『SAGA』 第一章






第十四話 『それぞれの理由』



「聖闘士になる目的?」

 突然の問いにアフロディーテは、珍しく年相応の幼げな表情を見せる。

 実のところ、サガは彼とはそれほど親しくはなかった。
 同時期に黄金聖闘士の試験を受け、称号を手にした3人の聖闘士達の内、デスマスクについては 自ら修行に付き合いもしたし、他にも様々なところで面倒を見た。
 シュラはというと、試験後の修行の途中、時折聖域を訪れることも多く、親しいというほどでも ないが言葉を交わすことも比較的多かった。
 そう言えばレイファの死の際に、真っ先に聖域に駆けつけたのもシュラであったはずだ。
 しかし、彼ら2人と比べて、アフロディーテの修行地は遥か北方の地で、称号を手にした後の 修行期間に聖域を訪れるようなこともほとんどなく、ようやくここ1年程は宮の守りのために 聖域に腰を落ちつけることとなったわけであるが、ゆっくりと話をする機会等には恵まれなかったの であろう。

「いや・・・確か、お前は・・・幼少期に自らの意思で聖域を訪れたと 聞いたことがあったものでな」

 『雑談』という行為は、サガの苦手とするところのものであったのかもしれない。
 それ自体、無駄なものである・・・と、決め付けてしまうほど頭が固いわけでもなかったが、 どうしても必要なものであるとも思えなかった。
 同じ考えをアフロディーテが抱いていたのか否かはわかりかねたが、サガの知る限りではあるが、 彼がそのような行為を楽しんでいる姿を見たことがない。
 そのためか、年齢的には今度試験を受ける候補生達とさほど変わらないはずなのに、 どちらかというと自分に近い年齢に感じることすらあったのである。

「確かに・・・その通りだが」

 今度は落ち着き払った返答である。

「昨日、アクエリアスの候補生カミュと会った。彼は、自らの命をつなげてくれた者のため、 聖闘士になるのだとそう言った」

 自らの言葉で言い直してみることで、その時サガは始めて、この考えがカルディスやレイファの それと共通する点があることに気が付いた。

「私は・・・単純に、力が・・・欲しかったからだ」

 返答に窮することもなく、アフロディーテはそう言いきった。

「私の生まれは北欧の小さく貧しい村だ」

 そして彼はこう続けた。

「水の豊かな地域であるはずなのに、なぜか水不足のために困窮に瀕した年があった。父は村を 救うために水門を管理する隣村の権力者に何度も掛け合い援助を求めた。・・・ それでも援助は得られず、やむなく父は無断で水門を開き、その罪を咎められて捕らえられた」
「・・・・・・」
「村は助かった・・・だが、誰も父を助けようとはしなかった。父は獄中で死んだ・・・」

 権力者に逆らうことは、小さな貧しい村にとって自らの首を締める行為なのだと彼は言った。
 そして、本来なら村を救った英雄として称えられるであろう彼の父親は、いつしか犯罪者として 村の人間からも忌み嫌われるようになってしまったのだということも。

「父を死なせたのは権力だ。・・・だが、私は権力が憎いとは思わない」
「・・・なぜ」

 問いかけというよりは、話の先を促すような相槌であろう。

「権力は・・・それが存在するところに正義も存在する。だから、 自分が正しいと思うなら自分で力を身につけて、それが正しいことだということを証明すれば いい。だから私は聖闘士になるために村を出た」

 例え社会通念上『悪』と呼ばれる行為であっても、権力の元ではそれが『正義』と姿を変える こともある。
 ことの真意はどうであれ、戦争に勝利した国の側が、後の歴史上『正義』と語られることは 珍しいことでもなかったし、もっと身近なところを言えば、人間は『法』という権力に守られた ルールの元に、犯罪者やそれに疑わしき者、時には時の権力者と相反する思想を持っている者までをも 正当な行為として裁き罰する。

 女神といういわゆる権力の元、この世界の平和を乱す存在を排除する目的で戦い続ける聖闘士は、 その縮図ともいえるであろう。

 この考え方は、サガにも共感できるところがあった。

 さらに付け加えるならば、『権力』を駆使しそこに『正義』を語る以上、その正義は本来の意味 での『正義』であるべきだ・・・
 作り物や、後の時代において形を捻じ曲げられた『正義』であるよりは、その時代に生きる者 全てにとって正義と感じられるような『正義』を掲げていたい。
 いや、そうであるべきなのだと常日頃考えていたことでもある。

「それとも・・・あなたも、私を犯罪者の息子として蔑むつもりか?」

 軽口にも似た、アフロディーテの口調にサガは言葉を失った。

 恐らくは、鼻で笑って返せば良いのであろう。
 彼の口調から考えても当然、深刻に悩みや身の上を打ち明けたというものでもないであろうし、 察するところは、単に話に区切りをつけるために付け加えただけの 全く他意のない言葉なのであろう。

 もしもこれがレイファならばそれこそ鼻で笑っていたであろうし、カルディスならば豪快に笑って 話を終わらせただろう。
 アイオロスであったなら・・・彼の言葉を真に受けて、 必死で弁明などを始めていたかもしれない。


 ――――― カノンなら・・・


 どう答えただろうか ―――――


 悪い癖だ。

 レイファの死をきっかけに、サガは時折他人と自分とを比較することが 多くなったような気がしていた。
 普段は決してそのようなことはしないはずなのに、ふとその場の対応に戸惑った時などには 決まってこれらの考えが頭を擡げ始める。

 それ自体は人として比較的ありがちな思考なのかもしれないし、単にレイファの死に直面するまで そのような思考を抱くことなく自らを貫いてきた自分にとって慣れぬ行為であったがために、 人との比較という行為に嫌悪感を抱いているだけなのかもしれない。
 当然、そのくらいのことは理解しているつもりだった。
 だから最近では、レイファやアイオロスと自分とを比較することには、彼自身それほどの 抵抗を感じているわけでもない。

 ただ、カノンと自分とを比較する行為にだけは、 言い様のない不快感が伴っていたのである。

「・・・いや、悪い話をさせてしまったな」

 それでもとりあえずアフロディーテとの会話を終わらせて、サガは静かに息をつく。

「さて・・・そろそろ時間だ。教皇をお呼びに向かうとしよう」

 サガの言葉に無言で頷くと、アフロディーテは先に立って歩き出した。
 実は今、2人が会話していたのは十二宮の最後の砦とも言える双魚宮の中であった。
 間もなく始まる黄金聖闘士の称号試験に立ち会うべく、 教皇の間を訪れる途上のことである。

「恐らく・・・今日試験に臨む候補生達も、何らかの理想を掲げて 聖闘士を目指しているのだろうな」

 先を歩くアフロディーテには聞こえない程度の小声で発した、いわゆる独り言である。

「・・・形はどうあれ ――――― 」



「候補生達は前へ!」

 この言葉を聞くのは幾度目のことか・・・

 初めてそれを聞いたのは、自らが黄金の称号を得た試験の時。
 その後、幾度かの試験に立会い、2年程前には新たに3人の黄金聖闘士が誕生し、その一方で それ以外の多くの試験が無駄なものに終わっている・・・

 そう簡単に新たな黄金聖闘士の称号を与えることはできない。
 仮に、この実技試験で勝者となっても、黄金の称号を受け継ぐに相応しい小宇宙を持ち得る器が なければ、それは無意味なことなのである。

 先刻、実技試験を終えたばかりの、レオの候補生アイオリアとアクエリアスの候補生カミュは その難関をもクリアしたとの知らせは届いていた。
 何年も合格者が出ないことの方が多いこの黄金聖闘士称号試験において、ある一定時期に集中して 称号が与えられる者が続くということは珍しいことでもないらしい。
 俗な言い方をしてしまえば、何かの縁・・・『女神の意志』とでも 言い換えるべきだろうか・・・
 現に、サガ自身の試験の際も、同じ日の試験でアイオロスが彼と同時に称号を手にすることと なったし、その数年後に行われた今、横に控えるアフロディーテにしてもデスマスク・シュラと 同時期に称号を手にしている。
 聞いた話ではあるが、その昔、カルディスが試験に臨んだ際もそのようなことが あったらしい。

 しかも、今のこの時期・・・
 数年中に女神が降臨するであろうと言われているこの時代・・・
 『星』は、最も強く導きの光を照らし出しているのかもしれない ―――――

「この試験は2名の候補生だったな・・・」

 教皇が問うた。

「はい。スコーピオンの候補生は2名。ミロス島のミロとトルコのカルードです」

 アフロディーテが答える。
 レオ・アクエリアスとは異なり、複数名の候補生の実技試験である。
 2日に分けられた此度の試験の内、この日の最後の試験ということもあってか、教皇をはじめ、 関係者達からの注目度の高い試験でもあった。

(私としては・・・この試験に特別興味がなかったのだが・・・)

 アイオロスの弟でもあり弟子でもあるアイオリアの試験は滞りなく終了し、その後に行われた アクエリアスの試験も何の波乱もなく終わった。
 しかし、サガとしてはレオの試験はともかく、アクエリアスの試験が最も気にかかっていた 試験でもあったのだ。

 レイファの後継者を選ぶ試験という意味合いも強い。
 また、2年前、白銀の称号を一時的に授けられ、その他破格の待遇をも与えられたエリダヌスの ロニィを直に見ることができる機会であるということも理由の一つであった。

 どんな人物であるのか、全くもって想像もつかなかったが、片袖を宙に遊ばし仮面に表情を 隠したその存在を見つけ出すことはいとも容易いことであったが、その割に特別目を惹くような 存在でもなかったことに若干拍子抜けしたことも事実であった。

 彼にとってはむしろ、候補生・カミュの存在の方が 大きく気にかかっていたのかもしれない。


「わあぁぁぁっ!」

 神聖な称号試験に立ち会うことを許された側近の兵達が思わず歓声を上げた。

「・・・・・・!」

 心ここにあらずといった感で、試験をただ瞳に移しているだけのサガであったが、その声に思考を 目前の試験に引き戻す。
 夕陽に映える金色の髪を振り乱し、一人の候補生が拳を振るう。

(・・・確か、あれがミロだったな・・・)

 アイオリアの友人であることは知っていたし、面識くらいはあったのかもしれないが、 サガにとって彼はそれだけの存在であった。

「・・・なかなかなるな」

 それでも、サガは彼の戦いぶりに感嘆の言葉を述べる。
 特出する能力はさほど感じられないが、あえて言うならば、戦いのセンスが良い。
 それに引き換え、防戦にまわっているもう一人の候補生カルードは、打たれ強くはあるものの、 それ以上の何かを期待できるようには見えなかった。

(恐らく、そろそろ決着がつくだろう・・・)

 サガだけでなく、その場に居合わせた多くの者がそう思い始めたそんな時であった。

「たぁぁぁっ!!」

 子供らしい黄色い掛け声と共に、ミロは鋭く拳を突き出した。
 彼の拳はカルードの顔面を完全に捕らえる軌跡を描いている。

(これで決まりか・・・)

 その瞬間、カルードの意識が飛んだ。
 どんなに打たれ強かろうとも所詮は子供。体力的にも精神的にも 限界を超えていたのだろう。
 足が大きくふらつき、首の力が抜けたかと思うと、そのまま顎があがる。

「・・・・・・!!」

 その瞬間、ミロの拳はカルードに襲いかかった。
 顔面を捕らえていたと思われたその攻撃は、カルードの体が崩れかけていたこともあってか、 顎の真下・・・ちょうど喉を抉るような形でヒットする。

「・・・・・・」

 背後に吹き飛ばされたカルードは、そのまま地に倒れこむ。
 攻撃を受ける前から、意識はなかったはずだ。当然試験は終了である。

「勝者、ミロ!」

 高らかに教皇が勝利者の名を告げた。
 同時に、ミロの顔に、子供らしい喜びの表情が浮かぶ。

「候補生の手当てを・・・」

 サガは、側近の兵に命じた。
 命じられた兵より先に、彼の元へは彼の師が駆け寄っていく。

「喉が完全に潰されている・・・! このままでは危険だ!」
「早く、誰か水を・・・!!」

 敗者とはいえ、彼は黄金の『星の輝き』を持って生まれてきた逸材であることには変わりない。
 こんなところで死なせるには惜しい存在なのだ。
 全ての者達の視線が倒れたままのカルードに向けられた、そんな時である。

「どうしてだよ!! なんでこんなことしたんだよ!!」

 闘技場に子供の声が響き渡った。

「・・・アイオリア」

 いち早く、闘技場の入り口から飛び込んできた彼を視線で捕らえたのはサガであった。

「あんなヒドイことしなくたって、勝負はついてただろぉっ!!」

 両の拳を握り締め、怒りに我を忘れたかのような表情でそう叫んでいる。

「・・・こらっ! 神聖な試験の最中に!!」

 恐らくは強引に闘技場内に入ってきたのだろう。
 すぐに、警備の兵が追ってきて彼を押さえつけようとするが、元から闘技場内にいた兵達が それを制している。
 若干気が早過ぎる気もするが、先刻の試験で称号を得ている以上、アイオリアがこの試験に 立ち会うことに問題はないのである。
 外から彼を追ってきた兵は青ざめた表情で一礼すると、 そのままその場を立ち去っていった。

「なんでだよ! あそこまでしなくたって良かっただろっ!!」

 自分の背後でのやり取りなど構わずに、アイオリアはその場からミロに向かってそう叫ぶ。

「・・・アイオリア、これは新たな黄金聖闘士を決めるための大事な試験だ」

 答えたのは、なんと教皇であった。

「候補生達は、これまでの修行や試合の最中に命を落とす危険と常に隣り合わせであるし、 実際にそうなってしまうことも珍しいことではない。それについては、 お前も承知しているだろう?」
「そ・・・そりゃ、そうだけど・・・」
「それに、ミロはわざと喉を狙ったわけではない。お前のところからでは良く見えなかったかも しれないが、あれはもう一人の候補生が突然途中で意識を失ってしまったために起きてしまった 仕方のないこと・・・つまり事故のようなものだ」

 無論、試験の際に相手の急所を狙った攻撃をすることは非難されるべきことではない。
 あまりにも卑劣極まりない行為が感心できることではないのは当然ではあるが、 相手の弱点を攻めることは戦いの基本なのである。
 だが、この場を治めるためには非常に効果ある言葉であったのだろう。
 教皇直々の言葉の影響力もあったであろうが、アイオリアは そのまま言葉を失ってしまった。

「・・・・・・」

 しばしその場に立ちつくしていたものの、アイオリアは静かに一礼してその場を立ち去ろうと 背を向ける。

「・・・教皇!」

 良く通る声でそう呼びかけたのは、今度はミロであった。

「なんだかよくわからないけれど、庇ってくれてありがとうございます」

 言いながら、彼も一礼する。

「でも、ちょっとだけ違います」

 突然妙なことを言い出したミロの言葉に、立ち去りかけたアイオリアも立ち止まる。

「確かに俺、最初からあいつの喉を狙って攻撃したわけじゃないけれど、拳を止めようと思えば 止められました」
「・・・ほう?」

 教皇も突然のミロの奇行に興味深げな声をあげる。

「でも、これは神聖な称号試験。手を抜くなんてできないと思ったから止めませんでした」

 悪びれもせず、ミロはそう言ってのける。

「なるほど。それはお前の誇りある行動だったというわけか」
「・・・それは、良くわかんないけど・・・どっちかっていったら、『仕方なく止められなかった』 って思われたくないし、そんな風に思われる方が俺の誇りが許さない」

 面白いことを言う少年だと、サガは素直にそう思った。

「俺は、誰が何と言おうと俺だから。言い訳なんてして嘘の自分になりたくないし、言い訳して 貰いたくもない。自分のやったことは誰に何て言われたとしても全部認めるから・・・」

 ミロは言葉を区切り、大きく息を吸い込んだ。

「だから教皇! さっきの、訂正してください!!」





『SAGA』 第一章 第十五話に続く・・・

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あとがき・・・


 ミロ登場☆
 ・・・って、前にもチラッと出てきてはいたんですけどね。

 本当はこの話、アイオリアの話になる予定だったんですけど・・・(汗)
 カルードって候補生も、ギリギリまでアイオリアと戦わせるべきか、それともミロと 戦わせるか・・・を悩んでたくらいで・・・
 この候補生については、後にチラッとエピソードがあったりする予定なので、心の隅にでも 留めておいて頂けたら・・・と思います。

 さて、本当はアイオリアとカミュの試験についても書きたかったのですが、試験ばっかり続くのも なんなので、省略させていただきました。
 彼らは何の問題もなく試験に突破した・・・ってことで☆





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