『籠の中の檻』「ダメみたい・・・完全に埋まっちゃった・・・」 呟き程度の声で充分だった。 その空間は、さほど広くもない四方を石壁に覆われていて必要以上に音が響く。 唯一の出入り口であったと思われる通路への扉も、固い岩盤に押しつぶされてしまった。 一歩間違えると、この『部屋』も埋まってしまっていたのかもしれない。 そう考えると、ある意味幸運なことだったのだろう。 「そうか・・・なら触らない方がいい。下手に触ると崩れてくるかもしれないからな・・・」 腕を組み、壁に凭れたまま彼がそう答える。 岩盤に僅かな隙間でもあれば脱出する手段が見つかるかもしれない・・・ そう言い出したのは彼の方であった。 (それなら自分で確認すればいいのに・・・) 相変わらずの無愛想な物言いに、さすがの彼女も僅かに憤慨を覚えた。 (そりゃあ、こんなところに閉じ込められちゃったのはボクのせいなんだけどさ・・・) 言葉にはせずに、気持ちだけ抵抗するつもりで彼を軽く睨みつけようと視線を向ける。 「・・・・・!!」 自らの二の腕に当てていたその左の掌には僅かに血が滲んでいる。 この暗い部屋と、彼の漆黒のローブの色にまぎれて今まで気が付いていなかったのだ。 「シェゾ・・・」 言いかけて彼女は口を噤む。 服の上からとはいえ、あの程度の血の滲み具合であれば、 すぐさま致命傷に至ることはないだろう。 薬草も傷薬も持ち合わせてはいなかったが、傷口を縛る等の応急的な手当てくらいは 彼女にもできる。 ――――― だが・・・ 恐らく彼は、素直にそれを受け入れようとはしないであろう。 ――――― そういう人間だ。 ここで押し問答しても、事態が好転するとは思えない。 だから、彼女は・・・一旦、彼の傷から目を逸らし、それに気付かなかったふりをして、 先に瓦礫に押しつぶされた扉とその奥の通路の確認に向かったのである。 結果は ――――― 彼女の台詞の通りである。 「魔法で吹き飛ばすことができたら・・・楽なのにね」 沈黙が訪れるのを恐れてか、若干妙な間の置き方で、彼女はそう続けた。 「・・・バカ、このフロアは魔導力封印の結界に覆われている・・・さっき言っただろう?」 「そっか・・・そうだよね。ごめん」 あまりにも素直に認められて、むしろ彼の方が面食らったのであろう。 「いや・・・気にするな。一瞬、俺も同じことを考えたからな」 逆に、彼の方がこのように気を使うことも大変珍しいことではあったのだが・・・ 「そうじゃなくて・・・」 やはり、これ以上・・・目を逸らし続けることはできなかった。 「ボクのせいで ――――― ごめん」 その古城は、山間の、人々の往来には大変不便な土地にひっそりと佇んでいた。 いつの時代からそこにあるものなのかは、今となっては知る者もいないのだが、 数十年程前、とある魔導師が、自らの研究や収拾した 魔導具の保管のために買い取ったものなのだという。 今ではその魔導師もこの世にはなく、その後、親類の手に渡るなどして所有者が転々と変わって いったのだが、皆その管理に手を焼いたらしく、現在の所有者は、思い切ってそれを 手放すことに決めたのだ。 「どちらにしても解体する物だから、壊すな・・・とは言わないが、 あまり無茶をしないように」 まるで遠足のように古城の前にやってきたアルル達に向かって、 魔導学校の校長はそう告げた。 城の中には、例の魔導師が残したという研究や魔導具等が今でもそのまま残されている。 城の所有者は、その調査を魔導学校に依頼したのである。 長く放置されていた城ではあったが、他人に荒らされた形跡はない。 例の魔導師が城を守るために施したのであろう、微弱な結界のせいで、中の魔力を外部から 感知することができなかったのである。 逆にそのせいで、力の弱い低級な魔物達が、身を隠すための住処としてしまった・・・という 面倒事もついてきてはしまったが、そのためか、単なるこそ泥等もこの城に近づくようなことは なく、今でもかなりの価値のある品々が城には眠っているはずだ。 校長は、課外実習の一環として、生徒達をこの古城に連れてきたのだ。 見つけた研究資料・魔導具の質や価値によって成績をつける。 『そういう目を養う事も大切な修行だ』と、もっともらしい言葉を付け加え、 校長の話は終わる。 我先にと、生徒達が入り口に向かった。 当然、アルルとカーバンクルもその中にいたわけではあるが・・・ すぐに他の者達の姿は見えなくなった。 城の内部は、まるで迷路のように入り組んだ通路と様々な隠し扉で 構成されていたからである。 アルルが見つけた隠し扉の先の通路は、やがて階下へと導かれていった。 地下がどのくらいの規模なのかはわからないが、探索の時間に制限がある以上、 『上』に向かった方が、常識的に考えると得策だったのかもしれない。 だが、彼女より先を歩いていた数名の生徒達が気付かなかったその扉を見つけた、という事実が それを無視して進む・・・という気持ちにさせなかったのである。 地下の通路は狭く、柱にも扉にも何の装飾も施されていない。 いくつか覗いてみた部屋にもめぼしい物は存在しなかった。 やがて、魔法で彼女自身が作り出したライトの光球が消えた・・・ (え・・・嘘っ) 何度かそれを試みたものの、見慣れた光球は出現しない。 恐らく、何らかの結界が敷かれているため、魔導力が封印されているのだろう。 諦めて引き返そうかとも思ったが、結界があるということは、この先に何かがあると考えるのが 正論だ。 幸いにして、全くの暗闇というわけでもない。 ――――― 意を決して、アルルは歩き始めた。 「・・・行き止まり?」 意気込んで歩を進めたばかりだというのに・・・あんまりだ。 アルルは恨めしそうに突き当たりの壁を見つめ・・・ 何を思い立ったか、思いっきりそれを蹴飛ばした。 「・・・って、何っ?」 突然、石壁が僅かに動いたかと思うと、そのまま音も立てずに回転し、アルルは反転する壁に よって『中』へと押し込まれる。 「なんだ、この隠し扉を見つけることができるとは・・・意外だな」 「・・・ええっ?」 不意にかけられたその聞き覚えのある声に、アルルは思わず声をあげた。 「・・・どうして、どうしてシェゾがここにいるの?」 彼女の言葉通り、その『隠し扉』の奥で彼女を待ち構えていたのは、闇の魔導師、 シェゾ・ウィグィィその人だったからである。 「目的は、恐らくお前らと同じだ。それほど驚くことでもないだろうが」 確かに、このように彼とダンジョン内で鉢合わせすること自体珍しいことではなかった わけだが・・・ 「素人が簡単に見つけられる扉ではないんだがな。多少お前を見くびっていたようだ・・・と、 言いたいところだが・・・」 言いながら彼は、手にしていた書物を懐にしまい、それから大きく溜息をつく。 「その様子からすると、単なる偶然・・・といったところか・・・」 不思議そうに辺りを見回すアルルを一瞥し、彼はそう続ける。 彼女が戸惑うのも無理はない。 隠し扉の内側とはいえ、同じフロアだというのに、建物の作り自体が全く 異なっているのだ。 装飾のない石壁ばかりであることに何の変わりもないのだが、その通路はさらに狭い。 通路の左右には、頑丈な金属製の扉がいくつも並ぶ。 「ここ・・・何なの?」 圧迫感さえ感じるその異質な空間に、アルルはそう問うた。 「造りから考えて、恐らく・・・元々は『牢』として使われていたんだろうな」 「・・・牢?」 「実際に使っていたかどうかは知らないが、その目的で作ったことは間違いないだろう」 言われてみれば確かにその通りかもしれない。 通路が狭いのは、造りをより強固にしたためだろう。 御丁寧に、魔力封印の結界まで張られているのだ。 「こんなところに・・・キミはどうして?」 続け様に問いをぶつける。 彼の興味を惹くような『物』がこの一帯にあるとは、どうしても思えない。 「件の魔導師の研究成果とやらを一目見て置こうと思ってな・・・まあ、物の ついでというヤツだ」 口こそは悪いが、今日の彼は良く喋る。 見た目に反して・・・これでも若干機嫌は良い方なのだろう。 恐らくは、先にそれなりの収穫をあげたのだろうが・・・ 「ねえ、それ・・・ボクも見たい」 彼に対しての『おねだり』は大抵空振りに終わるけれど ――――― 「・・・大して良いもんじゃねぇぞ」 世にも珍しく、彼は『快諾』してくれた ――――― 「・・・・・・」 シェゾは、無言で手近の扉に手をかける。 金属と石とが擦れあう鈍い音を立てて、ゆっくりと扉は開かれた。 「・・・・・・?」 闇にだいぶ目が慣れてきてはいたものの、すぐにはその『形』を理解 することはできなかった。 「・・・ひゃあっ!!」 顔ごと覗き込むかのような仕草を見せて、そのまま悲鳴をあげて床へとへたり込む。 シリモチをついた・・・と言い換えることができるくらいの勢いであった。 「・・・な、な・・・何?」 ようやく、そう声を発する。 「何・・・って、いわゆる『魔導生物』ってヤツだな」 事も無げに彼はそう言ってのけた。 『魔導生物』にも様々な概念はあるが、『それ』の外見から想像するに、魔導の力や技術を もって人工的に創り出した『生物』なのであろう。 この状態が目指す形だったのか、それとも失敗作だったのかは判断しかねるが、お世辞にも 小気味良い姿をしているとは言い難い。 明らかに、生物学上の法則を無視した存在であった。 城の地下の牢を利用して、例の魔導師が研究していたのだろうと彼は付け加えた。 頑丈な壁に結界、重い鉄製の扉の内側には、更に鉄格子・・・『研究対象』の『保管』のためには 申し分ない条件である。 「・・・死んでるの?」 「どうだかな・・・一応は封印されているから、危険はないだろうが・・・」 確かに良く見ると、格子の内側の空間が僅かに発光しているような気がする。 魔導力を封じている結界とは、また別物なのだろう。 「もしかして、他の部屋も全部こんなの?」 「全部の部屋は見ていないが、まあ・・・色々だな。あんなに面白いリアクションが見られるのなら、 もっと恐ろしいヤツがいる部屋を開けてやれば良かった」 彼の口振りからして、この『生物』自体に興味は全くないのであろう。 それでも彼の機嫌が悪くないのは、研究成果を記した書物等を手に入れたということなの だろうか・・・ (そういえばさっき、何か本を開いていたみたいだし・・・) しかし、彼の機嫌がどうであるかはともかくとして、やはりこれは『面白くない事実』である ことに間違いはない。 顕著に表れていないのは相変わらずのことなのだろうが、 明らかに彼の表情や口調はこのシチュエーションを『面白がっている』・・・ 「あれは・・・ちょっとビックリしただけだもん。大体シェゾが、最初に中に何があるかを言わ なかったのが悪いんじゃないか」 『相手』に危険がないとわかってからは、アルルも強気である。 ・・・続けて、思いつく限りの悪態をついてはみたが、すぐにそれは尽きる。 「さすがに、これ・・・持って帰る訳にはいかないよねぇ・・・」 突然視線を『生物』に戻し、再び中を覗きこんでみる。 