『翼が消えた天使』 第一部






第三話 『女王試験』



 会議室に通されてほどなくして、ノックと共に知的な雰囲気を漂わせるメガネの青年が 彼らの前に現れた。

「はじめまして。守護聖様方をお呼びたてするような形になってしまい申し訳なく思います」

 言いながら、彼は全員の顔を見回して一礼をする。
 初めて聖地にやってきて、初めて守護聖達と顔を合わせたことを考えると、かなり度胸の据わった 人物なのかもしれない。

「私、此度の移動で聖地の王立研究院の主任研究員に任命されました、エルンストと申します。以後 お見知りおきを」

 相手に媚びることのない、至極事務的な口調。
 ある意味、この聖地での研究院の職務をこなすためには、相応しい人材であるかに思われた。
 時には、相手が守護聖であるということに萎縮してしまい、自らの意見を述べることはもちろん、 充分な研究結果も残せずに任期を終えて立ち去っていく者も少なくはない。

「えーと、ですねー。とりあえずは自己紹介でも・・・」

 場を仕切ることは苦手であるはずのルヴァがそう持ちかける。
 彼としては新しい主任研究員に気を使っているのであろうが・・・

「いえ、赴任の際に守護聖様方についての資料は拝見いたしましたので」

 女王や守護聖を偶像的に信仰・崇拝する文化をもった星も多いため、守護聖の顔写真はもとより 写実的な肖像画なども聖地の外に公開されることは皆無に等しい。
 ということはつまり、例え主任研究院の座にあろうとも予め守護聖の顔を知っておくことは 不可能なことであるはずなのだが、エルンストの洞察力はルヴァの想像を越えていたようだった。
 エルンストがいかに優秀な男であったとしても、所詮は普通の人間。
 守護聖のサクリアを感じることでそれを判断できるはずはない。
 つまりは、守護聖各々が身に付けている執務服から、全員の名を判断したのである。
 公式の衣装として使われる執務服は、予め誰かが定めたものではなく、守護聖本人が自らに合わせて 新たに作らせるのが通例となっており、そのほとんどが出身の惑星・民族の文化を色濃く出した 衣装となる場合が多い。

 一瞥でその判断を下したエルンストにとって、ルヴァの気遣いは無用の物であったらしい。
 さすがは優秀な主任である、といえる状況でもあったが、 この様に事務的過ぎるのもどのようなものか・・・

「早速ですが、まず・・・この度の女王試験につきましては、この研究院の者も女王陛下の住まう 宮殿の勤務に携わる者も含めて、一切が伏せられていることを御理解ください。あくまでも異例の 試験ということで話を進めさせていただきます」

 言いながらエルンストは、手元のスイッチでモニターの電源を入れ、次々に画面を切り替えながら 説明を続けていく。

「試験のことを知っているのは、ここにいる我々と、女王陛下と補佐官様、一部の側近の女官に ・・・あとはこの研究院の中で私の助手を務めてもらう数名だけとなります。助手につきましては 後ほど紹介いたしますので、今後何かありましたらその者達にお願いいたします。また・・・ 他に数名、女王陛下の命で、協力者という形で試験の補佐をしていただける方を 聖地にお招きしております」

「そう言えば、ジュリアスもさっきそんなこと言ってたよね。試験の協力者・・・って どういうことさ」

 オリヴィエが口を挟む。

「前の試験は飛空都市をその場として行った故、その環境は試験に相応しいものにあった。だが、 此度の試験は我々も新たな女王候補も聖地に留まったまま執り行われることになっている。 その辺を配慮したものだと聞いている」
「ジュリアス様の仰る通りです。また、それとは別に女王候補を養成するための・・・『教官』と でも位置付けておきましょうか。その教官として3人の有識者に協力を仰いであります」

 話は、再びエルンストが続けた。

「教官? 前の試験の時にはそんなのなかったけど・・・」

 遠慮がちにマルセルが問う。

「はい。もちろんこの度の試験が異例なものであるという例外性からかもしれませんが、新たな女王 候補は2人とも特別な女王教育を受けたものではないのです」
「当然だろうな。前の試験が執り行われてから1年程しか経っていない。女王教育をする 養成機関はいくつかあるだろうが、それに間に合うものでもないだろう」

 オスカーが続けた。

「・・・他にも陛下のお考えはあるようなのですが、今の段階では、特別な教育を受けていない2人の 女王候補へのお優しい配慮・・・と、理解しておくことにいたしましょう」

 エルンストは、各々に資料を配り、自らもモニターを用いて新たな 試験の方法等についてを簡単に説明した。

「陛下の御意向では、謁見の間にて自ら試験の宣誓をされ、新たな女王候補を招き入れたい・・・との ことだったのですが、現状から考えて、陛下にそのような余裕はあられません」


 先代の女王の時代、いや先々代の時代から既に、その宇宙の命に限界が訪れつつあること は明らかであった。
 宇宙の至る所で調和がみだれ、次元に綻びが生じ、宇宙そのものの存在自体が危うくなってきた時、 当時の女王のサクリアにも限界が訪れた。

 現女王を選出する試験が執り行われたのは、そんな時であった。

 試験は滞りなく・・・と、言って良い形で終了した。
 前女王は自らの最後の力を使い、崩壊しつつある宇宙から星々を全て移動させた上で その空間を閉鎖した。
 そして新たな女王の下、新たな宇宙においての新たな時代が訪れ、ようやく聖地にも 落ち着きが見られるようになってきた。

 だが、それは表面上のことであって、現宇宙は・・・お世辞にも安泰と言えるような 状況ではないのが現状であった。

 女王のサクリア自体に何らかの問題があるわけでもなく、新たな宇宙として選ばれた空間に それがあるわけでもない。
 だがしかし、俗な言い方にはなるが、女王のサクリアとこの空間との相性が悪いとしか言いようの ないくらいに、新たな宇宙の育成は困難を極めていたのである。
 決して、以前の状態より悪化はさせていないものの、星々と宇宙とを支えるのが精一杯で、 その他の雑多的な執務は全て滞り、守護聖達であっても謁見できる時間を取れることは ほとんどないのが現状なのである。

 現女王は、崩壊寸前の宇宙を支えていた前女王とほとんど変わりない激務を こなしているのである。

 「したがって、この度の試験については、王立研究院・・・すなわち私に、一任されております。 外部には極秘である以上、試験に関わる一切の研究資料は全てこの会議室内に保管し、ホスト コンピューターとも分断させております。ですから、守護聖様方もそのおつもりで・・・」

 新たに招く『教官』を含む協力者達は、公式上は新たな宇宙の可能性を模索するための『協力者』 として、王立研究院が招き入れることになっているという。
 そして、2人の女王候補達は研究院への実習生という肩書きになっているらしい。

「あ、でも・・・片方の候補は本当に王立研究院の養成機関出身なんですね。もう1人は・・・ またスモルニィの生徒か・・・」

 資料を眺めながらランディが呟いた。

「名前は・・・って、ええっ!?」

 突如の叫びに、守護聖達とエルンストの視線が彼に集まる。

「・・・ランディ・・・さっきから、どうかしてるよ」
「だってマルセル、女王候補の名前・・・アンジェリーク・・・って」

 ランディが先の女王試験の折、女王候補の1人でもある、アンジェリーク・リモージュに 密かに思いを抱いていたということは、マルセルに限らず大半の者がそれを知っていた。
 事実、先刻研究院の廊下で出会った新入りの研究員が彼女によく似ていたと呟き、放心状態に なってしまったばかりのことである。

「アンジェリーク・コレット・・・スモルニィ学院の一般クラスの生徒ですが・・・ 彼女が何か?」

 資料に不備でもあったのかと、エルンストは訝しげな表情を浮かべた。

「あー、ランディ。アンジェリークという名前は、主星をはじめ多くの星々では一般的に良く見られる 女性の名前です。驚くのも無理はありませんが、あまり・・・」
「・・・ったく、紛らわしいったらねーよな。先代の女王の名前も同じだったんだろ?」

 ルヴァの言葉を掻き消すようにゼフェルが毒づいた。

 彼の言う通り、先代の女王の名も『アンジェリーク』といった。
 即位の後は、その名で呼ばれることは皆無であるためか、実際ゼフェルが先の女王試験で 紛らわしい思いをしたことはなかったものの、先々代の女王の時代からの守護聖で、すなわち 先代女王の女王試験に立ち会ったことのある守護生達にとっては、 まさしくその通りであったことだろう。

 ただ、アンジェリークという名が、世間で一般的に使われているということも事実で、 特に先代女王の名であったためもあり、それにあやかって 名付けられた者も数え切れないはずである。
 むろん、当代はもちろん以前の女王の名も、世間一般に公開はされているわけではないが、 女王を輩出した一族は、周囲の者からも敬われるほど他の何物にも変えがたい名誉を手に入れる ことになる。
 結果、守護聖の場合と同じく女王の出身に関わる情報が公にされることはなくとも、名前程度の 情報であれば、世間一般に 知れ渡ってしまうことはそれほど珍しいことではないのである。
 現に、何代か前のことであるが、当時では比較的珍しい名の女王が誕生したことがあった らしいのだが、その後数十年の間に、その名は主星での一般的な女性の名として定着することと なった・・・というケースもあるくらいだ。

