『SAGA』 第一章






第四話 『真夏の記憶』



 あれは、2年ほど前の、 暑い夏の日のことだったと記憶している・・・

 あまりの暑さゆえ、アイオロスなどは聖衣を脱ぎ捨てたまま、人馬宮を 守護していたと、後に笑って話していたのを覚えている。

 その日、カノンは聖域中心部に程近い、とある岩場で涼をとっていた。
 岩場に入った僅かな亀裂の内部は、決して快適な広さの洞窟とは 言い難かったが、地質や地形の関係なのか、涼しいとまでは行かずとも、 かなり過ごしやすい気温ではある。

 文字通りカノンの見つけた『穴場』であった。

 普段滅多に聖域の人通りの多いところには寄り付くことのなかった彼も、 ここ数日の暑さに負け、ほぼ毎日のようにこの岩場に 通っていたのだった。

 その岩場のすぐ近くには聖闘士候補者の養成所が隣接していたため、 出入りの際に、その訓練風景が視界に入ることもあったが、彼はあえて それを見ようとはしていなかった。
 ・・・が、これだけ足繁く通っていると、 それなりに実情は見えてくるものである。

 この養成所は元々あまり評判の良いところではなかったが、 実際にはそれ以上の惨憺たる有様であった。

 ここで『養成所』について補足しておこう。

 本来、次代の聖闘士は聖闘士が育てるものであり、その役目は 多くの場合、白銀聖闘士が担うのが通例である。
 弟子を持ってこそ一人前の白銀聖闘士である・・・と称されることも あるくらいで、一部の例外を除き、白銀の称号を手に入れた者は、すぐに 次代の候補生を育てる任に就くのが一般的であった。
 むろん、一人の白銀聖闘士が一人の弟子を持つことも少なくはなかったが、 『養成所』という形をとり、複数の師匠が複数の弟子を抱え込む場合も 多分に見ることができた。

 もちろん、養成所を切り盛りするのは、白銀聖闘士ばかりでなく、 聖闘士養成のみの資格を有した養成師である場合もあったわけだが、 カノンの見た養成所は白銀聖闘士数名が 管理するものであるらしかった。

 そして、恐らく年長の訓練生の内、数名が近日中に青銅聖闘士称号試験に 挑むことが決まっているのだろう。
 師匠である白銀聖闘士達の指導にも熱が入る。

 一方、その他の訓練生は・・・というと、訓練生同士が自主的に 修行を続けていたわけであるが、先輩格である一部の年長の訓練生達は、 師匠の目が届かないことをいいことに、後輩達に『特訓』と称した『シゴキ』を 課していた。
 自分達だけ称号試験に挑めないことに苛立ちや 不満・・・または怒りを感じているのであろう。
 年長訓練生達のそれは、明らかに度を越していた。

 その前日、カノンは年少の訓練生が、年長者達によって腕を折られる 現場を目撃した。
 特訓中の組み手に力が入りすぎた・・・ というレベルのものではない。
 大人とほぼ変わらない体格の訓練生は2人がかりで幼少の後輩を押さえつけ、 泣き叫ぶその悲鳴を楽しむかのようにその両腕の骨を砕いた。
 その腕の柔らかい肉を骨が突き破ったその瞬間と、痛みとショックのために 意識を失う幼い訓練生の顔はカノンにとっても 衝撃的な出来事であった。

 ここ聖域で、そのような『事故』は日常茶飯事のことである。
 現にカノン達と共にジェミニの候補生として修行していた中の一人は 修行中に命を落としているのも事実。
 厳しい修行や試合中はもちろん、 先輩格の訓練生の憂さ晴らし的シゴキや、師を別にする訓練生同士の イザコザ等が原因で負傷したり命を落としたりといったことは聖域では 極あたりまえのことで、そのこと自体をカノンがどうこう言うつもりもないし、 むしろ当然のことと理解している。

 だが、ここの『それ』は、やはり異常としか映らなかった。

 師匠であり、ここの管理責任者でもある白銀聖闘士達は、それを 知った上で放置しているのだろうか・・・
 それとも、こんな異常な事態にも気が付かないほどの程度の 低い連中なのだろうか・・・

 (あの、腕を折られたガキは、一体どうなったのだろう・・・)

