『真実は 闇の中』第二話 『早朝の街角』街は、かなり早い時間だというのに既に活気付いていた。 所謂『朝市』とでもいうのだろうか。 生鮮食料品を路面の際まで山のように並べ、半ば世間話を交えたかのような呼び込みが行き交う人々に向けられる。 観光客や街の外から来た商人達を相手にするのとは全く違った、地元民のための市場 ――――― そんな情景。 アルルがこの時間にこの場所を訪れるのは初めてのことであった。 普段はもう少し遅い時間に通り過ぎるため、早朝特有であろうこの光景は、ある意味新鮮で心地良いものであった。 別に、彼女自身朝に弱いわけではなかったのだが、街の図書館が開く時間に合わせて行動していたためのことで、 それはやむを得まい。 「申し訳ありません。こんなに朝早くに出向いていただいて」 雑踏の中からアルルの姿を見つけるなり、男は深々と頭を垂れた。 「ううん、別にそんな気を使わなくっていいよ。『詳しい話は明日聞く』って言い出したのはボクの方だから」 昨日の同じ場所での待ち合わせ。 さすがにその場での立ち話を続けるわけにもいかず、アルルの方から促すような形で 街の賑わいから足を遠ざけるかのように歩き出す。 「それに・・・ボクも謝らなきゃならないことあるし」 「・・・それは、どういう・・・」 「あ、心配させちゃったのならゴメン。昨日の話を断るとかそういう意味じゃないから」 歩きながら慌てて否定する。 「ボク一人で詳しい話を聞くより仲間と一緒の方がいいと思って、今日にしてもらったんだけど・・・」 『仲間』とは当然『彼』のこと。 彼が話に乗ってくれると信じて疑わなかったため、昨日男にそう説明していたのであった。 アルルだけで話を聞いても、それをシェゾに伝えなくてはならないし、大事な情報を聞きそびれたり聞き漏らしたりして、 結局は再度話を聞き直すことになるだろう。 最初から彼と一緒に話を聞いた方が明らかに効率が良いに決まっている。 そう思ってのことだったのだが・・・ 「でも・・・そう、ちょっと今日は都合が悪くって・・・ボクだけで話聞かせてもらうんだけど・・・いい?」 さすがに『断られた』とか『喧嘩してきた』とは言える筈もない。 「今日の話は、あとでボクから話しとくから・・・」 「いえいえ・・・無理なお願いを突然したのはこちらの方。魔導師の方一人に話を聞いていただけたことだけでも 感謝しなくてはならないことはわかっています」 逆に男の方が恐縮してしまう。 「お仲間がいらっしゃること自体、その・・・とても心強いいことですし・・・」 「うん。詳しい話を聞いたら作戦とかも立てれるし、その時は『皆』手伝ってくれるから」 アルルは男に対して、決して嘘を並べ立てたわけではなかった。 正確に言い換えるならば、『本当のことを言わなかった』だけに過ぎない。 昨夜シェゾに話を持ちかけたものの、その場で断られたアルルは、彼の部屋を飛び出した後、無意識の内に男と出会ったこの場所まで 戻って来てしまったのであった。 『今更断れない』とは思いつつも、彼女自身どうして良いか全くわからなかったのだろう。 当然、依頼主の男の姿は既になく・・・仮に男がまだその場にいたとして、どうにかなったわけでもあるまいが・・・途方にくれ、 街頭で立ち尽くしていた時のことである。 不意に、聞き覚えのある声がかけられた。 声の主は、アルルが通っていた図書館付近の警備を管轄する自警団の若手団員。 毎日挨拶に世間話を加えたような他愛もない話を交わす程度ではあったが、すっかり顔馴染みになっていた。 彼に助けを求めるつもりは毛頭なかったが、これまでの経緯を何気なしに語ってしまったところ、むしろ彼の方が 乗り気になってしまった。 いや、『乗り気』というのには語弊があるだろう。 シェゾが言う通り『街の中に魔物が潜んでいるらしい』という情報は、自警団員でなくても由々しきものであるはずだ。 アルルの意図とは全く関係のないところで、彼の方から協力を申し出、更には彼個人だけではなく自警団の上の者に彼女の支援を 要請する旨約束してくれたのだ。 つまり、この会話内の『皆』とは、当初予定していた『仲間』と違う『仲間』の事を指しているのである。 『本当のこと』を隠していることに対しては、心が痛まないといえば嘘になるだろう。 だが、その一方で、自分よりもずっと年上の自警団の面々が、自らの指揮下の元に闘ってくれる・・・という 滅多に経験できないであろう『大冒険』に、つい心弾ませているのも事実。 そして、彼の手を借りずに魔物を倒してシェゾを見返してやろう・・・という自分自身の都合。 そんな不謹慎な自分への戸惑い ――――― それが、彼女の返答の歯切れの悪さに現れていたのかもしれない。 