「ランディ様、話を続けさせていただいても構いませんか?」

 言いながら、エルンストはモニターの画面を切り替える。

「話が飛びましたが・・・」

 エルンストがそう言いかけた時である。

「 ――――― !」

 会議室の扉の外から軽くノックの音が聞こえた。

「会議中失礼します。主任・・・」

 守護聖の側からでは扉の陰になって姿は見えないものの、どうやら女性の声である。

「・・・・・・」
「・・・わかった。そのまま続けるように。その前に・・・守護聖様方に紹介しておこう。中に 入りなさい」

 廊下の外の女性にそう言うと、エルンストは向き直る。

「紹介いたします。本日付で配属されました新任研究員のアニエスです」

 エルンストが言うと同時に室内に入ってきた女性は、美しい黒髪を結い上げた 理知的な女性であった。

「アニエスです。専門は機械工学やコンピューター関連なのですが、この度の試験では 女王陛下と補佐官様のサポート役としてお手伝いさせていただきます。表向きは、宮殿と研究院とを 結ぶコンピューター回線の管理を任されていることになっています。守護聖様方の執務とは 関連のない部署ですが試験に関する職務は最優先事項となっておりますので、何かありましたら 何なりとお申し付けください」

 例え王立研究院に所属する研究員であっても、守護聖と直に話をする機会に恵まれる者は 数少ない。
 ここ聖地に勤める研究員達であれば、必然的にその機会は増えるわけであるが、先刻の 廊下でのランディとマルセルの会話からもわかる通り、研究員達にとって守護聖は決して 身近な存在ではないのである。

 だが、このアニエスと名乗った女性は、そんな守護聖達を前にして全く気後れすることもなく、 流暢にそう言ってのけた。

「たった今、コンピューターのメンテナンスを装って、聖地の時間の流れを通常空間のものと同じ 速度に変更いたしました」

 そう言いながら、エルンストはモニターのスイッチを切る。
 つまり、女王候補を迎え入れる体制は全て整ったということである。

「・・・メンテナンスの最中に、新しい宇宙の育成を妨げる原因が判明したということにします。 数日中以内にその調査のため、そのままの時間の流れを維持するよう女王陛下より直々の命が下った という発表を行いますが、これは女王試験を極秘裏に行うためのカムフラージュですので、 御了解ください」

 アニエスがそう続けた。

「私の他にも2人ほど試験の補佐をさせていただく研究員がおりますが、後ほど直接御挨拶に 伺うことになっております」
「本来でしたら、他の協力者の方々もこの場で紹介いたしたく思っていたのですが、なにぶん 準備不足でして到着が遅れております」

 前日夜に突然決まった試験である。
 当然といえば当然のことかもしれないが、この慌しさは尋常ではない。

「女王候補達と同様に、明日の正午までには聖地に到着する予定です。紹介はその時に改めて いたしますので、本日はこれにてお引き取りいただいて結構です」

 深々と、それでいて事務的にエルンストが頭を下げる。

「明日のことについては、決定いたしましたら遣いを出しますので・・・」
「エルンスト」

 締め括りの言葉を言いかけたエルンストをジュリアスが制した。

「そなたは、女王陛下より此度の試験の一切を任されている」
「・・・はい。その通りです」

 臆する表情も見せずに、エルンストは答えた。

「肝心の女王候補が到着していないとはいえ、聖地の時間の流れを通常空間のものと同じにした 以上、試験は既に始まっていることになるといえるな」
「仰る通りです」
「・・・では、試験開始の宣言を」

 ジュリアスのその言葉に、エルンストは小さく頷いた。


「 ――――― 女王陛下の名の元、これより女王試験を開始いたします」





『翼が消えた天使』 第一部 第四話に続く・・・

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あとがき・・・


 一応、小説の舞台は『2』なので(でも『2』小説じゃないけど・・・)できるだけ、設定等は 『2』に忠実にやっていこうと考えているのですが・・・ストーリー上、変更された点もありますので 御了承ください。

 そして、オリジナルキャラのアニエス。
 ゲームの方でも由羅カイリ先生のコミックスの方でもそうですが、聖地等作品の舞台には 主人公や守護生達意外にも大勢の人々が生活しているわけで・・・まあ、ストーリー展開上 誰も出てこないのはおかしいわけですよね。
 せっかく出てくるんですから、名前を付けてあげました。
 せっかく名前を付けたんだから、これからもそれなりに活躍していただこうかと 思っています。

 ・・・って、主人公が出てこない・・・(汗)  





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