『翼が消えた天使』 第一部






第八話 『曇り空の祝福』



 新たな惑星の育成 ―――――

 それが女王試験の課題だった。

 海に隔てられた2つの大陸を各候補がそれぞれ育成し、その結果で時期女王を決定する・・・
 女王としての資質を試すという意味では最も相応しい試験の形態であろう。
 今までの長い歴史の中、様々な形の女王試験が執り行われてきたが、条件さえ揃えばの話では あるものの、最も簡潔明瞭な試験形態であるといえる。

 選ばれた女王候補は2人。

 女王試験自体、宇宙の歴史の中では珍しいことでもなく、神聖なものであることには変わりは ないが、所詮はサクリアを持つ者の交代というありふれた儀式に過ぎない。

 そう、ありふれた儀式に過ぎないのである。


 ――――― この宇宙の危機である・・・という事態を除けば ―――――


 試験は、ほぼ互角であった。

 幼い頃より女王教育を受けた少女と、その一方で一般庶民の教育しか受けたことのない少女。
 恐らく勝負にすらならないだろう・・・という至極当然の予想は見事に裏切られることになる。
 確かに序盤こそ、育成に大きな開きが見られたが、試験中盤にはその差は皆無に近いほど 縮まり、互いが良い影響を与え合うという理想的な形で試験は終盤へと差しかかっ ていたのである。

「最初はどうなるかとも思ったが、どちらが女王となってもおかしくはあるまい」

 ある日、試験に対する私的な意見を口に出すことを慎んでいたはずのジュリアスが、当時の 女王補佐官のディアに対してそう告げた。

「早ければ、1・2週程で雌雄が決すると思います。 陛下のお力がそれまで持てば良いのですが・・・」

 この時点で、宇宙を支える女王の力は限界を迎えていた。
 既に寿命が訪れ、崩壊しつつある宇宙を支え続けるということは、並大抵のことではない。
 もはや、気力とその『心』のみで支えていると言い換えても過言ではない状態だった。
 当然、歴代女王の中でも短命な在位期間であっただろう。

「・・・ディア様、今のお話、一体どういうことなのですか?」

 不意の声であった。

「勝手に入ってきてしまって申し訳ありません・・・でも・・・」
「ロザリア・・・それに、アンジェリークも?」

 そこにいたのは、当時の・・・2人の女王候補の姿であった。



「最終試験?」

 真っ先に声をあげたのはゼフェルであった。

「あー、ジュリアス。一体どういうことなのか、御説明願えないでしょうか・・・?」

 聖殿に集められた守護生達全員の疑問をルヴァが代弁する。

「試験の全てはディアと王立研究院に一任されている。彼らの承認さえあれば試験内容の変更に 問題はあるまい」
「私達が言い出したことなんです」

 そう言って、歩み出たのはアンジェリーク・リモージュであった。

「今まで、宇宙が・・・いえ、陛下の身がそんな大変にことになっていたなんて、 全く知りませんでした。女王候補として、恥ずかしく思います」

 話を続けたのは、ロザリア・デ・カタルヘナ。

「試験の妨げになってはいけないと、伏せるよう厳命していた。恥ずべきことではない」

 その『厳命』に結果として背いたのが自分達である以上、 あまり大きなことを言えないのも事実。

「今の育成方法では、試験終了までどんなに急いでも1週間。不本意にも実力が拮抗してきた 今となっては、さらに多くかかると見積もるべきでしょう」
「あの、ですから・・・ここから先は、いつもの試験のルールを変えてもらいたいんです」
「変えるって、どんな?」
「育成の回数を、無制限にしていただきたいんです」

 大陸への育成は、その上空に浮かぶ飛空都市から行われていた。
 女王候補が自らの担当する大陸の状況を見極め、その時点で最も大陸に必要と思われる守護聖の力 ・・・サクリアを必要に応じて送ることで、大陸は発展を遂げていく。
 発展を遂げた文明は、やがて大陸の全域に浸透し、いずれは2つの大陸の中央に位置する 中の島に行き着くことだろう。
 それを成し遂げた時点で試験は終了するのである。

 当然のことではあるが、サクリアをなんでも無闇に送れば良いというわけではない。
 力のバランスを崩せば最悪の場合、文明自体の崩壊につながる恐れもある。
 それだけではなく、基本的に1日に2度、試験中盤以降は3度までと、育成回数自体にも 制限が設けられていた。

「育成回数の制限って、最初は大陸や惑星への負担がかかり過ぎないためのものだ・・・って 思っていたんですけど、そうじゃないんですよね?」
「確かに、急激な育成が悪影響を与える可能性も否定できないでしょうけど、飛空都市と惑星との 時間の流れ方自体が違うのですから、それを調節して、私達の育成がもっとゆっくりと作用するように ・・・つまり、惑星の時間の流れをもっと速くすることでその問題は解決するはずです」

 技術的には全く問題はない。
 現に、惑星に文明が生まれる以前は現時点よりも時間の流れは若干速めに設定されていたし、 文明以前の段階の時間の流れの速度はその比ではない。

「・・・制限は、私達への負担を考えたものだったんですよね・・・」

 実際に大陸を育成しているのは傍目には守護聖であって、女王候補はその『依頼者』に 過ぎない。
 だが、その大陸を守護するのは女王候補自身。
 大陸に送られたサクリアは、女王候補の力なくしては作用しないのである。
 育成回数の制限は女王候補への負担を考え、力量に応じて定められたものだったのである。

「私達なら大丈夫です」
「陛下が命懸けで宇宙を支えていらっしゃるというのに、次期女王の候補である私達が たった1つの大陸を支えられないようでは話になりませんわ」

 彼女達は、一度に育成をやり遂げてしまいたい・・・と言い出したのである。

「でも・・・」

 ランディが口を挟む。

「・・・俺達は自分のサクリアを送り続けるだけだから、それほどの 負担にはならないけれど、それを受け止める大陸を支える君達の負担は並大抵のものじゃないんだ。 思いつきでそんな無茶なことを・・・」

 言いかけた彼を制したのはオスカーであった。

「面白いんじゃないのか?」

 些か不謹慎な表現である。

「命に関わるような無茶なら、パスハが許可を出すはずがないだろう? ・・・ですよね?」

 ジュリアスが頷いた。

「お嬢ちゃん達が自分で決めたことだ。全力でサポートするのが、今の俺達の 仕事なんじゃないのか?」

 無論、こうまでして事を急がねばならない理由はなかった。
 結果としてこの決断が吉と出たことを彼らが知るのは、まだ少し先のことであり、この時点では 事態が切迫していることは知りつつも、一刻を争う猶予もないことを知る由もなかったのである。
 つまり、このまま通常通りの試験を続行するべきか、それとも試験を一時中断し、 別の方法で女王を選抜する等の方法をとることも可能だったのである。
 守護聖に限らず王立研究院の内部にも、この無茶な案に反対するものは少なくはなかったが、 結局ディアの若干強引とも取れる権限により実施が決定することになった。

 その時点で女王の力の限界に気が付いていたためなのか、それとも女王候補達の熱意に何か 感じるものがあったのか・・・今では、当時の彼女の真意を知る者は、誰もいない。



 * * * * * * * * * 



「・・・あの時、何度止めようと思ったかしれません・・・」

 ハープ奏でる手を休め、リュミエールはそう呟いた。

「前回の女王試験の話か?」
「ええ・・・この曲は、2人ともとても気に入っていたものですから、 つい思い出してしまいました」

 とかくクラヴィスは試験の話題を好まない。
 執務上のものにまで気を使うわけにはいかないが、それを知っている以上彼はできる限り その話題を避け続けていた。

「それを思ったのはお前だけではないはずだ。・・・言い出した本人のジュリアスやディアまでも がな・・・」

 意外にも、至極当たり前に返答が戻ってくる。

「だが安心しろ。女王試験があれほど過酷なものになるのは稀なことだろう」

 クラヴィスは、前女王の試験にも立ち会ったことがある。
 それがどのような試験であったかは、彼の口からはもちろん、当時からの守護聖であった ジュリアスやルヴァ、そしてディアからも語られたことはほとんどなかったのだが、 宇宙の女王を決める試験である以上、それが簡単なものであるはずはない。
 つまりは、前回の試験はそれほどまでに熾烈なものだったということなのであろう。

「あの流星雨がなければ・・・どうなっていたことか・・・」

 飛空都市をかすめた星の雨 ―――――

 その軌跡に気が付いた時には、時の流れの違う大陸にとって・・・ それは『過去』のこととなっている。
 何の変哲もないその星屑の一つが、大気によって燃え尽きることなく地表まで届いた小さな 隕石となったのも当然『過去』のこと。
 その隕石が、ある大陸の港にて出航を迎える直前の帆船の帆に直撃したという事実も、 一瞬前の『過去』のことであった。

 その帆船は、新天地を目指して旅出つべき船であった。
 当然その結果として彼らの旅立ちは遅れ、ほぼ同時に旅立った別の大陸の民が『偶然』中の島を 発見することになる ―――――

 熾烈を極めた女王試験は最後の一瞬で、あっけない結末を迎えたのである。

 雌雄が決した瞬間、持てる力を使い果たしたかのように 2人の女王候補はその場に倒れこんだ。
 周囲の誰からも喚起の声はあがらなかった。

 ――――― 決してフェアであったとはいえない結末。

 確かに『運』も実力の内ではある。
 また、それが地震・洪水等の天災や、火災・事故等の人災のせいであったというのなら、 話は別である。
 そのような事態を回避するよう努力することも不可能なことではない。
 むしろ、育成の手腕が問われたと言い換えても良いだろう。

 だが、流星雨の出現は彼女達のサクリアの域を越える問題なのである。
 早急な調査の結果、抱懐しつつある旧宇宙の歪から空間を越えて引き寄せられたものだろうと結論 付けられたから尚更のことである。

 通常の女王試験であるならば、試験のやり直しの声が叫ばれていても不思議ではない状況で あった。

 だが、そのような時間的余裕があるはずもなく、結局 その日の内に、新女王の即位式が行われたのである。
 それとほぼ同時に、先代の女王のサクリアと旧宇宙の寿命とが途絶えたという事実は偶然にしては できすぎた話であった。

 今にして思えば・・・あの流星雨は、先代女王からの助け舟だったのではあるまいか。

 結果として、命を削るかのような最終試験から女王候補達を救い、自らのサクリアと宇宙の寿命が 尽きる前に新女王を選出させることができたのだから・・・

(でもそれは・・・あまりにも酷な手助けだったのではないでしょうか・・・)

 口にこそは出さないが、リュミエールはそう思わずにはいられなかった。

(結果だけを見てみれば、新たな女王の選出が間に合ったわけですから、良しとしなくては ならないのかもしれませんが、つまりは先代女王の手で女王候補の1人を追い落としたに 過ぎない行為なのですから・・・)


 ――――― それなら、初めから女王試験などする必要はなかったの ではないか ―――――


 流星雨の出現自体が、当時の女王の手によるものか否かも今となっては判らない。
 仮に真実であったとして、 その真意がどこにあったのかということを突き止めることは適わない。
 そのように不確実な『推理』である以上、このことは決して口にしてはならないのだと リュミエールは考えていた。

 新たな女王の時代になった今であっても、この聖地における先代女王の影響力は絶大なもので あろう。
 単なる世界の統治者としてだはなく、女王とは『神』であり『母』である存在なのだ。


 そして、目前に座している彼 ――――― クラヴィスにとっては ―――――


 思考を巡らせたのは僅か一瞬。
 不自然な間が開いたというほどでもないだろう。

「女王候補が来たか・・・」
「え?」

 クラヴィスの不意の言葉に、リュミエールは窓の外に視線を移す。

「ええ、本格的に育成を開始するのは今日からと聞いておりますから」

 競い合うように、宮殿前の庭を早歩きしている姿は、 ある意味滑稽でもあり微笑ましくもあった。
 クラヴィスの位置からは直接庭の様子を見て取ることはできないはずであろうから、 恐らくは水晶球の輝きの中に2人の姿を垣間見たのであろう。

「先の試験の時も、似たようなことをしていたな・・・」
「そうですね・・・」

 執務開始の時刻にはまだ若干の間があるものの、リュミエールは席を立つ。

 それにしても、彼がこれほど女王試験のことに対して口を開くのは本当に珍しいことである。
 リュミエールとしては・・・むしろそれにどう答えたら良いのか、かえって気を使う必要を 感じざるをえなかったのである。
 他の者ならいざ知らず、リュミエールがそのように感じることは 至極珍しいことでもあった。

「争いというものは・・・必ずしも悪い結果を生み出すものではない」

 突然の言葉に、リュミエールは返答に窮する。

「お前の言うように、全ての事柄を他人と争う事で決してしまうという考えは私も好まない」
「・・・クラヴィス様?」
「だが、人は争うことで自らに宿る輝きを増したり、今まで自分1人では見出せなかった可能性に 気が付いたりすることで、良い結果を生むこともあるだろう」
「確かに・・・おっしゃる通りです」

 クラヴィスの発する言葉の意味そのものに対して、異議は全くない。
 まさしくその通りの真実であろう。

「先の女王陛下とディアの関係がまさしくそうであったとはいえないか」

 想像だにしなかった彼の言葉に、リュミエールは驚愕する。

「それは・・・」

 先刻の自らの思考が読み取られていたかのような錯覚を覚えた。

「・・・もちろん、その全てが良い結果になるとは限らないがな・・・」

 ――――― そう。
 先代女王は別の結果を期待していたのかもしれない。

 いや、誰もがそう願っていたことだろう。


 あの即位の儀式の最中 ―――――

 旧宇宙の星々と全ての生命とを新宇宙に移動させ、先代の女王から全てを引き継いだ 新たなる女王。
 恐らくは立っているだけで精一杯であるはずなのに、凛とした表情でその青の瞳に9人の守護聖達を 映し出している。
 それは何よりも気高く、美しかった ―――――

 各々からの祝福の言葉を受け、各々に言葉を返す。
 最後に、彼女は ――――― 今まで共に競いあってきたもう一人の女王候補の元に 歩み寄る。


 ――――― この新たな宇宙を守っていくために、力を貸していただけない かしら ―――――


 『私と一緒に』 ――――― その言葉と共に、差し伸べられる手 ―――――

 数時間前まで、命を削るかのようにして試験に挑み続けた2人。
 その試験が始まる以前は、互いに顔を合わせることもなかった2人。

 この飛空都市で共有した全ての出来事が、2人の間に好敵手という名に相応しい新たな友情を 芽生えさせ、それを育んだということは疑い様のない事実であった。

 ――――― いや、そうであるはずだった。


 戦いに敗れた少女が、項垂れたままのその首を横に振るまでは ―――――


「結果というものは・・・神であろうと予め予測できるようなものではない」

 静かに扉が閉まる音が響く。
 誰もいなくなったその部屋で ――――― クラヴィスが、ただ一言そう呟いた。





『翼が消えた天使』 第一部 第九話に続く・・・

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あとがき・・・


 前女王試験の話です。

 当然、実際のゲームならアンジェが勝つのも負けるのもありなんでしょうけど、『2』に ストーリーが繋がる以上オフィシャル的には『アンジェが女王』にならなければ辻褄が合わない わけでして・・・つまりは、そういう『パラレル』の話・・・ってことですね。

 ただ、実際のゲームのような試験の終了の仕方ではなかったりします。
 展開上、それなりに『華』も必要ですから、淡々と試験が終了するわけにもいかなかったので ・・・(笑)
 コミックスのラストの展開も『華』がありましたが、さすがに同じ手を 使うわけにもいきませんからね〜☆





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