『SAGA』 第一章第二十話 『それぞれの称号』初めて人を殺したのは、7つの時だった ――――― 隠す必要のないことなのかもしれないが、他人に問われた時、 彼はそう答えるようにしていた。 『勅命』という名の、許可を与えられた『殺人』・・・ 初めて、勅命を受け、それを無事に成し得た時、彼は、心からその達成感に酔いしれた。 『義務』だとか『責務』だとか、そういう枷に苦痛など感じなかった。 俗な言い方ではあるが、いわゆる『名誉』だとか『誇り』なども全く感じてはいなかった。 黄金の称号を持つ者として当然の『仕事』 ――――― そう、やはり『達成感』という言葉が、最も相応しい感覚であるのだろう。 称号を手に入れ、その身に聖衣を纏うことを許されてからそれほど間を置かず、 彼の元に最初の勅命が下された。 教皇の間に呼び出され、側近らを人払いした後に教皇から直に告げられた『命』。 初めての『それ』は、聖域を脱走した雑兵の捕獲であった。 『捕獲』とは名ばかりで、生死は問わない旨についても教皇から直接説明を受ける。 聖域外部の『敵』に、何らかの秘密が漏れるようなことがあっては 決してならないのである。 聖域内に余計な混乱を生じさせないため、多くの者には知らされていない事実ではあるのだが、 女神降臨以前の、いわゆる『聖戦』と呼ばれる期間以外の平和な時代にも、聖域にとっての『外敵』は 存在するのである。 例えば、前聖戦時より封印されているはずの海王に付き従う戦士、海闘士達の存在が そうであろう。 海闘士は、聖闘士と同じく『神に従う人間』であり、聖戦の存在しない期間も、静かに海王復活の 時を待ち、その力と使命を絶やさぬよう、地上の何処かで技を磨き、後進の育成をも 続けているのである。 時には聖闘士候補生に成りすましスパイ行為をする者や、先走って聖域に攻撃を仕掛けてくる 者が現れることもある。 脱走者ばかりではなく、そういった『外敵』の排除が勅命として与えられることも 珍しくはなかった。 聖域に直接害を成すほどの力を持たぬ海闘士達を排除の対象にすることに異議を唱えた教皇も 時代の中には存在したらしいが、今の時代の教皇は、そういう意味では非常に好戦的な、 聖域や聖闘士、そしてこれから降臨する女神を護るためには手段を選ばぬといった強固な意志を持った 面が強く、そういう意味からしても、彼の下す勅命の数は決して少なくはなかった。 もちろん、女神の降臨・・・すなわち聖戦の兆しが見え隠れし始めるこの時期だからのことなの かもしれないが、そのような事情であるからこそ当然、脱走者への処遇も 厳しいものであったのだろう。 もちろん、勅命の全てが『聖域の都合』によるものばかりではないことも付け加えて おかねばなるまい。 歴史上、多くの人々を危険に晒すような大規模な戦乱を収めるために人知れず聖闘士が派遣された ということも決して珍しいことではなく、当然今の世においても、隠密裏にそれと似た行為を勅命と して与えられることも幾度かあった。 それとは別に、神話の時代より封印され続けたり、単に眠り続けているような魔獣の存在を 確認しては、人々に害成す前に、その討伐に向かうこともある。 冥王などは、このような魔獣を仕向けることで、地上の混乱を狙ったことがあるという話を 聞いたこともある。 このように、形や、その理由等は様々なものがあったが、いつしか彼は ――――― 他の誰よりも 『勅命』を好むようになっていた。 「なんだ、また出かけるのか?」 聖域居住区から少し離れた岩場で、不意に声がかかる。 「アイオロス・・・か」 振り向きもせず、足だけを止めて彼はそう答えた。 黄金の聖衣が、太陽の光を乱反射させる。 「折角、黄金の称号が揃ったばかりだというのに、せっかちな奴だな」 言いながら、岩壁の高い位置から飛び降りてきたのは、先刻の言葉通りアイオロスその人で ある。 「12人揃ったのだから、全員聖域で大人しく座っていることもないだろーが」 先日称号を得たばかりの新人達が即戦力になるはずもなく、数日の後には新たな修行を積むために 聖域から離れる者達も多いはずだが、いわゆる言葉のアヤというやつだろう。 「大体アフロディーテも聖域にはいないはずだしな」 間を置かず、そう続ける。 「ああ、それは聞いているが・・・『また』勅命か?」 「何か、問題でも?」 別に意識したわけではないが、微妙なイントネーションの違いは、当然相手の表情を 険しいものにさせる。 「いや・・・アイオリアの修行からようやく離れることができたから、短期間だけでも聖域から足を 伸ばしてみたいと思っていたものだからな・・・教皇にその旨お伝えしておけば良かった」 「なんだ、代わって欲しかったのか・・・?」 この男の物言いに、他意がほとんど含まれることがないことを彼は知っていた。 それ以上の追求は時間の無駄というものだろう。 意地悪げな笑みを浮かべて、デスマスクはそう返した。 「別に、横取りしようとかそういうつもりではないんだが・・・行き先はどこだ?」 「おいおい・・・『こーゆーこと』は、例え仲間内でも、言っちゃならないってのが お約束だぜ?」 決して厳命されているわけではなかったが、ある意味当然のことであろう。 「まあ・・・それもそうだな・・・」 僅かに歯切れの悪いその口調を聞いて、デスマスクは溜息を漏らす。 「やっぱり、代わって欲しいんじゃないのか? 大して貰って嬉しいような 勅命じゃないんだがな」 あくまでもこれは一般論の話で、デスマスク本人にとっては『勅命』の『質』に大きな 拘りなどは持ち合わせていない。 それ自体が、いわゆる喜びの対象なのである。 「ああ・・・気にしないでくれ。教皇にいちいち申し出るのも面倒だ・・・」 とは言ったものの、その返答の前の僅かな間、彼が逡巡したことをデスマスクは 見逃さなかった。 もったいぶるように間を置いて、目前の先輩聖闘士を斜めに見上げながら口を開く。 「小耳に挟んだ話だが・・・世界各地に散っている 聖闘士や聖域関係者らを指導を兼ねて視察する予定があるという話があるらしい」 「・・・・・・」 「そろそろ女神が降臨する時期だからな・・・引き締めを図る意味でも、上位の称号を持つ聖闘士を その任に就けるかもしれないとのことだが・・・?」 普段の彼の言動から考えると、非常に珍しい『親切』な行為であろう。 「俺から聞いた・・・って言うなよ? 立ち聞きだからな・・・」 悪びれもせずそう付け加え、彼は背を向けた。 一瞬呆気に取られたものの、それでもすぐにアイオロスは彼の背に向かって礼を返す。 (良く考えてみると、今まで、彼と会話を交わすような機会がほとんどなかったの ではないだろうか・・・) アイオロスはふとそう思う。 デスマスクが称号を得たのは2年程前で、その後の修行も聖域から離れた地で行っていた はずだから、彼と常時顔を合わせるようになったのは、最近1年程度のもの。 その1年間も、彼は事あるごとに勅命や短期の修行で聖域を空けることが多かったが、それでも 今までそのような機会に恵まれなかったのが不思議に思えてならない。 (何を考えているんだか・・・わからない奴だと思っていたが・・・) 以前、居住区で彼を見かけて声をかけた時、何とも言えず奇妙な感覚に襲われたことがあるのを 思いおこしてみる。 まるで、何もない空間に話しかけてしまったかのような気まずい雰囲気 ――――― アイオロス自身、他人の感情を推し量りながら会話するような行為については野暮な 部類に属する人間であることを自ら理解していたため、むしろその感覚は特に印象的なもの だったのである。 巨蟹宮や人馬宮で顔を合わせた際はどうであっただろうか ――――― 基本的に、聖衣を纏い、宮を守護している間は、『個人』ではなく『守護者』・・・ いわゆる『結界』の一部であるともいえる。 取り立てての用がなければ会話はもちろん、挨拶を交わす必要もないし、当然それに対して 返事を返す必要もない。 そう考えてみればみるほどに、彼とまともな会話を交わしたことがないような気がしてならない のであった。 「そう考えてみると・・・意外とイイ奴なのかもしれないな・・・」 立ち去っていく彼の背を見送りながら、アイオロスはそう呟いた。 少なくとも、この時のアイオロスの目には、そう映ったのであろう。 ――――― だが、顔を合わせる機会の多かった同期の聖闘士達や、 サガは知っていた。 彼が、機嫌良く饒舌になるのは、勅命を受けた時なのだと ――――― 「カルード!」 アイオロスがデスマスクを見送ったのと、ほぼ同刻の出来事である。 「・・・・・・」 声は当然聞こえていたのだろう。 呼ばれた当人は一瞬足を止め、それでもすぐにそのまま歩き続ける。 「待てよ! 話がしたいんだ!」 叫んだのはミロであった。 十二宮裏手に位置する、森の中に入っていく姿を見て、そのまま追ってきたのである。 大人が通るには若干狭すぎる小道の先で、もう一度声をかけようとした瞬間、彼の姿を 見失ってしまった。 確かに、聖域での生活は長くないミロにとってまったく土地鑑のない場所であることに違いは ないが、仮にも黄金の称号を手にした聖闘士である。 通常ならば、そのような不覚はありえないはずだ。 「・・・・・・」 彼の名誉のために付け加えるのならば、突如ミロの目前に、小道と視界とを塞ぐ いわゆる障害物が現れたのである。 「何のつもりだ・・・」 「別に」 そう言いながらも、赤い髪の少年・・・カミュはその場を動こうとしなかった。 「なら、どけよ!」 「こちらからも聞くが、お前こそ何のつもりだ?」 その問いの意図が全くわからずに、ミロは言葉を失う。 「試験で負わせた怪我の具合が気になるのか? それともそれを詫びようとでもいうのか?」 特別何らかの意図があって、カルードを追ったわけではなかったが、半ばそれは図星であるとも いえた。 「だから何だっていうんだ! お前には関係ないだろうっ!!」 決してそれが悔しいわけでもなかったが、思わずミロは敵意の表情を向ける。 「関係なら・・・ある。一時的に・・・だが、彼は私の側近の兵になった」 「ええっ!?」 驚くのも無理はない。 確かにミロにも、数名の兵があてがわれた。 普段の身の回りの世話や雑用、聖域を空ける時の自宅の管理や、連絡の取次ぎ、その他様々な 役目が与えられている彼らは、元からこの聖域で別の任に就いていたはずの一般兵ばかりのはず である。 アイオリアのところも、その兄のアイオロスのところもそうであったはずだ。 第一彼は、つい先日まで彼らと同じ黄金聖闘士の候補生であったのだ。 また新たに若干の修行期間を積めば、白銀や青銅の称号も取れるはずなのである。 ――――― 試験の後日、アイオリアから聞いた話ではあるが・・・ 現に彼は、星術師によって黄金の輝きが見出される以前は、白銀か青銅の称号を目指して、 想像を絶する厳しい修行に明け暮れていたらしい。 元双子座の聖闘士カルディスに肖った名を与えられた重圧から、格下の称号を目指すことに 何らかの躊躇があるのかもしれないが、聖域には他にも様々な役職がある。 よりによって側近の職を選ぶとは、常識的に考えても無理がある。 「一時的に・・・と言っただろう」 ミロの思考を読みすかしているかのように、カミュはそう告げた。 「彼は、近い内に教皇の側近として教皇の間に仕えることになるらしい」 「教皇に・・・?」 「側近兵としての仕事をある程度身に付けるまで、私の兵達の下で働くことになった」 意外な事実なのか、それとも比較的当然のことなのか、 この時のミロにはそれを判断することができなかった。 それでもミロにとって、カミュの言葉は、彼の行く手を阻むだけの理由には 足りなかったのである。 「だから何だっていうんだ! アイツが側近の兵だったからといって、他人と話をする権利を 奪う程の権限がお前にあるとでもいうのかっ!」 厳密に言えば ――――― ある。 例え一時的にとはいえ、黄金聖闘士の側近兵となった以上、兵は付き従う黄金の称号の持ち主に 絶対服従の身となるのだ。 教皇や女神ならいざ知らず、例え同格の黄金聖闘士からの命令であろうとも、自らの『主』の 命を否定することは許されない。 どんなに理不尽な命令であっても、例えば・・・『他人とは決して話すな』という命が下った 以上は、それに従わなくてはならないものなのである。 当然、ミロもそのことは知っていたし、失念していたわけではない。 「私が彼の処遇をどうしようと関係ないだろう。・・・あえて理由をつけるなら、お前の、 そのような黄金聖闘士としての自覚のなさ・・・とでも言っておこう」 ミロは思わず絶句した。 全く予想外の返答だったからである。 確かに、自分に黄金聖闘士としての自覚がきちんと備わっているかといえば、胸を張って言いきる だけの自身は到底ないことは自ら理解していた。 だが、それとこれと何の関係があるというのか ――――― 仮にそれがあったとしても、同期同格の新人に過ぎない彼に、それを言われる筋合いは 全くない。 「教皇からお預かりしている大事な側近だ。お前のような愚かな者から 守るのも私の義務だからな」 「な、なんだと!」 今にも掴みかからん勢いで、ミロはそう叫ぶ。 拳を震わせ、相手を睨みつける。 殴りつけたい衝動を押さえるのに精一杯であった。 「さっきから聞いていれば・・・俺に何か恨みでもあるというのか!」 「別に・・・」 「大体、『守る』とかの意味がわからない! まさか、俺がまたアイツを傷つけるとでも 思っているのか!」 称号試験の際に、確かにミロはカルードの喉を突いた。 故意ではないことは誰もが承知していたし、仮に故意であっても咎められるべきことでは ない。 第一、普通に外を歩きまわっていることから考えて、彼の傷は順調に回復 しているのだろう。 ほぼ互角の実力を持ち合わす元候補生から『守る』と言われて、納得できるはずもない。 「・・・そんな、衝動的で激情的なところも理由の1つ」 握り締めたままのミロの拳に視線を落とし、そう言い放つ。 「そして、更に言うなら・・・ 短絡的で自己中心的な子供的思考が抜けきらないとでも・・・」 ――――― 限界だった。 彼が我慢強い方かと問われれば、決して肯定の答えを返すことはできない。 カミュの言う通り、彼は衝動的で激情的な面を多分に持ち合わせている。 だが、他人からの中傷程度で、必要以上に感情を荒立てるようなことは、ほとんどないと いっても良いだろう。 彼の修行地でもあるミロス島は、距離的に聖域から近いこともあって、それなりの数の 聖域関係者が居を構えていたが、彼が黄金の輝きを持つ候補生だと他に伏せられていた以上、 その扱いは一般の訓練生と等しくされていた。 聖域の管理下にある土地でありながら充分な監視が行われているわけでもなく、 行き過ぎた特訓の所為で聖闘士になる道を断たれた訓練生も数知れない。 幸いにして、彼自身にはそこまで深刻な事態となり得る暴挙は行われなかったが、 理不尽な上下関係に苦しめらることは日常的なことであった。 それらを含めた、彼を取り巻いていた様々な環境 ――――― そのためかミロは、感情を適当なところでセーブし、その場には必要ないと思われる怒りを 脇へと流す技術を、自然と収得していたのである。 いわゆる『妥協』が必ずしも良いものでないことくらい理解してはいたが、無闇に争いの火種を 撒き散らす必要もない。 だが、今日は違っていた。 目前の相手は、自らと同格の存在なのである。 そして、今後も顔をつき合わせて共闘していかなくてはならない相手なのである。 ――――― このまま、妥協することなどできなかった。 気が付いた時には ――――― その握り締めた拳を感情の流れのままに、目前の怒りの対象へと 叩きつけていたのであった。 一つ前の話を読み直す あとがき・・・ えーっと・・・続きます。 さてさて・・・ デスマスクの話は、近い内にもう一度触れる予定なので、さらっと終わらせてしまいましたが ・・・ミロとカミュの話です。 やっぱり仲が悪いです(爆) でも、ちゃんと理由があるんです。 2人のファンの方・・・見捨てないで、次回をお楽しみに☆ どうでもいいけど・・・子供同士の会話じゃないですよね・・・明らかに。 まあ、パンドラと一輝が瞬を奪い合った時の会話から考えたら・・・いくらか現実的かな・・・(笑) メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『聖闘士星矢』星矢小説へ戻る |