『SAGA』 第一章






第十話 『片翼のアクエリアス』



 この地を訪れるのは、確か2度目だった。

 アイオロスは、辺りの景色を眺めては思わず感傷に浸る。

 間もなく夏を迎えるというのに、まるで真冬のような冷たい風は、 温暖なギリシャで育った彼には些か堪えるものがある。

「それでも、あの時よりはましか」

 以前訪れた時は、本当の『真冬』であった。
 吹雪に行く手を阻まれ、目指すべき目標物を見つけるのがどれだけ 困難なことであったろうか。


 ――――― 当然今回は、いとも簡単にその家は見つかった。

 村から少し離れた生活には不便極まりないであろう場所に、 孤立して建っている小さな家。
 このような寒冷地に建つ家にしては、 質素すぎる造りにも見受けられる。

「ロニィ・・・いるかい?」

 戸口に立って、軽くノックする。
 ややして、その扉は家の主によって開かれた。

「待っていた。・・・なんとなくお前が来るような 気がしていたからな」

 ロニィと呼ばれた家の主は、言いながらアイオロスを中へ通す。

「ここは、夏でも随分な気候なんだな。そういえば聖域も先日は 大変だったんだよ」

 勝手知った家であるかのように、彼はすぐに腰をおろす。

「あんな嵐は滅多にないだろう。・・・ちゃんと手入れをしていなかったせい でもあるんだろうが、ウチの木戸なんて、ひとたまりもなかった」
「・・・用はなんだ」

 冷たい視線を投げかけて、ロニィは言い放つ。

「・・・レイファが、死んだ」
「 ――――― 知っている」

 アイオロスの言葉に、ロニィはただ一言こう言った。

「小宇宙を送ってきたからな。大体の事情はわかっているつもりだ。・・・ まさか、それだけのことを知らせるために聖域がお前を遣わしたなどと そんなバカな話もないだろう」

 鼻で笑うかのような仕草をしながら、それでも一応の 来客に茶を勧める。

「大体、今の私は聖域とは無関係の存在だ」

 アイオロスは深く息をついた。
 こう返答されることは予測済みである。

「だが、今では唯一の氷の闘技を身に付けた『聖闘士』でもある」

 力強く主張したアイオロスの顔を鋭い瞳で一瞥する。

「・・・私はもはや、『聖闘士』ではない」

 再び予測済みの返事が戻ってくる。

「正式な手続きを踏んで、聖域から離れた。 今更何の言いがかりがあるというのだ」
「言いがかりなどない。単に、次代のアクエリアスを育てることのできる 存在はあなたしかいない・・・と、言いに来たんだ」

 アイオロスのあまりにも真っ直ぐな物言いに、 ロニィは軽く息を付く。

「確かに・・・そうだろうな。聖戦と聖戦の合間のこの平和な時代・・・ 聖域に在籍する聖闘士の数は決して多くはない。まして、聖闘士の技としては かなり異質な凍気を操る者など、そう簡単にはいないだろう」
「あなたとレイファとを育て上げた師匠は、高齢のため亡くなったと 聞いている。初歩の氷の技を身に付けている養成師もいないではないが、 彼らの器では、アクエリアスは育たない」

 再びロニィは鼻で笑う。

「私なら、育てられるとでも言いたげだな。・・・言っておくが、私は レイファに称号を持っていかれたオチコボレに過ぎないんだぞ。かいかぶりは 迷惑だ」
「レイファは強い。・・・だが、あなたも強かったはずだ。最強の白銀 聖闘士とまで呼ばれた、エリダヌスのロニィ!」

 懐かしさすら感じないほど、とうの昔に捨てたその名に、ロニィは 眉をひそめる。

「お前は知らないかもしれないが、 私が聖闘士を辞めた理由を教えてやろう」

 レイファと共にアクエリアスの称号を競い合っていたロニィが、後に エリダヌスの白銀聖衣を手に入れ、その後間を置かずして聖域を離れる ことになったという事件は、アイオロスが聖域にやってくる以前の 出来事である。
 現に、数年前この東シベリアで偶然出合った『ロニィ』という人物が、 レイファの兄弟弟子でもある元聖闘士でだったことを知ったのは、 つい最近のことなのである。

「理由・・・って、そんなこと・・・」

 知っているつもりだった。
 思わず彼は、目の前の人物の身に付ける片袖の通っていない上着に 目を向けて、慌ててそれを逸らした。

「見ての通り、私には利き腕がない。これは聖闘士として致命的な欠陥だ。 だから、教皇も聖域を離れることを簡単にお許しくださった」

 アイオロスも当然この辺りのことは知っていた。

「だが、もし私が聖闘士の称号を持たぬ、一般兵だったとしたら話は別だ。 腕は無くとも兵士の役は勤まる」

 今の言葉の意図を、アイオロスは理解できなかった。

「言い換えよう。・・・仮に私が白銀聖闘士になる前に腕を失っていたと したら、今でも私は雑兵のままだっただろうな」

 聖域は厳しい所である。
 黄金の輝きを持ち、いわゆる特別待遇で聖闘士になることができたアイオロス であってもその辺りのところは理解しているつもりだった。

 一度聖域に足を踏み入れてしまった以上、基本的にそこから抜け出すことは 許されないことなのである。
 むろん、訓練中の聖闘士候補生の内のあまりにも幼い者や、逆に役目を 果たすことのできなくなった年老いた雑兵など、例外もないではないが、 その判断も全て教皇、若しくは上層部に委ねられている。
 外部に機密を洩らさぬため・・・というのが、主な理由であろう。
 称号や特別の役職を持たぬ者が、聖域外部に外出することにすら、 何らかの許可が必要なのであり、その許可も容易なことではおりない のである。

「だから、先に聖闘士になってやることにした。白銀でも青銅でも良い。 ・・・聖闘士になりさえすれば、聖域から出ることも簡単だからな」

 アイオロスは息を飲んだ。

「まさか・・・わざと・・・」

 ――――― 聖域から手を切るため、わざと聖闘士になり、 わざと利き腕を捨てた。

「そんなバカな話・・・」
「・・・が、あったんだよ。ここに」

 事も無げに言ってのける。

「代々、アクエリアスってのは変わり者が多いらしくてね。レイファも、 そして先代もそうだったが、彼らは女神や聖域のために戦おうとなんて、 これっぽっちも考えちゃいなかったはずだ」

 ロニィは言葉を区切って冷笑を浮かべる。

「ただ、自分がそうしたいと思ったから。・・・ ただそれだけさ」

 確かにレイファは他の聖闘士とは何処か違う雰囲気のある男だった。
 ・・・が、アイオロスが黄金の称号を手に入れた時、先輩格の黄金聖闘士 と呼べる人物は、彼一人だけであったため、そんなものか・・・と、さほど 深くは考えていなかったわけであるが・・・

「なら・・・レイファは、自分がそうしたいと思ったから、 自らを体ごと氷付けにした・・・っていうのか」
「さあな・・・まさか、自分から望んで・・・ のことではないはずだが・・・」

 言いかけて、ロニィは言葉を区切る。

「まさか・・・新しく見つかったという黄金の・・・アクエリアスの輝きを持つ 候補生って・・・」

 ロニィの問いに、アイオロスはゆっくりと頷いた。

「なるほど・・・子供一人を助けるために、命を落とすとはあの男らしくない 行為だ・・・とは思っていたが、そういうこと・・・か」

 一人納得したかのように呟いて、そのまま 一瞬だけ思案の表情を見せる。

「 ――――― 気が変わった。その、 候補生とやらをここに連れてこい」

 態度を翻したロニィの言葉に、アイオロスは驚きの表情を浮かべた。

「ただし、幾つかの条件をのんでもらおうか・・・?」

 冷笑を浮かべながら、『彼女』はそう言った ―――――





『SAGA』 第一章 第十一話に続く・・・

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あとがき・・・


 この『ロニィ』って人物については、ギリギリまでその役どころに悩んで しまいました。
 レイファの兄弟弟子にするか、それともカミュの兄弟弟子にするか・・・
 実のところ、初期設定ではカミュの兄弟弟子だったんですけどねー。
 ただ、カミュ達、聖戦時に20歳組の黄金聖闘士って数が多いので、 ちょっと書ききれなくなっちゃうなぁ・・・なんて思ったりして。

 そして・・・今回の話をさらっと読み流してしまって方は、 気が付かなかったかもしれませんので、ちょっと補足。
 ・・・本文の最期の1行を御確認ください・・・(爆)





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