『SAGA』 第一章第三話 『時が過ぎ・・・』まもなく訪れるであろう春の風とは、今日に限って縁がないらしい。 それでも元来温暖な気候のギリシャである。 かえって涼しすぎる風が吹く方が心地良いこともある。 この日の聖域はどこか落ち着かないようなあわただしい 雰囲気に包まれており、それからまるで逃げ出すようかの形で、カノンは 聖域近くの森の奥の何もない草原に寝そべって、 ただただ目的もなく時間を過ごしていた。 「なんだ、今日はここにいたのか」 気配を消していたわけでもなかったため、カノンは声の主に驚くような こともなく、面倒くさそうに視線だけ動かした。 「どこにいようが、俺の勝手だろう?」 「まあ、それもそうだが・・・」 そう答えたのは、アクエリアスのレイファ、その人であった。 「大体あんたの方こそ、何の用だよ」 「用がなければ声をかけてはいけないとは、知らなかったな」 カノンの反応などお構いなしに、 レイファは彼のすぐ側に腰をおろす。 「・・・黄金聖闘士ってのは、案外ヒマなもんなんだな」 不機嫌そうに視線をそらし、カノンは目を閉じる。 「それはどうだか知らないが・・・ 生憎、私は空き時間の有効な使い方を知らなくってね。 カルディスが君達を弟子にとってから、サガ達が黄金聖闘士として ある程度の実力を備えるまでは、 宝瓶宮から出ることもままならなかったから」 皮肉めいた笑いを浮かべレイファはそう言った。 「・・・そんなにヒマなら、サガでも相手にしていればいいだろう」 「サガなら今、双児宮の守護に当たっている最中だ」 言われてみれば、その通りである。 女神降臨まで、僅かではあるが時間的余裕のある今、特別外敵等の心配も 考えられなかったためか、3人の黄金聖闘士が交代で十二宮を守護するのが 通例となっていた。 「それに、私はサガより君の方が好きだから」 ほんの僅かの間を置いて、レイファがそう続ける。 「私は、今でも君の方こそがジェミニの称号を受け継ぐべきだったと 思っているしね」 「またその話か・・・」 そう、サガが黄金聖闘士としての称号を手に入れた5年前のあの日から、 カノンは幾度となくこの台詞を聞き続けていた。 だが、何度他人にそのように言われようとも、ジェミニの黄金聖闘士は サガであり、その事実が揺らぐことはないのである。 「 ――――― サガを殺ってしまえば、 お前が黄金聖闘士になれるぞ」 一瞬の間、風が止まったような気がした。 「な、一体何を言ってるんだ?」 レイファの意外すぎるその言葉とその口調に、 カノンは動揺の色を隠しきれずに、思わず体を起こす。 「正論さ。幸か不幸か黄金聖闘士の候補生だった者の身元は 伏せられていたから、君達が双子だと知るものはほとんど存在しない。 いつの間にか入れ替わっていたところで誰も気付くことはないさ。・・・ もし、それが不安だというのなら、改めてサガの後釜として 名乗りを挙げればいい。もう一度試験を受けることにはなるだろうが、 君なら問題はないはずだ」 先刻の冷淡な口調とはうって変わって、楽しげとも思える表情。 (なんだ・・・冗談か・・・) 「バカなこと言うなよ。俺に、サガを殺せるはずはないだろぉ?」 そう毒づいて、もう一度身体を倒そうとしたその時、今までにないくらい 楽しげに笑う、レイファの顔が目に入った。 「そう言うと思ったよ。・・・君は絶対にサガに勝てない・・・いや、 勝とうとしないからね」 サガに対する劣等感 ――――― 物心ついた頃のことはどうだったのか知らないが、この聖域に やって来たその日から、カノンはその感情を抱きつづけていた。 『黄金の星の輝き』を見出されて聖域に招かれた兄に対し、他に身寄りのない 弟は『ついで』として連れてこられた。 兄は当時の黄金聖闘士、カルディスの元で修行を受け、弟は並みの 聖闘士候補生として三流の養成師に預けられた。 数日後、弟にも『黄金の輝き』が宿っていることが判明し、すぐに彼も カルディスの弟子としての待遇を与えられたが、同じ瞬間にこの世に命を宿しし 存在として、たった数日の僅かな時間は、大きな溝となった。 (勝とうとしない? ・・・そんなことは、ない・・・はずだ) 「それでも本当は、サガのように黄金聖闘士になりたかった・・・ そうだろう?」 レイファは知っていた。 称号試験終了後も、他の称号を手に入れようとも、何らかの役職に付こうとも せず、ただ聖域の隅で無駄な時間を 過ごしているかに見えたカノン。 サガがそんな弟を疎ましく思っていることも事実である。 だが、レイファは知っていた。 サガが称号を手に入れ、黄金聖闘士の卵として新たな修行を始めた時、 彼もまた、人知れず兄と同じ修行を続けていたことを・・・ 「黄金聖闘士なんて、興味ない。・・・『サガのように』なんて、 真っ平だ」 さらに不機嫌さを顕わにして、カノンはそう答える。 「そんなところが、サガに比べて面白いんだよ」 満足げにレイファが追い討ちをかけた。 「サガと比べるなって言ってるだろう?」 「それは悪かったな。・・・ただ、私が君達の師匠だったとしたならば、 君をサガに勝たせてあげることもできたと思っているものでね」 これも幾度か聞いた台詞。 (だからといって、今更どうしろというんだ・・・) 「悪かったと思うのなら、さっさと何処かへ行って欲しいんだがな」 本音を垣間見られるようで、常日頃、カノンは彼と長く話をするのを好ましく 思っていなかった。 「ああ・・・忘れていた。本当は、ちゃんと用事があったんだよ」 返事を返さないカノンに構わず、レイファは立ち上がりながら話を 続ける。 「明日、闘技場に行ってみないか?」 「闘技場ぉ? なんで俺がそんなところへ・・・」 レイファの誘いがあまりにも意外だったのだろう。 間の抜けたような言葉が返ってくる。 「知らなかったのか? 明日は黄金聖闘士候補生達の称号試験が 開かれるんだよ」 どうりで聖域内があわただしい空気に包まれている筈である。 「俺なんかが中に入れてもらえるはずないだろぉ? 第一、そんなものに 興味もないし・・・」 興味がないというより、関わり合いになりたくない・・・というのが真意 なのかもしれない。 「まあ、そう言うな。潜り込むことくらい、訳ないだろう? ・・・ 今回の試験は候補者が多いから面白いぞ。午前中に ピスケス・・・これはどこか北方の国からまるで女の子みたいな顔をした訓練生 が出てくるらしいが、午後からカプリコーン、タウラス、キャンサーと 立て続けに試合がある」 カノンはレイファの言葉などほとんど聞き流しているようであったが、 それでも彼はそれをやめなかった。 「カプリコーンの試験は師匠である養成師同士が昔からのライバル らしいからな、弟子の一騎打ちは見ものらしいし、タウラスの試験には 数人候補が挙がっているとかで同門対決もあると聞く。それに、一番 興味深いのはキャンサーだ」 意味深な言葉の切り方に、カノンも僅かに視線を動かす。 「2年位前だったか・・・聖域をちょっとした騒ぎに陥れた、 あの張本人さ」 今度こそカノンは大きく反応した。 「 ――――― サガの、弟子か?!」 ほぼ反射的にカノンはそう答えていた。 「正確には、カルディスの弟子だ。・・・サガの、お気に入りではあったらしい が・・・」 言いながら、レイファはそのままカノンに背を向けて歩を進める。 「気が向いたら、来るといい」 その翌日、結局、カノンは闘技場の中にいた。 カノンが入り込んできた時、丁度タウラスの試験が 終わったところだったらしい。恐らく、合格者は出なかったのであろう。 場内には落胆した雰囲気が満ち溢れている。 そう、5年前のあの時もそうだった。 ジェミニの前の行われたバルゴの試験に合格者は出なかった。 あの時と同じような落胆の空気と、 次の試験へ寄せられる期待の高まり・・・ そして、闘技場正面に座している教皇と、 その脇を固める2人の黄金聖闘士。 一人は、あの時と同じく、アクエリアスのレイファ。 そしてもう一人は当然カルディスではなく、黄金色に輝く聖衣を纏った、 ジェミニのサガであった。 (ジェミニの聖衣を纏い、公の場に現れたサガを見るのは、 これが初めてなのではないだろうか・・・) キャンサーの候補生の師匠であるカルディスの姿は、カノンの位置からは 見ることができなかったが、どうやら闘技場の壁際に 控えているようであった。 そう、黄金聖闘士でない彼は、もはや教皇の側で試験の行く末を見守ること すらできないのである。 キャンサーの候補生は一人。 この場合、形式上の実技試験が執り行われる筈であった。 「候補生は前へ!」 凛とした声が闘技場内に響く。 そして同時に、たった一人のキャンサーの候補生が 場内中央に姿を現した。 「・・・あれが、デスマスク ――――― 」 一つ前の話を読み直す あとがき・・・ なんだか、会話ばっかりな話になってしまいましたが、 どうしてもこのエピソードは抜かしたくなかったもので・・・ 今回のレイファの言動を見て、『おや?』と思われた方、 いらっしゃるでしょうか? レイファって、こんなにお喋りなキャラなのぉ? ・・・ ってカンジで。 実は、彼にはいろんな一面を持たせてあります。 ・・・で、彼の存在はサガとカノンの両方に、違った意味での影響を 与えていくことになるのですが、それは、それぞれが、彼の違った一面を 見ているからなのです。 そしてもう一人、レイファに強く影響を受ける人物が ・・・って、それはもうちょっと先のお話・・・ 次回は、デッちゃん大活躍(暗躍)!! (ウソ) メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『聖闘士星矢』星矢小説へ戻る |