『籠の中の檻』





 事態は全く変わってはいない。
 むしろ・・・時が経過するだけ、毒は体内を巡るのだ。
 この一瞬の間にも、事態が悪化し続けていると言い換えても過言ではないだろう。

 それでも、『白状』することで、緊張の糸が僅かに緩んだのだろうか。
 それとも・・・感覚すらも麻痺してきたのだろうか ―――――

 時折、熱を帯びたような虚ろな目を見せる。
 まるで、酷い風邪を拗らせた子供の仕草のようでもあった。


 ――――― 何もすることができない自分が、ただひたすらに歯痒くて ―――――


「・・・ねぇ」

 声をかければ睨まれる。
 あれから何度も同じことを繰り返し続けていた。

 だが、その時の鋭い視線は、確かにいつもの彼のものであった。
 その不毛な繰り返しも、彼の虚ろな意識を呼び覚ますのにそれなりの効果はあるのだろう。

 だが、それもそろそろ限界に近付いてきた。

「 ――――― 」

 鋭さを欠いた彼の瞳が彼女の姿を捕らえている。

「シェゾ・・・もっと気持ちを楽にしてよ。毒のせいなんだから仕方ないんだからさ・・・」

 神経攪乱系の毒にも様々な種類があるし、この状況下でその判別をすることは 不可能なことである。
 第一、その毒が本当に神経錯乱のみを目的とした物か否かすらわからないのである。
 だが・・・彼自身がそう言うのだから、恐らく間違いはないであろう。
 これ以上の何かを隠しているという可能性も皆無ではないが、 そこまで考えていてはキリがない。

 その、彼の判断を信じるとするならば・・・ 多くの場合、直接その毒が生命の危機に関わるというケースはないはずだ。

 アルル自身、何度かそういう類の罠に嵌ってしまったことがあるが、数分か、数時間後か、または 解毒剤を飲まされた後には、何事もなくすっきりとした・・・至って普通の状態に戻って しまうのである。
 毒の効果で錯乱状態になった時の記憶は、その時々により残っていたりいなかったりと様々では あるが、彼女の経験からではあるが、毒に耐え続けるよりはいっそのこと、気を張らずに 状況に身を任せてしまった方が限りなく楽であるはずなのだ。
 事実彼女も、突然狂ったように笑い出したことも、脈絡もなく歌いだしたことも、意味不明の うわ言を呟きながら一晩中うなされ続けたこともあったとは思うが、 毒の仕業なのだから、周りの者は誰もそんなこと気にしない。

 たった一人という状況下でなら、一瞬でも正気を失うことは命取りとなるだろうが、この場には 正常な判断をすることができる者が居合わせているのである。

(そりゃ・・・シェゾは、ボクや学校の皆と違って・・・そんな姿、人に見られたく ないのはわかるけど・・・)

 彼のプライドの高さは知っている。
 知っているからこそ、今までその言葉を避けてきたのである。

 だが、これ以上彼が無駄に苦しむ姿を見続けることは、 アルルにとっても苦痛であったのだ。

「ボクは何も見ていないし、聞いていないから・・・」

 そんな気遣いこそが、恐らく彼の最も忌むところの行為だということも当然わかってはいたが、 それを言わずにはいられなかった。
 目前で苦しんでいるのがシェゾであろうとなかろうと、それは同じことなのである。

「・・・お前、自分の状況をわかっているのか・・・?」

 やや、僅かな間を置いての返答だった。

「何言ってるんだよ。ボクは何でもないってば」

 通路の崩落の際の掠り傷の痛みはほとんど感じなくなっていたし、 ここには空気だって充分にある。
 城の外には、魔導学校の仲間達や校長がいるのだから、ここに生き埋めのまま誰にも気付かれずに 何日も閉じ込められることもあるまい。
 確かに、課外授業に来ることは、出発の直前に知ったことだったし、人里離れた洞窟等の危険を 伴う探索と違うわけだから、ろくな装備は持ち合わせていなかった。
 見たところシェゾの方もかなりの軽装ではあったからその点については同様かもしれないが・・・ それでも、とりあえず命の危険だけはないと考えても良いはずだ。

