『闇が 光を 照らす時』






第三話 『当たり前の幸せ』



 空は闇色に染まり、辺りを照らす光など全く存在しない筈であるのに、 いや、辺りが闇に包まれているからこそ、シェゾの碧色の瞳には、 そのアルルの姿だけが、映し出されていた。

「嘘・・・だろ?」


 目の前にいる少女は、間違いなくアルル・ナジャ ―――――

 俗に言う他人の空似などであるはずがない。
 見間違う筈はない ―――――


「・・・『旅人』よ」

 彼の思考を引き戻したのは、例の魔導師。

「話は後だ。・・・ まずは、この子を家に送り届けなくてはならないからな」

 そう言ったかと思うと、初老の魔導師は転移魔法の詠唱を始め、 次の瞬間には、アルルと共に彼の前から消え失せていた。


 残された彼の瞳には、再び闇の色だけが映し出された ―――――



 街の外れの、むしろ森の入り口と言い換えた方が判り良いような、 そんな地に、魔導師の住む家はあった。
 ただ、寝食さえできれば構わない程度の、丸太作りの小さな山小屋のような その家屋には、招かれざる客を待ち受ける、 1人の魔導師の姿があった。

「追って来ると思っていた。・・・まぁ、掛けたまえ」

 扉の前にシェゾが現れることを予測していたかのように、魔導師は タイミングよくそれを開き、彼を招き入れる。

「随分な待遇の違いだな」

 皮肉を返しながらも、 シェゾは促されるままに古びた椅子に腰をおろす。

「・・・アルルは?」

 近くからは魔導力も気配も感じられなかった。

「近所に預けてきたよ。・・・ 信用のおける家族だから心配は要らない」

「自己紹介が遅れたな。私の名は、ジェイク・サーバラ。 この辺りでは少しは名の知れた魔導師だ」
「ジェイク・サーバラだって?」

 思わず反復してしまったその名に、シェゾは聞き覚えがあった。

(・・・『少しは』ってレベルじゃねぇ・・・)

 かなり昔のことになるが、この辺り一帯の権力者達の主導権争いに 端を発した大戦争があった。
 当初は人間同士の争いだった筈が、魔物や魔界の住人までをも巻き込んだ、 危機的状況に陥るのに、それほど多くの時間は要さなかった。

「なるほど・・・そういうわけか。『勇者』様」

 『勇者』とは、彼の良く知っているある男のように、 特別な力を持ち、何らかの使命を帯びて戦い続ける 存在とは限らない。
 少なくともこの地方では、件の大戦争を何事もなかったかのように 丸く治めるのに成功した高名な魔導師を『勇者』と称しているのは 周知の事実であった。

「私がそう呼ばれていたのは、30年も前の話だ。・・・今は、ただの 隠居魔導師みたいなものさ」
「・・・まぁ、それはどうでもいいことだが・・・で、 そのジェイク・サーバラ『様』は何を企んでいるのか、そろそろ お聞かせ願おうか?」

 皮肉に皮肉を重ねる彼の心中は決して穏やかではなかった。
 第一に、ジェイクの目的が見えてこない。

「森の中でも言っただろう。『話』をするためだ」
「話・・・? 一体何のことだ」

(この男は、つい先刻まで『闇の存在』である自分を街から排除しようと していたのではなかったのか・・・?)

「状況次第では・・・他にも手段は取れたのだが・・・現についさっきまでは、 君を町から追い出す方法ばかり考えていたのも事実だ」

 ジェイクは、シェゾの心中を察しているようだった。

「・・・なら、どういう心境の変化だ」
「君の、背中を見たからさ・・・ただ、それだけだ」
「・・・俺の背中?」

 彼の真意は皆目見当もつかない。

「さて、君は、あの子・・・アルルを知っているのか?」

 ジェイクは突然話の矛先を変える。

「・・・ああ。それなりに長い付き合いだとは思っていたが・・・?」

 先刻のアルルの瞳 ―――――

 そして、アルルの台詞 ―――――

 とても彼女が冗談を言っているようには見えなかった。
 3日前の怪我や、転移失敗の影響で一時的な記憶喪失に なってしまったのでは・・・とも考えてはみたが、それなら彼女は、 一体なぜ自分自身の名前を認識していたのか・・・

「アルルは私の古い友人の娘でね。・・・友人夫婦が事故で亡くなったので、 1月ほど前からここで預かっている・・・」
「 ――――― なにっ?!」

 ジェイクの言葉が嘘偽りだらけであることは明白である。

「・・・と、いうことにして、 このまま街から立ち去ってはもらえないだろうか」

 シェゾの驚愕の表情を正視したまま、ジェイクはそう続けた。

「何のつもりだ、エセ勇者。・・・アルルは俺の獲物だ。貴様が何を企んで いるのかは知らんが・・・」
「・・・『獲物』・・・か。・・・ それでも君は、彼女を糧にしなかった」
「 ――――― !!」

 ジェイクのその言葉に、シェゾは反論を止めた。

「闇の魔導を操る者が、自らを高めるために他の魔力を吸収する能力を持って いるということは知っている。・・・瀕死の状態だったアルルの身体からは 僅かだが闇の波動が感じられた。だから、私は『彼女が闇の者に襲われた』 のだと判断した」
「・・・それで結界を張って待ち構えていたのか」
「いや、結界は元々あったものだが、警戒していたのは事実だ。・・・彼女が 魔導力の全てを失ってしまったことに気付かずに、敵が追ってくる可能性は 充分考えられたからな」

 シェゾは声もなく再び驚きの表情を見せた。

「・・・魔導力が・・・ない?」

 ようやくそう声を発するのに、 かなりの時間を要したような気がする。

 言われてみると、確かにそんな節があった。
 アルルとはぐれて以来、何度も彼女の魔力を探知しようと試みてはいたが、 全てが徒労に終わっている。
 先刻、森で会った時もそうだ。
 丁度ジェイクと対峙中だったとはいえ、功名に自らの魔力を 押さえ込む術を知らない筈のアルルがあれだけ近くに存在していたのに、 彼は全く気付かなかったのだ。

「魔力だけじゃない。・・・彼女は『魔導』に関わる記憶の大半を失っている」

 自分が魔導師であったことはもちろん、魔導師の卵として今まで培ってきた 知識も、経験も・・・想い出も・・・

(・・・だから、俺のことがわからなかったのか・・・)

「自分の名前はもちろん、今まで身に付けてきたと思われる生活習慣などは 恐らくそのまま覚えているのだろうし、傍から見ていても、全く不自由さも 不自然さも感じられない。もちろん本人も自らの記憶に曖昧な箇所があることに 気が付いてはいるが、両親をなくした事故の後遺症だと教えてある」

 ジェイクはそう続けた。

「だから、なんなんだ」
「彼女の『力』は、大きすぎる。・・・自ら制御できないばかりでなく、 他人からもその力を狙われたり、不必要な事件に巻き込まれる恐れも多々あるだろう」
「・・・つまり、アルルはこのまま魔導力を失ったままの方がいい・・・ とでも言いたいわけか?」

 低く、威圧すらを感じさせるようなシェゾの声に、ジェイクはゆっくりと頷く。

「魔導力を失ったせいでそれに関わる記憶までも失ったのか、その逆に記憶を 失ったために魔動力まで失ったのかは私にもわからないが、このまま この街で平和に暮らしていくのが彼女の・・・」

 ジェイクの言葉を遮るようにシェゾは立ち上がった。

「あいつの意思はどうなる。・・・アルルは一流の魔導師になるのが 夢だと言っていた。・・・家族も友人達も魔導にかかわる 人間ばかりのはずだ。・・・貴様は、あいつから魔力だけでなく、 夢も、あいつの大事なモノまでもを奪ってしまおうというのか?」

 ――――― 矛盾している。
 自分は彼女の魔力を欲している身。
 そんなことを彼に言う資格など皆無である筈なのだ。

 そう言いきったシェゾを一瞥して、彼は冷静な表情のまま口を開いた。

「なら聞こう。・・・君は、彼女を守れるのか?」

 一瞬シェゾの表情が歪んだことを、ジェイクは見逃さなかった。

「・・・関係ない。俺と、あいつとは・・・敵同士だ」
「そうは思えないがね。・・・少なくとも君は、彼女に危害を加えるつもりは ないように見受けられる」
「そんなこと、貴様には関係ないだろう?」

 ジェイクは小さく溜息を洩らした。

「・・・まあ、そういうことにしておいても・・・だ。今回のように、彼女は 生涯に何度も魔力を狙われ続けるだろう。その度に彼女は恐怖し、戦い、 血を流し・・・運命を呪うことだろう。・・・もしかすると次の戦いで、 命を落とすハメに陥る可能性も否定できない」

