『SAGA』 第一章






第五話 『殺意の瞳』



 今、まさに師である白銀聖闘士の拳が振り下ろされようとした時の ことである。

「 ――――― 待ちなさい」

 この場に居合わせた、誰のものでもない声が、凛と響いた。

「・・・な?」

 蔭で事の成り行きを見守っていたカノンは、 辛うじて自らの声を飲み込んだ。

「勝手に敷地内に立ち入ってしまって、申し訳ない。・・・ただ、 偶然通りがかった際に尋常でない小宇宙を感じたものでね」

 そう言いながら、その場に現れたのは黄金色に輝く 聖衣を纏った ―――――

 ――――― サガ!?

 カノンの驚きは至極当然のことであった。

 兄は今日、聖域内にはいないはずだと思っていた。

 あまりに酷似した容姿のために、兄と間違われることも日常的であった カノンにとって、サガと人前で鉢合わせすることだけはできるだけ避けたい 事件として、常に気を配っていたからである。
 別に、わざわざ身を隠すような必要性などどこにもないことなのであるが、 黄金聖闘士であるサガの弟が、聖域内の何の役職にも就かず日々を無駄に 過ごしている・・・ということは、やはり何らかの問題があると 感じられたためであろう。
 元々黄金聖闘士候補生の身元は伏せられていた・・・ということも あったため、カノンの存在自体を知る者は、極僅かな者達のみである。

「・・・サ、サガ様っ?」

 白銀聖闘士達にとっても、突然の彼の出現は驚きだったのであろう。
 聖衣を纏ったままの聖闘士が聖域内を闊歩する姿は、滅多に見られるもの ではない。
 称号試験の立会いのような何らかの儀式の際や、または緊急時。
 黄金聖闘士に関しては宮の守護時も含められるが、それ以外の場合は聖域外へ 何らかの勅命を受けて赴く場合位のものであろう。

 カノンも、目前でジェミニの聖衣を纏ったサガを見るのは初めてのことの ような気がした。

「・・・い、一体・・・何の御用で?」

 見られてはならないものを見られた・・・という感もあったのであろう。
 本来、称号を持った聖闘士同士の場合、相手が格上の称号であったとしても、 それほど畏まった応対をすることはない。
 むろん、何らかの任務中であれば話は別なのだろうが、アイオロスなどは 新人の青銅聖闘士達と極普通に会話を楽しんでいるようであったし、 それを咎める者もいなかった。

「偶然・・・とはいえ、見過ごすことはできなかった。・・・ 君達は、今・・・『女神の名の元に』・・・ と言ったように聞こえたのだが・・・」
「・・・は、はい」

 サガは彼らの元まで歩み寄ってきた。

「例え、禁忌を破った弟子への処罰とはいえ、白銀聖闘士である君達が、 軽々しく使ってよい言葉ではない」

 決して乱暴な物言いではなかったものの、その口調は強く、 威厳を感じさせるものであった。
 突如現れた、外部の者であるはずのこの男は、ほんの僅かな時間も要さずに、 この場の主導権を完全に握ってしまっていたのである。

「・・・も、申し訳・・・ありません」

 だが、サガの言うことはもっともなことである。
 聖闘士としての禁忌を破った者達が、師や同胞に抹殺されることは 決して珍しいことではなかったが、本来なら教皇の許可なくして制裁を加える ことは許されてはいない。
 ・・・とはいえ、多くの場合は『緊急的やむを得ない措置』・・・と称して、 黙認されているのが現状ではあるのだが・・・

「かといって、事情もわからないでもない。・・・それに偶然私が 通りがかったがために、君達にも処罰が下されてしまう結果になって しまうのは、私としても不本意なことだ」

 その場に居合わせていた全ての者が、 サガの次の台詞を待っていた。

「・・・そこで、どうだろう。この場は、何もなかったことにしては いかがなものだろうか」

 カノンを含めた全員の表情が驚きの色を浮かべる。
 それは、想像だにしなかった提案であった。

「むろん、彼の処罰は避けられない事実。・・・ここは、この私が 責任を持って、全てを引き受けよう。・・・この養成所の者達には全く 害が及ばないような形で事を丸く治めた方が、未来ある君達や訓練生達の ためにもなる。・・・どうだろうか?」

 一応提案の形にはなったいたものの、それを拒絶することは許されない のではないかと思われる程の進言であった。
 当然白銀聖闘士達の口からは、何の言葉も漏れてはこない。

「そうか。・・・では、私に任せてもらおう」

 都合の良いよう解釈をした振りをして、彼は放心状態に陥っている幼い訓練生を 促すと、そのまま振り返りもせずに、 その場を立ち去っていった。



 その後、例の訓練生の消息は途絶えた。

 ・・・と、表面上はされていた。
 当然この件について、例の養成所の連中が、事を外部に洩らすような真似を するとは考えられないし、カノンもそれについて口外したことは 一度もない。
 だが、こういった話はどこからか広まるものなのだろう。
 やがて、事件の簡単な概要と共に、サガがカルディスに引き合わせたという 新入りの訓練生が、その本人ではないか・・・という噂が流れ出した。

 カルディスも一度、その件についてサガを問い正したことがあるという。
 だが、その答えは ―――――

『私が彼に制裁を与えようとした時には、もう・・・彼はこの世には 存在していなかった。私はただ、彼の死面に死者への弔いの儀式を行ったに 過ぎません』

 ――――― と、それだけのものであったという。

 そのすぐ後、カルディスは修行の地を聖域から離れた他国の島に移した。
 彼に『黄金の輝き』が見出されたため、様々な噂から訓練生を守るための 処置であったのだろう。
 そして、サガも空きの時間を見つけては、カルディスの元に通い、その少年の 訓練に手を貸していたらしい。