「でも、このお城はその内に壊しちゃうんだから、その前になんとか しないといけないだろうし・・・」 素手で開くはずがないとわかってはいるものの、 なんとなくその鉄格子に両手をかけてみる。 「バカっ! 余計なところを触るなっ!!」 刹那、彼がそう叫ぶ。 「えっ?!」 「そこから離れろっ!!」 「・・・・・・!!」 言っていることはわかるが、突然の展開に思考がついていかない。 「な、何・・・?」 ようやくそう声を発した時、アルルの体は背後からの手によって、 無理矢理に格子から引き離されていた。 事態を判断する暇もなく、辺りを震わすかのような轟音が響く。 「 ――――― !!」 「バカが! 封印を解く奴があるか!!」 そういえば、学校で習ったことがあるような気がする・・・ 『外部の災いから内部を守るための封印や結界は、外からの攻撃には強いが内からの刺激には 弱く、内部の災いから外部を守るための封印・結界はその逆である』・・・ 全てのケースがそれに当てはまるわけではないが、 基本中の基本としてテキストにも書いてあった。 でもまさか・・・触っただけで ――――― ? 轟音と共に舞い上がった埃や塵、小さな石の粒などが作り出した煙が次第に晴れていくのと共に、 アルルの視線のすぐ先に、おぞましい姿をした『生き物』が現れる。 間にあったはずの鉄格子はもはや存在しない。 先刻の轟音は、封印を破った時の音ではなく、結果として目覚めた『それ』が薙ぎ倒した時の ものだったのだろう。 「う・・・そ・・・」 なんとか口にすることのできた台詞はそれだけだった。 「下がっていろ!!」 つかんだままの腕を更に強く引き、そのまま彼女を 背後に押しやるようにしてから彼は剣を抜く。 魔法が使えない以上、今は従うしかない。 そう思い、一旦は僅かに後ずさりかけたのだが ――――― (そうだ・・・!) 今のこの状況では、直接戦闘の役に立つことはできないけれど、彼の闘いを有利に進める手助けを することならできる。 元はといえば、自分の責任なのだ。 「シェゾっ!! さっきの本貸して!!」 未知の『生物』との闘いは、例え彼であっても困難であるに違いない。 第一、魔法が全く使えない状況なのだ。 (でも・・・アイツの弱点とかがわかれば・・・) 返答も待たずに、アルルは彼の元へと走り寄る。 「 ――――― !!」 ――――― 彼が、何か叫んだような気がした・・・ 次の瞬間、体が宙に浮くかのような感覚を覚え、そのまま地へと投げ出される。 ――――― 思ったより痛くない・・・ 「・・・あ」 彼が倒れていた。 まるで、全ての衝撃から彼女を守るように・・・包み込むかのように。 「少しは状況を考えろ・・・バカが」 体を起こしながら、彼がそう吐いた。 一瞬だけ至近距離で視線があって、思わず心臓を刻むリズムが跳ね上がる。 (何考えてるんだろ・・・こんな時に) 不用意に近付いたため、攻撃の的がアルルに絞られたのだろう。 その一瞬に、何が起こったのかすら全くわからない。 シェゾの咄嗟の判断がなければ、今頃どうなっていたことか・・・ ただ・・・『脅威』自体が去ったわけでないことは、アルルにも理解できた。 触手・・・と判断すべきなのだろうか、それとも腕の一種なのだろうか・・・恐らく、先刻自分を 襲おうとしたのは『それ』なのだろう。 攻撃の意思を漲らせ、目前の『生物』は、確実に迫ってきている。 悠長に考えを巡らせている場合ではない。 「・・・・・・!」 何か聞こえた。 「・・・来いっ!」 突然腕を引かれ、アルルは思わずけ躓きそうになる。 「えっ?」 意外にも、シェゾは突然、彼女の腕をつかんだまま通路の奥へと走り出したのだ。 「・・・・・・!」 彼の突然の行動の意味は、アルルにもすぐに理解できた。 次の瞬間、天井の一部が崩れ落ち始めたのである。 先刻の音・・・それが前兆だったのだろう。 今まで自分達がいた場所は、完全に瓦礫に埋まっているかのように見えた。 「バカ! 後ろを見ている場合か!」 彼の言う通りである。 小さな瓦礫の欠片が何度も肌を叩く。 良くは見えないが、恐らく、すぐ真後ろまで崩落が迫っているのであろう。 「ちっ!」 轟音の中、彼の舌打ちだけがはっきりと聞いて取れた。 「・・・こっちだ!!」 咄嗟に、腕を引かれる方向が変わる。 急に方向を変え、扉の開いていた小部屋に逃げ込んだのだ。 その小部屋ごと崩落する可能性も否定はできなかったが、このまま逃げ切るのが困難を極めた 状況下では苦肉の選択だったのであろう。 抵抗する間もない。 「きゃあっ!!」 狭い入り口めがけて頭から飛び込んだ。 轟音が通り過ぎるのと同時に、素足に瓦礫の欠片が当たる。 先刻の小さな欠片と違い、それなりに痛い。 だが、幸いにして・・・崩落したのは通路のみで、この部屋は無事だったようだ。 「・・・・・・っつぅ・・・」 音が完全に止むのを待って、アルルは体を起こす。 僅かに擦りむいた膝も痛い。 「・・・あ」 慌ててその場から、体をずらす。 覆い被さるようにして倒れている彼の体からとりあえず離れる。 (また・・・助けてくれたんだ) ――――― ボクのせいなのに・・・ ――――― 「気にするな。ただの成り行きだ・・・」 そう言い捨てると、彼の方から視線を外す。 まるで、『これ以上話しかけてくれるな』とでもいう仕草である。 突然の崩落の原因は、恐らく例の『生物』が暴れだしたためなのだろう。 鉄格子を薙ぎ倒す際に、天井を支えていた石ごと剥ぎ取ってしまったせいなのだろうか。 恐らくは今頃、奴は生き埋めになっているだろう。 自業自得とはいえ、責任の一端が自分にある以上少しだけ胸が痛む。 それに、一歩間違えれば、自分達も同じ運命をたどっていたかもしれないのだ。 (でも・・・やっぱりかわいそう・・・) ――――― 元々、好きでこんなところに閉じ込められていたわけでもないのに・・・ 人間の勝手な理由で、実験材料にされて、いいだけ研究されて・・・ 暗くて狭い地下室に閉じ込められて・・・ 醜く恐ろしいあの姿も、当然自然の摂理でもなければ、自らの望んだ形であるはずもない。 暴れだしたのだって、助けて欲しかっただけなのかもしれない。 自由になりたかっただけなのかもしれない。 そう思うと、余計に心が痛む。 だが・・・そんな悠長なことを考えている場合でないのも事実。 現に、今は自分達が閉じ込められている立場なのである。 ――――― とはいえ、とりあえず、 無事に生きていることだけでも良しとしなくてはなるまい。 咄嗟に逃げ込んだその部屋の造りが、彼女達の命運を別けたといっても過言ではない。 最初から扉が開け放たれていたこの部屋には、当然のことながら『何』もいない。 四方が頑丈な石壁に囲まれた小部屋・・・ ここも『牢』として造られたものなのだろう。 明り取りのためというよりは、空気穴とでもいうべき僅かな隙間が天井高くに存在しているが、 腕一本入る事も適わぬ大きさであるし、その位置はあまりにも高過ぎた。 第一ここは地下なのだ。 ただ、この隙間のおかげで、辛うじて周囲の状況が判断できる程度に物を見ることができる・・・ というのが唯一の救いであろうか・・・ カーバンクルとは、いつの間にかはぐれていた。 2つ目の隠し扉の奥へ入った時点で、側にいたかどうかも疑わしい。 それを吉ととるべきか凶ととるべきか・・・ 城自体が崩れるような事態にはなっていないだろうが、あれだけの大崩落だ。 異常事態に気が付かない者はいないだろう。 恐らくは、今頃、生徒の避難と行方不明者の捜索等が行われているはずある。 カーバンクルが、この場所を皆に知らせてさえくれれば・・・ (まあ・・・あまり期待はしていないけど) カーバンクルの身に、何事かが起きているかもしれない・・・という不安だけは 不思議と感じなかった。 そのおかげで彼女は、この非常時の中でも比較的落ち着きを保ち続けることができたわけでも あるが・・・ 「・・・・・・」 それでも・・・いつになるのか、いや、果たして来るかどうかさえわからぬ救助を、 ただ待ち続けるだけというのは、あまりに辛い時間でもある。 床に座り込んでみたり、埋まってしまった通路に隙間を探してみたり、空気穴に向かって意味もなく 叫んでみたり・・・ アルルは、とりあえず思いつく限りのことを全てやり尽くしてしまったのであるが・・・ 「・・・くっ」 会話が途絶えてからどのくらい経った頃であろうか、小さな呻き声が聞こえた。 あまりにも辺りが暗すぎて、彼のその表情までは良くわからなかったが、 僅かに肩が震えているような気もする。 (うそ・・・そんなにひどい怪我だったの?) 人一倍強がりなことはわかっていた。 傷が痛いだなんて、死んでも言うつもりはないだろう。 そんな『彼』を尊重することが、彼のためだとも考えたが ――――― 「ねえ・・・せめて、止血くらいしなきゃ。助けがいつ来るかなんて、わかんないんだから」 これ以上の知らぬふりなどできなかった。 彼にどう思われても、何を言われても・・・そんなの関係ない。 「・・・バカ。そのくらい自分でしている」 「でも・・・痛いんでしょ? 片手じゃ、ちゃんとしたことできないよ」 恐らくは、彼女が通路の隙間を探している間にでも、自ら傷口を縛ったのであろう。 先刻と比べて、それほど血は滲んできてはいない。 だが、明らかにその息は荒い。 自らの爪が掌の肉に突き刺さるほど強く握り締めたその拳は、行き場のないまま時折痙攣を 繰り返す。 「イヤなのはわかってるよ。でも・・・傷、見せて」 このまま放って置くことはできない ――――― ただ、それだけだった。 返事も待たずに、傷口から少し離れた彼の右肩付近に、軽くその手で触れる。 「 ――――― 触るなっ!!」 一瞬の出来事だった。 突然のその声に驚き、咄嗟に手を退いた。 それと同時に、彼自身も彼女の手を払いのける。 「きゃあっ!!」 いや、払いのけるというよりは、力任せに突き飛ばすかのような形になった。 そのままアルルは、倒れ込む。 「俺に近付くな・・・何をしでかすか、わかったもんじゃねぇ・・・」 肩で大きく息をして、そのまま下唇を強く噛む。 「な・・・なに? どういうこと・・・?」 そのままの格好で上半身だけ起こし、なんとか問いを返す。 「神経攪乱系の毒だ・・・そろそろ正気を保つことすら限界になってきた・・・」 「 ――――― え・・・」 傷を受けたのは、恐らく・・・あの『触手』から自分を守ってくれた時 ――――― 「皮肉だが、魔導力が封印されていて好都合だったようだな・・・このままじゃ何をしでかすか、 判ったもんじゃねえ」 吐き捨てるかのように漏らした彼の台詞 ――――― この時のアルルは ――――― その真意を理解することはできなかった。 あとがき・・・ あらら・・・ またまた思ったより長くなってしまいました。 ・・・というわけで、前後編にします〜 この作品、部分的に・・・ですが、シェアル合同誌に使おうと思っていたんですけどねー。 上手くまとまらなかったので、こちらに載せることにしました☆ ではでは、後編にGo☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |