクの古い知人・・・ということになっているらしい。
 昨夜の脅え様がまるで嘘のように、アルルは何の疑いもせずに、彼を野草摘みに誘った。

「ねえねえ、どこの町から来たの?」

「ずっと一人で旅してるの?」

「魔物とかと戦ったことあるの?」

 アルルの質問攻めは、とにかく彼を閉口させた。

「どんな食べ物が好きなの?」

「早起きは苦手なの?」

「森をお散歩するのって好き?」

 ――――― 他愛のない質問。
 正直に答えてやっても良かったのだが、それによって何かの弾みに彼女の 記憶の糸がつながってしまう可能性が訳もなく怖くて、シェゾは適当に話をはぐらかす。

 それでも、アルルの質問は続いた。

 一度、なぜそんなに沢山の質問をするのか・・・と、逆に問い返してもみた。
 すると ―――――

「だって、ボク・・・自分のこと何にも覚えていないから・・・」

 自分のことを話したくても、 何も話すことがないのだと彼女は言った。

 ほんの一瞬だが、昨夜遅くに下した自らの決断が、小さく揺らいだように感じられた。

「だけどボク、人のお話聴くの大好きだよ。楽しいし、みんなのお話 聴いてたら、自分のことがちょっとしか思い出せなくたって、全然寂しくないから」

 返す言葉も見つけられず、シェゾはアルルの瞳を見つめた。

「・・・ねえ、街に行ってみた? すっごく楽しいおじさんが いる店があるんだけど・・・」

 彼女の質問はまた続いた。


 心から楽しそうに笑うアルル。

 『寂しくない』と強がっているアルル。

 街の人々に囲まれて、普通の少女として生きるアルル ―――――


 ほんの短い期間の間に、アルルを取り巻く環境はは大きくかわってしまった。
 手をのばせば触れることのできるくらい近くに存在するこの少女の、 その姿も、声も、そして笑顔も・・・自分の中に僅かに色付き始めている自身 ですらも気が付くことも叶わぬくらいの小さな想いすらも・・・ 何も変わってはいないというのに。

 ほんの短い期間の間に ―――――


「・・・・・・」

 自らの思考を巡らせている内に、不意に妙な違和感を覚えた。

「ねえねえっ」

 上の空で生返事を返していたシェゾに、若干の苛立ちを覚えたのだろう。
 アルルは、彼の顔を覗き込む。

「あ、ああ・・・」
「聞いてなかったでしょ」
「いや・・・そんなことはないが・・・」

 聞こえていなかったわけではない。

 今日、日が落ちて夜になれば、今度こそこの街を離れるつもりだった。
 そうすれば今度こそ、アルルとは二度と会うことはなくなるだろう。 偶然が与えてくれた、この僅かな時間を無駄に過ごすほど、彼は愚かではない。

 ただ ―――――

「ふーん。ま、いいや。じゃあ・・・ボクってさ、どんな色が似合うと思う?」

 今までとは質の違う質問に、シェゾは一瞬リアクションに戸惑った。

「この服ね、頂きモノなんだ。・・・僕が前に着ていた服も替えの服も、 事故でダメになっちゃったらしいから、 先生が何着か用意してくれたんだ。・・・でも、なんとなく ボクには似合わないような気がして・・・」

 アルルが着ていたのは、昨日とは少しデザインの違う、それでも白っぽいワンピース。
 町娘が好みそうな活動的なデザインではあるが、アルルの好みとは若干違うようにも思われた。
 ジェイクも言っていたが、こういった種の『魔導と関わりのないこと』 についての記憶は残っているのであろう。