だが、男の方はというと、そんな彼女の様子は気に留めるでもなく、とにかく感謝の気持ちと、不躾な依頼に対する謝罪の意を 繰り返すばかりであった。 依頼の引き受け手が見つかったことで、昨夜出会った時と比べて若干落ち着きを取り戻したかにも見えたが、それでも切迫した 男の表情は相変わらずで、他人の様子に気を配るような余裕はないのであろう。 現に、人混みの中で魔物の話を始めようとしたので、さすがのアルルも慌てて止めた。 前日の団員からの受け売りでもあったのだが、詳細な情報が手に入るまでは、 下手に騒ぎ立てない方が得策であろう。 特にこれだけ大きな街であるのだから、余計な混乱が被害を大きくしかねない。 市場から少し離れた公園の隅に場所を移し、石造りの椅子に腰を下ろす。 辺りには早朝の散歩を楽しんでいる者がいないでもないが、よほど声を荒げない限り聞かれるようなことはないだろう。 使い慣れた筆記具を取り出して些細な情報も漏らさぬよう万全な体制を整えてから、アルルは話の先を促した。 「はい・・・昨日、お話したことも繰り返すことになるかもしれませんが・・・」 そう前置きした上で男は、これまでの経緯を語り出した。 男は、家族での行商を生業としていたのだという。 この土地に留まって商売しているわけではなく、仕入れた品や手に入れた情報を頼りに、かなり広範囲を旅しており、 今回も薬商人で賑わうこの街の噂を聞きつけ、当初予定していたルートを変更し、近道のために大きな街道から外れた山村を 経由する形でこの街を目指していたらしい。 「その村が魔物に襲われたの?」 山道などで旅人を襲う魔物と、村を襲う魔物とではレベルが違う。 その辺りは明確にしておかなくてはならない。 「最初に襲われたのは・・・私の妹でした・・・」 村の近くまで辿り着いた折、突如連れていた馬が暴れだし、逃げた馬を探すために家族が互いの元を離れた僅かな時間に起きた 悲劇だったらしい。 その時は、妹の身に何が起きたのかもわからず、辛うじて息のあった彼女を連れて村に駆け込んだ。 不幸中の幸いか、傷は深かったものの、彼女はなんとか命を取り留めた。 優れた薬草が豊富な地域だったことが幸いしたのかもしれないが、それでも村の医者の手当てには限界があるからと、 早々に大きな病院や傷の治療のできる魔導師がいる街に移動すべき・・・と勧められ、 彼ら夫婦も翌日には出立するつもりでいたらしい。 「ところが、その翌日・・・村の野草摘みの娘さんが・・・」 発見が遅かったため、村娘は既に息絶えた状態で発見されたのだという。 「妹の治療のこともありますし、そんな恐ろしいところは早々に離れてしまいたかったのですが、 意識のない妹を連れた状態では寧ろ危険だからと出立することもできず・・・仕方なくその村に留まっていたのです」 恐らくは獣の仕業だろうということで、村の数少ない猟師達が山に出向き、周囲を探索したがそれらしい獣は見つからなかった。 若干の危険を伴っても、今度こそ街へ向かおうと夫婦は決心したその深夜 ――――― 「親身に私共の世話をしてくださっていた村長さん宅の使用人の方が襲われました」 今までのように山道や村外れではなく、民家の中にいた村人が襲われたのである。 「その時は物音に気付いて、家の方達がすぐに駆けつけることができたため、お怪我などはなかったのですが・・・ その時、獣ではなく魔物の仕業であったことがわかったのです・・・」 僅かに漏れる月明かりのみが頼りでは、さすがに姿形までは見えなかったらしいのだが、 それが獣でなかったことだけははっきりとした。 つまりは二足歩行の人型の魔物 ――――― さすがにこれ以上は手に負えないと判断した村は、なけなしの金を叩いて近隣の・・・つまり、 この街のギルドに魔物の討伐を依頼することを決めた。 街への遣いを引き受けた村人も決死の覚悟だっただろう。 この時点では魔物の正体は全くわかってはいない。道中が安全だという保証はないのだ。 街へ行くのならと、夫婦は同行を申し出たが危険だという理由で断られた。 自分の身を守ることすら自信のない村人に、それ以上の無理を押し通すことはできなかった。 だが ――――― 討伐隊がやってくるまでの、たった2日の間に、更に2人の被害者が出る羽目となった。 一人は村人、そしてもう一人は ――――― 「意識の戻らぬままの妹が・・・再び襲われたのです」 半ば半狂乱となって妹の名を呼び、その遺体にすがって泣き叫んでいた時、 ギルドが手配したという討伐隊が村に到着したのであった ――――― 「・・・・・・」 アルルは、文字通り言葉を失った。 彼の目的が『仇討ち』だということも、魔物によって家族を失っていたことも当然知っていたことではあるが、改めて その経緯を聞くと、今までの『同情』という感情がいかに薄っぺらなものであったかということを痛いほど思い知らされた。 