『倭国封神』 第一幕






第八話 『少女』



 『空間の歪み』という存在の形容を、言葉で伝えるのは非常に困難なことであろう。

 とにかく、音もなく開いたそれは、僅かにその形状を震わせながら、その場に浮いたように 存在し続けている。

「・・・・・・」

 僅かな間を置いて、その空間に一輪の百合の花が現れ、そのまま地表に落ちた。

 恐らく地表までの高さは大人の身長ほどであったであろうか。
 花の茎の部分には、小型の機械が取り付けられていたため、思っていたより勢い良く 地表に落下する羽目になってしまった。

「イタタタ・・・」

 地表に降り立った『彼女』は、素早く地表に根を這ったかと思うと、そのまますぐに 姿を『人型』へと変える。

「もう・・・アタシの茎は丈夫じゃない・・・って何度も言ったのにぃ」

 機械の重みのためか、それとも落下の時に打ったのか、首や腰を軽く擦りながら、それでも明華は 立ち上がった。

「これが・・・人間界・・・」

 彼女にとって、初めての訪問である。
 神界門が閉ざされた時点で、彼女はまだ、この世に生すら受けていなかったのであるから 当然のことであろう。


 彼女が、蓬莱島において塔長を任されるようになったのは、100年ほど前のこと。
 塔長になる以前の一介の仙道であった時代もそれほど長くはない。

 『父』と呼ぶことのできる仙人は、先のジョカとの戦い以前に命を落とし、その種から 生まれた花の、そのまた種から生まれ出たのが彼女であった。
 つまり、正確には『父』ではなく『祖父』に当たるともいえるのであろうが、『繋ぎ』となった その花は、『仙道』としてどころか『妖怪』・『妖精』としての能力を何も持たぬ、 ただの異質な花に過ぎない存在であった。

 そのような事情もあって、彼女はもちろん、周囲の者も、『彼女が趙公明の娘』であることを 疑いもしないし、当然否定もしない。


 この時明華は、『父』が散った人間界に、初めて足をおろし、その光景を実際の目に 焼き付けることとなったのである。

「ウソ・・・でしょ」

 万が一にも人間が空間の歪の影響を受けるようなことがあってはならないと、予め計算に 計算を重ねて場所の設定をしたとは聞いている。
 つまりここが、人里離れた山の中や砂漠の真中であっても驚くことではないだろう。
 ・・・いや、むしろそのような場所でなくてはならないはずだ。

「それにしたって・・・」

 その光景は、明らかに異常なものであった。
 計算上、昼間であるはずなのに空はまるで夜中のように暗く、空気もなんとなく重苦しい。
 時折人間界から発せられていた電波を捕まえては垣間見ていた、その『地球』とは かけ離れ過ぎた光景だったのである。

「・・・・・・」

 安定していない次元の歪は、小一時間ほどで消滅するため、余計な時間を浪費するわけには いかず、それ以前に、計算で弾き出されたこの場所から無闇に動くわけにもいかない。
 周囲の様子を探りたい気持ちを抑え、彼女は通信機のスイッチに手を伸ばした。
 例の機械の設置の方が最優先事項であることに変わりはないが、せめて楊ゼンや胡喜媚の状況を 確認しておきたかったのである。

 その時である ―――――

 目前のある一点の空間が、僅かに歪んだ。

「・・・・・・!」

 いや、正確には、歪んだかのように見えただけで、何らかの映像がその空間上に姿を結ぼうと しているかのように思われる。

「な・・・なんなのぉ」

 持ち合わせている通信機にはそのような機能は当然ない。
 また、彼女の知る限り、人間界にそこまでの技術は存在しないはずであるし、それ以前に、 人間界の人々が彼女の来訪を知るはずはないのである。

「・・・・・・」

 劣化したかのような映像は完全に姿を結ぶことはなく、中途半端な電波を受信したかのような 耳障りな雑音が不規則に響く。
 ひどく不安定なその状態も、ややして若干落ち付いたかに思えたその時であった。

「・・・お久しぶりです・・・蓬莱島の仙道の方。それとも、もしかして、はじめましての 方かしら・・・」

 恐らくは少女のような姿なのであろうその存在は、 確かに彼女に向かってそう告げたのである。



 三大宮の会議堂には、全ての塔長達が集められていた。
 『任務の結果報告』のために緊急召集されたと誰もがそう思っていた。
 つい先刻までの楊ゼン達が人間界へ赴いている間、他の者達にそうと悟られないように様々な 工作をさせられていた塔長達にとって待ち望んでいた瞬間でもある。

「予定より召集が遅くなってしまったことをお詫びします」

 言いながら入室してきた楊ゼンに居合わせた者達全員の視線が集中する。

「別にそんなこといいわよ。で・・・成功したの?」
「ええ。まあ・・・まだ微調整に時間が必要とは思われますが、かなりの確立で以前のような 人間界への扉が復活することでしょう」
「じゃ、じゃあ・・・」

 良いニュースであるはずなのに、楊ゼンをはじめ、燃燈道人や張奎、明華の表情が 浮かないものであることに気が付き、セン玉は二の句を飲み込んだ。

「任務自体は成功といえるでしょう。僕はもちろんのことですが、明華も、この場には来て おりませんが胡喜媚も、大変良くやってくれました」
「ただ、別の点で問題が発生した・・・」

 燃燈道人が言葉をつなぐ。

「別の問題・・・って、なんだよ」
「まあ・・・これを聞いてみてくれ」

 雷震子の問いには張奎が答えた。
 そのまま手元でリモコンを操作する。

「 ――――― 」

 聞き取り難い雑音が数十秒ほど続き、やがて若干安定する。
 どうやら、人の声が録音されているもののようだった。

「もう少し待ってください。間もなく聞き取り可能な箇所になりますので」

 確かに言う通りに、さらに音質が安定してきた。

「 ――――― なた方が、ここを訪れた時期などは、今の私には全くわからないことですが、 まだ間に合うことを祈っています」

 雑音混じりではあるものの、女性の声と判別できる。

「このメッセージが無駄なものとならないことを願って・・・」

 次の一言は、さらに判別が容易となっていた。

「・・・・・・」

 時間にして、たった十数秒。
 女性の声が途切れ、やがて雑音も切れる。

「咄嗟に通信機を改造して録音したのよぉ。これだけ取れただけでも感謝して欲しいわね」

 『情報』としては不充分過ぎることは承知の上だったのだろう。
 それでもその『情報』の功労者は口を尖らせ、一同に言い放つ。

「あのさ・・・これって・・・」

 恐る恐るセン玉が声を発する。

「雑音だらけで、自信ないんだけど・・・この声って、もしかして・・・邑姜なんじゃ・・・ ないの・・・?」

 その言葉に、居合わせた全員が驚きの表情をみせる。

「だって、邑姜であるはずないのはわかっているけど・・・でも・・・」
「ええ。この声だけで判断するのは無理があるでしょうが、明華が聞いたという録音されていない 部分の言葉の使いまわしや、僅かに浮かび上がったという劣化した映像の姿形の特徴から考えても、 そうでないと言い切れるだけの決め手はありません」

 遠まわしな物言いではあるが、つまりは楊ゼン自身も、その声の主が邑姜である可能性が 高いと考えているのだろう。

「・・・まさか・・・だって、彼女は人間だろ? 一体あれから何千年経ったと 思って・・・」
「転生・・・という可能性があるんじゃないのか?」
「記憶をそのまま持ったままで転生するなんて話、そう滅多にあるもんじゃないだろう?」
「でも、それなら・・・」
「実は仙人だった・・・って可能性もあるだろ? だってアイツは太公望の血縁にあたるわけだから、 普通の人間より仙骨持ってる可能性も高いし」
「まあ・・・それについては、今触れる問題ではありません」

 塔長間で始まった議論を制した楊ゼンは、全員にゆっくりと順に視線を送る。

「メッセージの流れから、大体の想像をつけることはできますし・・・」
「さっきからなんだよ! 肝心の話が全然先に進まないだろうが!」

 奥歯に物の挟まったかような物言いに、雷震子だけでなく、他の者達も苛立ちを感じ始めていた のは事実。
 数名が同じような意の言葉を繋げた。

「何からどう話したものか・・・言葉を選ぶことができない。・・・そう言えば、納得 してもらえるだろうか・・・」

 普段の楊ゼンの言動からは考えることができないほど弱気な一言であった。

「・・・・・・」

 その尋常ならない雰囲気を察してか、居合わせた全員が言葉を閉ざす。
 時間にして、ほんの数秒ほどの沈黙が流れたであろうか。
 僅かな逡巡の後、楊ゼンは一瞬だけ目を伏せ、軽く息をついたかと思うと、 今度は意を決したかのようにはっきりとこう告げたのである。

「僕達が出向いた人間界は・・・既に、滅んでいたのです」





『倭国封神』 第一幕 第九話に続く・・・

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あとがき・・・


 ちょっと短めですが、今回はここで区切ります。

 ・・・とりあえず・・・特にコメントとして書くことなんてないんですよね・・・この 状態だと・・・(滝汗)

 とりあえずは、『次回をお楽しみに』としか言えないわけでして・・・

 あ、そうそう。
 全くの余談ですが・・・
 ・・・邑姜ちゃん、個人的に好きだったりします☆(だからなんだ!)





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