『倭国封神』 第一幕第七話 『極秘プロジェクト』「新しいワープゾーン・・・?」 声を発したのはセン玉であったが、他の者達の表情も 彼女と同様のものであったといえるだろう。 つまりは、『驚き』のそれである。 「それって・・・どういうことよ」 彼女の驚きももっともなことであろう。 神界門が閉ざされて以後、その復興作業と同様に、新たな神界、または人間界への道を 模索する作業は当然全力をもって推し進められていたのである。 セン玉の管理する外界塔に所属する仙道達もその作業に大勢関わっているため、その実情も よく把握している。 「・・・無理だ・・・って言わなかった?」 元始天尊の所持していた宝貝、飛来椅を初めとするワープ移動可能な宝貝の改良や、空間宝貝の 応用等、様々な方法が試されたが、その全てが失敗に終わっていた。 蓬莱島を覆うバリアの影響や、蓬莱島と地球との距離が、 その妨げとなっていたのであろう。 「だから・・・黒鶴はジョカのコンピューターの解析を進めていた・・・」 燃燈が話を続ける。 「だが、未だその成果は得られず、ワープゾーンの復旧法どころか、奴らの言語の一つも 解析されていない」 黒鶴本人が聞いたら気を悪くするであろう物言いだが、幸いにして・・・といって良いのか、 彼はこの場に居合わせていない。 ここ、会議堂には五塔長のみが召集されていた。 定例の会議であるならばそれはいつものことであり、何の不自然な点もない。 だが、『この手』の議題をする際は、大抵その他の関係者を同席させることが多く、 そういう意味では、逆に奇妙な状況でもあった。 ワープゾーンの話なら、黒鶴はもちろん柏鑑が呼ばれていないのは明らかに 不自然であろう。 太乙真人の残したデータ解析を任された雲中子すらこの場にはいない。 「それでも・・・他に方法がない以上、ジョカのコンピューターの 解析を頼る他なかった・・・」 「無理を承知でね・・・」 楊ゼンの台詞を続けたのは、塔長達にとって意外な人物であった。 「仮に解析が可能になったとしても、それをジョカの力なしに自由に使うことなんて・・・ できるはずない。それは、実際に使ったことのある者じゃないとわからないことだわね」 会議堂の唯一の扉を開け放ち、王貴人がそう続けた。 彼女が、ジョカ『様』と呼ばなくなったのはいつの頃からだったろうか ――――― 相変わらず口も態度も悪く、非協力的な立場をとることも少なくはなかったが、 それだけでも大きな前進なのではないかと思えてならない。 張奎のように殷に使えていたり、雲霄三姉妹のような金鰲出身の者達のように成り行きにも近い形で 敵対した仙道と違い、最初から彼女達は『敵』側に組する存在に他ならなかったのである。 王貴人は胡喜媚と共に、他の仙道との関係はほとんど断った状態で、三大宮からは随分離れた ところに居を構えていた。 特に、何かをするわけでもなく、傍目には平穏に暮らしている・・・といえるのだろう。 仙道としての実力は当然上位に位置するため、他の者達からも一目置かれる存在では あったものの、進んで他の者が彼女に係わり合いになることも、逆に彼女から他の者に 関わろうとすることも皆無であったといえるだろう。 当然、この会議堂に足を運んだことも今までに一度もなかったはずだ。 「・・・って、今回の会議は部外者の立ち入りは・・・!!」 あまりに意外過ぎる来客に一瞬言葉を失ったものの、セン玉が立ち上がる。 「いいんだ・・・僕が呼んだ」 その楊ゼンの言葉に、セン玉は再び言葉を失う。 「新しいワープゾーンには、彼女達の協力が不可欠なんだ」 楊ゼンの言葉の終わりを待たずして、そのまま彼女は歩を進め、席につくことはなく壁に 背を凭れたまま腕を組む。 「正確には・・・『私の協力』ではなく、喜媚姉様の・・・って意味だけど」 「協力しっ☆」 いつの間に部屋に入り込んでいたのか、胡喜媚が言いながら勢い良く空いた席につく。 まるで、遠足を待つ子供のように目を輝かせているその様に緊張感の欠片も感じられない。 「楊ゼン・・・意味わかんねーんだけど・・・」 痺れを切らしたかのように雷震子がそう言った。 閉ざされた神界門の復興も、新たな技術を用いた方法も不可能と判断した楊ゼン達は、ジョカの コンピューターの解析を進め、同じ原理で新たなワープゾーンを作り上げることを考え出した。 当然それは王貴人の言葉通り『無理を承知で』始めたことである。 成果が得られる保証はほとんどなく、そのため楊ゼン達の独断の元にひそかに進められていた プロジェクトであった。 その結果は、先に述べた通り。 未だ始祖の母星の言語の構成を解明する取っ掛かりさえ つかめていないのが現状なのである。 だが、彼女のコンピューターを解析するために利用した妲己のコンピューターには、 当然解析可能なデータが残っていた。 楊ゼンは、その残されたデータを元に、ジョカの作り上げたワープゾーンと似た物を 再現できないかと考えたのである。 その方法に気が付くのにそれほど多くの時間は要さなかったはずだが、そこからが長かった。 妲己のコンピューターに残されていたのは、あくまでもワープゾーンの操作時のデータだけで、 当然製作法に関わるものは含まれていなかった。 恐らく、そのシステムを作り上げたのはジョカの方であったのだろう。 それでも、残されたデータの解析を進め、自らの・・・そして仙人界に存在する様々な知識や 技術と照らし合わせ、応用を進め・・・ 神界門が閉ざされてから、二千年弱の時をかけ ――――― 「完成しました」 塔長達は息を飲む。 「・・・今まで、僕達3人だけで事を進めたことについては申し訳なく思いますが・・・ かなり無茶な研究理論を盛り込んだという事情もありまして・・・確証がつかめるまでは 伏せておくことにしていたのです」 余計な期待を持たせることを避けるためであったとも付け加えた。 「それで・・・まだこの事実については、ここにいる者達のみのトップシークレットとさせて もらう。口外は一切許さない」 燃燈がそう続けた。 「無論・・・副塔長にもだ」 その言葉を聞いて、しばし考えを巡らせた後、金タクがその場で挙手をした。 「んー、こんな時で悪いんだけど・・・近々休眠する予定になっているんだよなぁ」 以前にも軽く触れたことがあるが、蓬莱島の道士の多くは、定期的に『休眠カプセル』に入る ことで、必要以上の老化を防止しているのである。 特に人間出身の道士はある程度の実力者であっても、妖怪仙人や修行を極めた大仙人と違い、 老化の速度も速い。 それは塔長であっても当然例外はなく、各々の実力に見合った形で、定期的な休眠を 必要としているのである。 ちなみに休眠カプセルは、霊穴において霊気を吸収した時と非常に良く似た効果が得られるという 利点もあり、『眠り続けることで老化を防止する』というよりは『細胞を活性化させ若さを維持する』 といった側面もあるといわれていた。 人間出身である太上老君が、全てを超越した大仙人とはいえ、あれだけの若さを保ち続けている 理由がそのあたりにあるのかもしれない。 話がそれたが・・・休眠中は、『副塔長』がその職務の代理をするわけだが、副塔長は塔長休眠中は 事実上各塔の最高責任者となるわけだから、基本的な権限に大きな差は設けられていない。 通常の会議にはそのどちらが出席しても問題はないとされている事から考えても、『塔長』・ 『副塔長』というのは、便宜上の名称に過ぎないといえるのである。 「・・・本当なら、今日の会議も木タクに出てもらおうと思っていたくらいで」 ちなみに、今日の会議は『塔長が出席する』旨、予め厳命されていた。 「休眠は・・・どうしても必要な状態かい?」 「・・・いや、単に定期的なものだから、別にどうしても・・・ってことはないけど」 「なら、悪いけど・・・休眠は延期してもらえないだろうか」 口調自体は『依頼』のような形のものではあったが、それはどこか強引で、有無を言わせぬ という雰囲気を醸し出した台詞であった。 当然、金タクは首を縦に振る。 「あと・・・他に休眠予定の者はいないね? 実を言うと・・・不測の事態に備えて、緊急性のない 者を除き、休眠カプセルの使用を一時停止しようと考えているんだ」 「現時点で休眠中の者も、大半が定期休眠であるはずだから、一旦目覚めてもらうことに なると思う」 張奎の言葉を聞くなり、セン玉が立ち上がった。 「・・・ってことは、ハニーも目覚めるって事?」 「体調的に問題がないのなら・・・」 「いつ? ・・・それはいつっ?」 定期休眠とはいえ長い者では200年以上休眠状態になることもある。 土行孫はというと、今回は50年の予定の休眠で、この時点で20年程が経過しているはずで あった。 仙道にとっては短い時間であるはずだが、セン玉の元々の性格から考えても、その喜びは 計り知れないものであるのだろう。 「まずは、ワープゾーンの動作テストをして・・・それからだね」 自分の世界に入ってしまっている彼女を諭すように、楊ゼンはそう続けた。 「話を戻そう。・・・今回集まってもらったのは、そのワープゾーンの動作テストの ためなんだよ」 楊ゼンはその場に居合わせた全員に視線を送り、そのまま立ち上がった。 「・・・理論は、君達には理解不能だろうから、割愛することにして・・・」 全員からの注目を集めている中での楊ゼンのこの台詞に、一部の者からのブーイングが 沸き起こったことは言うまでもない・・・ 楊ゼンの説明を要約すると、このようなことであった ――――― 新たに作り出したワープゾーンの発生装置は、2つの機械から成り立っているのだという。 大雑把に言うと、1つは空間に歪を生じさせ、そこに人間界へ向けた穴を開けるための機械。 もう1つは、その穴を安定させ、制御するための機械である。 簡単に言い換えると、1つ目の機械で穴を開け、2つ目の機械でそれをコントロールする・・・と いうことであるのだが、話はそう上手くはいかない。 最初の機械で作ることのできる穴は、握り拳がようやく通る 程度の大きさに過ぎないからである。 何度実験を重ねても、この大きさが精一杯であった。 その穴自体も好きな時に自由に作り出せるわけではない。 「じゃあ・・・無理なんじゃないの?」 セン玉の言う通りであろう。 確かに大きな進歩ではあるが、実用化には無理がある。 「まあ・・・楊ゼンなら行き来はできるんだろうけど」 「そう、そこなんだよ」 「あ・・・なるほど!」 今まで話に口を挟むことのなかった韋護が呟いた。 「楊ゼンや、喜媚なら自由に出入りできるってことか」 無論、変化を得意とする彼ら2人だけが自由に出入りできるだけでは不充分であろう。 そこで、楊ゼン達は第1の機械を小型軽量化し、人間界に持ち込んだ後、向こうからも穴を開け、 大きさを広げるという方法を考え出したのである。 彼の導き出した計算によると、一定距離を等間隔に離れた状態で3人が同時にその小型の機械を 作動させることで、蓬莱等からのエネルギーと同等の力を発し、その結果増幅効果が起き、 穴の大きさが格段に広がる・・・という計画であるのだが・・・ 「つまり、必要なのは3人・・・ってことか」 当然人間出身の仙道には無理なことではあるが、条件さえ揃えば・・・ではあるが、 一部の妖怪仙人なら可能なことかもしれない。 「その役を・・・王貴人が?」 塔長達の視線が彼女に集まる。 「まさか、私は姉様の付き添いで来ただけよ。大体・・・私が原型に戻っても、その歪は通り 抜けられないわ」 確かに、原型が石琵琶である彼女にとってもその穴は小さ過ぎる。 「誰か・・・いい人いる?」 「原型が小さな妖怪仙人で、自由に原型になったり戻ったりできて・・・万一の時のため、完全な 人型になることができる・・・ってのが最低条件だろ?」 「向こうで機械の操作もしなくちゃならないから、その知識と技術も必要だよなぁ・・・」 それほど厳しい条件でもないが、それだけのプロジェクトの適任者となると、そう簡単に 思い浮かぶものではない。 塔長達が、顔を見合わせたその時である。 「考えることなんて、ないじゃない・・・」 視線が集まった。 「この話が始まった時から、大体の見当は付いていたけどぉ・・・教主さまも最初からそのつもり だったんでしょう?」 立ち上がったのは、明華であった。 「その、今話していた条件を全部満たしているのは、アタシだけ。違う?」 まるで、他の塔長達を見下すかのような口調で、彼女はそう続けた。 「そ、そりゃそうかもしれないけど・・・あんた、人間界に行ったことなんて ないじゃない!」 セン玉の言葉に、一瞬だけ視線を落とす。 「そんなの関係ないと思うわぁ。大体、トップシークレットのプロジェクトなんだから、その辺の わけわかんない妖怪仙人達に任せるわけには・・・いかないはずでしょ?」 それだけ言い終えると、彼女はそのまま楊ゼンの前まで歩み出た。 「・・・というわけで、アタシならいつでも準備OKよぉ」 セン玉としては、それが多少悔しいものだったのだろう。 人間界への再訪は、本来なら外界塔を管理する彼女の仕事であるはずなのだ。 年齢も塔長としてのキャリアもずっと下であるはずの明華のその態度 ――――― 状況としては仕方のないことであると理解はできたし、研究塔を管理する明華にも 全く無縁な仕事ではないのだから、このようなヤッカミを持つこと自体間違ったものであると わかってはいるのだが、それでも嫌味の1つも言ってやらなければ気が治まらない。 「ま、せいぜい頑張ることねっ!」 そうは思っても、なかなか嫌味の言葉が見つかるものでもない。 仙道としての実力は、とうに明華の方がセン玉のずっと上を行くもの となっているせいでもある。 それに、このプロジェクトが成功してくれないことには彼女自身も身動きが取れないのも事実。 本来なら、大声援をもって送り出してやりたい心情であるはずなのだ。 「・・・アタシを誰だと思ってんの?」 視線だけを向け、そう答えを返す。 「この中の誰よりも完璧な仕事をする自信も実力もあるのは、アタシ ――――― 趙明華だけ なんだから」 一つ前の話を読み直す あとがき・・・ あー、説明君チックな文章と、台詞ばっかりでつまんない話だな―・・・とか思いつつ、 それでもそのまま公開することにしました。 設定とか曖昧なまま話を進めたくないもので・・・ さて・・・明華の再登場です。 彼女のフルネームは『趙明華』・・・花の妖怪仙人です。 まあ、ここはあとがきスペースなので深くは語らないでおきましょう。 あー・・・ようやく蓬莱島と人間界がつながりそうです。 これで、まともに話を進めることができるよぅ。 メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『封神演義』封神小説へ戻る |