『翼が消えた天使』 第一部






第二話 『金の髪の・・・』



「遅いぞ。お前達」

 2人が女王陛下の待つ謁見の間に入るなりそう言ったのは、 強さを与える炎の守護聖オスカー。

「まあ・・・此度の召集は突然のことであったことも事実。 取り立てて注意を促すことでもないであろう」

 意外にも、それをとりなしたのは首座の守護聖でもあるジュリアス。誇りを与える光の守護聖で あった。

「珍しいこともあるもんだね。ま、こんな朝早くの急な呼び出しの方が珍しい大事件 なんだろうけどさ。あんた達は知ってたんだろ? こっちにも昨日の内に教えてくれたって 良かったんじゃないの?」
「あー、昨日の段階では情報が足りなかったんですよー。私も王立研究院からの突然の 連絡が入ったのは、深夜のことでしてねー」

 ジュリアスに横槍を入れたのは、美しさをもたらす夢の守護聖のオリヴィエ。
 それに答えたのは知恵を与える地の守護聖ルヴァであった。

「なんだよ。やっぱりルヴァも知ってやがったのかよ・・・」

 不機嫌さをそのまま言葉に表したかのように声を漏らしたのはゼフェル。

「ゼフェル・・・私もこの件については先刻知らされたばかりなのです。それほど緊急事態なのだと いうことで、機嫌を直してはいただけませんか?」
「ちょっとちょっと、リュミエール! 何か物分りの良さそうなこと言っちゃってるけどさ、 実のところ私もちょーっと納得いってないんだよね。いくら緊急事態とは言っても、昨日の段階で そこそこはわかっていたことみたいだし、それならもうちょっと早く連絡くれたって良かったんじゃ ないの?・・・ってね」

 優しさをもたらす水の守護聖リュミエールに、オリヴィエは話の矛先を向ける。

「あー、すみませんねー。別に隠していたわけではないので、本当に気を悪くしないで頂きたいん ですが・・・」
「別にルヴァに対してどーこー言いたいわけじゃないよ。仮にもあんたは知恵の守護聖・・・私達の ブレーンでもあるわけだから、先に連絡があって当然」

 リュミエールからルヴァへと視線を移したオリヴィエは、 そのまま視線をさらに別の人物へと向けた。

「つまりは・・・私に何か意見があるとでも言いたげだな」

 視線の先のジュリアスはそう言った。

「まぁね。別にあんたのすることにとやかく言う趣味なんてないんだけどさ。あんたは当然、首座の 守護聖ってことになってるわけだし、真っ先に連絡が来るものなんだろうけどさ・・・私が気に 入らないのはルヴァ以外の守護聖に対して平等に連絡しなかった・・・って件」
「オリヴィエ・・・おやめなさい」

 リュミエールが間に入ろうとするものの、彼の言葉は止まらなかった。

「それってさ、なーんか、私達が守護聖として信頼されていない・・・って感じにとれちゃうん だよね。ま、別に私としては自分の仕事だけしっかりこなしていれば全然問題ないわけだし、 『信頼』なんてものは形に見えるものなんかじゃないから、それにこだわるつもりも 毛頭ないんだけどさ・・・ただ、それを露骨にやられるのって、誰だって気分の悪いこと じゃないかって思うわけ」

 言い終えた際に、オリヴィエの視線が一瞬ゼフェルに向いたことに 当然彼も気が付いていた。

「ベ、別に俺はそんなつもりで言ったんじゃねーぞ」

 視線を皆の輪の外に向けて、ゼフェルはそう呟いた。

「確かに、オリヴィエの言うことにも一理あるかも知れぬな。これからはもっと 気を配るようにしよう」
「そうですねー。先の女王試験や女王交代などのたくさんの試練を乗り越えて、若い守護生達も 目覚しく成長していることですし。これからは私もゼフェルを一人の守護聖として 信頼して色々相談していこうと思いますよー」
「だっ、だから別に俺はそんなつもりじゃ・・・」

 二度目の反論をしようとしたゼフェルであったが、 そのまま面倒臭げに口を噤んでしまった。

「てっきり、ジュリアスが何かとオスカーを特別扱いするのが面白くないんじゃないか・・・ って思ったからさ。どうやら余計なお世話だったみたいだね」

 今まで騒ぎを遠巻きに見ていたマルセル達の元へ足を運び、オリヴィエはそう言った。
 口ではそう言うものの、半ばその状況を楽しんでいたかのようにも見受けられる。

「オリヴィエ様は、本気で言ったわけじゃなかったんですか?」
「うーん。本気は本気だったよ。一般論としてはね。・・・私は私。他の連中と仲良く付き合うこと だって大切かもしれないけど、それだけにこだわるつもりなんてないからね。 そんなつまらないことで気持ちを荒立てるほど退屈はしてないんだ」

 声を立てて笑いながら、彼はそう答える。

「ああ、良かった。実は俺昨日の内に、偶然オスカー様のところで今回のこと・・・聞いちゃってた ものだから・・・」

 遠慮がちにランディがそう言いかける。

「な、なんだってぇ? ランディ、あんた私より先に知ってたっていうのかい? なんかそれ聞いて 無性に腹が立ってきた・・・!!」
「オ、オリヴィエさまっ! さっきと言ってることが矛盾してますっ!!」

 ランディを羽交い絞めにしてみるが、当然遊びの範疇である。
 適当にからかってすぐに開放するつもりではあったが、 彼の意志より先にそれを制する別の声がかかる。

「この様な早朝から呼び出されて来てみれば・・・この騒々しさは何事だ」
「あら、ずいぶんと早いお着きだね」

 結局そのままランディを解放し、オリヴィエが視線を向けた先には、安らぎをもたらす闇の守護聖 クラヴィスの姿があった。

「気は進まなかったが、そうも言っていられまい」

 オリヴィエ達には構いもせずに、そのまま奥へと歩を進めていく。
 恐らく彼自身、自らの水晶球を用いて、今回の事態についてある程度の予測は立てていたのかも しれないが、それについては何も語ろうとはしなかった。

「クラヴィス。ようやく来たか・・・それでは陛下にお取次ぎを」

 一人遅れて入ってきたクラヴィスの姿を横目で一瞥だけすると、ジュリアスは間の片隅に 控えていた女官にそう指示を出す。

 やがて、場の空気が変わった。

「朝早くの突然の呼び出し、申し訳ありませんでした」

 謁見の間を仕切る薄いカーテンの奥から、彼らにとっても聞きなれた声が響く。

「はっ。緊急事態とのことで、早急に召集をかけたのですが・・・」

 ジュリアスが目礼する。

「いえ、余計な段取りは省くことにしましょう。皆さんもすでに御存知のこととは思いますが、 この度突然なことではありますが、新たな女王試験を執り行うこととなりました」
「 ――――― 」

 話には聞いていたものの、直接女王の口から聞かされるのとは真実味そのものが違う。

「陛下・・・一体それはどういう・・・」

 オリヴィエの問いに、白い布の奥の影の主はゆっくりと首を振る。

「現時点では詳しいことは申し上げられません。ただ、異例な試験であることは事実。先の試験の ような型通りなものとは大きく異なるものとなります」
「此度の試験については、ルヴァと私とで早急に必要な手筈を整えた。そして、陛下の命で幾人かの 聖地外の人物を協力者として呼び寄せることにもなったのだ」

 補足するかのようにジュリアスが続ける。

「時がくれば、今回の試験の真意を語りましょう。それまでは何も聞かずに全力で 試験をサポートしていただきたいのです」

 女王陛下の命を断ることなどできはしない。
 居合わせた全員が、それぞれの思惑はどうであれ彼女に従う意思を示す。

「あー、それでは、皆さん申し訳ありませんが、一度王立研究院へとおいで願えないでしょうかー。 今回の試験を機に、今まで空位だった研究院主任のポストに新しい人材を登用したのです。彼から もう少し詳しい説明を聞くことができるはずなので」
「おい、ルヴァ。急に決まった試験だってのに、新しい主任を手配してるなんてずいぶん根回しが いいんじゃねーか」
「元々新しい主任については適任者を探していましたからねー。それに、こちらの時間では 昨日決まった急な試験でも、外の世界では少し時間に猶予があります。充分な準備や支度をして すでにこちらに出向いて来ているはずですよー」
「・・・あ」

 他の誰よりも聖地と外界の時間の隔たりを気にしていた時期があったというのに、ゼフェルは そのことについて考えてもいなかったらしい。
 ある意味、それだけこの聖地が彼の思考の中で、彼の居場所であり生活の場そのものであるような 形になりつつあったと言い換えることもできるのであろが・・・

「・・・では、参りましょうか」


 女王が住まい、守護聖達が執務を執り行うこの宮殿と、その機能を補佐する王立研究院は併設されて いると言い換えても良いくらいに、さほどの距離は離れていない。
 当然、研究院の者も、逆に守護聖を含めた宮殿の者も頻繁に互いを行き来するわけであるが、 さすがに守護聖全員が連れ立って移動する様など滅多に見ることのできるものでもなく、その光景は かなりの人目を引くようでもあった。

「な、なんか・・・俺達、ジロジロ見られてないか?」
「仕方ないよ、ランディ。ぼくだって聖地に来たばかりのころは、自分だって守護聖の卵だって いうのに他の守護聖をたった一人でも見かけた時には緊張しちゃったもん。・・・ それがこの人数だよ」

 遠巻きにその光景を気にかけている宮殿や研究院で働く者達の気持ちは良くわかる。
 それは答えたマルセルばかりではなく、恐らくは守護聖達の大半の者も以前に感じたことのある、 至極当たり前な反応なのであろう。

「・・・で、ルヴァ。その主任ってのはどこで待っているわけ?」
「さあ・・・とりあえず、会議用の奥の部屋へでも行ってみましょうか」
「おいおい。ちゃんと決めておけよ。こんな広い研究院の中をウロウロすんのかよ」
「困りましたねー。一般の研究員達には今回のことはまだ知らされていないんですよー。誰かに 聞くというわけにも・・・」

 一同はそれぞれ溜息をついた。

「別に余計なことは聞かずに、ただ新しい主任のところに案内だけしてもらえば いいんじゃないのか? その主任、名は何というんだ」
「あー、さすがはオスカーですねー。えーと・・・確か、 エルンスト。そう、エルンストですよー」

 軽く手を打ち鳴らしルヴァがそう答える。

「じゃ、じゃあ、俺が聞いてきます」

 そう言って、ランディは辺りを軽く見回した。
 なんとなくではあるが、遠巻きにこちらを気にしている連中には声をかけ難い。 警戒されているような気がして、かえって彼の方が気を使ってしまうのだ。

「あ・・・」

 ちょうど交差した通路の奥から、一束の書類を抱えた研究員が歩いてきた。

「・・・ちょっといいですか?」

 不意をつくような形でランディはその研究員に走りよりすかさず声をかけた。

「あの・・・今日赴任してきたという、エルンスト主任は、今・・・ どこにいるのかわかりますか?」

 守護聖が一般の研究員に対してこの様な改まった言葉遣いをする必要など全くないわけであるが、 この辺は彼の性格なのであろう。

「すみません。実はわたしも今日赴任したばかりなもので、まだ主任にはお会いしたことが ないんです。でも・・・多分研究室の方だと思いますので、 呼んで参りましょうか? それまで、奥の会議室でお待ちになってください」

 一般の研究員は皆同じ制服を身につけている。
 頭を包み込むような帽子もその制服の一部で、たまたまそれを深く被っていたためなのか、 ランディは声をかけてみるまで、その研究員が女性であることにすら気がついていなかった。
 一礼して彼女はそのまま今来た道を引き返し、廊下の先にある一室の前まで歩いていくと その扉をノックしている。

「へぇ・・・主任の他にも、新しい研究員が来たんだ」
「・・・わざわざこんなとこに配属されてくるなんて、気が知れねぇな」

 離れたところの会話であっても、静かな研究院の中であるため 大体のところは聞こえていたのだろう。
 つい先刻の会話を思い出したせいか、ゼフェルの口調はかなり憮然としたものであったわけで あるが、そんな彼らの言葉を背に受けても、ランディはなぜか微動だにしない。

「ランディ・・・どうしたの?」

 歩み寄りながら、訝しげにマルセルが問いかける。

「 ――――― 似てたんだ・・・」

 ただ一言、彼はそう答えた。

「似てた・・・って、今の人が? 誰に・・・?」


「 ――――― 金の髪の・・・女王、候補 ――――― 」





『翼が消えた天使』 第一部 第三話に続く・・・

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あとがき・・・


 はい。かなりあじの好みに左右された出番になりました〜
 実は、あじはオリヴィエ様が好きなんです。
 考え方に共感できるっていうか、結婚するなら彼みたいな人がいいな☆(爆) ・・・あ、 でも、自分より美しい・・・ってのはちょっと大変かもね(笑)

 さてさて・・・守護聖様が1列になって(あ、1列とは言ってないか・笑)ゾロゾロ歩くシーン。 ・・・あじ的には、どーかなー・・・なんて思ったのですが、どうしても全員がいる 状況下でこのシーンを書きたかったんです。
 最後をランディに締め括らせたのには他意はありません。
 単に、このシーンには彼が適任かなぁ・・・って、思っただけで。

 さて・・・例によって、長編のプロローグだけ読ませておいて『続きをお楽しみに』ってのには やっぱり抵抗があるものですから、今回もここまでを初回UPとさせていただきました。
 続きは地道に書いていきますので、お楽しみに〜☆  





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