『おなかがぐ〜』第十一話 『カレーショップパーティー』「最近・・・サタン様が変なのよねぇ・・・」 まるで水晶のように美しく輝く青い髪をかきあげ、そのままその毛先を指先で玩びながら ルルーはそう言って溜息をついた。 「サタンが変なの・・・って、いつものことじゃないの?」 その一言に当然ルルーの表情が変わる。 「・・・い、いや・・・別に・・・つ、続けてっ」 さすがに失言だったとアルルは、何事もなかったかのようにグラスを磨く。 そう・・・ここはアルルのカレーショップ。 当然、客はいない。 カウンター席には会話の相手のルルーが座っているが、食事をしてくれない人はお客ではないし、 だから水すらも出してやらない。 ・・・それでも、最初の頃は水くらいはサービスしていたこともある。 仮にも商売人の端くれとして、そのくらいの気配りは必要であるし、まあ・・・友達としての 感情もないわけでもない。 ――――― が、水道代もバカにならないのだ。 先行投資も大事だが、それにだって元手は必要である。 相変わらず、アルルの店はビンボーであった・・・ 「あんたは黙って聞いてさえいればいのよっ!」 アルルの顔を見ようともせずとりあえずそう言い放ち、再びルルーは溜息をついた。 「・・・で、サタンがどうしたって?」 「そう・・・問題はそれなのよねぇ・・・」 実のところ、先刻からずっとこのような調子で、一向に話が進んでいないのである。 「何か、気になることがあるんなら、ボクが様子見てこようか・・・?」 「ダメよっ! それだけはっ!!」 突然立ち上がったルルーに、思わずアルルはグラスを落としそうになる。 「サタン様の危機は、アタクシがお救いするのよっ! あんたは何かいいアイデアがあれば、 ただそれを教えてくれればいいの」 失礼極まりないルルーの台詞ではあるが、アルルとしてもわざわざ彼に関わりあいになりたくは ないわけで、逆に『それなら頼むわ』と言われなかったことに安堵したりもする。 「実を言うとね・・・最近、お店とか他のこととか、いろいろ忙しくって、サタンにはしばらく 会っていないんだよねー。だから、サタンに何かあったのかどうかとか 良くわからないんだけどさー」 『他のこと』に忙しかった・・・というのは、例の『アレ』のことであるが、 まあそれは置いといて・・・ 「何て言うのかしら・・・簡単に言ってしまえば、お元気がないっていうか、お体の具合が 良くない・・・って言うか、そんな感じなんだけれどね、御病気・・・ってわけでも ないみたいなのよ」 「うん・・・サタンが病気・・・って、ちょっと想像つかないもんね。・・・っていうか、サタンが もし病気なら、怪しげな病原菌とかが街中に広められちゃっているような気もするし」 「・・・でしょ?」 何気に、かなり失礼なことを言いまくっているような気もするが、当のルルーが気付いて いないようだから、まあ訂正することもないだろう。 「でも・・・魔族とかだけかかる病気とかもあるかもしれないし・・・ちゃんとしたお医者さんに 見てもらった方が良いかもよ」 魔族にちゃんとした医者がいるのかどうか、いたとしてもそれがどこにいるのかすら知ったこと ではなかったが、とりあえず正論なアドバイスであろう。 「そうねぇ・・・」 「あ。でも、昨日インキュバスに会ったんだけど、ピンピンしていたし・・・魔族に 病気が大流行している・・・ってことはないかも」 仮に病気であったとして、それが伝染性のものであるという保証は何もないわけであるが、 どうも彼の普段の行いを考えると、他人への大迷惑抜きに病気にかかるとは思い難い。 「単なるストレスとかかもよ。ほら、ハゲになるとストレスがたまる・・・って言うし」 ――――― 逆である。 逆ではあるが・・・一般論から考えて、あながち間違いではないのかもしれない。 「サタン様へのメンタルケアは、アタクシの愛でバッチリのはずなのっ! ストレスなんて ありえなくてよ」 かえってストレスがも溜まるかもしれない・・・というツッコミの言葉を、アルルはなんとか 飲み込んだ。 「・・・でも、もしかしたら、アタクシが思う以上に、カッパハゲのことを気にしていらっしゃる のかも・・・」 「だけど、普段はヅラかぶってるんでしょ? 何だかんだいって、ボク・・・サタンのハゲを 直接見たことないし・・・」 「ヅラは蒸れるから、かえって頭皮に良くないとも言うし・・・ああ、心配だわっ!」 いつの間にか論点がすりかわっている。 「そうだ。みんなでなにか楽しい催しでもやろうよ。いつも、宴会とかお祭りって、 サタンが主催者でしょ? たまにはボク達が催して、そこにサタンを招いて楽しんでもらう ・・・ってのもいいと思うんだけど」 「・・・アルル、あんたにしては、なかなかいいアイデアね。それ・・・いただくわっ!」 