『SAGA』 第一章






第十三話 『集いし黄金の輝き達』



 その岩山は、不思議な輝きを放っていた。
 曇り空から漏れる太陽の光を反射して、美しいとさえ思わせるような 色合いを醸し出している。

「・・・これが、墓だっていうんだから笑い話だな」

 それを遠くから見やりながら、カノンは呟いた。

 レイファの死後、彼が凍結させた岩山は一部の補強作業が行われたもののそのままの形で 放って置かれていた。
 フリージングコフィンと呼ばれる究極の凍気の技で内部から完全に凍結させられた岩山は、 下手に人の手を加えるよりもこのままの方がずっと丈夫で安全な状態を保つことができるのだと 誰かが話しているのを聞いたことがある。
 また、この岩を覆う氷を力技で破壊すること自体が困難なことなのだとも聞いた。

 恐らく、永久に彼は自らの身体ごとこの聖域を守り続けていくのであろう。

「全く・・・あんたらしいというか、らしくないというか・・・」

 まるで本人に語りかけるかのように、カノンは言いながら歩み寄る。
 実のところ、彼がここを訪れたのは初めてのことであった。

 レイファの死の間際、カノンの元へも彼の小宇宙が飛ばされてきていた。
 単に、別れを告げるだけの小宇宙。

 聖域での、唯一の理解者を失ったかのような気がした・・・

(そんなこと、考えたこともなかったくせに・・・)

 何度もそう自らに毒づいてみる。
 所詮自分には関係のないことだと、極力それを考えないようにもしてみた。

 岩山には、それ以来多くの聖闘士達が慰霊のために足を運んでいるようだった。
 そして、数日が過ぎ、ようやく人の気配が失せ始めた頃、カノンはようやくここを訪れる 気持ちになったのである。

「 ――――― ?」

 意外なことに、その場には先客がいた。

 遠くから一瞥しただけでもはっきりと見て取れる紅い髪が印象的な、 小さな子供のようだった。

 ただ、その岩山の前に佇んでいるだけかのように見えたその子供は、不意に一瞬だけ背後に 視線を移した。
 大人びた髪の色と同じ紅い瞳が、ほんの一瞬だけ彼の姿をとらえたかのような気がしたのは 気のせいだったのだろうか・・・

 見知らぬその子供は、何事もなかったかのようにまた・・・ただ、 岩山の前に佇み続けていた。



 * * * * * * * * * 



「いよいよだな・・・」

 そう言いながらアイオロスは、自らの愛弟子の髪をかきあげた。

「オレ・・・頑張るからさ、絶対兄さんに恥なんてかかせないから!」

 子ども扱いされることを嫌うかのように、その手を跳ね除けて、アイオリアがそう答える。

 ほんの2年ばかりの間に、アイオリアは見違えるようにたくましく成長した。

 ――――― 青銅でも白銀でも良い。場合によっては一般の兵でも構わない。ただ・・・ 共に聖域で共に過ごしたい。

 そんな兄弟の同じ願いから、アイオロスは自らの弟を弟子に取った。
 身寄りを亡くした弟を聖域に呼び寄せた時から、願わくばそうしたいと彼は考えていたようであり、 教皇もまた、彼のその意志を承諾したのだった。
 レイファの死からさほど時を置かずして、アイオリアは兄の元で修行をはじめることとなり、 その結果すぐに彼の中からも黄金の輝きが見出され、改めて黄金聖闘士の候補生として2年間の 修行を続けることとなったのだった。

「あ・・・サガ!」

 言葉の通り、アイオリアの視線は兄の背後から歩み寄ってくる彼の姿を捕らえていた。

「おい! 『サガ』・・・じゃないだろう!!」
「どうせ、すぐに呼び捨てできるようになるんだから、いいじゃないか!」

 言いながら、兄の手をすり抜けて、サガの方へと走り寄る。

「いよいよ明日だな。調子は・・・?」
「絶好調! 絶対明日には獅子座の黄金聖闘士になってみせるからさ、 サガは・・・応援に来てくれるんだろ?」
「そうだな・・・でも、応援ではなく立会人としてだ。 試験は公平に行われるのだから・・・」

 そう言いながら、サガは視線をアイオロスの方へと移す。

「ああ、やっぱりサガが来るのか。宮の方は?」
「シュラが守ることになっている。デスマスクは短期の修行に出ているから、もう一人は アフロディーテになるはずだが・・・」

 その言葉を聞いて、アイオロスはすまなそうに僅かに表情をゆがめる。

「この2年間、宮の方は任せっきりで悪いことをしたな。こいつを自分で育てたい・・・ってのは 自分のワガママだったっていうのに・・・」
「今更何を言っている。まあ・・・正直、最初の1年はかなり大変だったが、年少組が聖域に留まる ようになってからは大分楽をさせてもらっている」

 アイオロスに気を使わせないように・・・というよりは、事実そのまま。

「そういえば、今度の試験は2日間行われると聞いたんだが・・・」

 切り換えの早いことも彼の長所なのであろう。
 先刻までの殊勝な態度は微塵も感じられないような口調である。

「ああ。今回は候補生が多いからな。公には伏せられていることだから、いくらお前でもあまり詳しく は話せないのだが・・・」
「じゃあ、雑談として答えられることにだけ返事してくれればいいさ。 ミロも初日の試験なのか?」

 ミロとは、アイオリアが修行を始めるのとほぼ同時期に黄金の輝きを見出され、聖域にやってきた 黄金聖闘士の候補生の一人である。
 アイオリアのように、聖域で訓練を受けている最中に黄金の輝きが目覚めたのではなく、当初から 黄金聖闘士の候補生として聖域に呼ばれ、聖域近くの離島にて修行を受けていたわけであるが、 時折聖域を訪れることもあり、アイオリアとも比較的仲も良かったらしい。
 ミロもアイオリアも、ちょうどレイファの死でごたついている時期と修行の開始時期が重なった ため、もちろん公には伏せられてはいたものの、彼らが黄金の輝きを持った訓練生であることは かなり多くの者が知ることとなってしまっていたのだ。

「言える訳がないだろう」

 少し困ったような表情をしてそう答えたサガの顔を見て、アイオロスは 肯定の意を感じ取っていた。
 常日頃完璧を目指し、それを意識してきたサガであったが、幼年時代からの友人でもある 彼の前では、ふと己を崩してしまうことが稀にある。
 恐らくは本人すらも気が付いていないであろう彼が時折見せる至極自然な人間性が、 アイオロスはたまらなく好きであった。

「じゃあさ、カルードは?」

 突然のアイオリアの言葉にアイオロスは怪訝な表情を浮かべた。
 弟の口にした人物の名は、兄の知らぬものだったからである。

「ちょっと前に友達になったんだ。トルコってとこで修行してるんだって」

 当然サガは、その名を知っていた。
 アイオリア達と同じく黄金の輝きを見出された後、養成師の元で修行を受けた候補生。
 当然今は、黄金聖闘士の試験を受けるべく、師の養成師と共に聖域を訪れているはずである。
 とはいえ、それは試験の立会いを命じられてから教皇から聞かされたばかりの名で、その候補生が アイオリアの言う通りトルコで修行してきたことや、その他試験に必要な程度のことは耳にはしていた ものの、直接声を交わしたことはもちろん、顔を合わせたこともない。
 まあそれでも、トルコという比較的近い国で修行していたことから考えるに、師と共に、比較的 頻繁に聖域を訪れる機会はあったのかもしれない。
 恐らくはその時にでも知り合ったのだろうが・・・

「だから、私の口からは言えないんだ」

 今度はアイオリアに向かってそう答える。
 さすがに2度目ということもあってかアイオロスと言えど、今度のサガの表情から何かを 読み取ることは適わなかった。

「全く・・・黄金聖闘士の候補生の身元は伏せるという 慣習はどうなってしまったんだか・・・」

 笑いながらアイオロスが言う。
 『人のことは言えないが』の意が含まれている笑いであろう。
 現に自分達の修行時代、アイオロスはカルディスの弟子達が黄金聖闘士になるための訓練生で あることを知っていたし、サガ達もアイオロスが訓練生であることを知っていた。
 それは決して、悪い影響を及ぼすような関係ではなく、互いに励みとなるという意味で、良い 影響の方が大きかったのではないかとサガ自身も思っていた。

「・・・その通りだな」

 同じく笑みを返し、そのまますぐにサガは歩き出そうとする。

「なんだ・・・急ぎの用事でもあったのか? 引き止めて悪いことをしたな」
「いや、用事というほどでもない・・・気にしないでくれ」

 言われずとも気にも留めないのかもしれないが、とりあえずはそう言ってみる。

「ああ。じゃあ・・・明日、闘技場で」
「・・・楽しみにしているぞ」

 去り際に残したその言葉。

 アイオロスの弟であり弟子でもあるアイオリアに対して、情がないといえば嘘になる。
 しかし、必要以上に彼に関わり、応援の言葉を伝えるような行動が試験の 公平さを欠くのも事実。

 もちろん、そこまで生真面目に考える必要はないのかもしれないし、現に今までに立会人を 勤めたことのある黄金聖闘士達がどのように考えていたかなど知るすべもないが、これが 彼のやり方でもあった。
 2年程前、カルディスの元に預け、自らもその修行を手伝ったデスマスクの試験の時でさえ、 彼は一切の私情を排除していたつもりだった。

 その一言が、彼にとっての精一杯の声援のつもりだったのかもしれない。



 正直なところ、本当に『用事』などはなかった。
 ただ、翌日の試験を迎える前に、どうしても訪れておきたい場所があったのである。

 理由などはない。
 強いて言うならば・・・


 ――――― 貴方が正しかったのかどうかを知りたくなっただけ・・・


 サガが向かっていたのは、2年前にレイファが命を落としたあの岩山であった。

 たった1つの命を救うために、無謀な方法で自らの命を散らしたレイファ。
 レイファが救ったその命には・・・何の偶然か、 彼と同じアクエリアスの輝きが宿っていたのである。

 そして、2年の時が流れ、その輝きの主がこの聖域を訪れる ―――――

 新たな黄金聖闘士になるために。

 まさか、こうなることを彼が予想していたとは思えない。
 単なる奇跡に近い偶然か、星の導きによるものなのか・・・

 それでもサガは、彼に一度『会って』おきたいと思ったのである。

 今ではほとんど誰も訪れなくなったその岩山。
 正義のために命を落とした黄金聖闘士が眠る慰霊の地にしては、ひどく殺風景で無骨な風景が 目の前に開けた。

「 ――――― ?」

 風が、紅い髪を靡かせていた。

 当然誰もいないと信じていたためか、先客がいることに気が付かなかったのであろうか。

 サガには、当然その紅い髪に見覚えがあった ―――――

「ここが、どんなところか・・・知っているのか?」

 声をかけるつもりではなかったのだが、つい・・・そう口をついて出る。

「知っている。黄金聖闘士の墓だ」

 確か・・・名はカミュといったはずだ。
 アクエリアスの星の輝きを見出され、すでに一度聖域を去ったはずの白銀聖闘士の元、極寒の地で 修行を続けていた黄金聖闘士の訓練生・・・

「そして・・・私の両親と、その際に共に命を落とした聖域の雑兵達の墓でもある」

 言いながら、カミュは振り向いた。
 サガがレイファから冷え切った体の幼い頃の彼を受け取った時、彼の意識は失われていた。
 それ以来、直接顔を合わせることなどなかったはずだから、カミュにとっては初対面の 相手ということになるだろう。
 当然サガが黄金聖闘士であることなど知らぬことであろうから、敬意を示した言葉遣いを しないことを責めるのは気の毒なことであるだろうし、 サガ自身そのようなことをするつもりもない。
 それにアイオリアの言葉を借りて言えば、『明日には呼び捨て』で 会話できる関係となるかもしれない。
 だが・・・同年代のアイオリアと比べて、ひどく大人地味た冷淡に感じられる口調が 言い様もなく気にかかったのである。

 それだけではない。
 この岩山が『レイファの墓』であると同時に、当時共にこの岩山の洞窟に入り任務を 遂行していた兵達と、その際に偶然この場に居合わせていたがために落盤に巻き込まれた彼の 両親の眠る地であることを、サガは再認識させられたのである。

 僅かな思考の時間、サガは言葉を紡ぐこともなく目前の紅い瞳に写る自分の姿を 見つめていた。

「私は、ここに眠る全ての人によって生かされている。そのことを一度たりとも忘れたこと なんてない。いつの日か・・・必ず、聖闘士になって後の世界に何かを引き継ぐために、必ず ここに戻ってくると心に決めて旅立った・・・」

(こんな思いを抱いて、聖闘士になるものがいたのか ――――― )

 それは、サガにとって驚きであった。
 自らも決して子供らしい子供ではなかったと記憶しているが、そこまで明確な理想を持って 聖闘士になったかと問われれば些か疑問が残る。

 もっと漠然とした、正義とか平和とか・・・ 心正しき者であれば誰もが持ち得ているモノのために。
 そして、それができる存在として選ばれた自らの誇りのために、黄金聖闘士となり、あり 続けているのではないか。

(なるほど、背負っているものが違うというわけか・・・)

 しかし、それも『一つの形』なのではないかとサガは思った。
 彼について、それ以上理解しようともしたいとも思わなかったが、それが彼のめざす『聖闘士』 であるのだろう・・・ということだけは理解できた。

 サガは僅かに表情を緩めそのまま踵を返してから、ただ一言・・・こう告げた。

「明日の試験・・・期待している」





『SAGA』 第一章 第十四話に続く・・・

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あとがき・・・


 ちょっと尻切れ的な終わり方になってしまいましたが・・・
 本当は他の黄金聖闘士(の卵)達も登場させたかったんですけどねー。
 まあ、それについては次回・・・ということで。

 この『SAGA』って話は、元々はあじが書いた黄金聖闘士達の短編小説を寄せ集めて1つの ストーリーにしたものなのですが、当初『SAGA』のタイトルがついていた話にはカミュが かなり大きい位置をしめて登場しています。
 それだけ、今後とも彼の役回りは大きいものになってくるかとも思うのですが・・・まあ、 とりあえずお楽しみに☆





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