『SAGA』 第一章






第十一話 『小さな侵入者』



 今日のサガは、苛立ちを隠せずにいた。

 言い方は全くもって俗な表現ではあるが、彼にとってのここ数日の出来事は実に『面白くない』 ものであったからだろう。

 全てはレイファの死に端を発している。

 黄金聖闘士が二人も揃っていながら、彼一人だけを死に追いやったことも理由の一つであったし、 まるで彼の死を何かのきっかけにするかのように、その後数日の間に、幾人もの新たな 黄金の輝きを宿す幼子が聖域に集まりだしたことも、何らかの皮肉のように感じられたのである。
 そしてレイファが助け出した子供の師匠となるべき人物の元に出向いたのが、この一件とは無関係の アイオロスであったこともまた、その理由の一つなのかもしれない。
 確かに、その子供にも黄金の輝きが宿っていて、その輝きは通常の聖闘士訓練方法とは大きく 異なるという氷の闘技を操るアクエリアスであったということも、そのアクエリアスを育てる ことができそうなたった一人の人物とアイオロスとの間に、若干の縁があったということも 理解はしているつもりだった。
 しかし、先刻東シベリアから戻ったばかりのアイオロスの話に、サガは驚愕を隠すことが できなかった。

「教皇は、ロニィに白銀聖闘士の称号を一時的に与えるつもりらしい」

 確かに彼女は、実力派の白銀聖闘士だったと聞く。
 公にはされていないが、黄金の輝きを見出され、レイファと共にアクエリアスの称号を 競い合った間柄だということも、それなりに知ってはいた。
 だが、一度は聖域を去った者なのである。
 しかも与える称号は一時的なもので、例の子供が無事アクエリアスに育つか、そのレベルにまで 達しなくとも次代のアクエリアスを育てるために、氷の闘技を身に付けた養成師となるだけの 技術を身に付けるか・・・または、脱落するか死ぬか・・・とにかく、何らかの形で区切りが ついた時点で、再び聖域を離れることを許すのだという。

「破格の待遇だな」

 皮肉を言うつもりはなかったが、つい口をついて出た。

 確かに、尋常ではない待遇であった。
 わざわざ白銀の称号を与えずとも、養成師として復帰すれば良いことなのである。
 聖闘士候補生を育てる上での、師匠の称号の違いには、本来ならばさほどの意味はない。
 ただ、養成師は教皇の指示の元、候補生を『預かる』のに対して、聖闘士が師である場合は、 その師に全権が委任されるのである。
 ここ聖域で候補生の修行をする分にはあまり関係のないことではあるが、聖闘士が遠く離れた地で 弟子を取る場合においては、聖域の他の者達はもちろん、教皇の目さえも届かない状況であるため、 言葉は悪いが『やりたい放題』自由に教育することができるのである。

 また、これはかなり後になって知ったことであったのだが、教皇は彼女に『仮面をつけること』を 強要しなかったのである。
 女神アテナの元に集いし女聖闘士は、例え訓練生や雑兵、その他の役職に就く者全てに至るまで、 『女であること』を捨てるために、素顔を覆い隠す仮面を身に付けなくてはならないということは、 聖域に足を踏み入れたばかりの子供でも知っていることだ。
 それほどまでに教皇がロニィの実力をかっていたのか、それともそれほどまでに氷の闘技を 指導できる師匠が必要だったのか・・・

 この時点のサガは、仮面の件に付いてはまだ耳にしていなかったものの、それでも 彼女の待遇に耳を疑ったのである。

 だが・・・サガにも、これらの憤りの全てが、自らの苛立ちを押さえきれていないがために 沸き起こるものだということを理解もしていた。

 普段の自分であるならば、レイファの死そのものについてはともかく、立て続けに新たな輝きが 見出されたことについては『そろそろ女神の降臨が近いことを暗示している』と解釈するで あろうし、ロニィの元にアイオロスが出向いたことについても 何の嫌悪感も覚えなかったことだろう。
 強いて言えば、教皇のロニィに対する破格の待遇についてだけは眉をひそめたかもしれないが、 それも『教皇には何かお考えが・・・』と、言い換えていたことだろう。

 彼の苛立ちの全ての原因は、レイファのあの一言であった ―――――


 ――――― きっと君には、一生かかってもわからないことだろうから・・・


 この言葉が彼の脳裏から離れることは、一時たりともなかった。

 レイファが、彼に残した最後の言葉だったということもその理由ではあろうが、むしろ 彼の拘りは別のところにあった。


 ――――― きっと君には、一生かかってもわからないことだろうから・・・


(私にはわからない・・・だと?)

 レイファの死の瞬間から、彼は何度も自問自答を繰り返した。

 そのようなことがあってなるものか・・・という驕りにも似た感情が、まずは体を支配した。
 黄金聖闘士である自分にとって、他人に可能なことが自分に不可能なことであるはずがない・・・ いや、あってはいけないのである。

 ただそれと同時に、それが『わかりたくもない』考えであることも事実であった。
 例え人助けのためだとはいえ、女神と彼女が愛するこの地上の平和を守るために与えられた 黄金の輝きと、その称号を手にするために自ら身に付けたその力の全てを、このようなことで無駄に 散らしていくなどという考えは、彼にとって理解しがたいものに相違はない。
 ただ、サガにとってはまるで、負け犬的な無駄な命の浪費に過ぎない行為であっても、 その瞬間のレイファの小宇宙は、限りなく強く、そして美しく輝いていた。

 彼の行為自体は、間違ったものではない ――――― その点については理解できる。
 だが ――――― だが、そうであっても・・・

(だが・・・それならば ――――― )


 あのカノンであったのなら、理解できたとでもいうのだろうか ―――――


 この考えに辿り着くのも、実は初めてのことではない。
 正直なところ、レイファから小宇宙を受け取ったその次の瞬間にはすでに、サガはその疑問に 全ての思考を支配されてしまっていたのである。

(何をバカなことを・・・)

 幾度も、その馬鹿げた考えを打ち消してもみた。
 たまたまその日偶然、生まれて初めて、自分とカノンとを対比させてみるような些細な出来事が 起きていたせいだろう。
 偶然、レイファの死のほんの少し前に、カノンと自分とを比較するような考えを 抱いていたから・・・

(だから、そんなことを考えたりしたのだ・・・)

 レイファの意図は、今以て全くわからない。
 だが、もし・・・あの場に居合わせていたのが自分ではなく、カノンの方であったとしても、 それは同じことであるはずだ。


 ――――― 本当に・・・?


 語りかけてくる自分自身の声が、言い様もなく鬱陶しい。
 まるで、カノン本人に胸中を除かれているようなひどく不快な感覚である。
 自らを否定的に顧みるような衝動に駆られたことなど、生涯一度たりともなかったサガにとって、 この体験はいささか刺激が強すぎたのかもしれない。

 まるで、自分自身とも言えるべき、同じ瞳を持つ者が、同じ声で語りかけてくる・・・

 自問自答など、普通の人間にとってさほど珍しい行為でもなんでもないことなのだろうが、 これまで自らの生き様に何の疑問も持たず、一点の曇りも感じなかった者にとって、 その行為自体に慣れがないため、必要以上に狼狽を覚えるのはいたしかたないことであろう。
 ただ、サガにとって不運だったのは、自らと同じ姿を持ったもう一人の男を 必要以上に見慣れていたために、自らに語りかけてくる胸中の『自分』を自分自身として認識する よりも、不当に土足で体内に上がりこんできた、別次元の侵入者のように思われて ならなかったのである。

 あの夜、あの洞窟の中で、感じた小さな疑問 ―――――

 黄金聖闘士の鏡であるかのように感じていたレイファの意外な一面を見せ付けられたその時から、 彼の自問自答は始まっていたのかもしれない。

 そして・・・その疑問の細波がおさまらぬまま・・・ 当のレイファは死んだ ―――――


 まるで、サガの心中を意図的に乱すような言葉を残して ―――――


(まさか・・・いくらなんでも考えすぎだ・・・)

 全ての苛立ちを振り払おうと、軽く髪をかきあげながら首を大きく左右に振る。
 この動作を繰り返すのは、一体幾度目だろうか・・・

「双児宮・・・通らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 不意に聞き慣れない声がした。
 ・・・と、同時に、彼は自分が自宮の守護中だということを思い出す。

「シオン・・・いえ、教皇様に御用があってまいりました」

 ちょうど自分達が聖域にやって来た時と同じくらいの年齢であろうか・・・
 その見覚えのない小さな子供は、サガの視線に物怖じもせずにそう告げた。

「教皇に・・・? 何も聞いていないが・・・」
「一度聖域に来るように言われていたのですが、『今日』来ることは伝えてありませんでした。 もし、何か問題があるのでしたらお取次ぎ願えませんでしょうか?」

 とても子供が使う言葉遣いとは思えないようなそれも、さほど堅苦しく感じないのは、 その当人の醸し出す独特の雰囲気なのだろうか。
 よく見ると、聖域の者達が身に纏うものとはかなり質の違う衣服を身に着けている。

(異国から来た、新たな聖闘士候補生だろうか・・・しかし、それにしても突然教皇に 会わせろなどと・・・)

 常識的に考えれば、妙な話ではある。

(それ以前にこの子供は、一体どうやってここまで上ってきたのか・・・)

 確かに双児宮より下は無人の宮である。
 だが、十二宮の入り口付近には、数名の白銀または青銅聖闘士が常駐しているはずであるし、 見回りの兵も大勢いるはずだ。
 仮に彼が言うように、本当に教皇本人にに呼ばれていたとしても、そのことを知らない以上、 守護兵達が見知らぬ子供などを通過させるとは考え難い。

「偶然です。たまたま見回りの方の目が届かなかっただけでしょう」

 まるで心を読むかのように、目前の子供はそう答えた。

「・・・な、一体・・・」

 ただ者ではない ―――――

 サガは本能的にそれを感じ取った。
 『偶然』というのは、単なる言葉のアヤか、それとも彼自身が自らの驚異的能力に気がついて いないために用いた言葉であろう。
 現に考え事をしていたとはいえ、サガ程の者が、自らの目前に来るまで、その気配を感じなかったと いう事実自体が尋常なことではないのである。
 恐らく ――――― 兵達は、彼の気配を察知することができずに、その侵入を見過ごして しまったのだろう。

(外敵とは思えない・・・)

 これも本能でそう感じたのである。

(だが、だからといってここを通すわけにも・・・)

 サガ自身も気が付いてはいなかったが、この子供の侵入という『事件』が、彼の不快な自問自答を 忘れさせる結果となっていた。

「わかった・・・では、一度教皇にお伺いをたてて・・・」

 小宇宙を飛ばして直接指示を仰ぐこともできるが、 緊急事態でもない時にするべき行為ではない。

(一旦下へ戻して、改めて・・・)

 そう言おうと、サガが次の言葉をつなげようとした時である。

( ――――― サガ)

 言葉をさえぎったのは、教皇その人であった。
 十二宮の最上部、教皇の間から送っている小宇宙に相違ない。

(教皇・・・?)

 まるで、この双児宮にて起きている出来事を知ってるかのようなタイミングで送られてきた 小宇宙に、サガは驚きを隠せなかった。

(サガ、その子を通すように・・・)
(・・・はっ)

 教皇の許可がおりたのであるから、もはや足止めの理由はない。
 サガは、一歩引くようにして彼に道を譲る。

「ありがとうございます」

 わずかに微笑んで、その子供は先へと進みかける・・・が、サガの前を通り過ぎるなり、何かを 思い出したかのように突然振り向いてこう言った。

「申し遅れました。サガ様・・・私、この度修復師としてシオン先生に弟子入りいたしました、 ムウと申します」





『SAGA』 第一章 第十二話に続く・・・

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あとがき・・・


 ははは・・・あとがき書く前に、うっかりUPしちゃった・・・
 ・・・というわけで、ここ書き直す前に読んでしまった方すみませんです。

 さて、今回の話も、次回へ続く形となります。それほどたいした話ではないんですけどね。
 次回は、今回のような心理描写は少なめに、会話形式で軽快に進む話・・・に、なる予定 ですが、あくまでも『予定』なので・・・(笑)





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