『代弁者』「なるほど・・・そっちも、表沙汰にできない事情があった・・・ってことか」 鼻で笑うようにそう言い捨てて、彼は依頼主に背を向ける。 「だが・・・まあ、構わないさ。あの店のオヤジから話が来た・・・って時点で何らかの裏があることくらい見当は 付いていたし、報酬も悪くない」 それほど面白そうな仕事ではなかったが、裏の仕事を回してくれる連中との繋がりはある程度大切にしなくてはならない。 報酬の額もそれなりに魅力的なものであった。 「ただし・・・やり方はこちらに任せてもらうが・・・問題ないな?」 口元に笑みを浮かべてそう続ける彼と決して視線をあわそうとはせず、その依頼主は無言で頷いた。 その街は、小さな城塞都市だった。 この辺りの街の多くは、小規模な領主の元で小競り合い程度の戦争とまでは呼べない程度の争いごとが行われていたこと もあるせいか、決して珍しい作りというわけでもない。 ここ十数年は特に大きな争いもなく、比較的友好的に他の都市と交易しているためか、街も飛躍的な発展を遂げた。 彼、シェゾ・ウィグィィが以前この街を訪れた時はあまり平和な時期ではなかったらしく、表沙汰にできないような 仕事を何度か請け負ったこともあるが、その頃の面影は大分薄れてしまっている。 ・・・が、ツテが全くないわけでもない。 行き先を依頼主に告げることなく、彼は裏街へと消えた。 「・・・誰だ?」 当然の疑問であろう。 これが、その青年との『初対面』である。 「あー、どう言えばわかりやすいか・・・俺自身、こういうケースは初めてだからな」 言葉の通り、何をどう説明するべきか考えてはいなかった。 それ以前に『その青年に会うこと』自体が当面の『目的』だったからである。 この場合 ――――― 『説明』が必要なものなのかも、かなり疑わしい。 「どうやって、ここに辿り着いたのかはわからないが、もしも・・・貴方が偶然ここを訪れたのでないのなら、 一つ・・・頼みを聞いてくれないだろうか」 『仕事の依頼』ならまだしも、初対面の相手からの『頼み事』など、無下に断ったとしても非難されるようなことでは ないだろう。 それ以前に、彼が他人からの『非難』を気にするようなこと自体ありえない話ではあるが・・・ 「・・・頼み? 俺に?」 その『頼み事』とやらに、若干の興味が湧いていたのも理由の一つ。 それを受けるかどうかは別問題として、話くらい聞いてみるのも一興かもしれない。 この青年は、『逃げも隠れもしない』であろうから ――――― 「・・・『御子息』から依頼を受けたという魔導師を見つけた」 広い部屋の寝台に横たわるその青年を、あえてそう呼んだのは皮肉のつもりだったのだろうか。 「やはり・・・魔導師の仕業でしたか・・・」 そう推測したからこそ、依頼主は彼に仕事を持ちかけたのであろうから、その情報だけではさほどの意味を持たない。 依頼主は視線を逸らしつつも、話の続きを促すかのように言葉を区切る。 「この結界自体は、その魔導師の作ったものだが、それを維持し続けているのは『御子息』自身の意思」 「この子が・・・! まさか・・・」 背けていた視線を寝台へと向ける。 そこには、淡い蒼色に輝く光の箱に寝台ごと閉じ込められた青年の姿があった。 「一体・・・何のために・・・」 「さあな。その理由がはっきりすれば解除も容易いだろうが、肝心の術師がこの状態だからな・・・ 強硬手段を取れないこともないが、それだと都合が悪いんだろう?」 気まずそうに、依頼主は再び視線を逸らす。 「・・・詳しい調査には、もう少し時間がかかりそうだが・・・」 「もちろん、必要に応じて追加の報酬の用意は・・・」 「いや。金はいい」 依頼主の言葉を遮ぎるかのように、彼は寝台の逆側へと回り込み、壁際に据え付けてある重厚な書架に手を伸ばす。 「魔導力や力量は素人よりはマシ・・・って程度のようだが、趣味で研究していた割には興味深い物が 揃っているようでね」 古びた書籍のページを数頁ほど捲り、そのまま脇の机上に伏せた。 「どうせ、アンタには無用の長物だ。これを戴いていくが、問題は・・・ないな?」 そこは『何もない』空間。 光も闇すらもない、『無』の領域 ――――― 「全く・・・ここまで何者をも排除した『夢』・・・ってのも、珍しいんだろうな」 人のことは言えないとは思いつつも、シェゾは呟いた。 「ちゃんとした夢も見れますよ。ただ・・・見る必要がないだけのことで・・・」 青年は答える。 「・・・だからこそ、貴方に無理なお願いをしたんですから」 「まー、そりゃそうだな」 納得したというよりは、単なる相槌。 「・・・貴方が、どうやってここにやってきたのかはわかりませんが、それができるだけの実力を持ち合わせた 魔導師だということは間違いないことでしょう」 「正直、時間も金も使ったがな。『夢』は専門の範囲外だ」 「元々私も詳しかったわけではありません。先の戦争の時に他国より偶然手に入れた魔導書を元にした魔導実験の 副産物のようなものですから」 『それ』を利用して、青年は自在に『夢』を見ることができるようになったのだという。 睡眠を他に邪魔されないよう、睡眠時に結界まで張ってしまうほどの念の入り様だ。 「・・・夢や眠りを邪魔されないため・・・というよりは、この研究が他に漏れないため・・・という理由からです。 他国では、これと同じ作用の魔導具が使用禁止とされているそうですので」 『夢』に溺れる者や、現実との区別が付かなくなる等の悪しき副作用が頻発した・・・とのことであったが、 その存在自体が公になってない以上、真相は定かではないらしい。 「まさか、この結界のせいで身動きが取れなくなってしまうとは思いもしませんでしたが・・・」 実際にその場にあるわけでもないのだが、青年は頭上にそれが存在するかのように軽くノックしてみせた。 「術者が非覚醒状態にある時に、自動的に発生するタイプの結界だ。眠りが深ければ深いほど強度は増すし、目覚める寸前には ただの薄い膜に変わる。・・・つまりは、夢の中ですらも身動きが取れなくなるほど・・・ それだけ今のアンタの状態が危機的だ・・・ってことだな」 「随分と、はっきり物を言う方ですね・・・貴方は」 承知している・・・とばかりに、青年は苦笑いを浮かべる。 「――――― で、本題だが・・・俺は、何をすればいい・・・?」 初めて訪れたその湖畔の風景は、ありきたりで素朴なものではあったが、それなりに美しい景色であった。 見たことのない風景であるはずなのに、不思議と『見慣れたもの』という認識が湧いてくるのは、 恐らく夢の主と意識が同調しているせいであろう。 木漏れ日が湖面の揺らめきに反射する。 皮肉なくらいに爽快な風が吹いているのは、夢主の意思なのか、現実の湖畔に吹く風が再現されているだけなのか。 「さて・・・どのくらい待ってりゃいいんだか・・・」 彼の実力を持ってすれば、青年を包む結界を破ること自体は容易であった。 依頼主には『騒ぎを大きくしないため』と告げていたが、彼の目的はむしろそれよりも、 青年に『会う』ことの方だったのだろう。 独自の調査で、結界の原理も、『夢』を操る魔導のことも大方理解はできていたが、 直接その真相を聞きだしたかったのだ。 「・・・・・・」 その目的を達した以上、この時間は、彼にとって無意味なものでしかない。 強度を増しすぎたために結界の『外側の夢』を見ることができなくなってしまった青年の代わりに、 この湖畔に出向いてきたことは、すでに義理・・・いや、惰性に過ぎなかった。 ――――― 気配を感じた。 夢の中で『気配』というのも妙な話だが、もしかすると正確には『気配を感じたような夢を見ている』状態 なのかもしれない。 (さすがに、これだけの距離が離れていては常人では気が付かないだろうな・・・) 距離はそれなりにある。 小枝を踏んだ音程度なら、風に流されてしまうだろう。 (・・・そろそろ、気が付いてもいい頃か・・・それにしても・・・) 彼は振り向いた。 「 ――――― シェゾ」 「・・・・・・!!」 驚きを隠すのが精一杯で、声を返すことができなかった。 そこにいたのは、見慣れた金の瞳の少女。 そして、彼女が呼んだのは、青年の名ではなく『彼自身』の名 ――――― 青年から『少女』の存在は聞いてはいたが、確かに、その容姿についてまでは知らされてはいなかった。 もしかすると、彼の知る少女に瓜二つの少女が現れたのかとも考えたが、それならば少女が彼の名を 呼ぶはずはない。 (まさか、俺自身まで影響されるとは思っていなかったが・・・) 原理を説明することはできそうになかったが、恐らくは青年の夢の中で自分自身が『夢』を見ているような 状態に陥っているのだろうと無理に納得してみた。 見知らぬ少女の容姿を想像するよりは、見知った彼女で代用した方が確かに楽である。 「・・・ようやく会えたか」 時間にしてほんの数秒。 自然な流れを装って、彼女の方に歩を進める。 「良かった・・・もう、来てくれないんじゃないかと思ってた」 寂しげに笑ったように見えたのは、気のせいだったのだろうか・・・ (まあ、確かに『行きたくても行けない』状況下にあったわけだがな・・・) 自らを・・・いや、正確には青年を・・・であるが、毒づくくらいの余裕は戻ってきていた。 「お前・・・俺を信用していなかったのか?」 「べ、別に・・・そんなことはないけど・・・」 『青年の意思』は彼と共にこの場に来ているものの、その言動はシェゾの支配下にあった。 つい口調が自らの地になりつつあるのを感じ、意識的に青年の意識を自らの表情に反映させてみる。 「冗談だ。そんな顔するな」 「わ、わかってるよ・・・そんなこと・・・」 (まるで、本物のアイツが目前にいるようでやり難くて敵わんな・・・) 「だから、そんな顔するなって。お前の笑顔が見たくてこうして会いに来たんだから」 (・・・お、『俺』の方は決してそうは思っていないからな・・・) 彼の真意はさておき、とりあえず会話はスムーズに続いている。 所詮夢の中の世界である以上、何らかの問題が発生しても到底騒ぎになることはありえないし、仮にそうでなかったとしても、 彼には全く関係のないことである。 ただ、成り行きとはいえ、この『夢』の結末を見てみたい・・・という興味自体は全くないわけでもないため、 言葉の選びや行動にある程度の気を配る必要はあるだろう。 「でも・・・ボク達は、もうこんな風に会っちゃいけないんでしょ・・・」 目前の少女がそう告げる。 「・・・ああ、そうだな」 素っ気無い一言。 現状で、他に何をどう言えば良いのかすらわからない。 「 ――――― 」 いや、言わなくてはならない『言葉』はわかっている。 『それ』を伝えるために、彼は ――――― 『青年』は、この場に来たのだから。 (さて・・・どう話を続ければ良いものか・・・) 言葉を発するだけなら、恐らく数秒で終わる。 だが、それでは恐らく意味はない。 そのくらいのことは彼も『理解』していた。 (当たり障りのない会話で場をつなぐべきか・・・それとも・・・) 「・・・『そうだな』・・・なんて、キミはいつもそう!」 思考を巡らせていたのは一瞬のこと。 その思考を遮るかのように彼女は声を発した。 「家柄とか掟とか・・・そんなことの方がキミには大切なわけ?」 「・・・い、いや、そういう意味では・・・」 目前の少女の口調が、普段から聞き慣れたもののように感じて、思わず言葉に詰まる。 「確かにキミは領主様の一人息子で、ちゃんとした家柄のお嬢様との結婚が決まっているのかもしれないし、 ボクは古くから敵対する土地に住んでいる庶民の娘で・・・」 「違う! そんなことは関係ない!!」 「関係ある・・・!」 「敵対する土地・・・とか気にしているのはそっちの方だろう! 戦争があったのは昔のことだ。確かにこの土地の年寄り達は 父のことを良くは思っていないかもしれないが、そんなことは関係ない。気にしているのはむしろお前の方だ!」 「・・・そうだよ。気にしちゃ悪い? キミが悪く言われるなんて、ボクは耐えられないから!」 (・・・なるほどな。こっち側だけでなく、両方の土地と家にも問題があった・・・ってことか。だが・・・) 今も昔も、それほど珍しい話ではないだろう。 家柄、住まう土地、信じる神に種族の違い・・・ 偏見も対立も、時代の違いなく繰り返される悲劇であり、それも一つの『真実』 ――――― 「・・・・・・」 それが『真実』だとはわかっていても、一応は否定しておくのが『人』というものだろう。 彼が口を開きかけた時のことであった。 「だって、ボクは・・・」 間を開けたのはほんの一瞬。 「ボクは、キミのことが好きだから・・・」 ( ――――― !!) 