『倭国封神』 第一幕






第九話 『メッセージ』



「・・・お久しぶりです・・・蓬莱島の仙道の方。それとも、もしかして、 はじめましての方かしら・・・」

 どのように言葉を選ぶべきなのか・・・それを考えている余裕はない。
 このメッセージを手にする者が何者なのか ――――― それ以前に、これを受け取る者が存在 するのかどうかすらわからない。

 絶望に近い状況下であるのは間違いのない事実だが、それと同時にこの『メッセージ』は唯一の 『希望』でもあった。

「・・・このデータは、この地で最初に何らかの電波を発しようとした地点に自動的に現れ るよう予め設定してあるものです。私の側からは、受信者が何者であるかは全く想像もつきません。 そして、バッテリー容量の都合上、再生は一度きりになってしまうと思われます。もしも貴方が 記録機器を持ち合わせているのなら、大至急始動させてください。蓬莱島に直接通信を送る形でも 構いません」

 それらの準備を行なうのに、どの程度の時間がかかるだろうか。
 明らかに足りないとは思いつつも、彼女は先を急いだ。

「まずは・・・この世界に何が起きたのかを先に説明させていただきます。そうしないと、限られた 時間内で、話を上手く伝えることができませんから・・・」

 『限られた時間内』 ―――――

 それがほとんど残されていないことを彼女は概算で理解していた。
 そして、伝えなくてはならないことは山程あるのだ。
 もっと早口に捲くし立てれば良いようなものであるが、この『メッセージ』が、彼女の求むところに 届く時に、どのような形になっているかはわからない。
 手元の記録機器が万全の状態であるのならまだしも、今の状況下では、データの劣化は 避けられないであろう。
 言葉は、極力聞き取りやすくしておく必要がある。

「見ての通り、今の人間界・・・地球に知的生命体は存在していません」

 無表情を保ちつつも、彼女がこの一言を告げるのに、どれだけの勇気が必要だったで あろうか・・・
 まだ、どこかにその『事実』を認めたくないと足掻き続ける自らに、潔く決別する為の儀式を 思わせるようで、不思議な感覚を覚える。

「元始的な生物なら生き残ることができるのかもしれませんが・・・今のこの地球に、残されている 人間は・・・この私一人だと認識して頂いて構わないでしょう」

 彼女自身、それを確認したわけではない。
 一部の大仙人であるのなら、この状況下でも生存可能なのかもしれないし、 彼女のように、『何らかの方法』で命を長らえているものが存在するのかもしれない。
 ――――― だが、それを確認する術は彼女には存在しない。
 仮に生存者が存在したとして、その生存者が既に、より良いメッセージを蓬莱島に送って いるというのなら・・・それはそれで構わない。

 例え無駄骨となろうとも・・・『自らにできること』はこれしかないのである。

「人間界が滅びた原因については・・・正確なところは判りかねます。私に調べる手段はありません ので・・・」

 自らの力のなさを痛感している場合ではない。
 こちらの事情も、言い訳も、彼らにとっては関係のないことなのだ。

「私の推測を交えた説となりますが・・・恐らく、生物にとって危機的レベルともいえる 放射能を帯びた彗星か巨大な隕石などの小天体が地球軌道上に接近したものと思われます。 現時点での人間界の技術をもってすれば、宇宙空間上で彗星、もしくは隕石の破壊をすることは 容易なことだったのでしょう。民に余計な心労をかけぬよう、一切の情報は外部には 流されていませんでした」

 『民』という表現を使ったのは久しぶりであった。
 懐かしさに浸っている場合でないことくらい、自らが良くわかっているはずであろう。
 それこそ、そのような余裕はないはずであるが、思わず辟易した。

「計画通り、破壊された小天体は細かな隕石となって地球上に降り注ぎ、その大半が大気中で 燃え尽きたのではないかと思われます。一時的に・・・危機は去りました」

 ここで彼女は、目を伏せる。
 当然のことであるが、『歴史の語り部』としての演出を意識したわけではない。
 自らの口から紡ぎ出しているはずのその言葉が、恐ろしくてたまらないのである。

「ですが・・・結局、地球は24時間の猶予も置かずに、 死の星へと姿を変えてしまいました」

 目を伏せたまま、彼女はそう続ける。

「詳細な理由はわかりません。小天体に含まれていたと思われる放射性の成分が、地球上からの 攻撃に使われたエネルギーと反応し、そのまま大気中に拡散したために事態を悪化させたのか、 または細かな隕石の幾つかが燃え尽きることなく地球上に落下し、その際に偶然にも巨大な国家の 核施設上に落下してしまった・・・などというのが私の導き出した最も有力な説ですが、 それを確かめる術は・・・今の私にはありません」

 ほんの僅かに間をあける。
 ここからが話の本題となるのである。

「私の話を聞いて、いくつか不審に思われたことがあるでしょうね。1つは・・・このような メッセージを残した意味。そしてもう1つは・・・恐らく、あなた方の知る範囲で、地球上に そのような事態が発生したという事実は存在しない・・・ということ」

 時間がない。
 首筋を伝い落ちる僅かな汗が、更に彼女の気を焦らせた。

「この私の話が事実だったとして、既に滅んでしまった星についての不確かな情報を送ることに 何の意味があるのか・・・それ以前に、隕石や彗星はもちろん、人間界に異常を察知していないで あろう蓬莱等の皆さんの不信感を拭う最も簡単な説明の言葉はただ1つ・・・」

 再び言葉を区切る。
 呼吸を整えるためだけの、僅かな間であった。

「 ――――― 人間界と、蓬莱島との間には、僅かな・・・ 時間のズレが生じ続けているからです」

 伝えた ―――――
 仮に、ここでバッテリーが切れたとしても、ここまでのメッセージさえ伝われば、 賢明な者であるなら後の話の想像はつくだろう。
 それでも、まだ若干の余裕はある。
 それが数分なのか数秒なのか、そこまではわからない。

「時間のズレが生じた理由について、ある程度のことは理解しているつもりですが、 それを伝える時間までは・・・さすがにありません。それ以前に、もしかしたら 既に御存知のことかもしれませんし・・・」

 残された時間、もう少しだけ・・・彼女は話を続けることにした。

「詳しい調査はお任せしますが、私の計算によると、概算で1日に付き約1分のズレが生じていると 思われます。1年365日・・・で365分、約6.0833時間。人間界の暦には『うるう年』と いう実際の天体の動きと暦とを調整するシステムがあるので実際と計算とは異なるとは思いますが、 ここでは省略します。ズレが生じ始めたのは現時点から2000年前のことなので、121.66.6 時間・・・506.94日の誤差が生じていると考えられ・・・私がこの通信を送るのに要した 10日間を差し引いても・・・あなた達の住まう蓬莱島では、今のこの瞬間から約497日の猶予が 存在する・・・ということなのです」

 最初に弾き出した『約1分の誤差』は正確な値ではない。
 実際にはもっと短いのかもしれないし、もう少しだけ長いのかもしれない。
 常に同じ誤差が生じ続けていたという根拠すらもない上に、その誤差自体が既に修正済みと なっている可能性も否定できない。
 それ以前に・・・

「私がこのメッセージを残してから、誰かがこれを受信するのに・・・蓬莱島の誰かが人間界へ 再び訪れる日が来るのが何日後なのか・・・それによって、このメッセージの意味は 異なってくることでしょう。もしかしたら、すでにその猶予期間を超えて しまっているのかもしれない・・・」

 そう、その可能性の方が高いのである。
 詳しい経緯を知る術はなかったが、神界門に何らかのトラブルが発生したために、蓬莱島と 人間界との間を行き来するものがなくなって2000年。
 人間界へ出向く必要性がなくなったためなのか、別の原因があるためなのかはわかりかねたが、 2000年もの長い間、誰一人として蓬莱島の仙道が人間界を 訪れることはなかったのである。
 2000年もの間、閉ざされ続けた門が、残りの時間内に再び開くであろう とは到底思えない。
 時間のズレが生じている以上、人間界での出来事をリアルタイムで把握することはできないで あろうから、知った時には既に手遅れなのである。

「それでも・・・それでも私は、あえてこのメッセージを残します」

 モニターの隅の表示が点滅を始めた。


 時間が ――――― 尽きた。


「あなた方が、ここを訪れた時期などは、今の私には全くわからないことですが、 まだ間に合うことを祈っています」

 もう少し、話しておきたいことがあったのかもしれない。
 気の遠くなるほどの『永い時』を『独り』で過ごしてきた彼女にとって、目前に聞く者が 存在しないとはいえ、他人に話をするということ自体が久しぶりのことであった。
 不謹慎であることは重々承知の上で、それはある意味・・・心地良い時間でもあった。
 この時間が、もっと・・・あと数分、数秒だけでも続いて欲しいと心から願った。


 だが ―――――


「このメッセージが無駄なものとならないことを願って・・・」


 自らの意思で最後の言葉を告げ、そのまますぐに機器を止める。

「 ――――― 」

 モニターの隅で点滅していた表示の色は赤に変わっていた。
 いずれ、このメッセージを受け取る者のために、それを再生することができるだけの最低限の エネルギーを残して計算した結果、自ら弾き出した警告を伝える色。

「・・・危ないところだった・・・」

 『赤』を警告の色と定めたのは、一体誰だったのだろう・・・
 その色を見る度に、いつも彼女はそう考えた。


 彼女にとって、『赤』は『血』の色 ―――――


 『命』の色であった。
 大切なモノがその手元から消え去っていく時に、必ず現れる色。


 その色に、救われたのか ―――――

 それともまた、奪われるのか ―――――


「あの頃の私は・・・そこまで考えてはいなかったと思うけれど・・・」

 目前のモニターには静止したままの少女の画像。
 遠い昔、見慣れていたはずの自分自身の姿であった。

 何故この姿を使ったのかはわからない。
 その方が、蓬莱島の者達の信用を得易いであろうことは想像できたが、 その理由は後で取ってつけたもののような気もした。

「機の読み方がこれで正しかったのかどうか・・・それを知る術は私にはないけれど・・・」

 言いながらモニターに映る画像をも消す。

「これが・・・私のすべき『最後の仕事』・・・」

 そのまま、柔らかなシートに深く体を預け、彼女は・・・ まるで眠りに入るかのような姿勢をとった。
 そして、そのままの姿勢で手を伸ばし、躊躇することもなくパネルの裏に隠されていた 赤いスイッチに触れる。

「 ――――― 貴方は、様々な知識を与えてくれた代わりに、 酷な人生を課した ――――― 」

 今度は僅かに躊躇する。

「世界は、本当に私を必要としていたのか・・・ それすらも知ることが許されずに ――――― 」

 伸ばした指先に力をこめる。
 本来ならアラームが鳴り響くはずであろうが、その回線は予め切断済みであった。

「 ――――― 」

 深いその呼吸の後に、静寂が訪れる。


 僅かに微笑んだのは・・・全てをやり終えたという満足感からだったのか・・・



 ――――― それでも、私は・・・ほんの短い間だけでも・・・



 きっと、幸せだった ―――――





『倭国封神』 第一幕 第十話に続く・・・

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あとがき・・・


 えーと・・・今回のお話は、朱雀様の『倭国封神を更新して〜』というリクエスト (55000HITのSPキリ番プレゼント)により・・・書かせていただきました☆
 ・・・っていうか、『倭国封神』の更新は、もう少し先になる予定だったので、優先的な 更新とさせていただきましたが、どちらにしてもいずれは更新する予定であることは 間違いなかったわけで・・・『ほ、ホントにこんなリクエストで良かったのでしょうか〜?』と ちょっと不安になってみたり・・・(内容的にも地味ですしね・・・汗)

 まあ・・・内容は地味ではありますが、個人的には書きたかった話ではあります。
 あじ的には・・・封神本編のヒロインは妲己ちゃんだったと(本気で)思っておりますが、 この『倭国封神』に関しては、様々な意味でのヒロインを書いていきたいな・・・という 野望がありまして・・・その中の一人が『彼女』だったりします☆





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