『魔物退治が退屈しのぎになる』とか『自警団を従えて闘える』とか、『シェゾに対する意地』だとか・・・ 決して目前の『彼自身と失った家族』のことを思いやっていなかったわけではないけれど、その中に自らの都合や打算が紛れもなく 存在していた事実が、これ以上ないくらい恥ずべきもののように思われたのだ。 目前の男は、偶然出会っただけの行商人。 格安の報酬で魔物退治の話を持ちかけてきた、ただの依頼人。 だが、アルルにとってはそれだけの存在である彼には、当然これまでの『人生』がある。 改めて良く見たところ、自らより一回り年上くらいだろうか。 『おじさん』と呼ぶにはあまりにも失礼な年齢なのだろうが、気安く『お兄さん』と呼ぶのも躊躇われる。 それは何かに疲れきったかのような男の容姿風体のせいでもあっただろう。 しかし、ほんの数日前までは、もっと若々しい表情で心からの笑顔を家族に向けていたに違いない。 彼の話から察するに、その妹は自分と同じくらいの年頃だったのではなかろうか。 たった一人の兄を心から信頼し、頼もしく思っていたことだろう。 そして彼ら夫婦も、もしかしたら新婚だったのかもしれない。 共に暮らし、旅することで新しい家族としての絆を築きつつあったのだろう。 (ごめんなさい・・・) 決して口には出せないその言葉。 (ボク・・・自分のことしか考えてなかった) 口に出して懺悔することで、自分は楽になるかもしれないけれど ――――― (ごめんなさい。ごめんなさい・・・) それを彼に伝えることは、彼と彼の家族を余計に侮辱することだと気が付いてしまったから。 (だから・・・ボク、きっと力になってみせるから ――――― ) 時間にして恐らくは僅か一瞬。 もしかすると、若干不自然な間が開いてしまったのかもしれないが、男の方は特に気にしてはいないようだった。 極力、事実のみを語ろうと努力しているのはわかったが、やはり肉親の死を淡々とは語れまい。 小さく嗚咽が漏れた。 「・・・すみません。つい・・・」 男は気を取り直すかのようにそう言うと、話を更に続けた。 遺体に残された傷跡や、討伐隊によるその他の調査により、魔物の種類は特定された。 この地域では大変珍しいとされるヴァンパイアの亜種 ――――― 当初の目撃談の通り、人型の魔物である。 一般的に、人を襲うのは夜とされているヴァンパイアではあるが、討伐隊は村人達に昼間の外出も控えるように通達した。 実際、陽が高い内にも被害が発生している以上、それは当然のことだろう。 しかし、さすがに昼間も外出しない状態では生活が成り立たないと、村中にそれを徹底することは不可能で、 討伐隊は村人の生活の護衛を兼ねながら山中の探索などを行っていたらしい。 そして ――――― 魔物は退治された。 「え? 退治されたんなら、それでいいんじゃないの?」 当然の疑問であろう。 拍子抜けしたかのように思わずそう返してしまう。 「ギルドに依頼されたという討伐隊の一人が、魔物を焼き払ったと言いました。ですが・・・」 ――――― 魔物の死体は誰一人確認していなかった・・・ 「そして、私は確かにこの目で見たのです ――――― 魔物を葬ったと告げた討伐隊の男が、 妻をその手にかけるのを・・・!!」 「・・・え、えええっ!?」 問い詰めたところ、その男はこう言い放ったという。 ――――― この女は、既に手遅れだった ――――― 傷は、男による太刀傷のみ。 『手遅れ』とは襲われた際に負った傷が致命傷であったという意味ではなく、既に『噛まれていた』という 意味だったのだろう。 「そんな馬鹿な話はない! 妻は・・・妹に供える花を摘みたいからと、その男が護衛して出かけたばかりだったんだ!」 突如、今までにない形相で男は叫んだ。 「噛まれた後でも適切に処置すれば間に合うかもしれない・・・だから、手遅れにならないよう決して一人で外出するな・・・と、 言われていた。だから妻は一人で出かけなかった・・・それなのに!」 叫びは嗚咽へと変わる。 男の怒りも悲しみも最もだ。 この状況だけ聞くと、明らかにおかしい。 「私は・・・あの男こそが魔物の正体だったと確信しています・・・ この街に潜み、何食わぬ顔で討伐隊に加わっていたあの男・・・」 ――――― あの男の、氷のように冷たい青い瞳と銀色の髪を、私は決して忘れない ――――― 一つ前の話を読み直す あとがき・・・ しまった! シェアル小説にするつもりが、シェゾ全然出てこない!! 最初からストーリーの骨組みは決まっていた状態で書き始めたのですが、ここまで出てこないとは・・・ 思いもしませんでした(汗) まあ・・・仕方ないか。展開上。 メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |