『翼が消えた天使』 第一部






第一話 『森の散策路』



 この宇宙は、一人の女王によって治められている。

 サクリアと呼ばれる、通常の人間とは異なった大いなる力で、宇宙そのものを支え、そこに 住まうべき者が進むべき道を照らし、彼らを導いている。

 だがしかし、元は普通の人間である以上、女王の力にも限界はある。
 いずれはそのサクリアも衰え、更には女王自身も年老いる。

 同じことは、女王の下でそれぞれのサクリアを用い、宇宙の均衡を図る役目を担っている守護聖 達にも言えることだった。

 しかし、それが人間にとって当たりの前のことである一方、そのことにより大きな弊害が 起きてしまうこともまた事実であった。
 サクリアの衰えた女王や守護聖は、新しい世代の中に生まれた新しいサクリアの持ち主とその役目を 交代しなくてはならない。
 だが、交代自体が必ずしもスムーズに行く保証もなく、新たなサクリアが他のサクリアと調和する ためには若干の猶予を必要とし、その間のサクリアの乱れは如実に宇宙全体に大きな影響を 及ぼすのである。

 つまりは、それほど頻繁に女王や守護聖の交代があってはならないのだ。

 女王の住まう宮殿のある聖地や、その管理下にある一部の惑星や施設等が、通常とは違う時間の中に 存在しているのにはこういう理由があった。

 時の流れる速度を外界とは異にすることによって、聖地に住まう者にとっての一年は、 通常の時の流れにいる者から見れば数年、いやそれ以上にも当たることとなる。
 そうすることによって、女王や守護聖の交代の間隔を長く引き伸ばすのと同時に、彼らが宇宙に 与えるサクリアの影響を突発的なものではなく、 長く恒久的なものに変化させているのであった。


「・・・聖地になんて、来たくて来たわけじゃねーよ」

 これは、器用さをもたらす鋼の守護聖ゼフェルの口癖でもあった。


 先に、サクリアとは『特別な力』であると述べたばかりであるが、厳密に言うとその見解は 間違ったものである。
 サクリアは、生きとし生ける者全てに存在するという誰もが持ち合わせている力であると 言い換えることもできるのである。
 単純な例をあげると、よく『あの人と一緒にいると心が和む』とか『あの人に言葉をかけられると 勇気付けられる』などと言われるような極ありきたりで自然な力も、広い意味で考えれば その個人が持つサクリアなのであろう。
 無論、女王や守護聖のサクリアはそれよりも大きく特異な力であるわけであるが、宇宙の中には ・・・例えばゼフェルと同じく器用さをもたらすサクリアを持ち合わせているものだって大勢 いるのである。
 そして大抵の場合、女王や守護聖のサクリアを持って生まれてきた者は幼少期より、特別の 教育機関の元において次代の女王・守護聖となるべく 水面下で準備がすすめられている。
 もちろん彼らが生きている時代に現任の女王や守護聖に交代の必要が生じる可能性は低い。
 だが、現任者に力の限界が訪れ、そのサクリアが衰退していくのと同時に、宇宙の中に存在する 同じサクリアを持つと思われる次代候補の内の誰か一人の力は徐々に高まり、そのことによって 互いに、そして周囲の者も、彼らの交代の時期が訪れたという事実を 悟ることになるのである。


「まだ言ってる・・・今更そんなこと言ったってどうしようもないじゃないか」

 元々それが彼の口癖でもあるだけに、さほど気にも留めないような口調で、豊かさをもたらす緑の 守護聖のマルセルがそう答えた。

「そんなこと、わーってるよ。言ってみただけだろーが」
「それはわかるけど・・・突然言い出すからさ」

 マルセルの言葉には答えずに、ゼフェルはそのまま先を急ぐかのように歩き出す。

「ゼフェルってさ、確か前の時もこんな風に機嫌が悪くならなかった?」

 ゼフェルの後を追いながら、マルセルはそう続ける。

「・・・前の時?」
「前の女王試験の時だよ。『無理矢理こんなところに連れて来られて押し込められて、 何も感じねーのかよ』って、やってきたばかりの女王候補に毒づいたりしてなかった?」

 小走りのまま後を追いながら、マルセルはそう言って笑った。

「・・・言ったか? そんなこと」
「言った。ぼく覚えてるもん。確か・・・ぼくも来たばかりのころ、似たようなこと言われて 困ったことがあったよ」

 意地悪げな言葉も、口調が軽やかであるからそうは感じない。
 ゼフェルはその皮肉とも取れない皮肉に対して僅かに思考を彷徨わせたものの、すぐに 何事もなかったかのように歩き出す。

「だいたい・・・わざわざ望んでこんなところにやって来るヤツの気が知れねぇ・・・って、 そういう意味で言ったんだよ」

 これは最初の自らの言葉に対する説明であったのだろう。
 当然マルセルもその意味は理解していたようで、事も無げにこう答える。

「確かにね。だって、この聖地の時間の流れは外界とは大きく違う。ほんの何年かの滞在だけで、 外の世界の時間はいっぱい流れてしまって・・・気がついたら家族も友達も、みんな いなくなってしまっているんだもんね」

 彼自身、この聖地にやって来る時に直面した悩みである。
 その痛みは誰よりもわかっているつもりであった。

「でもさ、それって仕方ないことだよ。ぼく達守護聖と女王陛下のサクリアは、この宇宙には 欠かすことのできない大切なものなんだよ。それと同じように、この聖地でぼく達を支えてくれる たくさんの人達なしには、宇宙の安定はありえないんだから!」

 聖地に住まう者は、女王や守護聖ばかりではない。
 彼女らの身の回りの世話をする者や、執務の補佐をする者。
 また、その彼らの衣食住を支えるための大勢の人々と、更にはその家族・・・
 聖地は、それ自体が巨大な街であると言い換えても良い程の人口を抱えているのである。
 しかし、聖地が巨大な街であるとはいえ、聖地に住まう者だけで宇宙を支えていくことが可能 であるとは言えないのが現状でもある。
 確かに大勢の人口の中には、たくさんの子供達も含まれており、その子供達がいずれは 聖地を支える様々な仕事に就くことになる。
 その繰り返し自体に大きな支障はないのであろうが、それだけでは聖地は完全に孤立された 空間と化して更なる発展は望めない。

「ぼくの私邸で働いてくれている人の何人かは、主星や他所の惑星から望んで来てくれて いるわけだし、ゼフェルのとこだってそうでしょ? 一般の人も守護聖も、そして女王陛下だって 同じことだと思うよ。宇宙のために、自分ができることをやろう・・・って。確かにゼフェルは 納得して聖地にやってきたわけじゃないかもしれないけど・・・そうでない人だって 大勢いるんだから」

 マルセルの話を聞いているのかいないのか、ゼフェルはそのまま早足で歩いていく。

(おめーはどうだったんだよ)

 言葉にはしなかった。
 聞くだけ無駄なことのように感じられたからだ。
 一体、何の話をキッカケに、このような不快な話に変わってしまったのか・・・

 宮殿へと続くこの森の散策路は、決して整備された道ではなかったが、歩みを妨げるというほどの ものでもない。
 一旦会話が途切れたのをいいことに、ゼフェルはさらに歩くスピードを上げた。

「でもさ・・・陛下は、本当に女王試験なんてするつもりなのかな・・・」

 突然の問いにゼフェルは僅かに後ろを振り返る。

「だってそうでしょ。前の女王試験はついこないだ終わったばかりなんだよ。いくらここの時間の 流れが他よりゆっくりだからって、1年くらいしか経ってないはずだし、陛下のサクリアにも 乱れは感じられないしさ・・・ぜったいおかしいよ」
「そんなこと、俺が知るかよ! その説明をこれから聞きに行くんだろ!!」
「ゼフェル!! そんな言い方はないだろ!!」

 不意に木々の間から声がする。

「やあ、マルセル。ようやく追いついたよ」

 言いながら出て来たのは、勇気を運ぶ風の守護聖のランディ。
 恐らくはこの散策路を通らずに、森を横切ってきたのであろう。

「あ、ランディ。ぼくなら別に構わないよ。それより・・・髪に葉っぱが」

 笑いを堪えながらマルセルが言う。

「どーせ寝坊でもしたんだろ。いつも俺に偉そうなこと言ってるくせに。大体おめーは何か知ってん のかよ」

 滑稽な仕草で髪に絡まっていた木の葉を払い落としているランディに、 ゼフェルはそう吐き捨てる。

「あ・・・ああ。試験のことについては、昨日オスカー様のところに寄った時に小耳に 挟んだんだけど、詳しいことは何も・・・」

 自分達に急な呼び出しがかかったのは、つい先刻・・・今朝のこと。
 それより先にランディがこのことについて知っていたことを快くは思わなかったのだろう・・・ ゼフェルはそれ以上は何も答えずに、再び早足で歩き出した。

「ほーんと。単純なんだから」

 その背を見送りながら、マルセルは小さく笑みを浮かべる。

「・・・でも、本当に何があったんだろうね。オスカー様も何も知らないって?」
「ああ。俺も偶然ジュリアス様の秘書の人とオスカー様が話しているところに居合わせただけ だったんだけど、オスカー様も・・・多分ジュリアス様も詳しいことは わからないみたいな感じだったな」

 ランディ自身、洞察力は決して鈍い方ではないが、 時々的外れなことが多いことも否定できない。
 それでも恐らくこの見解は正しいものであるのだろうと マルセルは納得することにした。


 突然執り行われることになったという、女王試験 ―――――


 これは誰にとっても予想できない事態であったはずだ。
 先刻自らが述べた通り、通常では考えられないことなのである。

「あっ、マルセルっ!! 急がなきゃ・・・」

 突然ランディがそう叫ぶ。

「あ。そうだ! ぼく達、急いでるんだった・・・ランディ、行こうっ!」

 慌てて、2人は走り出す。
 先に立ち去ったゼフェルの後を追って、女王陛下の待つ宮殿へ ―――――





『翼が消えた天使』 第一部 第二話に続く・・・

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あとがき・・・


 いえ・・・単にあじは、マルセル様ファンなんです・・・(爆)
 今後も多分・・・いえ、かなり出番は多くなってくると思われますが、別にマルセル様 メインの小説ではありませんので、御了承くださいませ〜

 さて・・・実はこの小説、友人の和紗伊佐常が原案を考えたものでして、本人の許可を貰って あじが連載することになりました。
 原案を考えた時点では、『2』は出ていたような気もしないでもないのですが、『トロワ』は 当然出ていなく、由羅カイリ先生のコミックスもまだ出ていなかった(あれ? 出てたっけ・・・?) わけで、一部設定等はそれらに合わせて手直し等をしているのですが・・・

 あ、但し、今後ゲームの続編等が出たりコミックス等で新たな設定等が加わったり・・・で、 ストーリー的に矛盾点が出て来るかもしれませんが、その辺は御了承くださいませね☆  





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