『倭国封神』 第一幕






第三話 『三大宮の五塔長』



 蓬莱島の中央には、件の戦いの後に新たに建てられた大きな建造物があった。
 むろんこの島は、それ自体が小さな星であり、つまりは球体であるために、『中央』という 表現は正確なものではなかったが、それでも島に住まう者は、その『三大宮』の建てられている 辺りの地域をそのように称していた。

 『三大宮』には教祖が住まい執務を執り行う『蓬莱宮』の他に、元崑崙出身の仙道達を束ねる 燃燈道人が管理する『崑崙宮』と元金鰲の妖怪出身の仙人達を束ねる張奎の管理する『金鰲宮』とで 成り立っており、その周囲にはそれを取り囲むように渡り廊下でつなげられた 5つの塔が配置され、逆にその中央には円形の建物が置かれている。
 外側の塔は、それぞれ『研究塔』・『鍛錬塔』・『生産塔』・『外界塔』・ 『管理塔』と名付けられ、多くの仙道が自らの能力に見合った塔内の班に所属し、 彼らの仕事が蓬莱島で生活の全てを賄っているのであった。
 そして円形の建物は『会議堂』と呼ばれ、文字通り前述の各塔の代表者らの 会議・議論の場として用いられていた。

 どの建物についても至極単純な名称が付けられていたが、 これは業務の簡素化を図るために楊ゼンが徹底したものであった。
 塔とその班の名がそのまま仕事の内容を表しているため、一部のそれほど知能の 高くない妖怪達であっても非常に理解しやすかったと後の評判も良かった。
 実を言うともう一つ理由があって、『崑崙宮』・『金鰲宮』の2つは例外とされてはいたが、 それ以外の箇所で以前の仙人界に由来する名称を付けることによって、 各々出身の仙人界ごとに不必要な線引きが行われてしまうことを考慮したものだとも 言われていた。
 同じ理由で蓬莱島各地の地名は、至って単純明快な他の何にも由来しない名前が付けられて いる場合が多い。


「やはり修行の場や機会が限られている現状では、限界があると思うな。外敵の心配もない今、 ほとんどの仙道にやる気がない・・・ってのも事実だけど」

 その円形の会議堂内では、ちょうど定例の会議が行われている最中であった。

「金タク。アンタのとこはまだいいわよ。こっちなんて、開店休業状態なんだから」

 鍛錬塔を任されている金タクに横槍を入れたのは 外界塔を任されているセン玉であった。
 前者の塔は、その名の通り蓬莱島に住まう仙道達の修行を取り仕切る目的のもの。 後者の塔は、神界との交流・連絡業務を中心に、時に人間界において偶発的に自然発生する天然道士や 妖怪が引き起こすトラブルの回避も担当していた塔である。

「まあ、そんなことどーでもいいんじゃなくてぇ? それより、叔母さま方からの嘆願書・・・ 読んでいただけましたぁ?」
「ええ。一通り目は通しましたが・・・確かに、最近は少し生産班の人数を抑え過ぎていた かもしれませんね。食糧不足が生じる前に人手を確保しましょう」

 金色の髪の少女の言葉に楊ゼンは静かに頷きながらそう答えた。

「楊ゼン! 俺様んとこからは、1人もまわせねぇからな! ・・・大体、 明華は生産塔とは関係ないじゃねーか」

 そう叫んだのは雷震子。彼は管理塔にて仙道達のいざこざの締結や、島内での様々な 規範作りとその徹底を担当している。
 そして先刻発言した金髪の少女の名は明華というらしい。
 雷震子の言葉通り彼女の取り仕切る塔は、島内の環境保全や食料の生産等にあたる 生産塔ではなく、様々な技術開発や未だその全容の解明されていないこの蓬莱島を調査追求する のが目的の研究塔なのである。

「まあまあ・・・こっちも、明華ちゃんのおかげで楽させてもらってるし・・・」

 間に割って入ったのは、韋護。彼こそが生産塔の代表者・塔長である。

「お前がそんなんだからこのガキにでかい顔されるんだよ!!」
「ガキとは失礼ねぇ。雲中子に言いつけてやるからぁ!」

 火花散る状況になっても、周囲の者は誰も気にしてはいない。
 ある意味、これが日常的な光景だからであろうか・・・
 もちろん口論の当事者は彼らばかりではなく、 時には今回は傍観を決め込んでいるセン玉の方が騒ぎを起こすことも多かった。

 ある意味、非常に頼りない面々の代表者群ではあったが、あえて比較的 年若い道士達が各塔の代表者に据えられたのには、蓬莱島を新たな仙人界として始動する際の 背景が大きく影響していたのであった。
 本来であるならば、例えば研究塔には雲中子が、管理塔には道行天尊が・・・という ように、各部署への適任の実力者は他にも大勢いた。
 だが、蓬莱島に腰を据え、その後間もなく『三大宮』を建立した時点では まだ年齢的にかなり若い道士であった楊ゼンが、張奎はともかく 燃燈という大仙人を配下に置くことになるだけならまだしも、更に大勢の格が上の仙人達を 従えることになると、通常であればかなりの抵抗を感じたことであろう。
 いや、楊ゼンの元来の性格を考えるとその想像は杞憂であったに違いないと思われるが、ともかく それを案じた竜吉公主は、密かに他の仙人達に若い道士を蓬莱の中心的ポストに据えるよう 話を持ちかけたのであった。
 むろん単に面倒な役職を好まなかった者がいたのも事実ではあったが、多くの仙人は楊ゼンからの 塔の代表者の任命を断り、その結果ほぼ今と同じ体制が出来上がったのである。

「お前ら、もっと真面目に取り組め!」

 張奎の一喝でとりあえず場は収まる。

「よし。とりあえず今回はこのくらいにしておこう。では、皆持ち場へ戻れ」

 溜息混じりに燃燈が会議の終了を告げた。
 各々雑談しながら席を立ち、そのまま自らの管理する塔に戻っていく中、一度は席を立ち退出する 素振りを見せたものの、そのまま室内に留まっている者の姿があった。

「張奎さま・・・何の御用でしょうかぁ?」

 少し間延びしたような、それでいてまるで鈴を転がすような小気味良い声の主は、 先刻の口論の当事者でもある明華であった。

「ちょっと相談事があってね・・・だからキミだけに残ってもらったんだ」

 答えたのは楊ゼン。

「まず、先に言わせてくれ。明華・・・さっきのあの態度はなんだ。確かに先に雷震子の方が 暴言を吐いたのは認めるが、わざわざ喧嘩を買うような真似をすることはないだろう!」

 きつい口調でそう言うのは燃燈。

「心外ですわぁ。アタシが子ども扱いされたり新参者扱いされることが一番嫌いだってこと、 御存知のはずではぁ?」

 彼女の言葉からも明白ではあるが、実のところ彼女だけが『五塔長』の当初の人員ではない。
 先刻、塔建立時点で『ほぼ今と同じ体制が出来上がっていた』と述べたばかりだが、 彼女だけが後になって研究班の代表に任命された唯一の塔長なのである。

「その話はまた今度にすることにして・・・明華。 例の件について聞かせてほしいんだけど・・・」
「例の件って、蓬莱島のメインコンピューターの解析のことでしょうかぁ? ・・・それなら、 もうちょっとだけ時間をいただきたい・・・ってさっき報告したばかりですけどぉ」

 楊ゼンの問いに明華は不機嫌そうに答える。
 実はこの日の最初の議題は、その『蓬莱島のメインコンピューター』に ついてのことだったのだ。
 ジョカが創り上げたこの島の大半のシステムについては、すでに崑崙・金鰲の技術で 別のものに作り変えられおり、島の諸機能を司るコンピューターは当初のものとは別に存在して いたのだが、一部膨大かつ謎に満ちたデータだけが、元来のコンピューター内に 残されたままになっていた。
 地球の歴史を自らの母星と同じものに作り変えようとしていたジョカの行動から考えて、恐らくは 彼女の母星に纏わる歴史と考えられていたが、それも定かではない。
 その推測も単に、ジョカがいくら『人間』よりも格段に優れた存在であったとはいえ、 大昔の母星の歴史の全てを把握しつくすことは不可能であろう・・・という根拠とは言い難い ものであったが、当たらずとも遠からずであろうことが最近の調査によって 判明しつつあった。

「・・・ナタクの・・・ことだ」

 僅かに言葉を詰まらせながら、楊ゼンは口を開いた。

「知っての通り、彼の本体はだいぶ痛んできている。・・・つい先日も新しいパーツに交換した ばかりなんだけど、どうも馴染みが良くない」
「前にも言いましたけどぉ、パーツはこれ以上のものは作れない・・・って、 雲中子も言ってますわぁ。どうせ宝貝人間・・・ ダメになった部分は即効取り替えちゃえばいいんじゃなくてぇ」

 面白くない・・・といった顔色を隠そうともせず、明華は言い放つ。

「パーツについては、いわゆる消耗品だからね。それも仕方がない・・・ただ・・・」

 楊ゼンは言葉を詰まらせた。

「微妙な箇所で馴染まないパーツはさらに本体への負担となる。 彼の本体内部の定期メンテナンスは以前なら10年に1度で良かった筈なのに、今では 月に1度・・・いや、その間隔はこれからも徐々に狭まっていくかもしれない」
「そんなこと・・・知ってますぅ。だいたい悪いのはアイツの方ではぁ? せっかく 楊ゼンさま達が心配しているのに自分から寿命縮める無茶で無意味な修行したりしてぇ」

 明華の言うことは事実。
 確かにナタクが楊ゼンらの言うことを聞いて、もっと大人しくしてさえいれば、ここまで彼自身の 本体が痛むことはなかったであろう。

「確かにその通りだな・・・楊ゼン、ナタクを休眠させる・・・ってのも手かもしれない」

 張奎の意見に楊ゼンは頷いた。

「・・・ただ、それは最後の手段だ。元々休眠カプセルは太上老君様の怠惰スーツを元に、 不老不死の修行が充分でない未熟な道士達の老化防止のために作ったものだからね。 傷を癒す効果はないし、元々宝貝であるナタクの本体がどの程度休眠状態になるのかも わからない」
「それに彼を休眠させたままでは『来るべき戦いの時代』の際に 大きな戦力不足となってしまう」

 楊ゼンに続けて燃燈がそう告げる。

「だいたい『来るべき戦い』・・・だなんて、正体もわかんないモノくらい、アイツに 頼んなくたってなんとかなるわよぉ。なんならアタシが戦ってあげてもいいですよぉ」

 明華のその言葉に、楊ゼンは無言のまま彼女を見据えた。

「な・・・何よぉ」

 適度に敬意を払いつつも、かなり生意気とも取れる態度で話を続けていた明華ではあったが、 さすがにその楊ゼンの視線には一瞬怯んでしまう。

「明華・・・キミは、そんなにナタクのことが嫌いなのか?」

 僅かに声のトーンを落とし、楊ゼンはそう問うた。

 そんな彼の言葉を聞くなり、あどけなささえ残した明華の表情は今までになく大人びた ものへと変わる。


「 ――――― 嫌いよ。あたりまえじゃない」


 楊ゼンに・・・というよりは、自分以外の全ての存在に宣言するかのような、 たった一言の『本音』であった。

「だから、アタシはそれが『仕事』で『命令』だ・・・っていうんなら今まで通りちゃんと やっていくつもりだけど、必要以上に頑張るつもりはないから・・・」

 一瞬凍りついたその空気は、やがて以前と同じものへと戻る。

「それに・・・アタシも雲中子も専門分野外なのにかなり努力していると思うわぁ。 これ以上何とかしろ・・・って言われても困るけどぉ」

 普段通りの笑みを見せて、明華は一礼だけ済ませるとそのまま開け放されたままの扉を くぐり、そのままその場を後にした。

「・・・気持ちは、わからないでもないんだけどね・・・」

 遠い昔を思い出すかのような瞳にその後姿を映し、楊ゼンは誰にともなく呟いた ―――――  





『倭国封神』 第一幕 第四話に続く・・・

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あとがき・・・


 さて、オリジナルキャラの登場です。
 明華ちゃんといいます☆
 イラスト、描いてみました。この話をUPした時点ではTOP用イラストに、その後は 『アヤシゲ美術館』(ギャラリー)に移すことになるかと思いますが・・・ とりあえず見てみてください〜
 ストーリー上必要かと思って書いたキャラではありますが、別に彼女中心で話を進めていくつもりは ありませんので、生粋のWJ封神ファンの皆様は御安心ください。多分(爆)

 明華ちゃんの秘密(実は深読みしていただければある程度の想像はつくかもしれませんけど)に ついては、後日明らかになる予定ですが・・・どうも、前回の話といい説明君チックに なりがちですね・・・反省してます。
 あじ的には心理描写とか書く方が好きなんですけどねぇ・・・





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