「白が似合わないのかなぁ・・・」

 首を傾げながら、自らの服に視線を落とす。

「・・・ねえ、どう思う?」
「白・・・似合っているんじゃないか?」
「なぁーんか、テキトーに答えてるんじゃないのぉ?」

 アルル自身も本気で答えを待っていたわけではないのだろう。
 コケティッシュに口をへの字に曲げる様な仕草をして、そのまま身を翻す。

「 ――――― 青・・・だな」

 無意識に、口を突いて出た言葉。

「・・・え?」

 返答が返ってきたことに、むしろ驚きを感じているかのような表情を 浮かべ、アルルは振り向いた。

「・・・青がいい。空の色よりも・・・海の色よりも、もっと鮮やかで力強さを 感じさせるような、青だ。・・・お前には、白と・・・そんな青い色が きっとよく似合う」


 彼が、唯一答えた本音であった ―――――


「そう? ありがと・・・えっとぉ・・・」

 頬を赤らめながらアルルはそう答え、言葉途中のまま、不意に視線を泳がせる。

「・・・あれ? ボク・・・キミの名前、聞いてなかったっけ?」



 その後も、彼女の質問攻めは続いた。
 やがて日が傾き、街に灯りがともり・・・夜が訪れるその時まで、アルルが 彼を解放することはなかった。

「・・・今度こそ、消えることにする」

 はしゃぎ過ぎて疲れたのであろう。
 夜が更けきる前にアルルはすでに床につき、それを見届けてから シェゾは旅支度を整えた。

「こんなに楽しそうにはしゃぐ彼女を見たのは初めてだよ。いつも素直で、 明るい子だとは思っていたが、本当は・・・いや、これ以上はよそうか」

 アルルの命を守るために、彼女を魔法に関わらない世界に隔離しようと 言い出したのは、ジェイク本人である。


 迷いは禁物。
 小さな迷いは、徐々に大きな綻びと全ての崩壊を招くきっかけとなりうる。
 それは・・・当然シェゾにもわかっていた。

 これ以上、この地に存在してはならない。
 そして ――――― この地を思い出してはならない。

 それが、彼女のためであり・・・自分のためでもある。

 だが ―――――


「一つだけ・・・どうしても気になることがあるんだが・・・」

 聞いたところでどうなるものでもない。
 逆に、聞かない方が、迷うことなくここを離れられたかもしれない。

 しかし、それでもシェゾは、あえて口を開いた。

「・・・昨日、アルルのことを『事故で死んだ知り合いの友人夫婦に代わって、 一月前からここで預かっている』 ことにしている・・・と言っていたな」

 ジェイクは無言で頷いた。

「 ――――― それなんだが・・・」

 それを言い出してもいいものか、彼にしては珍しく躊躇いがちに、 そう続けようとした、その時である。

「 ――――― !!」

 体中に震えが感じられる程の強い空間の歪みと、それに伴う空気の流れの 変化に2人は顔を見合わせる。

「・・・な、なんだ・・・今のはっ!」

 咄嗟に外に飛び出してみたものの、空気の流れが巻き起こす、異常な動きを 見せる風以外に、何の変哲も見られない。
 空は雲に覆われ、僅かに漏れるその光のおかげで、辛うじて月の位置だけは 知ることができる。


 昨日も ――――― そして、あの夜も同じだった。


「・・・どうやら、俺達のしようとしていたことは、無駄になっちまうかもしれないぜ」

 先に声を出したのは、シェゾの方である。

「以前に、アルルを襲った奴だな」

 直感ではあったが、シェゾの表情がそれを肯定していた。

「しかも、強い・・・気配はほとんど感じないのに、 この魔導力の強さは一体・・・」

 ジェイクがそう続けた。

 そう、あの日と同じく、明確な気配は感じられない。
 しかし、あの時は確かに感じられなかったはずの魔導力が、今では、 全身を突き刺しているかのように、鋭く、強く感じられる。


 こんなに強大な魔導力は感じたことはない。

 ――――― しかし・・・


 雲の隙間から漏れる僅かな月明かりが、人影を照らし出した。

 あの夜と全く同じ黒いローブを身に纏った、 正体不明の『敵』・・・

「・・・勝算は、あるのか?」

 小声でジェイクが問いかけた。
 しかし、それに答えることなくシェゾは、真っ直ぐに『敵』を見据えたまま、 自分から前に進み出る。
 ジェイクが制止する間もなかった。

「・・・何のつもりだ」

 あの夜と同じように、彼は問いをぶつける。
 そして、これもあの夜と同じく、返事が返ってくることはない。

「何のつもりで、こんな真似しているのか知ったことじゃねぇが・・・ いいかげん冗談はやめて、正体を現したらどうだ」

 暗闇の中、ローブの肩が僅かに震えたような気がした。

「・・・もしかしたら・・・と、何度か思うことがあった・・・が、 どうやら図星らしいな」

 言いながら、シェゾは更に歩を進める。

 あれほど強大であった魔導力に、動揺の色が混ざり始めた。
 そして、あれほど有利であったはずの、ローブの主がほんの 僅かにではあるが、後退る様な仕草を見せたのを確認して、シェゾは、そこで足を止める。

 闇に映える銀色の髪と冷たい蒼の瞳を持ち合わせた彼の姿は、 『敵』の位置からでもはっきりと見えることであろう。

「 ――――― もう一度言う・・・」


 その口調をさらに強めて、彼はこう言った ―――――


「・・・何のつもりだ ――――― アルル・・・ナジャ ――――― 」





『闇が 光を 照らす時』 第五話に続く・・・

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あとがき・・・


 前回と同じく、ダラダラした話になってしまいましたが(特に前半) これでもみぢかく頑張ってみたのです・・・
 努力が足りませんねー。

 自分なりには、この後の展開に、結構自信を持っているのですが、 それを文章にする・・・となると、イマイチ自信が揺らいで・・・(笑)
 ある意味ありきたりな展開かもしれませんし・・・と、いうわけで、 あまりこの後の展開を予想しないでくださいねー(爆笑)  





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