 別に同情したわけでも、心配しているわけでもない。
 強いて言うなら、単に『気になった』だけである。

 カノンは、その岩場から這い出すように灼熱の太陽の下に 身をさらす。

「・・・血の匂い・・・」

 それも尋常な量ではない。
 ここ聖域ではそれ自体さほど珍しいものではあるまいが、 やはり『普通ではない何か』が感じられた。

「・・・ちっ」

 好奇心があったことも否定できない。
 カノンは、僅かにためらった後、その匂いの原因を確かめるべく 養成所の敷地内に足を踏み入れた。

「 ――――― !!」

 カノンは、一瞬自らの目を疑った。

 まず視界に入ったのは、昨日腕を折られた訓練生と同じ年頃の少年が 体中に打撲を負った状態で、意識を失ったまま倒れている様であった。
 ・・・が、彼を驚かせたのはその光景ではない。

 その少年の更に奥には、意外にもいつも年少者を いたぶっている筈の年長の訓練生が仰向けに倒れこんでいた。
 そして、彼の腹の上に馬乗りになるかのように跨っているのは、 恐らくはこの養成所で最年少であると思われる訓練生。

「・・・うそ・・・だろ?」

 一瞬カノンにも、その状況は把握できなかった。

 辺りに立ち込めていた血の匂いは、仰向けに倒れたまま動かない、年長の 少年のものであったのだ。
 幼い訓練生が、両手を振り下ろすたびに、すでに蒼白と化している その身体から、真紅の血液が何度も噴出した。

 彼の手には、建造物の補修用として使われている石蚤が 握り締められていた。

「・・・な、何をやっている!!」

 ようやく異変に気がついたのか、それとも他の訓練生に呼ばれたのか、 数名の白銀聖闘士達が姿を現した。

「早く止めないかっ!!」

 師匠のその声に、我に帰った周囲の訓練生達は、力ずくで幼少の訓練生を 取り押さる。
 だが、その場から引き離すことは容易であったものの、硬く握り締めた 石蚤をその手から離そうとはしない。

 無駄とはわかっていても、とりあえず倒れている少年の脈をとり、 白銀聖闘士は首を横に振った。

「・・・だって・・・やらなきゃ、殺される・・・」

 石蚤を握り締めたまま、少年はそう呟いた。

「・・・だって、これが『ここ』のやり方なんだ・・・」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、彼はもう一度そう言った。

「そ、そうだよ。先輩達はひどすぎる!」
「先生たちは知らないかもしれないけれど、昨日、イジクが腕を折られたの だって、事故なんかじゃない」
「今日だって、マグが・・・」

 今までに蓄積されていた抑圧が爆発したかのように幼少組の少年達が 自らの後輩の弁護をはじめた。
 恐らくは『弁護』のため・・・というより、自分達自身のための訴えで あったのだろうが・・・

「だからって、こんなこと・・・狂ってやがる・・・!!」

 そう吐き出したのは、年長組の一人。
 一歩間違えれば、自分が彼の餌食になっていたかもしれない・・・という 恐怖からか、その顔は青ざめ、声は引きつっていた。

「た、確かにキシリー達のやり方には問題があったかもしれない・・・ だが、聖闘士として犯してはならない、3つの禁忌は知っているな!」

 白銀聖闘士がようやく口を開いた。

「あ・・・女神の名を汚すような行為をしてはならない」

 訓練生の一人がそう答えた。

「決して私闘を行ってはならない」

 そして、もう一人・・・

 だが、その後を続けるものは誰もいなかった。

 ――――― 武器を用いた戦闘 ―――――

 聖闘士にとって、至極当然の基本的な概念。

 そして、聖闘士として最も重い罪の一つ ―――――

 恐らくは、口にすることすら恐ろしいのであろう。
 聖闘士としてあるまじき行為や私闘等で聖闘士としての資格を失ったり 聖域から追放される、または制裁を受ける・・・ という話は、実を言うとそれほど珍しい話ではない。
 しかし、武器の使用という禁忌を犯した者は皆無に等しいのだ。

 しかも聖域内の養成所の管理された空間の中での出来事。
 前代未聞と言ってもいいかもしれない。

「と、とにかく、この罪は万死に値する!!」

 白銀聖闘士のその言葉に、少年は初めて大きく身を震わせた。

「・・・あ、女神の名の元に・・・!!」

 事を早々に済ませてしまいたかったのだろう。
 声を荒げて白銀聖闘士が拳に力を加えながら歩み寄る。
 少年の身体が小刻みに震え続ける。

「 ――――― 待ちなさい」

 不意に ――――― その場に別の声が響いた。





『SAGA』 第一章 第五話に続く・・・

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あとがき・・・


 話、途中で終わってしまいました・・・

 元々この話は長めな話だったので、覚悟はしていたのですが、 やっぱり足りませんでした〜

 続きをお楽しみ〜

 あとがき、みぢかいし・・・





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