『真実は 闇の中』






第一話 『裏町の宿』



「 ――――― 妻と、妹の仇をとりたいのです」

 肩を震わせ、その男は擦れた声を時折裏返しながら絞り出す。

「どうか・・・私を、私達を助けてください・・・!」

 見ている側が心苦しくなるくらいに、地に額をこすり付けるかのように何度も頭を下げる。

「このままでは・・・私は生きていくことができませんっ!!」

 やつれきった男の体は、随分と小さく感じられる。
 見た目の年齢も、これまでの話から想像できるものから比べて随分と老けて見えた。


 ――――― この男を、哀れと言わずして何と言うべきだろう ―――――


「わかったよ。ボク・・・何とかしてみる」

 同情からの安請け合い ――――― 理由はただそれだけ。
 更に付け加えるなら、ほんのちょっぴりの好奇心と、いわゆる『自分の都合』というやつ。


 ただ、その『安請け合い』が、一つの『罪』へと姿を変えようとは・・・


 ――――― この時のボクは、想像だにしていなかった。



 * * * * * * * * * 



 その街は、近隣ではそれなりの規模を持つ大きな街であった。
 商工業も発達し、自治も円滑に執り行われている。
 いわゆる『都会』である以上、物騒な噂を聞かないこともなかったが、その一方で自警団のシステムも確立しており、 旅人が過ごすのに不自由は感じられない。
 この地域でのみ生息するという高価な薬草を取引するためなのだろう。往来には商人風の出で立ちをした旅人の姿も多い。

 そのため、当然街には、多くの宿が存在するわけであるが ―――――


「・・・ったく、何度迷えば気が済むんだ・・・」

 窓際に腰を下ろし、古びた本を片手に彼がそう言い放つ。

「迷ってないよっ・・・き、今日は」
「・・・その割には遅かったな。ま、1週間も通っていて迷う方がどうかしているが・・・」

 毒づきながら視線を手元へと戻す。

「大体さ、こんな大通りから外れた宿なんかとるから判り難いんじゃないか」
「ついて来たのはお前の勝手だろう? ここが気に入らないのなら、自分で好きな宿をとれば済むことだ」
「う・・・確かに、そうだけどさ・・・せっかく同じ街にいるんだから、 別々の宿とることないだろうし。ほら、旅は道連れ・・・とか言うし・・・」
「勝手に道連れにされた身にとっては迷惑な話だがな」

 本当に迷惑そうな口調だけならまだしも、オマケに溜息までついてくる。

 とはいえ、図星であるだけに反論はできない。
 反論はできないが ―――――

「どっちにしても、明日でボクの課題は終わるから、もうどうだっていいけどねっ!」

 頬を膨らませ身を翻すと、他の逗留客に迷惑なくらいの勢いで木戸を閉めて走り去る。

 古びた宿の薄い壁。さぞかし音が響くことだろう。
 きっと今頃、隣の部屋の神経質そうな剣士に苦情をまくし立てられている頃に違いない。

 いい気味だ。


 彼の言う通り、アルルがこの街を訪れて1週間が過ぎようとしていた。

 近隣の地域に点在する遺跡や神殿、そこに描かれている壁画や納められている魔導具の歴史的背景の調査レポート・・・ 当然、魔導学校から出された課題であったが、時間ばかりかかる上に、それ程興味深いものではない。

 行き先は、本人が自由に決めることができたため、アルルはこの街を選んだ。
 数日前より、彼が滞在しているはずだったから。

 丁度この地方特有の薬草の収穫時期。
 多くの薬商人が他地域から集まってくるため、そんな彼らとの取引を目的に、薬草とは 直接関係のない業種の商人達も数多く訪れ、自らの商いに励む。

 掘り出し物を格安で手に入れやすいし、手持ちの品を高く手放すことも可能だろう ―――――

 先日彼と偶然会った折に、そんな話をしていたのを思い出したからだ。

 退屈な課題の合間には、それなりの退屈凌ぎが必要だ。


 一方で、シェゾの方はというと、突然後を追ってきたアルルの姿を見て驚きこそしたものの、その後は我関せずの態度。
 課題や暇潰しに付き合ってくれるわけでもなく、時折部屋に押しかけて一方的に喋りまくるアルルに対して お義理ばかりの生返事を返してくれればまだ良い方。
 今日のように、彼の方から口を開くこと自体が珍しい。

