『翼が消えた天使』 第一部






第四話 『3人の試験助手』



「・・・アニエスか・・・今までの研究員とはまた違うタイプのレディだな」

 王立研究院から宮殿の執務室へと戻る途上のことである。

「オスカー様・・・またそれですか?」

 呆れたように、というよりは、単なる相槌のような口調でランディが返す。
 一旦私邸へと戻った者やそのまま研究院内に留まった守護聖もいたが、大半の者は 彼ら2人より先に執務室へと戻っているはずだ。
 研究院から宮殿まではさほど離れてはいないため、このように会話しながらであれば、 すぐに辿り着いてしまう。

「本来でしたら、明日から数箇所の惑星を極秘に視察に行く予定になっていたんですけど・・・ やっぱり試験が最優先でしょうねぇ」

 宮殿内部の執務室へと続く廊下に入って、他の者の気配がなくなったのを確認してからランディは そう問うた。

「まあ、そうなるだろうがな・・・ただ、通常の執務を疎かにするわけにもいかんだろう。 その視察は、どうしてもお前が行かなくてはならないものなのか?」
「いえ・・・最終的には出向く必要があるかもしれませんけど、代理に誰かを向かわせても 問題はないと思います。あとで研究院の誰かか執務秘書の人にでも・・・」

 ランディは言葉を区切る。

「・・・どうした?」
「いえ・・・今、オスカー様の執務室の方に誰か入っていったような・・・」
「ああ、そうか・・・こんな時間に誰か訪ねて来る用はなかったはずだがな」

 彼等からの距離はかなり離れているため、今の会話が聞かれていたとは到底思えないが、 それでも2人は押し黙ってしまう。

「・・・あ、オスカー様、前にお願いしていた惑星の資料、貸していただけませんか?」

 あまりにも無言なのも不自然と感じたのだろう。

「そう・・・だな。後で誰かに届けさせよう」
「いえ、それも何なので・・・今お伺いしても?」

 別にどうしても資料が欲しいわけではない。
 強いていえば、先刻オスカーの部屋へと入っていった『何者か』が気になるのであろう。単なる 好奇心の延長上のものだ。
 オスカーとしても、その辺を察したのか適当な言葉で了解の意を示す。

「・・・・・・」

 部屋の主であるのだから当然のことではあるが、オスカーは声もノックもかけずに執務室のドアを 開いた。
 ランディも見知った女性秘書が2人に目礼する。

「オスカー様、王立研究院の方がみえてますが・・・」
「研究院? 今、出向いたばかりだが・・・?」
「研究主任からの書状をお持ちだったので、お通ししましたが・・・ よろしかったでしょうか?」
「ああ、そういうことか・・・それなら一向に構わん」

 オスカーに続き、ランディも中へと入る。

「あんたも、エルンストの助手の1人か?」

 まずは秘書達を外に出し、執務室の机上に書類の束を乱雑に置きながら、 オスカーは来客にそう問いかけた。
 その来客は静かに秘書から勧められたと思われる椅子から立ち上がり、丁寧に頭を垂れる。

「・・・留守中に失礼いたしました。すぐにお戻りになるとお聞きしましたので、 勝手ながら待たせていただいておりました」

 その仕草と同じく、言葉遣いも非常に丁寧なものである。
 ・・・とはいえ、守護聖に大して話しかけるものの言葉遣いは、女王や他の守護聖以外の者で あれば例外なく丁寧であるべきなのであろうが、そういった他の者達と比べても、非常に印象に 残るほど落ち着き払った丁寧な声であった。

「ああ、それは構わんが・・・ちょっと急ぎの仕事が入っているんでね。挨拶だけなら さっさと済ませてもらえないか」

 いつになく素っ気無い口調 ―――――

 これも仕方あるまい・・・と、ランディは苦笑したいところを何とか噛みしめる。

 なんせ、目の前にいるのは、先刻研究院内の会議室で紹介された黒髪の美女・アニエスと同じく、 一部の特殊な任務を持った者や上級の研究員のみに許されていた通常の研究員の制服とは 若干異なるデザインの衣服を身に着けていたものの、彼女とは非常に 対照的な、銀色と称すべきか・・・光の加減によっては微妙で不思議な色の髪を持つ、見た目の 年の頃はオスカーと同年代か、それとも若干年上ではないかと思われる・・・『男性』だった からである。

「それは失礼いたしました。では御挨拶だけ・・・私、今回の女王試験にあたって、守護聖様方と 研究院との連絡係兼執務のサポートを勤めさせていただきます・・・ロイと申します。表向きは 首座の守護聖ジュリアス様の元に、臨時に研究院から派遣された秘書ということになって おります」

 丁寧すぎるかのような口調は変わらない。

「・・・なんだ、女王陛下付の助手がアニエスのような美女だった・・・ってのに、 守護聖付の方は男だとはな・・・」
「人事はエルンスト主任に任されております」

 オスカーの冗談じみた皮肉にも、表情1つ変えない。

「・・・で、具体的には何をしてくれるんだ?」
「申し上げました通り、基本任務は研究院と守護聖様方との連絡係ですが、守護聖様方が試験を 執り行うために滞ると思われる通常執務のお手伝いや代行をさせていただきます。何なりとお申し 付けください」

 人には悟られない程度ではあったが、オスカーはかすかに顔をしかめた。

 守護聖の通常任務を易々と肩代わりできるものではないことくらい、エルンストも承知している はずである。
 単なる連絡係というのならまだしも、このような新入りに、守護聖の仕事の代行が務まるはずも ないのは明らかなことだ。

「あ、ちょうど良かった。それなら・・・お願いしてもいいですか?」

 今まで後ろで様子を伺っていたランディがそう声をかけた。

「貴方様は・・・風の守護聖ランディ様ですね? これから御挨拶に伺うつもりでした。 他の守護聖様の執務室内での御挨拶になってしまったことをお詫びいたします」

 オスカーに接するのと同じく、至極丁寧な口調。

「いや・・・そんなことは別にいいんですけど・・・明日は時間、空いてますか?」
「明日は研究院で女王候補や協力者様達をお迎えする予定になっておりますが、私の直接の任務とは 関わりがありません。何か御用があるのでしたら、そちらを優先させますが・・・」

 今度は明らかにオスカーは顔をしかめていた。
 確かに女王試験の実施自体がふせられている以上、秘書や他の研究員に突然の 執務の代行を命ずるのは不自然なことであるから、事情を知っている研究員の存在はある意味 ありがたいものでもあるのだが、所詮たった一人の新入りに過ぎないのである。

「じゃあ、頼んじゃおうかな・・・あのですね・・・」

 いいながら、ランディは自らの持つ書類に目を落とす。
 ・・・が、手に持った書類は先刻王立研究院で配られた女王試験に関わる外部に洩れても 差し障りのない資料ばかりである。

「あ・・・あれ?」

 慌ててランディは、書類を乱暴にめくりだす。
 どうやら、最初から他の書類は持っていなかったことを忘れていたようだ。

「寒冷気候の惑星において、風のサクリアの影響力が安定しない件の調査ですね? そのスケジュール については存じ上げております」
「・・・あ、そうですか。なら話は早い・・・」
「かしこまりました。少しでも試験のお役に立てるよう、早速調査に向かいます」

 全く躊躇することもなく、ロイと名のった研究員は即答する。

「じゃあ、ロイさん。お願いします」
「はい。お任せください。それと・・・」

 言い難そうにというよりは単なる言葉の『間』としてのように、彼は言葉を区切る。

「・・・はい?」
「貴方様が守護聖様である以上、私のことは『ロイ』とお呼びください。こちらが守護聖様を 敬う立場であるのですから、そのように畏まってお話くださる必要もありません」

 言うことはもっともなのであるが、ランディも、そしてオスカーも一瞬絶句する。

「あ・・・そ、そうだな。じゃあ、ロイ・・・頼んだよ」

 僅かに声を引きつらせ、ランディはそう答えた。

 深々と一礼して、執務室からロイが去ったのを確認してから、 ランディは大きく息をついた。

「・・・なんか、緊張しますね。あの人と話すと」
「ああ・・・そうかもしれないな」

 思考を巡らせるかのような仕草をしながらオスカーが答える。

「 ――――― 理由はわからんが・・・どうも気に入らない」

 ランディにというよりは、自分自身に対して、彼はそう呟いた。



 翌日 ―――――

 それぞれの守護聖の元に研究院からの伝言が届けられた。
 予定通りその日の正午に試験の協力者達と新たな女王候補を迎える旨を 認めたものである。

「・・・てっきり昨日のロイ・・・って人が来るんだと思っていたけど、別の人だったね」

 エルンストからの書状を持ってきたのは、普段から王立研究院内で雑用などを務めている 新人研究員であった。
 当然彼は、女王試験のことは知らされていないのだろう。

「ああ、なんでもアイツは、ランディの代わりにどこかへ出向く・・・って聞いたぜ。 ま、別にどーでもいいけどな」
「そうなの? そういえば、ランディ、今日から惑星の視察に行く予定だったよね。てっきり もう行っちゃったと思ってた」

 マルセルがそう言うのも当然のことであった。
 前日とは打って変わって『会議室』という外観から女王陛下との謁見の間を簡素にしたかの ように美しく整えられていた研究院内のその一室には、他の全ての守護聖が集っているにも かかわらず、そのランディの姿が見当たらないのである。

「どーせ、また寝坊だろ。最近たるんでるんだよな・・・アイツ」

 少し前なら、ゼフェルの方がランディにそう言われるのが常であったのだが、確かに最近の ランディは、時々ではあったが以前のような覇気が感じられないことが あるのにマルセルも気がついていた。
 それにしても、まもなく昼になるというような時間なのである。

「皆様、お揃いでしょうか」

 ノックと同時に扉が開かれ、エルンストとアニエスが入ってきた。

「まだ・・・ランディが」
「・・・ランディ様がまだ見えていないようだが・・・」

 エルンストは小声でアニエスにそう言った。

「先ほど、執務室と私邸の方へ再度遣いを出しておきました。間もなく・・・」

 アニエスがそう言いかけたときである。

「すいません! 遅くなりました!!」

 部屋に入るか否かそう叫んだのは、もちろんランディであった。

「・・・ランディ、このような大切な場に遅れてくるのは感心しませんね」

 意外にも彼を真っ先にたしなめたのは、リュミエールであった。

「あ・・・はい。申し訳ありません」

 当のランディは素直に頭を下げる。
 何か言いたげであったジュリアスであったが、そのまま口を噤んでしまった。

 ジュリアスがリュミエールに意見することは滅多にないことである。
 特に親しくしているわけでもなく、むしろその逆であるとも言えたのだが、彼はジュリアスの 非の付け所のないほどに真面目に執務をこなし、その守護聖としての心構えも考えも、決して ジュリアスの理想とするものに劣るものではないということをジュリアス自身も認めている。
 また、それとは別に、元来彼の持つ穏やかな雰囲気と物腰が、それ以上のことをとやかく言うこと 自体が野暮で無意味なことのように感じさせてしまったためでもあろう。
 それが自身でわかっていたためなのか、リュミエールは自らが真っ先にランディを叱ることで、 場をあっさりと治めてしまったのである。

「それでは、守護聖様方が全員揃われたようですので・・・アニエス」
「はい。此度の試験の教官・協力者の方達を御案内いたします」

 言い終えると、アニエスは一礼して一旦部屋を出る。

「あれ・・・? ランディ、マントの止め具が取れちゃってるよ」
「え・・・? あ、ああ・・・ホントだ」

 マルセルの一言に、ランディが驚きの声をあげる。

「さっきまでは付いてたんだけど・・・きっとそこの廊下で落としたんだ」

 『廊下で』と限定するということは、恐らくランディは、研究院の廊下を歩きながらか、 または走りながら身支度を整えてきたということだろう。

「あ、すみません。すぐ戻るんで、いいですか?」

 エルンストの返事も待たずに、ランディは今入ってきたばかりの扉に手を伸ばす。

「・・・・・・?」

 その瞬間、扉は外側から小さくノックされ、そのまま遠慮がちに小さく開けられた。

「主任。女王候補が到着されました。一旦応接室にお通ししましたが、 いかがいたしますか?」
「そうですか。先に教官の方達をお招きする予定なので、そのまま少し待ってもらいなさい。 それと・・・」

 慌てて場所を空けたランディに代わり、エルンストは扉の前に歩み寄りながらそう答える。

「紹介が遅くなりましたが、守護聖様達にもう1人の試験の助手を紹介しておきましょう」

 扉を背にするように向きを変え、エルンストはそう言うと、扉の向こうの研究員に中に入るよう 促した。
 ほんの僅かな間があったものの、すぐに扉は大きく開き、 静かにその研究員は室内に歩み入った。
 そして、今までの遠慮がちな小さな声とは対照的な、明朗かつ非常に耳に心地良い声で、 こう挨拶の言葉を述べる。

「・・・はじめまして。女王候補のお二人の補佐をいたします、研究助手の リモージュと申します」





『翼が消えた天使』 第一部 第五話に続く・・・

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あとがき・・・


 さて・・・ようやく話が本題に入ってきましたが・・・
 ちょっと、中途半端な終わり方しちゃってますので、 なんと今回は2話同時UPしちゃってます。
 ・・・珍しいね。あじ。

 その理由はもう1つありまして・・・
 実は、この話をUP当時、読者アンケートのようなものをやっておりまして・・・そのための 2話UPだったわけです。
 今は、アンケートの方は締め切っておりますので御了承ください。
 御要望等につきましては、メールにてお送りいただければ、 今後の参考に致しますのでどうぞ☆





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