勢い良くカウンターテーブルを叩き、ルルーは再び立ち上がる。 とりあえず・・・カウンターにヒビは入っていない。 「主催者は、アタクシよっ! 文句ないわね」 「全然ない」 即答。 「膳は急げ・・・って言うわよね。そうと決まれば早い方が良いに決まっているわ。そうね・・・ 今晩、今晩開催するってのはどうかしら」 「ええっ? それって早過ぎない? 準備とか大丈夫?」 「大丈夫よ。だって、あんたが準備するんだから」 あっけらかんと言ってのけるルルーにアルルはただ目を丸くしている。 「バカね・・・全部あんたの店の売上にしてあげる・・・って言ってるのよ。そのかわり・・・ それ相応のものを用意しないと承知しないから」 言いながら軽くウインクしてみせるルルーに、アルルは歓喜の表情を見せる。 「えっ? いいの? ルルー・・・ありがとうっ。ボク、頑張るよっ!!」 心から嬉しそうな声で答えるアルルに、ルルーはこう付け加えた。 「ただし・・・数が数なんだから、割引くらいしなさいよ。・・・あ、必要経費はちゃんと 明細とっておいてね」 そして ――――― 日が暮れる頃には、アルルの店には多くの知人達が集まりだしていた。 「でもさ・・・この店にこんなに人が集まるのなんて、初めてのことじゃないの?」 「どうせ辺りは、何もない原っぱなんですから、いっそのこと野外パーティーにするのも 手かもしれませんわ」 会話しているのは、ドラコとウィッチ。 彼女らの他にも、さすがに、夜までには準備しきれないとの判断で、自ら手伝いを買って出た 者達や、中には無理矢理連れて来られて者もいるにはいたが・・・ 「おい、お前ら。どーでもいいが、早く会場を作ってしまえ」 乱暴な口調に振り向くと、そこにはシェゾの姿があった。 「あれ・・・やっぱりあんたも来ていたんだ。さすがに・・・タダ飯だもんねー」 「ドラコさん・・・考えが甘いですわね。 ルルーさんに力づくで拉致されたに違いありませんわっ!」 「何でもいいから、早くしろっ!! 大体なんで俺がこんなことを・・・」 恐らく両方とも図星だったのだろう。 そう言い残し、シェゾは再び調理場へと戻る。 「でも・・・どうしてルルーさんは、御自分のお家でパーティーを 開かなかったのでしょうか・・・」 準備の役には立てないからと、店内の隅にタライごと押しやられていたセリリが遠慮がちに 問いを投げかける。 「それなら私が直接本人から聞きましたわ。何でも・・・何の約束もなく突然自宅に招待するような 型破りなことをして、はしたない女だとサタン様に思われたくないからだ・・・って 言っていましたわ」 「あ、それならあたしも聞いた。でもさ・・・多分、自宅に招待したら逃げられる・・・って 思ったからなんじゃないの?」 「あの・・・遅くなりました。お手伝いに来たんですけど・・・」 チコの声であった。 「あ、お手伝い・・・ね。すっかり忘れていた・・・」 「そうそう、大事な相談をしていたんですわ」 「大事な・・・相談、ですか?」 神妙な顔つきで、チコが問う。 「・・・実はさ、今・・・ちょっと揉めていてさぁ」 そう言いながら、ドラコは床に広げたままになっている真っ白な長い長方形の紙を 指し示す。 「この横断幕に、パーティーの名前っていうか名目をね、何て書こうか・・・って」 「私的には、『サタン様に元気を取り戻していただく会』がよろしいのではないかと思いますの」 「それって長過ぎるってー。絶対『サタン様を囲む会』の方がそれっぽいし」 「テーマが曖昧過ぎますわっ! パーティーの趣旨がわかっていただけませんことよ」 「だからって、あまりに露骨なのもねー」 「露骨・・・って、一体どういう意味ですのっ!」 「・・・あ、あの・・・喧嘩は止めてください・・・」 セリリの言葉は、ほとんど掻き消されてしまっている。 「あの、つまりは、この紙に何て書いて貼り出すかを揉めている・・・ってことですよね?」 「まあ・・・そうだけど」 「ルルーさんによると、最近元気のないサタン様に元気を取り戻していただこう・・・っていう 趣旨の会なんですのよ」 「でも、ルルーは、あまり皆が気を使わない方がいい・・・って言ってたじゃない。 サタン様はプライドの高いお方だから、皆が心配している・・・って思われたくないんじゃないか ・・・って」 「・・・でも、ルルーさんは・・・っ!!」 「あ、喧嘩は・・・」 「あの・・・」 セリリの言葉を遮って、再びチコが会話を止める。 「なら・・・直接ルルーさんに、決めてもらえばいいのでは・・・?」 至極もっともなチコの意見に暫し互いの顔を見合わせた後、ドラコ達は突然笑い出す。 「そりゃそうだ。何もあたし達が必死になることなかったのに・・・」 「そうですわよね、責任者はルルーさんなんですから」 「・・・でも、肝心のルルーさんが見当たりませんけどぉ・・・」 ようやくセリリの方に皆が振り向いた。 