『闇が 光を 照らす時』第二話 『夜の森と老魔導師』転移魔法特有の大気を震わすような音と共に、身体を支配している重力が ほんの一瞬失われた。 「うぅっっっ・・・っ!!」 転移先に降り立った途端、アルルは悲鳴にも似た呻き声を洩らした。 無理もない。 これだけの傷を負ったまま、不自然な体勢で転移させられたのである。 転移中、僅か一瞬だけ失われていたその重力が何倍にもなって 身体を襲うのだろう。 その衝撃は、相当のものである筈だ。 「・・・ヒーリング」 シェゾの手から発せられる暖かな光が体を包むのが判る。 「・・・ここは・・・?」 僅かに痛みから開放されたアルルは、ゆっくりとそう問いかけた。 「残念だが、樹海の中だ。・・・咄嗟だったからな。恐らく、 さっきの場所から数100メートルも離れてはいない筈だ」 「じ・・・じゃあ、ヒーリングなんて使ったら・・・」 そう、魔力を探知されて、居場所がばれてしまう。 「この距離なら、どっちにしろ時間の問題だ。もう一度飛ぼうものなら、 尾行してくれと言っているようなものだしな」 不意にアルルが、彼の手を止めた。 「ヒーリング、もういいよ。ありがと・・・だいぶ楽になったよ」 無理をした作り笑いでアルルがそう言った。 「お前・・・」 「だって、どっちにしても、さっきの人はボク達を追ってくるんでしょ? なら、 ヒーリングしたって無駄じゃないか」 力ない笑い。 この少女の、こんな弱気な笑いを、シェゾは初めて見たような気がした。 「・・・大丈夫。シェゾが勝ってさえくれれば、ボクも助かるんだから・・・ なんて、ボク、いっつもキミを頼ってばっかりだね」 「今ごろ気付いたのか?」 意地悪げな口調でそう返す。 余裕があるところを見せたかったのかもしれない。 「そうだね・・・とんだ追試になっちゃった・・・」 アルルはもう一度笑う。 彼女が言うには、地図作成の実技としてこの樹海に訪れたとのことであった。 場所はアルル自身が決定し、一人で赴いて来たため、魔導学校の関係者達も彼女がこの地に 訪れていることも、そして危険にさらされていることも知る由がない。 「・・・キミが来なかったら・・・ボク・・・」 言いかけたアルルを制し、突如シェゾはあたりの気配を窺った。 「相変わらず気配はほとんど感じないが・・・近くまで来ている」 アルルの表情に動揺の色を浮かんだ。 「立てるか・・・?」 問いかけの形にはなっていたものの、シェゾは半ば強引にアルルの半身を 抱えあげて、そのまま地に足をつけさせる。 「・・・なんとか、大丈夫」 「俺の後ろにつかまっていろ。・・・ヤツが魔力を放った一瞬ににもう一度 転移する。振り落とされるなよ」 攻撃の魔法を放った瞬間であるならば、上手く転移さえすれば行き先を探知 されずに逃げきれるかもしれない。 「・・・うん」 意図を感じたのか、アルルはシェゾの背後から、 ちょうど腰に手を回すかのような感じで凭れかかってくる。 逃げきれるかどうかは判らない。 先刻の転移の際も、本当はもっと遠くまで飛ぶつもりだった。 咄嗟に構築した魔法が不完全なものだったのか、敵の魔力が何らかの形で 影響してきたのかどうかは判断しかねるが、転移の際の感覚がいつもと僅かに 異なっているような気もした。 この状況で、果たして逃げきれるのだろうか。 ――――― 逃げる? ――――― この俺が、『逃げる』だと ――――― ? 不意に浮かんだ、自らの問いに彼は僅かに途惑いを覚えた。 だが、他に手段がないのも事実。 自分一人での戦いなら、様々な魔法を駆使することで起死回生を狙うこともできる。 しかし、状況はそれを許さない。 思慮にどれだけの時間を費やしたのか・・・ 恐らくは、ほんの一瞬のことだったのであろう。 僅かにだが、腰に回されたアルルの手に力が入る。 「・・・さぁ、お出ましだな」 先刻まで空を覆っていた闇色の雲が僅かに途切れ、青白い満月が 森の奥から迫りつつあるその人影の輪郭を照らし出した。 「狙いはなんだ!」 聞くだけ無駄なことであろうが、敵の眼を逸らすには比較的有効な手段であるだろう。 言いながらシェゾは、先刻と同じように闇の剣を召喚する。 「返事くらいしたらどうなんだ」 剣を構え、もう一度そう告げる。 ローブの敵は両腕を掲げ、呪文の詠唱をはじめた。 「・・・来る」 剣での攻撃を防ぐために、敵は必ず魔法を放ってくるはずである。 それが狙い。 魔法によるダメージは覚悟の上である。どんなダメージを喰らおうとも、 転移さえ成功すれば、後は何とかなる。 「 ――――― !!」 魔法は放たれた。 その瞬間、シェゾは転移魔法を発動させる。 魔法の威力が自らの身体を襲うまでのほんの一瞬。・・・それが勝負である。 ――――― が・・・ 「・・・な!? ア、アルルっ!?」 その瞬間、アルルがありったけの力を振り絞り、シェゾの身体を後ろに 押しやりながら、前方へ回り込んだのである。 「 ――――― !!」 その背に衝撃を受けた彼女は、その目を見開いたまま大きく崩れこむ。 もはや、悲鳴にもなっていない、声なき叫び。 ――――― そして、転移魔法が発動した ――――― あれから、3日ほどが過ぎていた。 敵は、それ以上は追ってこなかったようだ。 一応は、シェゾの思惑通りになったのであろう。 だが、今の彼は『一人』であった。 転移中にアルルとはぐれたのである。 シェゾを庇ったがために、無防備な背に魔法を受けて、声もなく 崩れ落ちるアルルを、彼は、しっかりと抱きとめた。 絶対に離さないように、離したりしないように、両手でその身体を包み込んだはずである。 だが、転移先に現れたのは彼の姿のみであった。 そして、またも覚えた、転移中に感じた妙な感覚。 その何らかの力の影響なのか、彼の転移先も、予定の場所から大きく 外れた地であった。 それ以来、彼は自らの怪我の治療もすることなく、 アルルを探しはじめた。 彼が飛んだルートと飛ぶはずだったルート、そのどこかにアルルがいる 可能性は比較的高い。 魔力を探知しようとしたが、距離がありすぎるせいか、彼女自身の魔力が 弱まっているせいか、全くその痕跡すら感じない。 あれだけのダメージを負ったまま、 一晩も越せば命にすら関わる状態であろう。 つまり、どこか人里の近くにでも飛んで、誰かに発見でもされていなければ、 既に息絶えているという可能性だって考えられる。 それでも、彼は探すことを諦めなかった。 森を彷徨い、幾つかの町を渡り歩いた。 「 ――――― 結界・・・?」 とある山道の途上である。 「・・・ああ、『人間の街』か・・・」 その結界は外部の『魔』の存在を跳ね返す性質のものであった。 街を魔物から守るために、そこに住む高名な魔導師によって張り巡らされた ものなのだろう。 別に魔物と馴れ合うつもりはないが、自分主義の人間達の嫌な面が 見え隠れするようで、あまり心地よい気分ではない。 「 ――――― 」 それでも・・・この町にも立ち寄らなければなるまい。 シェゾは、ゆっくりと結界に手を伸ばした。 ある程度の魔導力が備わっている者であるならば、僅かに発光する半透明の 膜のように見える、その結界。 何の衝撃や違和感もなく、彼の手はその結界を潜り抜けた。 正直に言うと、彼は不安を感じていた。 この結界に阻まれてしまうのではないかという、『闇』に生きる者としての 宿命的にも近い不安。 本人すらも気付いていないようであったが、 結界を潜り抜けた彼は、僅かに安堵の溜息を洩らしていた。 このまま山道沿いに進めば街に着くのであろう。 無意識に結界の方を見やってから、彼は再び歩を進めようと前方に視線を戻す。 「 ――――― !!」 不意に大気が震え、空間に歪みを感じた。 シェゾが転移魔法特有の感覚を感じたその時にはすでに、彼の目前に 見たことのない男の姿があった。 「・・・闇の者よ、即刻にこの街から立ち去れ」 彼の顔を一瞥したかと思うと、その男はそう言い放った。 「ふん。そう言われて素直に引き下がるとでも思っているのか?」 恐らくは彼が通ることで結界に僅かな歪でも生じたのだろう。 そして、それをいち早く察知し、その原因まで的確に判断していることから 考えても、目前の男はかなりの実力を伴う魔導師なのであろう。 以前の敵が再び姿を現さないとも限らない今、できれば戦闘は避けたいところであった。 「用事さえ済ませれば、すぐに出て行くさ。それとも・・・問答無用って つもりなら・・・」 剣なら魔力の探知はされない筈だ。 至って気は進まなかったが、状況次第ではやむをえまい。 「・・・先生?」 「 ――――― ?」 遠くから、小さな声が聞こえた。 脅えたような、今にも泣き出しそうな声。 「そこにいるの・・・先生なの?」 そして、もう一度・・・ 今度はその声から脅えの色は消えていた。 「よかったぁ・・・だって、怖かったんだもん」 闇の中から現れたのは、白いワンピースを着た、亜麻色の髪の少女。 金色に澄んだ瞳を持った、見慣れた顔の少女 ――――― 「・・・ア、アルル・・・?」 暗がりから、初老の魔導師に向かって走り寄ってきた少女を見るなり、 彼はそう声をかけた。 そして、彼女等の元へ数歩だけ歩み寄る。 恐らくは命の恩人なのであろうその魔導師から、視線をゆっくりと 移しながら、彼女は口を開いた。 「 ――――― キミ・・・誰?」 あとがき・・・ 『キミ・・・誰?』だなんて、なんだかありがちな展開になってますが(笑) メインは別にあるお話なので、どうか見捨てないでくださいまし。 ちなみにここまでが、当初『第1話』にする予定だったお話。 やっぱり長すぎ〜 メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |