『倭国封神』 第一幕






第四話 『神界門の秘密』



 見渡す限りの平原に建てられた小さな建物を見下ろし、ナタクは溜息をついた。
 『小さな建物』といっても、それは上空から見ているためと、あたりに何もその大きさを比較 できるものがないためからそう感じるだけのことであって、実際には三大宮に匹敵するだけの 広さを持った施設であるわけなのだが、辺りの閑散さと同様、その建物の中に人の気配は ほとんど感じられない。
 その建物の名は、神界門と呼ばれていた。
 文字通り、仙人界であるこの蓬莱島と、いわゆる封神台内部でもある神界とを繋ぐ異空間への扉 がこの中にはあった。
 当初は何もない空間に穴のように開いた『ワープゾーン』で、元は妲己達が人間界への出入りに 使っていたものを模して作ったものであったが、やがて管理のためにと神界門を建立し ワープゾーンもその内部へと移された。
 一時は、大勢の仙道がこの中で働いていたが、今ではたった一人の管理者を残すのみと なっているらしい。
 管理者の名は、確か柏鑑という妖怪仙人で、元より元始天尊より封神台そのものの管理を 任されている者だったとか・・・

「ふん。俺には関係のないものだがな・・・」

 誰に言うとでもなく、ナタクはもう一度だけ視線をそれに移すと、そのまますぐにもと来た方角 へと飛び去っていった。



「やあ、ナタク・・・待っていたよ」

 『自宅』に戻った彼に声をかけたのは楊ゼンであった。

「今日は・・・修行ではなさそうだね。・・・ということは、また神界門か・・・」
「なっ・・・! お前には関係ないだろう!! 大体何の用だ。修理は頼んでいない」
「図星だね。君が修行以外で乾元山から出ることなんて、滅多にないからね・・・」

 『乾元山』とはナタクが住まう、この辺り一帯の俗称である。
 本来なら『西の大陸の第3地区』と呼ばれるべきそこは、かつての崑崙山に存在した乾元山と 微妙に似た地形であったため、いつの間にかそのように呼ばれるようになっていた。
 人工的に作られたそれと違い、あくまでも自然の地形ではあったが、切り立った山々や その中腹等に時折現れる平坦な台地は、確かに元の乾元山を知る者ならそう感じても おかしくない程度には似ている。
 また、それとは別に、『ナタクが塒にしている地域』・・・といった意味合いも あったのかもしれない。

 以前の仙人界に由来する地名を極力使わないように指示していた楊ゼンではあったが、 各々が使う俗称まで規制することはできないし、その必要もないであろうとのことで、これに ついては何も咎めることはなく、彼自身も公務の場以外では時折この名称を使っていた。

「別に、ただ辺りを飛んでいただけだ」
「・・・結構。しばらくの間、修行は慎んでもらうよ」
「監視するために、わざわざ来たというわけか?」
「それもあるけど・・・ちょっと太乙様のラボを借りにね。新しい装置を試してみたいんだ」
「・・・勝手に使えばいいだろう。あれは俺の物でもなんでもない」

 太乙真人の名を聞くなり、ナタクの表情はさらに不機嫌なものへと変わる。

「そうはいかないよ。ここは君の家なんだから」
「ラボは下だ。俺とは関係ない」

 同じ乾元山内ではあったが、ナタクが住まうのは山の頂上付近。
 太乙真人のラボがあるのは、山の麓の方である。

「だからって、勝手に使うわけにはいかないだろう。何事にも礼儀というものがある。君がここで、 太乙様のラボを守り続けている以上、それを無視するわけには行かないからね」
「俺は好きでこんなところに住んでいるわけじゃない! 他に住めそうな ところがなかっただけだ」
「・・・まあ、そういうことにしておくよ。じゃ、ラボは借りるから・・・」

 言いながら哮天犬を出し、そのまま立ち去ろうとしたのだが、僅かに思考を巡らすかのような 素振りを見せた後に、彼は言葉を続けた。

「まだ、試作にも届かない段階なんだけどね、これが上手くいけば・・・再び神界門を開くことが できるかもしれないんだ」
「・・・なに?」

 思った通りの反応を見せるナタクを見て、楊ゼンは笑いを堪えるのに必死だった。

「もちろん、まだこのことは燃燈様と張奎君しか知らないことだから、他の人には内緒にして 欲しいんだけどね」

 不確かな情報で、皆が混乱するのを避けたかったためではあったが、このナタクに限って、 他の者と世間話を楽しむタイプではないことはわかりきっていたわけで、そういう意味から考えても この言葉はあくまでも形式上付け足しただけのものなのだろう。

「だから、作業が上手く進むように、協力してくれると助かるんだ」

 『協力』とはつまり、『邪魔をするな』という言葉と同義であるわけなのだが・・・

「・・・さあな。どちらにしても、今のパーツの不具合では修行はできないんだろう?」

 つまりは肯定の返事。

「じゃあ頼んだよ、ナタク」

 楊ゼンの笑顔が作り笑いに感じられたのは気のせいだったのだろうか・・・
 ナタクがふとそんなことを考えている内に、楊ゼンは今度こそ哮天犬にまたがった。

「・・・それが、どんな結果をもたらすことになるかは、 僕にもわからないことだけどね・・・」

 言葉にもならない程度の小さな独り言であった。
 当然ナタクにその言葉は聞こえていなかったわけであるが・・・

「・・・なんだ、あいつ・・・」

 立ち去っていった楊ゼンに、どことなく覇気が感じられなかったのは気のせいだったのか。

「どちらにしても、俺には関係ないことだがな・・・」

 そう言いながらも、つい哮天犬の行方を視線で追ってしまう。


 ――――― 考えてもみなかったことだ。

 閉ざされてしまった異次元の穴・・・『神界への道』が再び開かれるようになるなどということ ・・・

 いや、考えないようにしていただけなのかもしれない。


 あの日・・・『あの事件』が起きてから、ずっと ―――――



 * * * * * * * * * 



「太乙様っ! 見てくださいっ!! 僕、やっと新しい宝貝を作ることができました!」

 言いながら、勢い良くラボの扉を開いたのは、記憶の中の天祥。
 ナタクと共に修行したいという彼のたっての願いから、系統の異なる道士であることは 承知の上で彼を弟子と呼ぶようになってから、かなりの年月が流れていた。
 実際、戦闘系の修行はナタクがつけていたわけであるし、天祥と一緒の方が様々な意味で ナタクの扱いが楽になっていたのも事実なので、彼にとって特別負担が増えたわけでもない。

「これは・・・火を操る宝貝だね」

 作業の手を止め、一瞥して彼はそう答える。
 見たところ、発火のためだけの宝貝のようではあるが・・・

「はいっ。火竜ヒョウと火尖鎗を参考に作ってみました」
「なるほど・・・でも、これは宝貝っていうよりは、便利な道具って感じだね」
「えーっ、でも・・・仙骨のパワーを吸い取って奇跡を起こすのが宝貝でしょ? 確かに 武器としての威力は全然ないけど、これだって一応・・・」
「うん。確かに天祥の言う通りだ。でも、わざわざ持ち主の力をエネルギーにしなくたって 火を熾すことはできる。最も原始的な方法なら・・・例えば石を打ちあわせることでも火を作ることは できるわけだからね。もしこの宝貝が、なんの燃料や他の道具も使わずに、持続して炎を出し 続けたり、出した炎を操ることができる・・・っていうのなら、例え威力はなくても、これは立派な 宝貝だと言えるけれど、レベル的に石と変わらないモノを宝貝と呼ぶことはできないな」

 正直に言って、天祥にはあまり宝貝作りが向いているとは思えなかった。
 幼いながらに天然道士としての体が出来上がりかけていた天祥にとって、 戦闘系の能力を身に付けることは、いとも容易いことであったが、それ以外の仙道としての能力を 身に付けることはかなり困難なことでもあったのだ。
 現に、仙道の基本能力の一つである、宝貝を操ることにかけても、その戦闘能力の高さからは 信じられないほどに時間を要したし、不老不死の能力も簡単には身につかず、通常の人間の成長速度 から比べると非常にゆっくりとしたものではあったが、見た目にもはっきりとわかるほど背も 高くなり、元から小柄であったナタクをも追い抜いてしまった。
 今ではもちろん、宝貝も思うように扱えるし、成長も止まり、完全に仙道の体となった天祥では あったが、それと宝貝作りの能力とは全くの別物である。

「困ったね・・・このままじゃ、 いつになったら研究塔の塔長を任せられるようになることやら・・・」

 当時、研究塔の塔長に任命されていたのは、意外なことにもナタクの方だったのである。
 本来の能力を考えるならば、太乙真人の仕事であるはずだろうが、先にも述べた通り、 全ての塔長の座は若い道士達に任せるようにと配慮されていたからである。
 しかしジョカとの戦いの折、戦闘能力に欠け、体力の劣る科学系の仙道達の大半が命を失い、 塔長を任せられる人材など崑崙側にも金鰲側にも残ってはいなかった。
 そこで、太乙真人は形だけナタクを塔長の座に据えて、全ての仕事は自分がこなすことに したのであった。
 ナタクにとっては『イイ迷惑』この上なかったが、実際に自分が何かしなくてはならないと いうわけでもなかったため、特別攻撃・・・いや、反論することもなかった。
 まあ・・・若干のトラブルはあったと思われたが・・・

 とにかく太乙真人は、いずれ天祥がそれなりの能力を身につけた時は、彼にその座を譲ることを 考えていたわけであるが、なかなか上手くはいかないようである。

「・・・次は頑張ります。外でナタク兄ちゃんが待っているんで、行ってもいいですか?」

 不満そうな表情を見せたものの、すぐに笑顔に変わる。
 これが彼の長所であるのだろう。

「ああ。・・・確か、セン玉君達と人間界に行くって言ってたよね。まさか ナタクも行くのかい?」

 そんなはずはないと思いつつも、とりあえずは聞いてみる。

「・・・ナタク兄ちゃんは、神界門まで送ってくれるだけだよ」

 いつものこと・・・と思いつつも、天祥は笑ってそう答えた。

 ちなみに、天祥は飛翔用の宝貝を持っていない。
 ナタクの風火輪のような扱いが特殊なものでない限り、極簡単な仕組みのものであるならば 天祥でも充分に使いこなせるわけだし、彼に合った物を作ってやることくらい、太乙真人にとっては 造作もないことではあったのだが、天祥の方がそれを必要としていないらしい。

「簡単な調査だけだから、夕方には戻ってくると思うよ。なんだか人間界から送られてくるデータに 奇妙な反応があったんだって。 多分また、突然変異の天然道士か妖怪じゃないか・・・ってことだけど・・・」

 天祥は、太乙真人・・・表向きはナタクのサポート役として研究塔に所属していたが、 今回のような調査任務の時は外界塔に協力する形で人間界に赴くことも多かった。

「ちょうどいい。前にセン玉君から頼まれていたレーダーね、試作段階だけど、調査の時にでも 試してみてくれるように伝えておいてくれないかな」

 言いながら、作業代の横の棚から小さな球体状の宝貝を取り出した。

「今まで使っていたレーダーにセットすれば、そのまま使えるはずさ。詳しい使い方は ・・・裏に取扱説明書が付いているから」

 アフターケアも万全である。

「じゃあ、頑張っておいで」

 満面の笑みで、天祥を見送る太乙真人ではあったが・・・

「あ、そうだ。私も後で神界門に用事があるから・・・ちょうど天祥達が帰ってくる頃に なるかな。おなかが空いてしまったらいけないから、お弁当持って待っていることにするよ」





『倭国封神』 第一幕 第五話に続く・・・

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あとがき・・・


 意外だったでしょうか・・・?
 なんと、天祥君の師匠は太乙様になってしまいました!

 まあ、原作内でも、ナタクが『自分が天祥を育てる』なんてことを言ってましたので、 それほど突飛な設定ではないかとも思うのですが・・・
 ナタクは道士なので、形式上は太乙様が師匠になる・・・って感じで。
 天化や飛虎、または道徳が生きていたら事情は違っていたんでしょうけどね・・・

 それはさておき・・・なぜに太乙ファンのあじが、今まで太乙様を出さなかったのか・・・ その謎がこれから次第に明らかになっていきます(大袈裟)

 とりあえず・・・今回のラストは、太乙様はナタクだけでなく、天祥君に対しても 親バカだった・・・ということで(爆)
 でも、彼にとっての『1番』は、やっぱりナタクね☆

 それにしても・・・太乙様って、原作通りのキャラクターでストーリーを進めると、 ギャグになりがちでイカンなぁ(笑)





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