『真実は 闇の中』






第七話 『終わりの間』



 ――――― 一瞬の出来事だった。

 刹那、全身に衝撃が走る。
 続いて、乾いた金属音。

 気が付いた時 ――――― アルルの体は床面に叩きつけられていた。

「・・・・・・!」

 全く事態が飲み込めないまま、アルルはそのままの姿勢で視線だけを上げる。

「・・・・・・」

 恐らく、先刻自分がいたと思われる場所に彼が立っていた。
 状況から判断するに、突き飛ばされたのだろう。

 いや ――――― 違う。

 耳元で、彼はこう呟いた。

 ――――― 右に飛べ ――――― と。

 確かに彼は自分の体を強く押し出したことに違いはないが、反射的に自らの意思で飛んだのだ。

「・・・でも、どうして・・・」

 ほとんど声に出してはいなかったものの、そう呟く。
 それと同時に、自らの声が出ること、そして体が自由に動くことに改めて気が付いた。

「・・・・・・」

 視線の先の彼は、剣を半分抜いた状態で忌々しそうな表情を浮かべたまま、一点を凝視している。
 その彼の視線を追うと、そこは先刻アルルが入ってきた部屋の入り口。
 僅かに隙間を残して閉めたつもりの扉は開け放たれ、そこにはこの場にいないはずの第三者。
 ――――― 屋敷の外で別れたばかりの・・・街へ自警団員を呼びに行ったはずの・・・嘘偽りで自ら引き離したはずの・・・ あの男の姿がそこにあった。

「え・・・どうして?」

 今度ははっきりと声になる。

「変に誤解されたままだと厄介だからな。・・・手短に話すぞ」

 視線を彼女に向けることなく、シェゾがそう返す。

「結論から言う・・・お前は、あの男にハメられていたってことだ」
「え? なに? どういう・・・」

 言葉の意味がわからずに、思わず2人を交互に見比べる。

「アルルさん、騙されてはいけません。これが魔物の本性なのです!」
「残念だったな。既にこいつは解毒済みだ。もはや貴様の言葉には惑わされない」

 ますます状況がわからない。

 ただ、はっきりしていることは ――――― 扉の前にいる男が、自分を説得しようとしている言葉とは裏腹に、 今までに見たことのないような不気味な笑みを浮かべたまま、手にした瓶を放り投げようとしている姿。

 瓶の中身が何であるのかはわからなかったが、恐らく先刻の金属音は、 シェゾが同じ物を剣で弾いた音だったのではないだろうか。

 つまり、あのまま彼が『飛べ』と呟き、アルルの体を押していなかったとしたら ―――――

「・・・ボクは、良くわからないけど・・・でも、シェゾを信じる」

 頭の中に留まっていた霧が晴れていくような感覚だった。

「・・・アルルさん、貴女までそんな・・・この男の味方だったとはっ!!」

 家族を失った哀れな男の口調が怒号へと変わる。

「 ――――― !!」

 叫びと同時に手にしていた瓶を力任せに投げつける。

「アルルっ!」

 同時に、床に倒れこんだままの彼女に覆いかぶさるように彼が飛び込んできた。

「シェゾっ?」
「・・・さっさと立て。あくまでも、お前を助けるのは仕事のついでだ。あまり手を煩わすな」

 促されるまま立ち上がった彼女の目に入ったのは、足元に零れている瓶の中に入っていたと思われる液体。
 彼のマントが防いでくれたのだろう。
 鼻腔の奥に、強い油のような匂いが届いた。

「これって・・・」
「ようやく自体が飲み込めてきたか。あの男は・・・お前ごと俺を葬り去るつもりだってことだ」
「・・・どうして?」
「一通り調べているなら知っているだろうが、この男が追っている『魔物』・・・スノウ・ヴァンパイアは、人を襲う時に 極端に無防備な状態になる。つまり・・・」
「だから・・・『ボクを襲わせる』つもりだった・・・?」

 無言で彼は、ただ頷いた。

「シェゾを・・・仇だと、『魔物』だと思い込んで・・・そのために・・・」
「そういうことだ」

 『騙されていた』という事実にショックを感じていなかったかと問われると、恐らく否とは言い切れなかったであろうが、 それ以上に、そこまで思いつめていた男が更に哀れに感じられる。
 『騙した』という事実だけで言えば、程度の差こそあれお互い様なのだ。

「聞いて、この人は・・・『魔物』なんかじゃない! 話し合えばきっとわかるから・・・だからっ!」
「無駄だ。俺も、討伐隊やギルドの連中も何度もそう言った」
「ギルドの人達も、アルルさん・・・貴女も、この男に丸め込まれているのですよ・・・こんな悪魔のような男、 生かしておく方が世の中のためにならないでしょう?」

 間を置かず、互いからそう返ってくる。
 言葉遣いこそ以前の丁寧なものに戻っていたが、狂気に満ちた男の顔は、まるで別人と見間違うほどの形相と化していた。

「・・・待って、お願いだからっ!」
「悪魔を葬り去るためなのだから・・・貴女も喜んで犠牲になってくれますよね?」

 何かに酔いしれているかのように笑ったかに見えた男の顔。
 その不気味な表情は、一瞬にして自らの背筋が凍りつくかのように感じられた。

「だから無駄だと言っている。完全にイカれちまったようだからな・・・」
「でも・・・」
「他人を巻き込んで、囮として使うだろうというところまではギルド側でも想定の範囲内だった」
「・・・・・・?」
「俺と囮役とを探し回るのに日数を費やし、その内に頭が冷えてマトモな判断力が戻るのであれば、 それに越したことはない・・・とな」

 それで彼は一日の大半を宿の中で過ごしていたのだろう。
 男の動きを探るギルド関係者と、密かに連絡を取りつつ・・・

 アルルが男から『魔物退治』の依頼を受けたことを伝えた時、彼が酷く不機嫌になったのはそういう事情だったに違いない。
 ギルドにも手を回し、できることならこの件から手を引くように仕向け、それが無理ならば『敢えて情報を流す』ことで、結果的に アルルが自警団に保護してもらえるよう裏工作していたといったところであろうか。

 霧で白く染まっていたパズルのピースが埋まっていく。

 全ては ――――― 仕組まれたことだった。
 男がアルルを利用したことも、シェゾやギルドがアルルを泳がせたことも。
 だが、やはり不思議と怒りは感じなかった。

(ボクだって・・・みんなを騙していたから ――――― )

 自分一人で請け負った大仕事に舞い上がり、くだらない意地を張り、そのまま勝手に空回りして、ついには 対処できなくなって ―――――

(だから、ボクは・・・誰にも怒る資格はない。怒るつもりは、ない)

 それが自然と下された結論。
 今まで、全ての思考が迷子のように堂々巡りしてきたことを考えると、嘘のようにあっさりと結論が導き出されたことに 驚きすら感じた。
 多くの謎や疑問が一度に解けて、寧ろ爽快とも言い換えることができる気分であった。

「だが、こんな子供騙しの魔法陣で御丁寧な罠を張り、無抵抗の囮ごと背後から火を放つだと?」

 しかし彼の方はというと、そういう気分ではなかったらしい。
 当然といえば当然だ。
 事態は何も解決に向かってはいない。
 状況は、まさに戦闘寸前の一触触発状態。

 油の染みたマントを脱ぎ捨てながら苦々しげにそう続け、そして ――――― こう言い放った。

「 ――――― 同情の余地はねぇ」

 その瞳に明らかな怒りの色を浮かべ、彼は剣を抜く。

「待って、シェゾ!! キミ、一体どうするつもりっ!?」

 そう言い終わるか否か、彼はアルルを自らの背後に押しやるように立ち位置を変える。

「シェゾっ・・・」
「言ったはずだ・・・これは仕事だと。邪魔をするつもりなら、また黙らせるぞ」

 一瞬だけ振り向いて、そう凄む。

「だけど・・・キミなら、そこまでしなくたって・・・」

 ――――― そう。
 さっきアルルに対してそうしたように、魔法で相手を拘束してしまえばそれで良い。

 恐らく、男は『シェゾが魔導師』だということを知らない。
 仮に知っていたとしても、スノウ・ヴァンパイアだと信じ込んでいる限りは、魔導力が使えないと判断しているはずである。
 しかも、彼が用いるのは、一般的な魔法ではなく闇の属性を持つ魔法。
 それに対しての策を用意しているはずはない。

 余計なことをせずとも、簡単に解決するはずなのだ。

「お願い! 助けてあげて!!」
「これも言ったはずだ。同情の余地はない・・・と」
「そんなことないよ! やり方を間違えただけで、悪い人じゃないんだから・・・っ!!」

 ほんの僅かな間のやり取りであっただろうが、彼が振り向いたのは一瞬だけ。
 抜いた剣を構えたまま、まるで強敵に相対したかのような鋭い視線を男に向け続けている。

「果たして、そうかな・・・」

 そう言い終えると同時に、彼は大きく踏み込んだかと思うと、そのまま男に向かって斬りかかる。

「 ――――― !!」

 息を呑むかのような声にならない悲鳴は、驚きの表情へと変わる。

「・・・・・・」

 シェゾの剣が捕らえたのは、男が身に纏う衣服のみ。
 一太刀で胸元から袖にかけてを切り裂いたのが、はっきりとわかる。

「・・・何、アレって?」

 言葉を飾ることなく、思わず漏らした一言。

 男の肌蹴た胸元は、不自然な程どす黒い色に変色し、まるで今にも腐り落ちてしまうかのような爛れに覆われている。
 常人なら目を逸らしてしまいたいと感じる程の状態であったのかもしれないが、アルルにはそうすることはできなかった。

 全てを知りたかった。
 知らなくてはいけないと思った。
 時間稼ぎでも、現実逃避でも何でもない。
 単純に、全てを受け入れるために問いを投げかける。

「・・・・・・」

 肝心の男はというと、一瞬視線を裂かれた胸元に向けただけで、今までと変わらぬ狂気の表情を浮かべ続けている。
 胸元にも腕にも全く傷はついていないようだったが、彼のあの攻撃を喰らって、何事もなかったかのように 平然と立っていられるものなのだろうか。

「一歩間違えば、お前もああなっていたところだ」

 アルルの問いに対しての答えがこれ。

「意味わかんないよ。だから一体・・・」

 更に問う。

「かなり希少な劇薬だと聞く。俺も直に目にするのは初めてなんだかな・・・」
「劇薬・・・?」
「普通に使えば、思考を混乱させる催眠効果があるらしい。周囲から見て催眠状態にあるのが判断つき難い特製から、 マインドコントロールに最適な薬だ。見ての通り、副作用が相当強いシロモノだが」
「催眠・・・マインドコントロール・・・?」
「まさに、さっきまでのお前の状態だな」

 ――――― そう。
 更に一つ、謎が解ける。

「ボクも同じ薬に・・・」
「一人で行動している女魔導師だから目を付けられたんだろう。不特定多数が集まる食堂でなら一服盛ることは容易い。 そして偶然を装ってお前に接近した後、徐々に思考を乱して思うように操った・・・」
「ボクが・・・操られていた・・・?」

 今考えてみると、思い当たる節がないでもない。
 それは至極自然に、全く気がつかないままに誘導尋問にかかっていくかのように・・・

「それで、さっき・・・ボクのことを解毒済みだって言ってたんだね」
「ああ。昼過ぎに、ようやく解毒に必要な材料が手に入ったからな。この屋敷の中全体に噴霧してある」
「それなら、あの人だって・・・」

 彼の狂気が劇薬のせいだというのなら、解毒してしまえば良いだけのこと。

「だから、この屋敷に誘い出した。ここで正気に返るならそれも良し・・・そうでなければ、そこまでだ!」

 単調に続く二人の会話に業を煮やしたのか、何の前触れもなく男が放った新たな瓶を、彼は剣で払いのける。

「そこまで・・・って」
「・・・見ただろう、あの肌を。つまりは、手遅れだという意味だ」

 『手遅れ』というキーワードを、アルルはつい最近聞いたことがあった。

 最初に魔物に襲われた村で、既に『手遅れ』だと討伐隊に斬られたという男の妻 ―――――

(・・・キミは、どうしてそう簡単に物事を切り捨てられるの ――――― ?)

 言葉にはできなかった。
 男の狂気を更に強めてしまうだけのような気がしたから。

「でも・・・っ!」

 その言葉は、彼によって遮られる。
 男が、先刻の物とは形状の異なる小瓶を取り出したのがアルルの目にも入った。

「これ以上、お前に構っている暇はない」

 そう言い放ち、彼は再度立ち位置を変える。

「もしも見たくないのなら下がっていろ」

 言葉の通り、男の姿を彼女の視界から遮るかのように。

「できることなら・・・外に出ていてもらった方がやりやすいんだがな」
「・・・・・・」

 その言葉に、アルルは思いっきり首を横に振る。
 彼自身も、そのくらいのことはわかっていたのだろう。
 アルルの返答を待つことも、その仕草に視線を向けることもしない。

(・・・ボクは、どうしたらいいんだろう)

 少なくとも、この場から逃げ出すという選択肢だけは彼女の中に存在しなかった。

 シェゾは、この場で決着をつけるつもりなのだろう。

 あの男を ――――― 手にかけようとしている。

 悪人ではない。
 やり方を間違っただけ。

 その通りである。

 『手遅れ』と称される状態。
 明らかな敵意。

 そして、これも真実。

 どちらが正しいのか、間違っているのか。
 結論を付けることなどできやしない。

「でも・・・」

 自分が『どうするべきなのか』なんてわかるはずもない。


 ただ ――――― 自分が『どうしたい』のか ―――――


 それだけなら、はっきりとわかる。

「お願い・・・もう、やめてっ!!」

 誰に対してという叫びではない。
 何に対してという叫びでもない。

 シェゾに。
 対峙したままの男に。
 そして、全ての状況に ―――――

「・・・バカ! 何を・・・!!」

 叫びと共に、突然前へと躍り出た彼女を追うように彼が手を伸ばす。

「・・・・・・っ!」

 いつかの時のように手首を掴まれ、そのまま強く引き戻される。

「・・・・・・」

 その一瞬の隙を、当然男は見逃さなかった。
 手にしていた瓶を再度投げつける。

「・・・・・・!!」

 瓶は彼らに向けて投げられたのではなく、最初から足元を狙っていたのだろう。
 咄嗟に剣を抜いたシェゾではあったが間に合わない。

 最初に男が使っていた金属製の瓶ではなく薄いガラスで作られたと思われるそれは、床に当たると同時に簡単に砕け散る。
 先刻よりも強い油の臭いと共に、足元の敷物に液体が染み入っていく。

「感謝しますよ。アルルさん」

 虚ろな目で男がそう告げた。

「私のために魔物に隙を作ってくれるとは・・・さすが正義の魔導師ですね」

 そう続け、更に新しい別の瓶を取り出した。

「そんな・・・ボクは、ただ・・・」

 考えなしに飛び出した行為。
 それでもその瞬間は、良かれと思っての行動だったはず。

「ごく少量ではありますがね、特殊な薬品を混ぜてありますから充分でしょう」

 男は取り出したばかりの新しい瓶を、今度は自分の足元に叩きつけた。

「しまった! アルル・・・下がれっ!」

 同時にシェゾが叫ぶ。

 男の足元で割れた小瓶の中身は、油とは異なる質の物だったのだろう。
 揮発性の強い薬品なのか、今までの油の匂いとは別の臭気が部屋中に立ちこめる。

「これで、終わりです」

 男が ――――― 笑った。

「 ――――― !!」

 その瞬間、まるで火花が散ったかのような鋭い閃光と共に、大地を揺るがすかのような爆発音が響く。

 文字通り、全てを終わらせるかのように ―――――






『真実は 闇の中』 第八話に続く・・・

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あとがき・・・


 当初のイメージは、爆発ではなく『炎の中でのやり取り』な感じだったのですが・・・その方が絵になるし。
 ただ、そうなると・・・『何故、消火しない』という疑問が出てきまして・・・
 アルルもシェゾも自力で消火できますしね・・・転移魔法で脱出だってできるし。
 いざとなれば、窓からだって逃げれるし。
 ギリギリまで展開を悩んだ挙句・・・

 ・・・仕方がない。
 隙をついて爆発させとくか・・・ってカンジで(爆)  





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