『SAGA』 第一章






第九話 『非日常的日常』



「全く・・・どうしてこう、 俺は拾い物ばかりしちまうんだろうな・・・」

 そう言いながら、黒髪の少年は呟いた。

 聖域に用意されている家を訪れることは滅多にない。
 あまり自分の部屋だという認識も持ち合わせてはいなかった。

 だが・・・それでも、その自分の家に見知らぬ子供が居座っている・・・ というのは、やはり居心地の良いものではない。

「あれは・・・2年位前だったかな」


 不意に少年の脳裏に、その時の光景が浮かぶ。



 そこは聖域へ通ずる険しい山道の途上。
 今よりだいぶ幼い彼は、師の歩みに負けじと必死に 悪路を登っていた。

 黄金の輝きを宿している子供として聖域より声をかけられ、そのまま地元に 住まう養成師の下に身を寄せてから一月も経ってはいない。
 形式として教皇への謁見を済ませるべく、初めて聖域に足を踏み入れる 少し前のことであった。

「・・・・・・?」

 不意に彼は足を止める。

「・・・どうした?」

 それを察して師も足を止めた。

「あれ ――――― 」

 少年が指した先には、ちょうど少年と同じかそれより幼いくらいの子供が 座り込んでいる。

「・・・おい、こんな所で何をやってるんだ」

 言いながら彼は歩み寄るものの、訝しげな表情が返ってくるばかり。

 恐らくは言葉が通じないのだろう。
 聖闘士として修行を積めば、言葉を小宇宙に乗せるような形で、 ある程度の意思疎通は可能となる。
 小宇宙が大きければ大きいほど、そしてその扱いが巧みであるほどその能力は 増し、テレパシーに近い状態で会話することも可能となるのだ。

 だが、この時点の彼には、まだそれだけの能力はない。

 それとは別に、基本的に聖闘士はギリシャ語を母国語としなくては ならないので、彼も若干は学んではいたが、それもまだおぼつかない。

「・・・サンクチュアリってとこに行きたいんだ」

 後で師に聞いたところによると、その時その子供は確かにこう言った のだという。
 当然互いの言葉は通じてはいない。
 これも師に聞いた話だが、その子供が話した言葉は全くの異国のものであった らしい。

 だが・・・それを聞いた彼は、やや考えを巡らせた後にこう答えた。

「 ――――― 一緒に・・・来るか?」



 あれから2年 ―――――

 その時『拾った』異国の子供とは先日再会したばかりである。

 まるで、女の子のような顔立ちは相変わらずであったが、彼もまた少年と 同じく黄金の称号を手に入れた、ピスケスの聖闘士・・・


 星の巡り会わせとは、本当に数奇なものである。
 黄金の星の輝きを宿す逸材を発見する役職である星術師より先に 他の聖闘士が偶然に埋もれた逸材を聖域に連れ帰ったり、向こうの方から 聖域を訪れたりすることも珍しいことではないのである。


「そして、この状況か・・・」

 黄金の称号を手にした少年とはいえ、見かけだけなら普通の子供である彼は 大人びた口調で溜息をつく。

 部屋には、今彼が座っている椅子と質素な寝台が一つ置かれているだけ である。
 その寝台を占領しているのは、先刻から彼を悩ませつづけている存在でも ある子供『達』・・・


 彼が、聖域を訪れたのは偶然ではない。
 『呼ばれた』からである。

 通常、聖域からの連絡作業は、書面か使者をもって 執り行われるものであった。
 黄金聖闘士クラスの聖闘士であれば、大きく距離を隔てた地へのテレパシーも 不可能なことではないが、情報の漏洩の危険性があるためなのか、単なる 慣例であるからなのかは判りかねるが、それを多用することは まずありえない。

 ――――― が、彼の元へ、聖域からテレパシーが届いた。


 アクエリアスのレイファからのものであった ―――――


 正直に言うと、彼はレイファを良く知らない。
 自分の称号試験の立会人であったことくらいは当然知ってはいたが、 直接言葉を交わしたのは、教皇から称号を与えられた後に向けられた祝いの 言葉とそれに対する礼・・・そんな程度のものである。

 そんなレイファからの直接の交信に驚きもしたが、その内容は更に彼を 驚愕させた。

 ――――― アクエリアスの・・・自らの『死』を伝えるための 最期の交信。

 それを受理するや否や彼は修行地を飛び出していた。
 恐らく同じ交信は、同時期に黄金の称号を手にした他の二人にも送られたいた と思われたが、彼が最も早くに聖域に戻ることができたのであろう。

 そして、聖域で彼を待ち受けていたのは、この『二人』の子供の世話だった わけである・・・

 子供のうちの一人目は、聖域に戻って来るなり出会ったサガに 預けられたものだった。
 レイファの死のショックと、嵐の夜の後始末のためか、些かやつれた顔を していたものの、黄金聖闘士としての威厳に満ちた存在であることには 変わりない。

 その子供は、レイファが自らの命と引き換えに 救った子供だと聞かされた。

 サガは多くを語らなかったが、恐らくはこの子供には何らかの星の輝きが 存在している可能性があるのではないか・・・
 サガが自宮の守護のためにこの子供の面倒を見ることができない事情は 良くわかるが、普通に考えるなら子供の面倒など雑兵に任せて置けば良い。
 それをしないということは、それができない 事情があるということになる。

 一般的に黄金聖闘士候補生の身元は全て伏せられる。
 つまり、この子供が新たな黄金の輝きを宿しているのではないか・・・という 想像くらいは容易についた。
 そして、まだ彼を預かる養成師が決まっていないのであろう。


 事情が事情である。
 彼は黙って子供を預かることにした。

 ――――― が、ことはそれだけでは終わらなかった。


 彼が、サガから預かった子供を連れ帰ってからすぐのことである。

 今度彼の元を訪れたのはアイオロスであった。

 彼とアイオロスの間には、他の先輩聖闘士と比べてではあるが、 若干の親交があった方である。
 アイオロスの元々の性格なのであろう。
 まるで古くからの知己であったかのように、親しげに声をかけてくる アイオロスに、彼自身好感を抱いていたのは事実であった。

 だが、アイオロスは『もう一人の』子供、アイオリアを彼に預けると 『急ぎの勅命』を成すために、すぐさま立ち去ってしまったのである。

 アイオロスに弟がいたことなど、この時初めて知ったことであったし、 その弟の面倒を見なくてはならない理由など思い当たらない。
 それでも尊敬する先輩聖闘士の頼みを断るわけにもいかず・・・自分とさほど 年の離れていないと思われる子供達を何とか寝かしつけた。

「まさか、レイファは子守りをさせるために俺を 呼び戻したんじゃないだろうな・・・」

 そんな訳はあるはずないものの、つい毒づいてみたくなるのも彼の性格 なのかもしれない。


 レイファが死に、アイオロスが聖域を離れている今、十二宮を守れる 聖闘士はジェミニのサガだけである。
 こう都合良く最悪の事態が続くとは思えなかったが、万一の時は半人前の 聖闘士ながらも戦いに赴かなくてはならないと、覚悟を決めつつ少年は 体を休めるために椅子に腰掛けたまま瞼をおろす。

 ――――― と、その時である。

 遠慮がちに木戸を叩く音。

「・・・開いている」

 面倒臭そうに薄目を開けて、少年は答えた。

「あ、あの・・・」

 来訪者は、幾度か顔を合わせたことのある兵の一人であった。
 彼が聖域を離れている際は、彼らにこの家の管理を任せて いるのである。
 言い換えるのなら、彼直属の兵ということになるのだろう。

「どうかしたか?」

 兵がなかなか用件を言い出さないことに痺れを切らして、彼は立ち上がり、 戸口の方へと歩み寄る。

「・・・シュラ様に『これ』をお預けするようにと教皇様が・・・」

 言いながら、兵が差し出したものを見て、彼の顔は凍りついた。


 ――――― それはどうやら・・・『3人目』の登場と考えるべき状況で あったのだろう。





『SAGA』 第一章 第十話に続く・・・

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あとがき・・・


 ちょっと閑話的な話にしてみました。
 重い話ばかりが続くのもバランス的に宜しくないかと 思いましたので・・・
 あと、登場キャラのバランスの問題もありますし。

 シュラについての物語は、別の所でも書く予定ですが、このエピソードを 引っ張る訳ではないので、若干補足しておこうかな。

 シュラが最初に『拾った』のは・・・『ピスケス』な訳ですから、 アフロディーテだった・・・ってことは一目瞭然ですよね。
 で、最後に雑兵が連れてきた『3人目』の子供は、実はミロ・・・という 設定です。
 『2人目』はアイオリア・・・と明記してますし、問題は『1人目』の 子供ですよね。
・・・って、多分わざわざ書かなくてもバレバレだとは思うのですが・・・ 次回の話は、その問題の『1人目』に関係のあるお話なのです〜

お楽しみに☆





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