『SAGA』 第一章






第十七話 『指導者となる者』



「今更、何の用だ」

 背を向けたまま彼はそう答えた。

「話があるといったはずだ。それとも、もう・・・ その話すらも聞いてもらえぬとでもいうのか」

 声をかけた位置から微動だにせず、カノンはそう答える。

「既に全ての黄金の称号が揃った事は知っているだろう。今になって、やはり別の称号が 欲しいと思い直しても、既に手遅れだぞ」
「そんなことはわかっている。大体、双子座の星の輝きを持って生まれた俺が、 他の称号を手に入れることができないことくらい子供の頃から何度も聞かされ続けていることだから な・・・」
「なら何の用だ、白銀聖衣でも欲しくなったか?」

 言いながら、ようやく目前の男は振り返る。

「それとも、全ての称号が揃い、女神の降臨が近づく今の聖域の歓喜溢れる雰囲気に、 居心地が悪くて逃げ出してきたのか・・・」

 若干白髪が増えたかのように思われたが、まさしくそれは、彼の良く知る男・・・ジェミニの カルディスその人であった。

「聖衣は要らない。無論、逃げたつもりもない」

 僅かに間を置いて、それでも全く躊躇することなく彼は答えた。

「聖闘士になるつもりはないということか・・・? それならお前は何を望む」

 彼が師であった時よりも、厳しく鋭い視線がカノンを襲う。

 思えば、こうして彼がカルディスと直接言葉を交わしたのは、サガが新たな双子座の称号を 手に入れた日・・・すなわちカノンが兄に負けを宣言された日以来、初めてのことでは なかろうか・・・

 黄金の輝きを持った候補生達は、称号試験を堺に師の元から完全に独立する。
 試験に受かり称号を手にした者は、新たな黄金聖闘士としての力と技を磨くために各々が 更なる修行に入り、逆に敗北した者は新たな生き方を模索しなくてはならない。
 その師が、彼らの相談に乗ることや何らかの手助けをすることが認められていないわけ ではないが、黄金の輝きを持つ候補生の身元が伏せられている以上、敗者への必要以上の接触を 持つわけにも行かず、ほとんどの場合は完全に縁を断った 状態になってしまうのが通例である。
 無論、師が養成師であった場合は、改めて別の称号や資格を得るために弟子入りし、 訓練を続ける者も珍しくはないのだが、先代の黄金聖闘士でもある彼が、それを行うには あまりにも目立ち過ぎた。
 カノンの他の2人の候補生達も彼の元を去り、聖域から遠く離れた地で何らかの訓練を することになったと小耳に挟んだことがある。
 その2人の兄弟弟子達がその後どうなったかまではカノンの知るところではなかったが、 聖闘士を目指すにしろ、他の資格を目指すにしろ、女神のために戦い続けることを選んだ ことに相違はない。

 だが、それと比べて、カノンはどうであろうか ――――― ?

 他の称号を得るための訓練を続けたわけでもなく、聖域の他の職に就いたわけでもない。
 ただ、聖域にて無意味な時間を貪り続けたに過ぎないのである。

「 ――――― 力を」

 ただ一言彼はそう答えた。

「何のためにそれを望む」

 更なる問いも、ただ一言。

「理由などない。理由など・・・そんなに重要なことなのか?」
「当然だ。聖闘士の力も技も、女神と・・・女神の望む地上の平和のためのもの。それ以外の 邪な考えや私欲のためにそれを与えるつもりはない」

 カルディスの口調は、単調ながらも厳しいものであった。

「聖闘士になるかどうか・・・それを決めるのは俺だ」

 そのカルディスを正面から見つめ、カノンは即答した。

「物心付くか付かぬかの幼子に、正義だ平和だなどと説き、それが宿命だとでも言うように 有無を言わさず全てを押し付けることが聖域のやり方だというのなら、そんな宿命はこちらから 願い下げだ」

 そう言い放つカノンをカルディスは無言のまま見つめている。

「自分がそうしたいと思ったから・・・そんな理由では不足だというのか」

 正直なところ、カルディスは戸惑いを隠すのに精一杯だったのである。

 見た目は全く同じはずのサガとカノン。
 彼が、2人を指導していた際には、これほどの性格の違いがあったであろうか・・・

 確かに、兄のサガは、当初から黄金の輝きを見出されていたいわゆるエリートであったのに対し、 弟のカノンはそうではなかった。
 ほんの1週間ほどの間だけ、彼等2人は全く別の待遇を受けることとなったのである。
 だが、カノンにも黄金の輝きが存在することが判明し、サガと同じくカルディスの元で 指導を受けるようになってからは、分け隔てなく2人に接してきたつもりであるし、若干の 個人差は認められたものの、それが表立って目立つことはほとんどなかったはずだ。

 実際、サガが黄金の称号を手にし、カノンはそれが適わなかった。

 この事実が大きな相違点であることは明らかである。
 そして、黄金聖闘士としてのサガと、その後のカノンの自堕落な生き様とを知る者としては、 比べるまでもなく2人のその性格は正反対といっても過言ではない状態であると言えるだろう。
 だが、そういう視点からではなく、もっと根本的な人間性 そのものはどうだったであろうか。


 果たして、サガは自らの想いをこのような 言葉として紡いだことがあったであろうか ―――――


「力を求めて、再び私の元を訪れたということか・・・」

 カノンへの問いではなく、自らに呟いた一言。

「だが、今の私は聖闘士の資格を持たぬ養成師・・・教皇の許可なくして新たに弟子を取ることは 許されていない」

 この表現には若干語弊がある。
 確かに、養成師は称号を持った聖闘士と異なり、弟子を教皇から『預かる』という形を 取ることにはなっていたものの、あくまでもそれは形式上のものである。
 聖域から遠く離れた地で、偶然に見出した逸材を弟子として手元に置くこと自体に 何の制限もない。

「だが、勝手に住みついた者が勝手に修行を始めることを邪魔立てするほど私も暇ではない」

 つまりはそういうことであった。

 彼が、本気で何かをやり遂げようと考えているのであれば、それを見守ってやろうと 思ったのである。
 必要最小限の協力を惜しむつもりもない。


 ――――― だが、それはあくまでも、カノン1人でなすべきことである。


 一度は、彼の期待を裏切った男である。
 幼少時のような甘えを許すつもりもないし、当然黄金の輝きを持つ候補生達のような 優遇は存在しない。
 むしろ、通常よりも遥かに過酷なハードルを放置してやろうとまで考えた。


 ――――― それでも、逃げ出さないというのなら・・・


 言葉の真意を飲み込めているのかいないのか、カノンは一瞬その場に 呆けたように立ち尽くす。

「そんなところで何をしている。居候の食事や寝床の準備などするつもりはないぞ」

 カノンが、一体何のために今頃になって彼の元を訪れたかの真意まではわからない。
 だが、本人がそれ以上語らないというのなら、それはそれでいいだろう。
 必ずしも言葉は必要ではない。

 それはいずれ本人の行動を持って示せば良いことなのだから ―――――



「シュラ!」

 聖衣を身に纏い、聖域の通りを早足に歩く彼を呼び止める声。

「ああ、アイオロス・・・おめでとう」

 一瞬足を止め、弟のアイオリアの合格に祝いの言葉を告げていなかったことを思い出し、 慌てて一言付け加える。

「称号を得たのは俺じゃないよ。だが・・・ありがとう」

 実のところは本当に嬉しくてしょうがないのであろう。
 顔を見れば、すぐにそうとわかる。

「ヒヨっ子達の指導を任されたんだって?」
「ああ・・・さっき教皇に呼び出されて・・・アイオロスは知っていたのか?」
「いや、ただ・・・称号試験を終えたばかりの新入り黄金聖闘士の指導は、一つ前の試験で 称号を得た先輩格の黄金聖闘士が担当するのが通例だからな」

 言いながら、彼はシュラについて歩き出す。

「そういえば・・・俺達の時はアイオロスだったか・・・」
「先輩聖闘士が複数いる場合に誰が選ばれるかは、教皇のお考え次第らしいが・・・ 多分俺は、シュラが選ばれると思っていたんだ」

 確かに、今聖域にいないデスマスクは除外されるであろうし、あのアフロディーテが後輩聖闘士の 面倒を甲斐甲斐しくみるとは思えない。
 特に、称号試験での出来事があるから尚更である。

(待てよ・・・なら、俺なら適任ということか?)

 『子守り』が適任といわれても、全く嬉しくあるはずもない。

「まあ、2〜3日の講習程度のことだから、気楽にやればいいさ。今回は・・・ 人数が多いから大変かもしれないが・・・?」

 笑いを堪えながらアイオロスは言う。

「・・・我慢するさ。それより、用はそれだけなのか?」
「ああ、すまない。いや・・・サガを見なかったかと思って・・・」

 視線を居住区の方に移し、アイオロスが問う。

「――――― サガ? サガなら今、双児宮だろう?」

 おかしな事を聞く・・・と思いつつも、とりあえずはそう答える。

「教皇の間に向かう時も降りてくる時も、いつも通り几帳面に宮の中央に・・・な」
「あ、ああ・・・そうか。そういえば、今はサガが十二宮の護りについているんだったな・・・ すっかり忘れていたよ」

 照れ隠しなのか、アイオロスは若干不自然に笑う。

「女神が降臨したら、十二宮の守りをさらに強固にしなくてはならないからな・・・こんな風に 宮外で黄金聖闘士同士が顔を合わせることなど滅多になくなるだろう・・・」
「まあ・・・そうだろうな」

 シュラの言葉に、アイオロスは言葉だけで答える。

「アイオロス・・・どうか、したのか?」

 普段からそれほど緊張感を漂わせている男でないことはわかってはいたが、それにしても 些か様子がおかしい。

「いや、別に・・・そうだ。サガに用事があるんだった・・・」

 そう言うなり、彼は踵を返す。
 それはあまりにも不自然で奇妙なタイミングであった。

「じゃあ、シュラ。アイオリアのこと、頼んだぞ!」

 片手を挙げてそれだけ言うと、彼はそのまま元来た道を引き返していく。

「さてと・・・これから、大仕事だな」

 アイオロスを見送りながら、シュラはそう呟く。

 『子守り』と言えば人聞きが悪いが、新たな黄金聖闘士の指導役となるという大役自体に それほど異存はない。
 白銀聖闘士達のように、現役の黄金聖闘士が弟子を取ることは比較的珍しいことではあったが、 認められてはいたし、積極的に後輩を育てていくこと自体は推奨されるべきことである。
 だが、シュラは今後自ら率先してそれをするつもりは毛頭なかったし、教皇の命令だとでもいうの ならまだしも、他の者に頼まれても断るつもりでいた。
 もしかすると将来的には後進に何かを残したいと考えるようになるのかもしれないが、現時点での 彼はそのような考えを持ち合わせてはいなかった。
 聖闘士として、女神を守るために自らを高め続けていくことで 充分だと考えていたのである。

(俺は、恐らく弟子は取らない・・・)

 だからこそ、ほんの数日とはいえ、人を指導するという立場というものを体験してみるのも 悪くないのではないか・・・とも思えたのである。

「女神が降臨するまで・・・もうしばらく、退屈そうだしな」

 自らにそう声をかけ、シュラは再び歩を進めた。





『SAGA』 第一章 第十八話に続く・・・

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あとがき・・・


 メインはカノンの話なんですけど、平行してまたシュラの登場です。
 そろそろシュラをメインとした話も書きたいところなんですけどね・・・☆

 シュラが、何故弟子を取りたいと思わないのか・・・
 この辺についてはいずれ語ってみようかと思うのですが、以前にもシュラが『子守り』を 任されていたことがあった通り、どうもあじ的には『シュラ=先生』のイメージが あったりするんです。
 多分、以前某有名同人作家さんが商業誌で、そのようなネタを描いていたせいでもあるん じゃないかな・・・とも思いますが、その一方で、やっぱりニヒルな一匹狼的な イメージも捨てきれないんですよね〜(とか言いつつ、ギャグネタではアフロディーテ様に 構ってもらいたくて仕方がない・・・という複雑な性格・笑)

 今後、少しの間、聖域とシチリア島関係の話が平行していくことが多いかと思います〜





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