 『サガの弟子か』・・・と、カノンが呟いたのには、 こういう事情があったのだ。



「・・・それにしても・・・」

 闘技場の中央に進み出た少年の姿を見つめたまま、カノンは呟いた。

「ホントに・・・死人のツラしてやがる」

 『デスマスク』というその名前は、ここギリシャでは単なる風変わりな 名前・・・で罷り通ってしまうことであろうが、他国の言語にはその言葉に 『死に顔』という意味を持ち合わせるものがあるということを、 カノンは知っていた。

 ――――― 本当の名は何であっただろうか。

 養成所時代に、本来の名で呼ばれているのを何度か聞いたことがあったような 気もするが、結局カノンはそれを思い出すことができなかった。

 少年・・・いや、デスマスクは闘技場の中央まで進み出ると、教皇とその両脇 に控える黄金の聖衣を纏う2人の聖闘士に視線を向けた。
 自信に満ち溢れたサガの表情が手にとるようにわかる。
 一方、デスマスクの方は・・・というと、その表情に変化はない。

「一体、どんな育て方すれば、あんな目をしたガキになるって いうんだ・・・」

 一概に言う『無表情』・・・とは大きく異なる『表情のない』顔。
 これから、自らの運命を決定することになる神聖な試験がはじまると いうのに、緊張も興奮も・・・そして、サガの浮かべるような自信に溢れる 表情すら垣間見せない。

 ――――― 嫌な予感がする。

 カノン自身、こういう直感に鋭い方ではなかったのであるが、この時は、 その直感が気にかかって仕方がなかった。

 しかし、カノンの心中など誰も知る由もなく、試験は開始された。

 キャンサーの候補生は一人。
 この場合、形式上の実技試験が行われ、その相手はすでに称号を持った白銀 聖闘士が務めることが一般的であるらしい。
 闘技場内に、若い白銀聖闘士が進み出る。
 黄金聖闘士の称号試験という大役を仰せつかった者として、緊張と誇りに 満ちた至極当然ともいえる良い表情をしている。

 何らかの説明がなされた後、2人の戦士は互いに構えを取り、勿体つける ことなくすぐに試合がはじめられた。
 黄金聖闘士候補とはいえ、この時点では単なる子供。実際に聖闘士 としての力を身につけていくのは、称号を手にした後のことである。
 つまり、現役の白銀聖闘士の方が実力的には上なのであり、 あくまでもこの試合は『勝つ』ためのものではなく、『実力を見せる』ため のものなのである。

 それでも彼は、良くやった方だとは思う。
 拳も鋭く、動きも良い。
 的確に相手の攻撃に反応し、体格差を逆手に利用して、懐に飛び込み様に 鳩尾に強烈な一撃を繰り出したりもした。
 これにはさすがの白銀聖闘士も、一瞬我を忘れたのだろう。
 その反撃として『形式上の試合』にしては些かやり過ぎとも思われる勢いの 蹴りを喰らわせる。
 闘技場の反対側の壁まで吹き飛ばされた彼の身を誰もが案じたその時、 彼は何事もなかったかのように立ち上がった。
 養成所時代の経験が、彼を打たれ強くしていたのかもしれない。

 だが ―――――

「また、あの目だ・・・」

 無表情な目。
 いや・・・その中に、明らかな殺意を秘めたかのような、 異様な輝きを放つ瞳。

 しかし、試合はそのまま続行された。
 そして・・・結局それ以上何事も起こらぬまま、 実技試験は終了した。

 ――――― 合格である。

 試合の相手を務めた白銀聖闘士が退場していく。
 誰も、彼の姿を見ようとはしていない。

 この後には小宇宙を試される試験が待っているはずである。
 カノンも知らない、許された者のみが挑むことのできる試験である。

 カノンには、退場していく白銀聖闘士の姿が自分自身のようにも 思えた。

 そして ――――― カノンもまた、そのまま闘技場を後にした。

 サガの顔を見るだけで、後の展開の想像はつく。
 これ以上、ここにいても無駄なことである ――――― と。



 翌日、聖域内に新たな3名の黄金聖闘士の誕生を知らせる 伝令が発せられた。
 ピスケス、カプリコーン、キャンサーの黄金聖闘士の合格の知らせは、 聖域内だけでなく、世界各国に散らばって様々な訓練や活動を続ける聖闘士や 聖域関係者達にも伝えられた。

 そして、それとは別にもう一つ、小さな珍事・・・として、聖域内に伝わった 事件があった。

 黄金聖闘士の誕生・・・という、華やかで大規模なニュースに隠れるように して報じられたその事件とは、 とある白銀聖闘士の変死についてであった。
 特別大きな外傷もなく、まるで奇病か悪霊にでも取り憑かれてしまった かのような恐怖の表情に目を見開いたまま、自室にて冷たくなって発見された 彼は、例の実技試験の相手を務めた聖闘士だった。

 その後も、彼の死についての真相は、明らかになることはなく、 次第に人々の脳裏からもその事件の記憶は薄れていった。





『SAGA』 第一章 第六話に続く・・・

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あとがき・・・


 なんか強引っぽい終わり方ですが・・・

 とりあえず、デッちゃんについては、別の機会にも登場して暗躍して もらう予定ですので・・・(笑)
 あじは、ギャグで彼を描く機会には恵まれていたものの、シリアスな彼を 書くのはこれが初めての試みなので、 ちょっと戸惑いを覚えつつも・・・

 ファンの方ごめんなさぁ〜いっ!!

 次回は・・・またまたレイファのお話です☆





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