『おなかがぐ〜』第四話 『出前、いっきま〜す☆』「おかしいなー。もう戻ってくる頃なんだけど・・・」 時刻は夜。 場所はアルルの店から少し離れた小さな神殿跡。 神殿そのものは何の魅力もないありふれた古い建造物で、内部もほとんど痛みがなく、街からも 比較的近い・・・という理由からか、昼間であれば、子供達だけで遊びに来たとしても、 誰も咎めないようなところであった。 アルルも、昔は何度か遊びに来たことがあったのだが・・・ 「ア、アルルさん? 本当にこの中にシェゾさんが・・・?」 恐る恐る声をかけてきたのはセリリ。 先刻たまたまここに来る途中に出会った・・・というか、助けたのであった。 夜の神殿は、例え見慣れた者であってもなんとなく不気味で、 カーバンクルを留守番として店に置いてきた(眠っていただけともいう) アルルにとって、一人で待たされることを考えると、例え相棒がセリリでも 心強くはあったのだが・・・ 「ねぇ・・・別に帰ってもいいんだよ。シェゾに出前届けるのはボクの仕事で、 セリリには全然関係ないことなんだから」 そう、アルルの手には、出前専用に急遽用意したバスケット。 出前用というよりは、ピクニック用のものなのだろうが、贅沢は言って られない。 アルルが神殿の中のシェゾに出前を届けるようになったのは、3日程前の ことであった。 先日、『闇の魔導師料理ショー』と称して、タダ働きさせてしまった分のアルバイト代のかわりに、しばらくの間、 ここに出前する約束をしていたのである。 「そんなこと・・・ないです。アルルさんが来なかったら、わたし、 あのままどうなっていたことか・・・」 アルルがセリリを見つけたのは、神殿の近くの、堀の底・・・正確には、堀は干上がっていて ・・・言い換えるなら、単なる深い溝の中でセリリは目を回していたのであった。 セリリの横には、いつもの(?)タライ・・・ いや・・・よく見ると、タライには四輪の車輪とレバーのようなものが ついていて、飛び出したモーターらしきものからは白い煙が出ていた。 「陸上での移動用に・・・と、ウィッチさんが作ってくださったんです」 堀の底から何とか引き上げた後のセリリの説明である。 ウイッチにしては、ずいぶん親切な行為ではあるが、髪の毛を数本 持っていかれた・・・とのことだから、本来の目的はこっちの方だった のであろう。 しかも、電動タライには、ブレーキがついていなかった・・・ 「わたし、アルルさんのお手伝いがしたいんです。・・・それに・・・」 「それに・・・なに?」 アルルがそう問いかけたのとほぼ時を同じくして、神殿の奥の方から、 小さな爆発音のような音が聞こえた。 「・・・な、なに? 今の・・・」 「シェゾさんの身に、何かあったんじゃないでしょうか。アルルさん・・・!」 シェゾの身に・・・かどうかはわからない。 それに、そう簡単にシェゾに何事かが起こるとも思えない。 ・・・が、ここで彼を待ちながら時間を過ごし続けることを考えると、 例えどんなに小さな出来事だろうと、好奇心の対象になるわけで・・・ 「とりあえず・・・行こう、セリリ!」 「・・・は、はいっ!」 とは言っても、『行く』のはアルル。 モーターの無くなった電動タライにくくりつけたロープを引いて、ゆっくりと神殿の中へと 足を踏み入れる。 外からの月明かりも入らない神殿の奥も、先客が灯したと思われる 松明のおかげで、苦にならずに進むことができた。 神殿の中は、昔と何も変わっていなかった。 ただ1つ、大広間の中央に座していた石像が倒れ、その下に隠されていた 階段が現れていること以外は・・・ 「ダンジョンはこの下なのかぁ・・・」 階段が見つかったのは、数日前のことであった。 中は、地上部分の神殿からは想像もできないほど広大なダンジョンになっており、入り口近く からは、数冊の魔導書と、年代ものの装飾品などが見つかったという噂である。 シェゾがここに入り浸っているということも、納得がいくことである。 正確にいうと、ここに入っているのはシェゾだけではない。 これほどまでに魅力ある神殿である。彼以外の魔導師や剣士、研究者や トレジャーハンター等、大勢の者がここを訪れていると思われる。 その大半の者は、夜を迎える前に一旦街の方に引き上げている筈であるから、 どの程度の人数がここに留まっているのかは見当も付かないが、先刻、 『シェゾの身に・・・かどうかはわからない』・・・という表現を用いたのは、 こういった理由からであった。 ちなみにシェゾは、食事と物資の補給等の最小限の行動を取るため以外は、 昼夜問わずここに留まって、内部の探索を続けているらしい。 本音を言えばアルルにとっても、このダンジョンは魅力的なものであったのだが、オープンした ばかりの店を放って冒険に明け暮れるわけにもいかず、 今までずっと我慢してきたわけであった。 『出前のため』という名目で、ほんのちょっとだけでも中に入れることが、 アルルは嬉しくてたまらないのであったが・・・ 「困ったなぁ・・・ここから階段だよ」 とてもセリリの電動タライを引きずっては降りられそうにはない。 「ひどいっ・・・わたしをこんなところに 置き去りにしようと考えているのねっ」 これは彼女の被害妄想でもなんでもなく、図星。 「・・・だって、ムリだよぉっ! ボクももっと早くに気が付けばよかったんだけどさ」 「そんなこと言って・・・もう、わたしを置いていくことしか 考えていないのねっ! 何かいい方法がないか、考えてもくれないのねっ」 「そんなこと言ったって・・・は、こっちの方だよぉ」 アルルは困り果てる。 「こういう時は、階段のすぐ横に『非常用エレベーター』の隠しスイッチが あったりするのがお約束なのに・・・っ」 「・・・あ・・・あった・・・」 まさしくお約束。 セリリの言った通りの場所には、なんと、小さく魔導文字で 『緊急非常用エレベーターの使用方法』と書かれたプレートがあった。 「これは、本格的ストーリー小説ではなく、ギャグ漫画が原作のお手軽小説ですから」 セリリが意味不明(笑)なことを言っている間に、アルルはプレートに したがって、エレベーターの扉を開け、タライごとセリリと中に入る。 ー―――― が。 「動きませんね」 説明書の通りにエレベーターを作動させようとしたものの、全く 動く気配すら見られない。 「ま・・・まさか?」 「・・・? 原因がわかったんですか?」 セリリが身を乗り出して、アルルの顔を見上げる。 考え込むような仕草をしたまま、アルルはこう答えた。 「もしかして、重量オーバーなんじゃないかな・・・」 しばし沈黙・・・ 「そんなっひどいわっ! アルルさんはそんなに重くないはずなのにっ!」 アルルは思いっきりずっこける。 「・・・あ、あのねぇ、どー考えても、ボクより、キミのタライの方が 重いんだと思うんだけど」 再び沈黙・・・ 「ひ、ひどいっ、そんなこと言うなんて・・・アルルさんはお友達に なってくれたと思ってたのに・・・」 「別に、そーゆー意味じゃなくてっ!!」 2人が言い争っている間に、何者かが階段を駆け上がってきた。 「きゃあっ!!」 不意の第三者の声・・・というか悲鳴に、アルル達は驚いた。 恐らくは、会話(?)に夢中で、階段の方に注意を向けていなかったのだろう。 「・・・やめてっ! 殺さないでっ!!」 声の主は、階下のダンジョンから現れた少女。 何かに脅えきっている様子で、体を硬くしたまま震わせている。 「あれ・・・? キミ、チコじゃない?」 「・・・え・・・? もしかして・・・アルルさん?」 そう言ってゆっくり上げた顔は、アルルの思った通り、チコのものだった。 「どうしたの? ・・・まさかこの神殿もチコの一族のもの・・・ ってわけじゃあないよね・・・?」 「・・・それとも、お隣の『おうち』と間違えて入ってきちゃったとか・・・?」 大マジメな顔でボケをかましたセリリを無視する形で話は進んだ。 チコは、自分の神殿と、この神殿地下のダンジョンとの関わりの有無を 調査することを命じられて、数日前から探索に入っていたのだそうだ。 ダンジョンは広く、調査は一部が終ったに過ぎなかった。しかし、 一族との関わりはないと思われたため、引き返すことを決め、帰路を急いでいたところ、突然、 何者かに襲われて、必死で逃げてきた・・・とのことなのだが・・・ 「そんな、危険なダンジョンなのかぁ。みんな平気で出入りしてるけど、 大丈夫なのかなぁ」 「・・・え? みんな・・・って、わたし達以外にもここに入っている方が いらっしゃるの?」 「誰にも会ってないの? 結構いるみたいだよ。噂では『転移の間』ってのが あって、脱出も簡単にできるんだって」 「・・・え? 転移の間・・・? それ、なに・・・?」 「ええっ!? もしかして、ずうっと何日もダンジョンの中に入りっぱなしだったの?」 チコは無言でうなずいた。 