 その彼が、今開いている本は、街の古本屋で購入したものらしい。
 一見したところ、魔導書や魔導に関わる学術的な書物というわけではなさそうだが、 一般人が気楽に読めるような娯楽的なものでもないようだ。
 さすがの彼も、一日中部屋に篭って本を読みふけっているわけではあるまいが、かといって特別外出することもないらしい。
 時折昼夜を問わず出かけることはあるようだが、それ程長くは部屋を空けることはなく、強いて言うならせいぜい野暮用を 片付けてくる程度。
 昼間は街の図書館や博物館、または土地の古い魔導師の元を訪れて課題に取り組んでいるアルル自身が、 そんな彼の様子を知る術はないのだが、宿に滞在する他の客同士の会話で、それとなく伝わってくる。

 それだけ長期滞在している客が多いということでもあるが、つまりは・・・この時期のこの街にはそれだけの魅力が あるということ。
 シェゾの隣室に滞在している例の剣士も、別の高級な宿に止まっているという遠い街の大商人の用心棒として この街を訪れたのだと聞いた。
 半ば観光気分の商人が街の近郊に出向く際や、大きな取引のある時以外は護衛の役もないため、 シェゾと同じく部屋に篭っていることが多いらしいが、それは事情がはっきりしている分納得もいく。

 そう考えると、彼の行動の意味は更にさっぱりわからない。
 積極的に商人の集う市場に出向くこともしなければ、情報収集に勤しんでいる素振りすら見られない。


「なんか・・・嫌なカンジ。まるでボクを避けてるみたい・・・」

 露骨にそういう態度をとるわけでもないし、普段の彼の言動から考えると別段珍しいことでもないのだろうが、 やはり腑に落ちない。

「このまま・・・ボクだけ先に帰っちゃうのって、やっぱり悔しいなぁ・・・」

 根拠は全くといって良いほどなかったが、彼が何かを隠しているような気がしてならない。

「ボクに内緒にしておきたいくらいに魅力的なダンジョン探索とかぁ、超レアな魔導具とかぁ、もしかしたらヤバイ系の何か なのかもしれないけど・・・」

 彼に独り占めされることが悔しいのか、自分を除け者にしようとしていることが悔しいのか。
 ・・・かといって、彼にその疑問をぶつけることで、『仲間に加えて欲しい』と切り出すのも更に癪な気がして。

 そう考えを巡らせながら、食事のため一人で外出した帰り道のことであった ―――――


「魔導師の方でいらっしゃいますか?」

 その男は目前に現れるなり突然こう切り出した。
 慌てて走り寄ってきたためなのか、若干息があがっている上、僅かに声も裏返っている。

「そ・・・そうだけど・・・」

 とりあえず否定はしない。
 魔導学校に籍を置いている以上、正確にはまだ『卵』にしか過ぎない存在だが、 そこいらの魔導師達より腕がたつ自信はそれなりにある。
 この時点で自らの経歴を正直に伝える必要もあるまい。

「お願いがあるのです。どうか・・・」

 男は、その場に倒れこまんばかりの勢いで頭を下げる。

「ち、ちょっとちょっと・・・っ! 突然そんなことされても困るよっ!!」

 慌てて男に駆け寄り、とりあえず話を聞く旨伝えてみる。

「あ、ありがとうございます。ありがとう・・・」

 この時点でその頼みとやらを了承したわけではなかったが、まるで泣き出さんばかりの表情を浮かべ、 肩を震わせながら男は、何度も何度もそう呟いた。



「・・・魔物、退治?」

 怪訝そうな声が返される。

「うん。ボクの課題は明日で終わるし、だけど提出日までは少しだけ余裕があるし・・・その間にチャチャっと」
「チャチャ・・・っと、どうするんだ?」

 明らかに声に不機嫌な色が混ざる。

 それはそうだろう。
 アルルが勢い良く部屋に飛び込んだ時・・・時間的にはそれ程遅い時刻でもなかったが、宵っ張りの彼にしては珍しく既に 明かりを消して横になっていたようだった。
 それでも眠りに落ちていたわけではなかったのだろう。
 いくら彼でも、不特定多数が逗留する宿の自室の戸締りすらせずに就寝するとは思えない。
 布の擦れ合う音と共に気だるそうに体を起こし、深い息をつきながら寝台横の明かりを点した。
 寝起きの彼の機嫌が悪いのはいつもの事。
 特別気にかけるようなこともせず、アルルはつい先刻、街で出会った男の話を捲くし立てたのであった。