「ボクの心配なんかより・・・」

 アルルは言葉を止めた。
 彼が、今までにないくらいの激しい苦痛の表情を浮かべたからである。

「・・・シェゾ・・・?」

 言葉を交わすことで、彼の精神を余計にすり減らしてしまったのだろうか。
 もしそうならば、これ以上言葉を投げかけない方が良いのかもしれないが・・・

「 ――――― でも、でも・・・このままじゃ、キミが・・・」

 苦しげに背を丸めたまま僅かに体を震わせ、それでも彼は何とか呼吸を整える。
 アルルの声が聞こえていたのか否かはわからない。

「・・・本当に、わかっていないのか・・・」

 顔を上げ、先刻の言葉を続けた彼の瞳は、虚ろさの中にも鋭さが辛うじて残されている・・・ そんな感じの色をしていた。

「さっきも言っただろう? 何をしでかすかわかったもんじゃない・・・とな」

 そう言いながら、彼は渾身の力を振り絞るかのようにしてその場に立ち上がる。

「・・・・・・?」

 何を見つめているのか、ちょうどアルルの背後に位置する壁側の一点に視線を送ったかと思うと、 彼はそのまま視線の先へと歩を進める。
 覚束ない足取りにも思えたが、意外にも歩くこと自体は苦痛ではないらしい。
 むしろ、その方が気が紛れるのだろうか・・・

「このフロアは、牢として使われていたらしいと言ったが・・・どうやら、 それだけが目的ではなかったらしいな」
「・・・え?」

 突然の言葉の真意がわからずに、とりあえず疑問符を返す。

「これだけ強固な牢の中に、こんなものがあるということは・・・恐らく・・・」

 壁に何か取り付けられていたのだろうか。
 完全な暗闇ではないとはいえ、彼女にはそれが何であるのかは判りかねたが・・・彼は、 その『何か』を手にし、そのままゆっくりと振り返る。

「牢としてよりは、拷問部屋としてでも使われていたのだろう ――――― 」

 振り向いた彼の手には、闇の色と同化した漆黒の鎖が握られていた。

「ご、拷問部屋ぁ?」

 言葉の響きにとりあえず驚いてみるが、言われてみればその通りであろう。
 牢獄と手枷足枷となるべき鎖との組み合わせ自体なら至極自然なことなのであろうが、その鎖が 壁の比較的高い位置に取り付けられている必要はないだろう。
 それに、罪人を閉じ込めて置くだけにしては、この部屋は若干広過ぎる。

(この鎖で悪い人を壁に縛り付けて・・・それで拷問した、ってこと・・・?)

 無論、投獄されたり拷問されたりする者の全てが罪人や悪人ばかりであるとは限らないわけで はあるが・・・

「だから、それが・・・」

 彼女の問いには答えずに、シェゾは手にした鎖を何度か強く引いてみる。

 さすがに長年放置されていただけのことはあり、その鎖の金属同士の摩擦音は鈍く重い響きの ものではあったが、鎖自体も取り付けられていた壁の方もびくともしない。


 ――――― 牢の鎖は罪人をつなぐためのもの ―――――


 その固定観念のためか、アルルはいまだ事態を飲み込めぬままでいた。
 彼の行動の意味を全く持って理解することができない。

「シェゾ・・・?」

 その強度に満足したのか、彼は鎖を引くのをやめ、虚ろな瞳のまま視線を彼女に戻す。

「・・・来い」

 その鎖を握ったまま、彼はそう言い放つ。

「 ――――― え?」

 この時 ――――― 突然、奇妙な感覚を覚えた。


 ――――― 何をしでかすか、わかったもんじゃねぇ・・・


 彼の言葉が脳裏に蘇る。

(まさか、それって・・・)

 そう ――――― 彼は、神経錯乱系の毒に犯されている。

 彼が、一見上は平静を保っていたために、まるで考えもしなかったことではあるが、この手の毒 には、極端に攻撃性を増す・・・といった症状を引き起こすケースも珍しくないのである。
 過去に、どこかの遺跡発掘隊がパーティ同士で殺しあい、全滅したことがある・・・ という話を聞いたこともあったし、よくよく考えてみれば今までにも、そこまで深刻な 事態にならずとも似たような危機に遭遇したことだってある。


 彼が、もし ――――― !


 背筋に冷たいものが走る。
 その瞬間まで考えていなかっただけ、その一瞬の恐怖は絶大なものであった。

「・・・早くしろ!」

 毒による苛立ちからなのかもしれないが、 彼女の恐怖感を呷るのには充分過ぎる台詞でもある。

「 ・・・・・・」

 虚ろな中にも鋭さの見え隠れする彼の瞳から逃れようと、僅かにあとずさろうとしたその時の ことであった。

「 ――――― !!」

 鈍い音をたて、鎖の先端の手枷が手首を拘束する。


 ――――― えっ!?


「鍵は・・・お前が持っていろ」

 言いながら、それを放ってよこす。


 ――――― その手枷が捕らえていたのは、彼自身の右腕であった ―――――


「・・・シェ・・・ゾ?」
「早く来い。さっさと緩んだ鎖を引き上げろ」

 彼女の恐る恐るの問いを遮るかのように彼は再び言い放つ。
 そして、そのまま崩れ落ちるかのように、壁に背を凭れた状態で座り込む。

「緩んだままだと、意味がないだろうが・・・!!」

 今度は視線を向けることもなく、そう吐き捨てる。
 恐らく、精神的にも体力的にも限界に近いのだろう。

「でも・・・」

 彼の意図はわかる。
 この狭い密室で、万一彼が正気を保てなくなったとしたら ―――――

 当然助けもなければ、逃げる術もない。

 『魔導力が封印されていて好都合』とはこういう意味だったのだろう。
 彼を拘束さえしてしまえば、アルルの身は安全なのである。

 だが、だからといって、何の躊躇もなく毒に犯され苦しみ続けている彼を完全に拘束してしまう ことなど彼女にはできなかった。
 元々は、彼女のせいで起きた事態なのである。

「でも・・・」

 しかし、逆を言えば ――――― 拘束することで、 彼は『自制』という名の苦しみから解放されるのかもしれない。

 ありったけの精神力を振り絞り、正気を保ち続けようとしなくても良くなるのである。

「・・・・・・」

 逡巡の間はどのくらいだったのであろうか。
 それでも、彼女は意を決したかのように、彼の右の腕につながる鎖を ゆっくり手に取った。

 鎖は壁のかなり高いところから伸びているようだった。
 当然そこまで手が届くはずもない。
 ・・・が、そこから別の鎖が壁伝いに伸びているのがわかる。
 恐らくは、このもう一方の鎖を引くことで、 彼の手を拘束する鎖が引き上げられるのであろうことは容易に想像できた。

「・・・・・・」

 一瞬、この鎖を使って脱出を図れないかとも思ったが、やはり無理だろう。

 空気穴はあまりにも高過ぎたし、鎖は完全に壁に固定されていて取り外すことはできない。
 第一、何とか取り外すことができたとして、他の方法も用いることで空気穴まで上ることが できたとしても、その穴からの脱出自体が不可能なのである。
 この手の城の地下室に作られた空気穴は、大概外部から発見することは困難なはずであろうから、 穴から助けを呼ぶという方法も合理的ではない。

 大体、そんな簡単に脱出が計れるようであるならば、牢としての役をなさないのである。

「・・・ごめん」

 恐らく言葉にはなっていなかった。

 できるだけ、彼の姿を見ないようにゆっくりと鎖を引く。
 壁の上部には、恐らく滑車のような物が取り付けてあるのだろうか・・・引く度に金属が 擦れ、軋むような嫌な音がした。
 既に錆びついているのか、かなり重い。

「・・・・・・」

 金属の軋む音が、まるで悲鳴のように聞こえた ―――――

「それでいい・・・」

 ただ一言だけ、彼はそう言った。



 ――――― それから、どのくらいの時が経過したのだろうか。

 ほんの数分だったようにも、数時間のことのようにも思える、一瞬の積み重ね。


 アルルの思惑に反して、彼は未だ苦しみ続けていた。


 鎖によって拘束された右の腕は、僅かに肘が曲がる程度の余裕を残して壁伝いに吊り上げられ、 怪我を負った左の腕の小刻な震えは止まらない。

 時折、彼の表情が苦しげに歪み、呻きに似た声をも漏らす。
 まるで、叫び出したい衝動を抑えるかのように、自らを拘束する鎖を、 掌から血が噴き出すほどに強く握り締め、そのまま鎖ごと壁へと打ちつける。
 当然、その手首からも赤い血が滲み出す ―――――

 四方の壁に閉ざされた狭い空間は、鉄錆の匂いで満たされた。

 鎖の錆がこそぎ落とされたためのものなのか、 それとも彼自身の血液によるものなのか ―――――

 ただ、間違いないことといえば、闇に溶け込んでいる漆黒の鎖の色は、どんなに赤い血を浴びても、 その色に染まることだけはないということだけ。

(ヤダ・・・もう嫌だよ・・・)

 成す術もなく反対側の壁の近くで、まるで祈るかのように鍵を握り締めたまま膝を抱え、 アルルは何度もそう呟いた。

 自分が辛いわけでは決してない。

 辛いのは、苦しんでいるのは彼の方なのである。

 狭い牢の中に僅かに残されたほんの僅かな自由な空間すら彼のものではない。

 握り締めた黒い鎖と共に掴む、僅かな空虚のみが彼に許された空間なのだ。
 どんなに苦しくても助けが来るはずもなく、 手を伸ばそうともそれすら適わない ―――――


 一瞬 ――――― 暗闇の中で悶え苦しむかのようなその様が、先刻の魔導生物のそれと 重なった。


 強固な牢に閉じ込められ、さらにその動きや意識すらも封印によって 完全に束縛される ―――――

 暖かな陽の光を知ることもなく一生を終えた『それ』は、 どんな思いで封印から目覚めたのだろう。

 籠の中の鳥ですら、例え自由は適わなくとも、青い空を見ることも風の音を聞くことも できるであろうに。
 檻に捕らわれた獣であるならば、遠き日に見た懐かしい景色に想いを馳せることができるで あろうに・・・

 ただ、その体を覆う闇の中で・・・ひたすら目に見えぬ何かと闘い続けなくてはならないのが、 『それ』にとっての『全て』。


 ――――― 違う。


 アルルは顔をあげた。


 ――――― 彼は、違う。


「キミは、決してそうじゃない・・・」

 自分に言い聞かせるように小さく呟いて、彼女は自らの両膝を解放し、 そのまま立ち上がる。
 そして、そのまま苦しみ続ける彼の元に歩み寄った。

「 ――――― !!」

あまりにも意外な出来事であった。

「な、何を・・・!?」

 それは、彼の朦朧とした意識を呼び覚ますのに充分過ぎる一瞬であった。

「違うよ・・・」

 彼女の唇は、彼の耳元でそう呟いた。

 まるで ――――― 柔らかで艶やかな絹のリボンで包まれたかのような感触であった。

 彼のすぐ脇に膝をつき、両の腕を首筋にまわして、銀の髪の中に顔を埋めるかのように彼女が 突然抱きついてきたのである。
 いや・・・むしろ、『抱きしめられている』という表現の方が的を得ているであろう。

 恐らくは ――――― 幼き日の記憶。

 記憶の奥底で風化してしまったのであろう、 それと錯覚させるかのような一瞬の出来事であった。

 小さな金属音が彼の思考を現実へと引き戻す。

 彼の手首を拘束しているはずの枷の鍵が、床に落ちる音だった。
 傷を負っているとはいえ、無理に手を伸ばさずとも充分に届く距離である。

 故意にそうしたとしか思えない ―――――

 意外そうな顔をして彼が視線を移そうとするのが、アルルにもはっきりとわかった。
 当然その体勢からは、互いに互いの顔色も瞳の色も見ることはできない。
 もどかしげに、それでも首を動かそうとする彼を、アルルは決して解放しなかった。

「もう少しだけ我慢すれば、助けは絶対に来るから・・・」

 彼女はそう言った。

「キミは、閉じ込められているわけでもないし、繋がれているわけでもないんだから・・・」

 言葉の上では、矛盾だらけの台詞である。
 現に、彼はこうして瓦礫に塞がれた地下牢に閉じ込められ、自らの意思でとはいえ、血に塗れた 手枷に繋がれて・・・自由を失っている。

「苦しんだり・・・もがいたりしなくたって、いいんだから ――――― 」

 二重に自由を奪われた彼の様が、件の魔導生物のそれと重なったというのは、その切欠で しかない。
 『それ』は、まるで・・・それまでの彼の、生き様そのものであるかのような錯覚を 覚えたのである。


 果てし無い闇の中、自らの宿命に翻弄されて生きてきた、彼の姿と ―――――


 ほんの少しだけ手を伸ばせば届く。
 力一杯立ち上がれば届く。

 信じて待ち続ければ、扉は必ず開く ―――――


「まあ、言いたいことはわかるが・・・な」

 突拍子もない考えではあるけれど、あくまでも純粋で単純な思考が彼女らしいと彼は笑いにも 似た溜息を漏らす。

「・・・・・・」

 俯き気味に一旦瞳を閉じて、呼吸を整えるかのように暫し間を置く。
 やがて、彼の口元から、一筋の赤い血が伝い落ちた。

 それが、合図だった。

 恐らくは・・・唇か、それとも舌の先や頬の裏を噛み切ったのであろう。
 朦朧とした意識を呼び覚ますには有効でありふれた方法の一つである。

 だが、毒に犯された体は、ほとんど痛みを純粋な意味での痛みとして感じなくなっており、 この程度のことではさほどの効果は期待できない。
 当然そんなことは、承知の上だった。

 ただ、思考を切り替えるためのスイッチが必要だった ――――― ただ、それだけなのである。



 * * * * * * * * * 



「あら、ようやくお目覚めみたいね」

 その声と同時に、眩しいくらいの陽射しが飛び込んでくる。
 寝ぼけ眼がようやく合わせた焦点の先には、見慣れた水晶色の髪が揺れていた。

「・・・ルルー? 一体・・・?」

 体を起こそうとしたが、力が上手く入らない。
 それでも、なんと顔をあげ、自分が魔導学校の医務室にいることだけは理解できた。
 窓からの光の色が、夕刻であることを知らせてくれた。
 枕元ではカーバンクルが眠っている。

「大変だったのよ。課外実習は中止になって、行方不明者の大捜索に謎の怪物とかの 後始末・・・」
「そっか・・・ボク、地下に閉じ込められちゃったんだっけ・・・ ルルーが助けてくれたの?」

 記憶の糸を手繰り寄せながら、彼女にそう問うてみる。

「確かにアタクシも大活躍したけれど、あんたを助け出したのは校長先生よ。あとでちゃんと お礼を言っておきなさい。それに・・・」

 何か言いかけて、ルルーは言葉を区切る。

「それに・・・何?」
「あの、変態魔導師にも礼くらい言っておいた方がいいかもね」

 その言葉を聞いて、更に記憶の糸の先が鮮明になってくる。

「そうだ! シェゾ・・・シェゾは無事だったの?」
「ええ。救出されるなり、解毒剤をかっさらってそのまま立ち去った・・・って、校長先生が 御立腹だったけど・・・」
「大丈夫かな・・・ヒドイ毒だったみたいだけど」
「あんたがピンピンしてるんだから、大丈夫でしょ?」

 彼女の言葉に、アルルは首を傾げた。

「やっぱり気が付いていなかったみたいね。いいこと? あんたも毒に犯されていたの。アイツと 違って空気中の毒を吸い込んだだけだから即効性の症状は出なかったらしいんだけど」

 言われてみて初めて気が付いた。
 確かに、地下に閉じ込められてからの記憶はかなり曖昧で、救出時のそれはまるで 覚えていない。

 ルルーの話によると、気を失った状態で発見されたとのことだが・・・

「それにしても・・・よくボク達の居場所がわかったね。カーくんが知らせてくれたの?」

 下手をすると真夜中か、翌日の救出を覚悟していた。
 まさか陽のある内に戻ることができるなど考えてもいなかったのである。

「・・・煙よ」

 ルルーが一言そう答えた。

「煙・・・?」
「そう。崩れた城の換気穴から煙が出ていたらしいの。魔法が使えない場所で、どうやったのかは 良くわからないんだけどね」
「・・・・・・!」

 呼吸に窮さない程度に火を燃やし、その位置を知らせたのだろうというのがその場に居合わせた 者達の結論であった。

「結構、苦しいのが長引くタイプの毒だったみたいだから、早く発見されて ラッキーだったわよ」

 記憶は定かではないけれど、あの場に燃えるような物は存在しなかったはずだ。
 もしかしたら、火を点けることのできる小さな道具くらいは持っていたのかもしれないけれど、 目につくような持ち物もなかったはず。
 単に火を熾すのが目的ならば、マントや服を裂いて燃やすこともできるだろうが、あの狭い空間で そんなものを燃やしたりしたらたちまち呼吸困難になってしまうだろう。


 彼が燃やしたのは ――――― 恐らく、本。


 あの地下で、彼が初めに手に入れた研究資料。

 以前から欲していたものなのか否かは判りかねたが、彼がその資料を手に入れたことで至極 機嫌が良かったことは事実。
 それを抜きにしても、その資料がいかに貴重な物なのかということくらいはアルルにも理解 できる。

 その本を、彼は燃やした。

「単に、早く脱出したかっただけでしょう?」

 アルルの考えを否定するかのようにルルーが答える。

 確かにそうかもしれない。
 現に、それは目論見通りの結末を招く結果となったのである。
 それならもっと早くにそうすれば良かっただろう・・・という考えもあるが、単にそれを思い 付くのに時間がかかっただけだと説明付けることもできる。

 アルルまでもが毒に犯されていることに気が付いて、そのために最終手段に出た・・・とは、 誰も考えていないし、彼女自身ですらそう言いきれる自信はない。

 それでも・・・

「お礼は言わなきゃね」

 窓の外の夕暮れは、いつもの日常的風景。
 昼間の出来事がまるで嘘のように、『当たり前』の景色がひろがっている。


 昨日と同じ、そして明日も同じ ―――――


 あの古城は壊れてしまったけれど。
 あの『生き物』は死んでしまったけれど。
 こんなことでもなければ、あの研究資料は明日も存在し続けた。

 世間一般的な見地では、それが本当に良いことなのかどうかはわからないけれど、 燃えてしまって良かったんじゃないかとアルルは思う。


 彼が、何を考えて・・・

 何を思って、それを燃やしたのかは・・・今となってはわからないけれど ―――――






― 終 ―






前編を読み直す・・・





あとがき・・・


 さりげなく、何か重いテーマがありそうに書いてみました。
 ただし、主義主張は何なのか・・・というと、全くもって説明できませんが・・・(汗)

 ちなみに、合同誌にはこの『後編』の中盤部分を使う予定でした。
 単に・・・『シェゾが自分で手枷をはめる』ってシーンを書きたかっただけなの ですよ!(腐)
 漫画用のネームを作っている時は、最後をギャグにしようと考えていたくらい ですから(笑)
 パンチのあるオチが思い浮かばなかった・・・ってのも、シリアス路線で小説にしようと 考えた理由なのかもしれませんね。

 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまでお願いします〜☆





TOPへ戻る

メニューページへ戻る

全ジャンル小説図書館へ戻る

『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る