 それは事実。

「様々な医療を駆使したり、高名な治癒魔法の使い手に診てもらいさえすれば、 彼女の魔力と記憶は戻るかもしれない。・・・だが、断言しよう。 ・・・それによって彼女は、 人としての、あたり前の幸せを失うことになる・・・と」

 シェゾの心中に衝撃が走った。

 ――――― 『人としての、当たり前な幸せ』

 それは、自分自身がとうの昔に失っていたものだったからである。
 『それ』を失ったことで、自らにもたらされたもの・・・それは、 永久の孤独と、闇の中でもがき苦しむ己自身の姿。

 闇の魔導師としての生き様と、彼女の行く末とは大きく異なるのは 当然のことであろうが、それでも・・・

「 ――――― わかった」

 彼には、こう答えることしかできなかったのである。



 朝日を浴びて、楽しげに笑う少女。

 もう、彼女の瞳に闇が映し出されることはないだろう。

「・・・話くらい、していったらどうだ?」

 遠くから、アルルを見つめるシェゾに向かって、ジェイクは声をかける。

「無駄なことだ・・・」

 自らは、彼女の中に『存在してはならない』人物 ―――――

「第一、このまま俺がアルルをさらっていく可能性だって考えられるんだぜ。 ・・・俺は、あんたと違って、この世界じゃ極悪人の一人だ」
「・・・まあ、考えなくもないが・・・ね」

 事も無げにジェイクは返答する。

「・・・言っただろう? 私は君のことを、それ程悪人だとは思っていない」

 その言葉にシェゾは鼻で笑う。

「たった一晩向かい合っただけの根拠でか?」
「・・・それも、あるが・・・君の背中が『それ』を物語っていたからね」

(そういえば、昨夜も同じことを言われたような気が・・・)

「気が付かなかったのか?」

 そう言って、ジェイクは否応なしにシェゾのマントの裾を手に取ると、 そのまま彼の目前に突きつける。

「・・・黒のマントだから、あまり目立たないようだが・・・これは血の跡だ」

 言われてみると、確かにマントの下部一体に大きな血のシミのような 黒ずみが残っている。

「こんな位置にこんな形で返り血が付く筈はない。・・・かといって、 君自身の血でもない」

 シェゾのマントには、例のローブを着た敵の放った魔法によって負わされた、 かなりの傷と彼自身の血痕も付着していたが、それはほとんどマント上部に 集中していて、その大きなシミの周囲には魔法の被弾の跡もないばかりか、 布に綻び一つ見られなかった。

「誰かを・・・いや、アルルを庇った時に付いた、彼女の血だね?」

 そう・・・敵を迎え撃ちながら、 転移魔法を使おうとしていた時のことだ。

「・・・だから、俺を信じたと? ・・・言った筈だ。あいつは、俺の『獲物だった』・・・と」
「そういうことに、しておこうか・・・」

 またも小さな溜息と共に、ジェイクはそう呟いた。


 もう、この街に用はない ―――――

 二度と、ここを訪れることも、そして思い出すことも・・・ないはずだ。


 このまま立ち去るつもりだった。
 ジェイクに別れを告げる義理などないし、これ以上彼と話を続けることも 無意味なことでしかない。
 ジェイクの方も、それを承知しているのか、それ以上何も口にはしなかった。

 踵を返し、早足で立ち去ろうとしたその時、何かの気まぐれだったのか、 シェゾはほんの一瞬だけ・・・肩越しに振り返る。

「 ――――― あ、昨日の・・・」

 偶然なのか、それとも必然だったのか・・・アルルはその瞳に、 名も知らぬはずの一人の魔導師の姿をしっかりと捕らえて離さなかった。





『闇が 光を 照らす時』 第四話に続く・・・

一つ前の話を読み直す





あとがき・・・


 またもや中途半端に終わったりして・・・(笑)

 今回名前が明らかになった、老魔導師、ジェイク・サーバラ様は あじのオリジナルキャラです。
 オフラインで発行しているファンタジー小説『EXCEL』に登場する、 女ったらしの主人公(笑)ヴィーン・ファのお師匠様・・・という裏設定が あったりします。
 ここに出てくるジェイクは、ヴィーンくんを弟子にするほんの少し前・・・ という設定です。
 ・・・まあ、世界観は全く違う話なんですけどね(笑)

 以上、全く話に関係ない駄文・・・終わり。  





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