「大体の想像はつきましてよ・・・。多分、家に戻ってドレスアップしているんだと思いますわ」 「パーティーの招待状とかはミノタウロスが全部配っていたみたいだしね・・・ 確かに自宅かもしんない」 「じゃあ、電話して・・・」 チコの言葉に、ドラコ達3人は首を横に振る。 「・・・この店、電話引いてないから・・・」 見事に声が揃った。 声があまりにもキレイに揃ったことに対して、セリリは密かに喜びを感じていたわけであるが、 それはさておき・・・ 「仕方ないなぁ。ちょっとひとっ飛びしてくるから・・・ちょっと待っててよ」 ドラコが戻るまでの間にほとんどの準備は整っていた。 他の客達も大半が到着し、あとはその問題の横断幕のみ・・・ 「ただいま〜〜〜!!」 店の外でドラコの帰りを待っていたウィッチ達への、空からの声である。 「どうでした? ルルーさんには会えまして?」 「うん。途中の道で。『サタン様を励ます会』でいいって言ってた!」 これだけ頭を悩ませた末の結論にしては、随分ベタな名目であろうが、 主催者がそう言うのだから、それでいいのだろう・・・ 「横断幕はあちらの木に取り付けるよう準備は済んでいますわっ! 早速書きましょう」 ・・・と、その言葉に全員が意気込んだものの、誰も取りかかろうとしない。 「いや・・・あたし、字は上手じゃないし・・・」 「わたしも、まだ人様に見せることができるほどのものではないって、おばあさまが・・・」 「あ、あの・・・わたしもダメですぅ〜」 全員が一斉にそう言うのを見て、ウィッチは僅かにあとずさる。 「ウィッチ、あんたが書けばいいじゃないのよ」 「い、いえ・・・無理ですわっ!」 「どうしてですか? ウィッチさんなら問題ないかと思いますけど・・・」 「実は・・・」 「実は?」 神妙な面持ちでそう告げるウィッチの顔を全員が覗き込む。 「さっきから考えているんですけど・・・どうしても『励ます』って漢字の書き方を 思い出せないんですの」 ・・・しばし間。 「そんなの漢字じゃなくたっていいからっ! ほらっ! ペン持って、書いてっ!!」 「ああっ! そんな無理やり・・・インクが垂れてしまいましたわっ!」 「シミになった部分が見えなくなるように上手く重ねて字を書いてはどうですか?」 「そうですわね・・・こんな感じでいかが・・・って、これじゃあ、字が大き過ぎですわっ!」 「この字の大きさじゃ、きっと全部書ききれないですぅ」 「い、いいよ・・・何とか上手くごまかそう。この際『様』とかは省略しちゃっても 良いんじゃないかな・・・フレンドリーなパーティーってことで。・・・ ほら、要点さえ書いてりゃいいって」 「だから私は『励ます』の漢字がどうしても思い出せなくて・・・」 「だから〜 そんなのテキトーでいいんだってば」 次第にエスカレートしてくる彼女達の声に、アルルが店の窓から顔を出す。 「ねえ、そろそろ時間だよー。ルルーも今ついたし、キミ達も早くっ!!」 「早くしないと、料理があたらなくてよっ!」 横断幕組は、顔を見合わせた。 「OK! たった今、終わったとこ〜」 あとは・・・主賓の到着を待つだけであった ――――― 一方、その頃のサタン様は・・・ 『アルル』の店でのパーティーと聞いて、とにかく『ルンルン気分』(笑)であった。 (さすがわが妃・・・味な真似をしてくれる) ミノタウロスが届けた招待状には、パーティーには皆が集まることは当然書いてあったし、 それ以前にミノタウロスが働いているということは、ルルーが絡んでいるということも少し考えれば わかりそうなものだったが、今のサタン様は完全に舞い上がっていた。 (ここ最近の、私の悩みに気が付いていてくれたのだな・・・なんと、優しく愛らしい 心配りだろう!!) 街を通り抜け、今度は道に迷わずにアルルの店の近くまでやって来る。 「・・・・・・」 ――――― と、そこで、サタン様は足を止めた。 道の左右にそびえる大木の枝に、真っ白な横断幕が掲げられている。 真っ白なその地に書かれた黒く太い文字は、遠くからでもはっきりと 見て取ることができる。 「・・・・・・」 そこには、些か不揃いな大きさの文字で、こう書き込まれていた。 『サタン ハゲます』 サタン様は、ショックのあまりに・・・その場で固まってしまった。 ――――― らしい。 あとがき・・・ なんだかダラダラ長くなってしまいましたが・・・ まあ、なんとなく作品原点に戻った感じの『おなかがぐ〜』でした。 次回は・・・どうしようかなぁ。 ここで思い切って新展開にするべきか否か・・・ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |