『SAGA』 第一章






第八話 『受け継がれた命』



 サガは、レイファの腕に抱かれているその子供の姿に改めて 視線を移した。
 小さな体・・・恐らく3歳か、4歳程度の幼児であろうか・・・身につけて いるのは異国の服で、華美とは言い難かったが、 決して粗末なものではない。
 体温を奪われ、白く色を失ったその肌の色と、まるで燃えるようなその 紅い髪の色がひどく印象的であった。

「・・・サガっ!!」

 レイファの鋭い声に、彼は我にかえり、彼の腕から 慌ててその小さな身体を受け取った。

「旅の途上、突然の嵐に危険な場所とも知らずに迷い込んだのだろう・・・ 両親らしい2人は土砂に飲まれてしまった。・・・助かったのは、 この子一人・・・まずは、手当てを・・・」

 今度は彼に言われなくともそうするつもりだった。

 ――――― しかし・・・

「レイファ、いくら貴方とはいえ・・・」

 体の大部分は氷柱に侵食されてしまっている。
 水と氷を操る聖闘士とは言えど、このまま放置して無事である 筈がない。
 なんと無茶なことをしたものか ―――――

「他に方法がなかった・・・ただそれだけのことだ」

 顔色から、意図を窺い知ったのだろう。
 事も無げに彼はそう答える。

「小宇宙の放出を押さえたまま崩落を防ぐ方法なんて、考えている 余裕はないだろう? これが限界さ」

 確かにそれは事実。
 下手に強大な小宇宙を放出したものなら、洞窟が凍結する以前に、その 衝撃に耐えられずに崩れ落ちてしまったことだろう。

 だから、彼は ―――――

 小宇宙を外部に放出せずに、自分の体ごと辺りの空間だけ凍結させた。
 恐ろしいほど冷静で、大胆な『方法』である。

「・・・とりあえず、まずは子供を安全な場所に移しましょう。 貴方のことですから、多少のことでの凍死の 心配だけはないでしょうし・・・」

 冗談でも皮肉でもなく、真顔でサガは言ってのける。

「ああ、そうしてくれ」

 彼の言葉を背に受けて、サガはすぐにその場を後にする。

 すぐに戻ってくる場所である。
 わざわざそう告げることもあるまい・・・



「洞窟に迷い込んでいた唯一の生存者だ。体温が低下している。 雨に濡れない所へ・・・」

 洞窟出口で待機していた兵にその子供を手渡して、サガは再び 亀裂の中へ歩を進めようとする。

「 ――――― !!」

 まさに、狙いすましていたかのような、その瞬間のことであった。

「レイファ・・・!?」

 突然の小宇宙の爆発に、サガは驚愕の声をあげる。

 辛うじて、岩山そのものの崩壊はまぬがれたが、中の状況が 悪化していることに違いはない。
 凍えるほどの冷気の流れがあることから、とりあえずは洞窟内の通路が 確保されているであろうことだけの判断がつけられた。

(レイファっ!! 何をやっている!! 小宇宙を押さえろ! 洞窟が もたないっ!!)

 咄嗟にそう小宇宙を使って呼びかける。

(・・・レイファっ!! 今そちらに向かうから・・・!!)

 彼からの応答はなかったが、サガはもう一度そう呼びかけて、 そして洞窟の亀裂に足を踏み入れようとする。

「・・・うわっ!!」

 途端、強力な冷気の風が歩みを妨げる。

(来るな・・・)

 たった一言、そう返事が返ってきた。

「な、何をバカなことを・・・!! このままでは・・・」

 今度は、声と共に小宇宙を送る。

(さっき言っただろう ――――― 『限界』だ・・・と)

 レイファの意図に、サガは更に驚愕する。

(正直に言うと・・・サガの到着が後少しでも遅れていたら、 全員がどうなっていたかもわからないくらいに際どい状況だった・・・ 間に合ってくれたことには礼を言う)
(何を弱気な・・・貴方らしくもない!!)

 サガの言う通り、彼にしては珍しいものの言い方である。

(もう、間に合わない・・・身体は全て氷に埋もれてしまった。放って 置いても私は死ぬ)

 その言葉を聞いて、サガはほんの一瞬だけ女神を恨んだ。

 この岩山そのものには聖域を守るための女神の結界が施されている。
例え、どんなに超能力に秀でた聖闘士であっても、結界内部に 瞬間移動することは不可能なのである。

 筋違いな考えであることは百も承知だ。
 だが、サガはこの・・・ほんの僅かな瞬間だけ、女神に見放されたような、 なんとも言い難い感覚に襲われたのであった。

(言った筈だ! 貴方ともあろう人が、多少のことで凍死したり するものか・・・と! 必ず助け出す!! ・・・だから・・・)

 悔しさをそのまま小宇宙に現しているかのようにそう叫んだ。

( ――――― 無理だな・・・)

 だが、間髪いれずに事も無げな答えが戻ってくる。

(フリージングコフィンという技を知っているか・・・?)

 実際にその目で見たことはなかったが、話には聞いたことがあった。

 絶対に溶けることのない氷の棺 ―――――

 敵を倒すことを目的とした攻撃の技を越えたとも言い換えることのできる、 アクエリアスの聖闘士究極の闘技の名称である。

(この氷は・・・それだ)

 レイファの言葉は『絶望』そのものを表していた。
 彼も聞いたことがあった・・・
 フリージングコフィンによって造られた氷の棺は、例え黄金聖闘士数人 がかりであろうとも、破壊することは適わない・・・と。

「他に方法はなかったのか! 貴方らしくもない・・・っ!!」


 ――――― たかが、子供一人の命のために・・・


 決して声にもしていないし、小宇宙として送ってもいない。

 正義と平和を守るための聖闘士としてあるまじき考えであることは 承知の上である。

 わかってはいたが、この先・・・全ての命あるものの平和な生活を 守るために戦い続けるであろう聖闘士と、親をなくした幼子の命・・・
 命を量りにかけること自体が間違いだということも 当然わかっている。

 それでも、彼がここで散ることにより、聖域ばかりではなく世界全体が 負うであろうダメージは計りしれないものであるのも事実。


 ――――― それでも・・・それでも貴方は、 この子供を助けたというのか・・・


(以前、カルディスが現役を退く際に、こんなことを言った・・・と聞いた ことがある)

 レイファからの小宇宙である。

(彼は教皇にこう言ったらしい・・・『私は、この平和な時代を維持するための 『場繋ぎ』の聖闘士に過ぎない存在だった』・・・と)

 初めて聞く話だった。

(その時は・・・一時、彼を軽蔑したものだよ。自らの存在意義を貶める 行為だとしか思えなかった。だが・・・今なら、私にもわかるような 気がする)

 淡々とした、それでいて迷いのない小宇宙であった。

( ――――― これが、私の役目だったのではないか・・・と)

 信じられないくらい堂々とした小宇宙は、サガを更に苛立たせた。

「何を言っている! それこそ貴方らしくない考えだ!!」


 ――――― 私の知っている貴方は、完全主義で、常に高い理想を掲げる、 非の打ち所のない聖闘士・・・

 黄金聖闘士になるために生まれてきたかのような男であった はず・・・!!


(もうこのくらいにしておこう・・・他にも何人かに小宇宙を送って おきたい。それに・・・)

 彼は一旦言葉を区切る。

( ――――― きっと君には、一生かかってもわからない ことだろうから・・・)

 その言葉がサガへ向けられたレイファの最後の小宇宙となった。

 そして、すぐに何度かの小宇宙の放出が続いたかと思うと、今度は先刻の 凍気の放出など比にはならないくらいの勢いで彼の小宇宙が 弾けるのを感じた。
 それと同時に洞窟の入口でもあった亀裂は跡形もなく崩れ落ち、 そのままの形で凍り付いていく。
 岩山が崩れる際の轟音までも凍てつかせてしまうかの ような小宇宙・・・

 全ては、あっという間の出来事であった ―――――


――――― 次の瞬間には、彼の小宇宙は完全に 途絶えてしまった。


 アクエリアスのレイファの黄金聖闘士らしからぬ、 あっけない最期であった。





『SAGA』 第一章 第九話に続く・・・

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あとがき・・・


 ・・・無言。

 話の展開上、遅かれ早かれ代替わりしなくてはならないわけでして ・・・うーん。

 ホントにレイファって、なに考えてるのかわからないようなお方 でしたね。
 ただし、前にも書きました通り、彼はサガとカノンにものすごく大きな影響 を与える存在・・・なので、今後も彼にまつわるエピソード等は ちらほらと出てくることでしょう。





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