「・・・う、うっそぉ・・・」 アルルがそう言って、言葉を詰まらせたその時である。 「あ、アルルさんっ! 階段からまた誰か上ってきますっ!!」 セリリが叫んだ。 それを聞いたチコは再び体を震わせ、アルルの陰に隠れようとする。 「・・・恐ろしい目つきをした、凶暴な魔物が潜んで いるのっ!! わたし・・・怖くって動けない・・・」 チコのその言葉に、アルルにも緊張が走る。 「ま・・・まかせて。なんとかやってみるよ・・・」 相手はこちらより低く、狭い階段からやってくる。 不意を付くことさえできれば、逃げ場のない状況にアルルの魔法を叩き込む ことができるはずである。 例えダメージは少なくとも、唯一の前方へのルートである階段で魔法を炸裂させている間に 皆で逃げることも可能であるし、何とかなりそうな気配なら、そのままトドメを刺すところまで もっていけるかもしれない。 正体不明の魔物は、彼女等の思惑を知ってか知らずか、ゆっくりと階段を上ってきている。 一歩。また一歩・・・ 「・・・・・・」 緊張がピークに高まったその時、アルルは魔力を発動した ――――― 「・・・・・・」 アルルが魔法を放ってから数分が経過していた。 神殿の中には、無傷のアルル達と、階段を上りきったところで息絶えている(笑)シェゾ ・・・ そう、階段を上ってきたのは、シェゾ。 チコが魔物だと思い込んでいた存在もシェゾ。 当然、アルルがありったけの魔法を使いまくった相手も、シェゾ・・・ 「き、貴様らなぁ・・・ちゃんと相手を確認してから攻撃しようとは 考えなかったのか・・・!?」 意外と元気なシェゾがそう言った。 「だからぁ、ちゃんと謝ったじゃないかぁ。大体シェゾが 悪いんだよっ! チコを脅かすようなことをするからー」 『脅かすような』・・・とはいっても、全てはチコの勘違い。 崩れかけて、先へ進めなくなってしまった通路の瓦礫を魔法で吹っ飛ばした シェゾの姿を見て、一人で勝手に怯えてしまったというわけで・・・ 「・・・大体だなー、お前は一体何しにここまで来たんだ?」 さすがにアルルもこのシェゾの台詞には憤慨した。 「ちょっとっ! それどーゆー意味? 約束通りに 出前に来てあげたんじゃないかっ!」 シェゾは大きくため息をついた。 「・・・出前、な? それなら、『俺の分』を出してもらいたいんだがな・・・」 シェゾの言葉の微妙なイントネーションに不審を覚えたアルルは、 恐る恐る背後に視線を移してみる。 「・・・ごめんなさーい。何日もダンジョンの中にいて、おなかがペコペコだったのー」 チコがたった今平らげたもの・・・それは、言わずと知れた、シェゾから 頼まれた、出前の夕食・・・と、翌日用の保存食・・・の全てであった・・・ 一方、その頃のサタン様は・・・ 「確か、この辺にあったと思うのだが・・・」 サタン様の探し物は、『マスクドサタン』または『マスクド校長』等で お馴染みの、あのかっちょいい(笑)マスクである。 さすがについ先日、アルルの店の前で大騒ぎしてしまった以上、 そのままの姿でもう一度出向くのは気が引けたのであろうか・・・ 「お、あったぞ・・・って、なんだか、今まで使っていたマスクと デザインが違うような気もするのだが・・・ま、いいか」 とりあえずはマスクが見つかって安心したのか、サタン様はそれを大事そうに 枕もとに置くと、ベッドに入って明かりを消した。 そして、すぐに眠りにつく・・・ 「・・・ふふ。やっとそのマスクに気が付いたみたいだね。 ・・・これからどうなるのか、たっぷり楽しませてもらうよ」 サタン様の別荘の庭にある、窓の近くの大きな木の枝に腰掛けて、 一人の少女が冷たい笑みを浮かべた。 今まで夜の闇を照らしていた月明かりが、暗く厚い雲によってほんの一瞬だけ 閉ざされる。 柔らかな光をもって、再び月が姿をあらわしたその時・・・少女の姿は、すでに その場から消え失せていた ――――― サタン様・・・もしかしたら、大ピンチ・・・かも? あとがき・・・ はい。セリリ・チコ登場の話と、サタン様大ピンチ(?)・・・の話。 実は・・・この『サタン様ピンチ』の話は次回以降の伏線でもあるのですが・・・まあ、 それについては追々と・・・(っていうか、移転の時点で、まだ『ピンチ』は現実化 していなかったり・・・笑) メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |