『翼が消えた天使』 第一部






第五話 『お節介な客』



 扉の一番近くにいたランディをはじめ、守護聖全員が一瞬息を飲んだ。

「表向きは王立研究院に実習生として招かれた女王候補達の指導係ということになっています。 守護聖様を補佐する研究員のロイは、執務の代行等で聖地を離れることも多いでしょうから、 雑務などは私の方にお話いただければ・・・と思います」

 そう言い終えてからリモージュと名乗った女性は、守護聖達の表情に何かを感じたのか、 怪訝な表情を見せる。

「・・・は、はは・・・そんなはず、ないもんな・・・でも・・・」

 誰にともなくランディは呟いた。

 彼が驚くのは無理もない。
 目前のその女性は、彼の・・・いや、守護聖全員が見知った顔の女性だったのである。

 まるで宝石のように鮮やかな緑の瞳と、その瞳に映える金の髪。
 髪はちょうどもう1人の女性研究員アニエスと同じように結い上げて、王立研究院指定の 一般研究員の制服ではないもののそれと同じく青を基調とした服を身に纏っている。
 そのせいか彼らの知る彼女より、随分大人びた印象を受けはしたものの・・・

「あの・・・何か?」

 昨日紹介されたアニエスやロイのような固さは感じられないものの、彼女もまた、守護聖達の 前であるというのに、微塵も臆した表情を浮かべていない。
 強いて言えば、彼らより若干緊張した面持ちではあったものの、それでも彼女は笑顔を 浮かべてみせる。

「だって・・・キミ・・・」

 果たして口にして良いものか、ランディは口篭もる。

 それもそのはず、目前のその女性は、先の女王試験の候補生の1人、『アンジェリーク・ リモージュ』に瓜二つだったからである。

「あ、お気付きでしたか? 昨日、研究院の廊下でお会いしましたよね。あの時はまさか私に このような大役が任されるとは思ってもいなかったもので、こちらから御挨拶するのも 失礼かと思ったのですが・・・かえって失礼なことを致しました」

 そう、前日、エルンストの元への案内を頼んだ研究員も緑の瞳に金の髪の女性だった。
 あの時は、一般研究員が身に付ける頭部まで覆う制服を着ていたため、そこまでの確証を 持てなかったのだが・・・

「・・・ア、アンジェリーク!?」

 ランディの問いに、僅かな間を空けた後、再び彼女は怪訝そうな顔を見せる。

「あの、先ほど申し上げました通り、私の名はリモージュと申します。アンジェリークさんというのは 間もなくこちらにみえる女王候補のお一人のお名前・・・ですよね?」

 再び浮かべた笑顔。
 ランディでなくとも、その笑顔には見覚えがあった。
 だが、彼女のその声は、よく知った声より僅かに大人びた落ち着きのあるものでもあった。

「あ・・・ごめん。知っている人に良く似ていたものだから・・・その、顔も声も・・・あと、 リモージュって名前も・・・」

 僅かに考えたような素振りを見せ、彼女はこう答えた。

「主星近郊の惑星では『リモージュ』は、家名として使うことが多いようですけど、私のいた 惑星では、女性にも男性にも使われる比較的ありきたりな名前なんですよ」
「そうですよー、ランディ。あなたもそのくらいのことは知っているはずじゃありませんか。 それに・・・」

 間に入ったルヴァが言葉を区切る。

「主任、教官・協力者の皆様がおいでになりました」

 アニエスの声である。

 その声を合図にするかのように、場の空気は正常に戻りつつあった。


 その後、3人の教官と新たに占いの館を任されることとなった占い師が守護生達に紹介され、 間を置かずに部屋に通された女王候補達も全員に紹介された。
 各守護聖達と教官・協力者・研究員達、そして女王候補・・・と、 ランディの執務の代行で聖地を離れているロイ以外の試験に関わる者達の全てがようやく この場に揃ったことになる。

 そして、改めてエルンストによる宣言がなされる。


 ――――― 女王試験が開始された瞬間であった。



「それにしても・・・驚いたよね。ホンっトにそっくりなんだからさ」

 机の隅に積み上げられた書籍を視線で物色しながらオリヴィエがそう言った。

「あー、確かに似てますよねー。私なんかは女性の髪型が変わっただけで別人かと思ってしまったり するような・・・あなたに言わせると、かなりニブい部類の人間なんでしょうが・・・ そんな私でも本当にそっくりだと思いましたよー」
「まあ、ランディが泡くっちゃうってのもわからなくもないけどね」

 ルヴァの手にしようとしていた本を横から取り上げながら、オリヴィエはそう言いながら 軽やかに笑った。

「あ、執務中ですよ・・・返してください」

 そう、既に女王候補達の紹介を終え、彼らは通常の執務に戻っているのだあった。
 今回の急な女王試験の件といい、宇宙が未だ不安定な件といい、王立研究院と共に様々な 研究・調査に携わっているルヴァには他の守護聖と同じ通常執務以外の仕事も山積みになって いるのである。

「ふうん・・・謎の球体ねぇ・・・なんでまた、今回の試験はこんな意味不明な試験になった・・・ ってわけ?」

 話をはぐらかすように、ページを捲りながらオリヴィエは問うた。

 前日のエルンストからも簡単な説明を受けてはいたのだが、今回の女王試験は通例のものとは 異なり、『謎の球体』を育成すること・・・なのである。
 長い宇宙の歴史上、異例な形の試験を執り行ったことは幾度かあったと記録に残ってはいるが、 当然、オリヴィエ達守護聖もこのような形の試験は聞いたことがなかったのである。

「この辺りについては、全て陛下の意向なので、我々の関知するところではありませんから・・・ それに、エルンストからも説明があった通り、この球体を育成することが試験の最終目的では ありませんし・・・」
「・・・やっぱり、何か知ってる・・・って顔だね」

 ルヴァが言い終えるなり、オリヴィエはそう言って彼の顔を覗き込む。
 咄嗟にルヴァの瞳に困惑の色が浮かんだ。

「キャハハハ、冗談だって。ちょーっとカマかけてみようかと思ったんだけど、見事に引っかかって くれちゃったね。・・・ま、今のはナシ・・・ってことにしておいてあげる」

 大袈裟な仕草を交えて笑いながら、オリヴィエは手に持ったままの本を持ち主に返す。

「そのかわりさ・・・ちょーっと聞きたいことがあるんだけど」
「あー、やっぱりそうきましたか・・・」

 ルヴァは大きく溜息をついた。

「・・・あなたが、私のところを訪ねて来る理由には、何かしらの傾向が ありますからねー」
「なぁんだ。先に読んでいた・・・ってわけか。なら話は早いや」

 身を翻すように向き直ると、再び彼はルヴァの顔を覗き込む。

「じゃあ、ズバリ聞くけど・・・あの、リモージュって子、何者?」

 その瞬間、ルヴァは怪訝な表情を浮かべる。

「何者・・・って、言われましてもねー。王立研究院の研究員達のデータは私共の管理下には ありませんから・・・」

 そう言いながらも、彼は束ねてあった種類に目を落とす。

「ああ、・・・でも、ありましたよ。試験助手のプロフィールが。えーと・・・彼女が王立 研究院下の養成機関に所属したのは一般教育課程を終えてからのようですねー。研究院付属の大学を 出て2年目の22歳ですか。あ、飛び級で1年早くに大学に入学したので実地経験を1年積んでいる のに22歳なんですねー、なるほど」

 1人で資料を読み上げながら、1人で納得しているルヴァに対して、オリヴィエは 顔を引きつらせる。

「誰がそんなことを聞いたって? そんな資料なら、私のとこにも来ているよ」
「あー、そうですか? それなら一体・・・」

 今度はオリヴィエの方が大きな溜息を付く。

「偶然にしては出来すぎてるとか思わないかい? 前の女王試験が終わって間もない・・・ってのに、 今度の女王試験に合わせて前の女王候補と瓜二つの女の子が派遣されてくる・・・なんて。 しかも、名前も同じ『リモージュ』なんだよ?」

 ルヴァは、暫し考え込むかのような間を取る。

「助手の選抜には他意はないと聞いてます。元々聖地に務めている者だと、思わぬところから 情報が漏洩したり、他の研究員に怪しまれたりする恐れもありますから、たまたまこの時期に 聖地の研究院へと移動になった者を採用する形のなった・・・との話ですが・・・まあ、当然 でしょうねー。前の試験のように飛空都市という特殊な空間での試験というわけでは ありませんから」

 ここで彼は静かに息をつき、そして考えを巡らせながらゆっくりと話を続けた。

「確かに・・・同じ家名だとでもいうのなら、彼女達に何らかの血のつながりがあるとも 考えられますが、王立研究院はもちろん、聖地の任に携わるものは例外なく家名を捨てることに なっていますし・・・先ほどランディにも言いましたが、リモージュという名は一部の惑星では 普通に使われているものなんですよー」
「そりゃわかっているけど、それにしたって・・・」

 言いかけたオリヴィエの顔を、今度はルヴァの方が覗き込む。

 ちなみに、ルヴァの言う『家名を捨てる』という表現は、正確にいうと正しいものではない。
 確かに守護聖やその他の一部の者達に関しては聖地にて任につく際に、文字通り『家名を捨てる』 ことで、俗世間からその身を完全に切り離すことになっている。
 当然それと同じことは、女王に対しても言えるわけであるが・・・
 一方、王立研究院や図書館等の各施設、また宮殿や各惑星に設けられた女王直轄の施設に 務める者の大半は、『一時的に家名を捨てる』のである。
 言い換えると、『家名を伏せる』の方が的確な表現かもしれない。
 先にも述べたが、聖地内は他の惑星とは異なる時間の流れの中に存在する。
 聖地での数年の任期を終え、故郷の惑星に戻った頃には、信じられないほどの長い年月が 流れており、場合によっては、家族との再会すらも叶わないのである。
 聖地に務めることは大変名誉あることであるが、同時にそれ相当の覚悟が必要な ことでもあるのだ。
 『家名を捨てる』ことは、その決意の表れ・・・とも言われているが、今では単なる慣習と して、聖地以外の土地の研究院等の女王直轄の施設に務める者も同様に『姓』を使わず『名』のみを 使う。
 別の説として、家名を捨てた守護聖達の側に仕える者が家名を名のること自体が大変失礼な ことであると考えられたため、そのような慣習が生まれたとも言われているが、どちらが 本来の謂れなのかは定かではない。

「もしかしてオリヴィエ。あなたは、それだけのことを私に言うために、出向いてきたとでも いうのですか?」
「・・・まさか。私には全然関係ないことだからね。あのリモージュ って子が単なる他人の空似だろうと、仮に従姉妹や姉妹だろうと・・・私にとっては、 どーだっていいことだよ」

 両手を軽く振って見せながら、彼はそう答える。

「でもさ、ランディ達お子様組はもちろん、私達やあんた・・・もしかしたら、あのジュリアス だろうと、あの子のことを、ついつい『アンジェリーク』って呼びかねないんじゃないかと 思わない?」
「そうですねー。確かにそれほどまでに似ていますから・・・新しい女王候補の名前も 同じ『アンジェリーク』ですし、若干の混乱は予想されますねー。一応本人とエルンストの方には その旨伝えておいた方が良いかもしれませんね」

 言いながら、手元の資料に視線を戻す。

「ま、じゃあ、そっちの方はあんたに任せたよ☆ 私は用もないのにわざわざ王立研究院に 顔を出す柄じゃないからね」

 オリヴィエは、髪をかきあげながらそのまま背を向ける。

「それとさ・・・こっから先は、あくまでも私のお節介なんだけど・・・」

 足だけ止めて言葉を区切る。

「 ――――― このことは、陛下は知ってるわけ?」

 背を向けたままそう問うたオリヴィエに、ルヴァは何の返事も返さなかった ―――――





『翼が消えた天使』 第一部 第六話に続く・・・

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あとがき・・・


 えーと、2話同時UPの2話目の話です。

 さて・・・と。
 次の話では、更に話が核心に近づく予定です。
 ・・・が、コレット達もちゃんとした形で登場させなきゃならないですよねー。
 うーん・・・どっちを優先させるべきか・・・(悩)





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