「だから・・・退治してあげようよ。ボク達で」

 至極当たり前のようにそう返す。

「・・・何故」

 『退治』に対しての疑問なのか、『ボク達』という表現そのものに対するものなのか・・・
 深くは考えずに、アルルはそのまま話を進めることにした。

「えー、だって・・・気の毒だと思わない? その人、家族を魔物に殺されちゃったんだよ?」
「その『気の毒』とやらで見知らぬ通行人の頼み事を安易に全て引き受けていたら、収拾がつかなくなるとは思わないのか」
「収拾・・・って、なんだよっ! 大体シェゾだって、旅先とかで成り行きで仕事受けたりするじゃないか」

 それ程頻繁にあるわけではないだろうが、実際そういうことは珍しくはないだろう。

「この街にはギルドがある。魔物退治ならそこに依頼するのが筋ってもんだろ」
「まあ・・・確かにそうだけど・・・お金とか、あんまり持ってないみたいだったし」

 冒険者やそれに類する者達を取り仕切るギルドでは、依頼を受けた仕事に対して様々な意味で責任を持つのと引き換えに、 それなりの報酬を受け取るシステムとなっている。
 当然慈善事業などではない。

「なら自警団に話を持ち込めば良いだろう。その魔物が町に潜んでいる・・・っていう情報が本物なら、手を打たないはずはない。 奴らは半分慈善事業だ」

 かなり弊害のある表現ではあるが、確かに一理ある。

「う・・・でも、でも・・・約束しちゃったし・・・ね? 少しは報酬も出してくれるって言ってたし、シェゾだって 毎日部屋の中でゴロゴロしていて退屈でしょ?」

 理詰めでこの男に敵うはずはない。
 説得するというよりは、妥協してもらえればそれで良い。

「 ――――― 断る」

 気持ち上目使いで妥協を誘ったアルルに向けて、彼はたった一言そう言い放った。

「え、なんで? 退屈しのぎでお金貰えるんだから良いじゃないか!」
「興味がない。何か問題あるか」
「ある。ボクがこんなに頼んでいるのに、キミって冷たすぎ!!」
「だからなんだ。俺にはそれを引き受ける義理も義務もない」

 話は堂々巡り。

 いつもの彼なら、最初は面倒だと文句を言いつつも、結局は手助けをしてくれるはず ―――――

 そう信じて疑わず、最初から彼に頼りきろうと考えていたのは事実。

 そんな自分に非があることは重々承知している。
 そんな甘い考えを持っていた自分を恥ずかしくも思う。


 だけど ―――――


「もういいよっ!! ボク一人でやるから!!」

 夕刻の小競り合いとは比べ物にならないくらいの声でそう叫ぶ。
 正確には ――――― 叫んでしまった。

 半ば、意地。
 それ以外の何物でもない。

「 ――――― 」

 もはや、引っ込みはつかない。

「キミの助けなんて借りなくても、ボクが魔物を退治するんだから!!」

 更にそう叫び、そのまま彼の前から走り去ろうと体を反転させる。

「 ――――― 待て」

 言葉と同時に、手首を強くつかまれる。

「・・・・・・!」

 思わず振り向いた先には、当然自らの腕を拘束する彼の姿。

「・・・・・・」

 恐らく、この行動自体が反射的なものだったのだろう。
 手首を強く握ったまま、寧ろ彼の方が一瞬驚きの表情を浮かべたような気がした。

「・・・シェゾ ――――― 」

 青い透き通った瞳が、手首と共に自らの体を捕らえて離さないような錯覚さえも覚えた。

 この場で、素直に謝ってしまえたらどんなに楽だっただろう。
 一方的に意地を張っているだけで、元々、揉め事になるような問題ですらないのだ。

( ――――― 痛い・・・かも)

 それ自体は当然のことであろう。
 咄嗟のことで、必要以上に力が入ってしまったのかもしれない。

(・・・やっぱり、ちょっとだけ・・・痛い ――――― )

 彼につかまれた手首が物理的に痛いわけではない。
 先刻の ――――― 街で出会った男を思い出したから。

 魔物退治を引き受ける旨を男に伝えた時、彼は涙を流しながら感謝の言葉を並べたてた。
 涙に濡れた手でアルルの小さな手を縋るかのように取り、決して強い力ではなかったものの、しっかりと握り締めた。

 たった今出会ったばかりの見知らぬ男に年頃の乙女が気安く手を握られることは、決して気持ちの良いものではないのだろうが、 まるで神に向かってそうするかのような男の様を見ると、さすがに自らのその手を引っ込めることはできなかった。

(やっぱり・・・見捨てられないよ。シェゾが何と言おうとも ――――― )

 握られた掌と、つかまれた手首との違いはあったけれど。

「・・・痛い。離して」

 辛うじて平静を保ちつつ発したその言葉は、寧ろ平淡な響きとなる。

「 ――――― 」

 振り解こうとアルルが力をこめるのと、シェゾ自身が力を緩めたのはほぼ同時。

 手首を拘束したこと自体が意図的なものではなかったのだろう。
 特に躊躇う素振りも見せずに、彼女を解放する方が一瞬だけ早かったのかもしれない。

「 ――――― っ!」

 払った手の甲が、勢い余って彼の右腕に当たる。
 それは僅かに触れる・・・いや、掠る程度に過ぎない刺激。

 しかし ―――――

「・・・・・・」

 大袈裟なほどに彼が顔を顰めるのをアルルは見逃さなかった。

 だが、それも一瞬。
 すぐに普段通りの彼の表情に戻る。


 ――――― 『ごめん、痛かった?』


 何故、そう言わなかったのか。

 先刻から聞こえている耳障りな音に苛立ちを覚えたのかもしれない。
 恐らくは、隣室の男が『煩い。静かにしろ』・・・と、剣の柄などで壁を小突いているのだろう。
 小突く音の方が煩い・・・というのは、この際別の問題であろう。
 騒ぎ出したのはこちらが先だ。隣室の男の罪はない。


 そう、苛立ちの原因は自分自身 ―――――


 苛立つ自分に対して、更に苛立ちを感じる悪循環。

「じゃあねっ!」

 まるで言い捨てるように一言告げて、そのまま彼に背を向ける。
 今度は引き止められぬよう、一瞬の間すら置かずに部屋の外へと駆け出した。

 単純に、他に言うべき言葉を思いつくことができなかったから。

 これ以上、張らなくても良い意地を張り続ける自分の様を彼に見られたくなかったから。


 ただ ――――― それだけのこと。






『真実は 闇の中』 第二話に続く・・・






あとがき・・・


 ・・・えーと、何を書こうかな。
 テーマは、『シェゾとアルルの喧嘩』・・・ではなく、全然別のところにあるのですが、なんとなくそういう流れになって しまったというか、せざるを得なかったというか・・・
 まあ、そういうことですので、ラブラブぅな二人がお好みの方にはごめんなさい。

 話としては・・・『闇が〜』より後の話になります。
 『闇が〜』関連の時系列には、ちょっと拘りがありますので、自分的にはそういうつもりで書いていますが、 読んでくださる方には全然関係のないことなので、この中編単体でお楽しみいただければ・・・と思います。
 (もしかしたら、2話以降で『闇が〜』との関わりのある記述をこっそり書くかもしれませんが・・・汗)

 書き始めた時点では、4〜5話程度の中編になるのでは・・・と考えていますが、どうなるかなぁ。

 ある程度書き進めてからUPしようかと考えていたのですが、ちょうど更新の予定があったので見切り発車。
 話進めていく内に、矛盾点とかできちゃって、あとで部分的に修正する羽目になったりして・・・(滝汗)  





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