驚いたのは、目前の少女が余りにも身近な存在の少女と同じ姿をしていたから。 その少女が青年のことを慕っていることは、当然最初から知っていることなのである。 (さて・・・どう応える?) 『青年の意思』に呼びかける。 (アンタの言葉をそのまま伝えることは可能だが、この場はどう答えたい ―――――?) そう呼びかけながら、ふと目前の少女を見やる。 真っ直ぐと、何者にも臆することなく向けられている金色の瞳。 まるでそれが『本物』の彼女が持つ瞳の輝きのようだと錯覚してしまいそうな 不思議な感覚に捕らわれ、慌ててそれを否定する。 「だから ――――― だから・・・キミには、今この場で決めて欲しい」 淡々と、それでも強い意志を感じさせる口調。 少女が言葉を続けようとしていることに気付き、彼はそのまま次を待つ。 「決断して欲しい・・・もう、ボクのことは・・・これっきり忘れてしまう・・・って」 ( ――――― !?) 素の驚きを隠すのに精一杯だった。 (・・・まさか、いや・・・だが・・・!) 少女は言葉を続ける ――――― 「キミは、ボクとは生きる世界が違うから・・・キミとボクとは一緒の道を歩くことはできないから・・・」 「・・・・・・」 「それなら、ちゃんとお別れした方がいいと思うから。キミの口から、直接言って欲しかったから・・・ 」 (・・・まるで、『直に』言われているみたいだな・・・) 青年にも気取られないよう、自らの深層で毒づいてみる。 確かに・・・言われるまでもなく『その通り』だ ――――― 「それがキミのためでもあり、ボクのためでもある・・・わかってるはずだよ?」 少女は更に続けた。 「もう・・・もうボクに、これ以上言わせないで ――――― !!」 涙を滲ませながら、心の中で悲痛な叫びをあげながら、彼女はそう言い放つ。 (・・・伝えて、いいんだな) もう一度『青年の意思』に問いかける。 (今更、どうしようもない・・・って事くらいはわかってはいるが、それでも・・・いいんだな?) 再度その意思を確認する。 なぜここまで彼らに感情移入するのか、自らもわからぬまま ――――― 「 ――――― わかった」 ゆっくりと、それでも大きく彼は頷いた。 そして意を決したかのように、再びその瞳を向ける。 「これで・・・お前とはお別れだ」 表情一つ変えずに、彼はそう告げた。 「それで、いいんだな?」 少女本人へ、そして『青年の意思』への問いかけ。 涙目のまま少女が頷く。 (これでお前の『頼み事』は ――――― ) 「 ――――― ありがとう」 泣き笑いのまま、少女が笑う。 無理矢理作った笑い顔だということは一目瞭然であろう。 「・・・幸せになれ・・・よ」 取って付けたかのようなそんな台詞は、思わず自分で発してしまったもの。 青年の意図を酌めば、自然なものであろうから特に問題はないだろう。 「・・・うん」 少女は、ただそれだけ答える。 悲しすぎる現実も、またこの世界の理。 悲観するべきことではあるのかもしれないが、それを受け入れることも必要なことではある。 (寧ろ、ここでケジメをつけられただけでも・・・良しとすべきなのだろうが・・・) 二人の『恋の行方』に興味はなかったが、『夢』の結末に興味があったのは事実。 少なからず彼自身、この青年に何らかの興味と共感を抱いていただろうということも、恐らくは真実。 自らの境遇と、彼のそれとを比べるのは、余りにもスケールが違いすぎるのだけれど・・・ ――――― 彼の選んだ結末を、理解できなくもない。 (・・・さて、これで俺自身はお役御免・・・ってわけだが・・・) 目前の少女の作り笑いが至極自然な笑みへと変わる。 彼の見知ったいつもの少女の姿、そのままのように ――――― (・・・折角の珍しい体験だ。もう少しだけ遊ばせて貰ってもバチは当たらないだろ?) ほんの悪戯心からの思いつき。 口端を吊り上げたい衝動を我慢し、極力自然な表情を意識したまま、ゆっくりと少女の頬に手を伸ばす。 (悪く・・・思うなよ。このくらいは、別にいいだろ?) 亜麻色の髪と金の瞳が目前に迫り、これが『夢』の中の偶像であることすら一瞬忘れそうになる。 (・・・なんてな) ――――― あとは、好きにするといいさ。残された時間は、ほんの・・・一瞬のことだろうが ――――― 「・・・仕事は、全て終わった」 無表情で彼は告げる。 広い部屋の寝台を今まで包んでいた光の壁は徐々に薄くなる。 「結界は間もなく消える。結界さえ消えたら、閉じ込められていた意識も魂と共に外の世界へ戻る」 横たわる青年へ視線を向け、彼はそう続けた。 「・・・あ、ありがとうございます。これで・・・」 「これで・・・『御子息』の死は、めでたく自然死として扱われるだろう」 「めでたく、だなんて人聞きの悪いことを・・・ただ、貴族というものは、家督争いなど色々面倒なことが多く、 あの状態では・・・その、色々な弊害が・・・」 冷や汗をかきながら、それでも依頼主はぎこちない笑いを見せる。 「まあ、その辺はわかっているつもりだ。家督を継ぐ者があの状態では、新たな後継者を祀り上げることもできないだろうし、 そのまま放置して、時に解決を任せようとしている間に別の問題が発生しないとも限らない」 「え、ええ・・・ですから、貴方様にお願いを・・・」 ぎこちない笑いのまま依頼主は即答した。 「都合良く、裏の稼業と繋がりもあったようだしな」 「 ――――― !」 男の動きが止まった。 「色々調べさせてもらったからな。アンタが血の繋がらない息子を疎ましく思っていたことも、離れた土地に別の息子がいることも、 裏からある毒薬を秘密裏に入手したことも・・・」 相変わらず男は青ざめたまま動かない。 「この結界は、術者の意識が深ければ深いほど強固になるという性質のもの・・・そんな結界の中で、 運悪く毒が効き始めてしまった」 依頼主の反応も待たずに、彼は更に続ける。 「死の淵に至った術者の意識は更に深く・・・そして結界の強度は更に増す」 「・・・・・・」 「体は、とうに死んでいるのに・・・意識だけは結界の中にあり続けている・・・こんな状態では、せっかく『自然死』を 装える毒を使ったというのに、周囲から余計な詮索を受けてしまう。下手すると、全てがバレる・・・」 「・・・・・・」 「それで、俺を雇った。確実に『息子』を殺すために ――――― 」 男の顔は、ますます青ざめる。 「 ――――― まあいい。こっちもわかっていて依頼を受け、目的を果たした。報酬も充分過ぎるほどに貰った。 それ以上は・・・どうでもいいことだ」 とうに空になった書棚に一瞬視線を移し、彼は言い放つ。 「アンタがこの後、何をしようと俺の知ったことではないが・・・これは忠告だ。滅多なことはしない方がいい」 部屋の脇にかけてあった漆黒のマントに手を伸ばし、翻すようにそれを纏う。 「そこいらの剣士や魔術師、魔導師が束になっても俺には敵わない」 「・・・・・・」 震えを押さえながら口を僅かに動かしてはいるようだが、全く言葉になっていない。 「お前さんの失敗は・・・もう少しレベルの低い魔導師を雇わなかったことだな・・・」 「く、くそぅ・・・あの馬鹿息子め・・・死んだことにも気が付かないで、モタモタしやがるから・・・!」 ようやく言葉が漏れる。 目前の脅威である魔導師に向けてではなく、血の繋がらぬ『息子』に向けて。 「 ――――― それは違う。この男は、自分がとうに死んでいることを知っていた。知っていて、 それでも『生きた』 ――――― ただ・・・それだけのことだ」 青年の肩を持つつもりは毛頭なかったが、そう言わずにはいられなかった。 「例え、形だけだろうと・・・きちんと弔ってやることだな」 一見優しさ溢れるかのようなその言葉の意に反して、鋭く刺し貫くかのような冷たい視線。 まるで直接殺意をぶつけられたかのようなその衝撃に、男は力なくその場にへたり込む。 「・・・・・・」 男のその様を刺すような視線のまま見下ろし、そのまま彼は部屋の外へと足を向ける。 それでもこの男は、自分の思うような形で家督争いに決着をつけることだろう。 青年の死は、『よくある不幸』なこととして片付けられ、いつかは忘れ去られていくのだろう。 ここで全てを世間に暴露することも、目前の男を血祭りにあげることも簡単なことだ。 だが ――――― 彼は決してそれをしない。 したところで、青年が蘇るわけでもなければ、誰かが救われるわけでもない。 ――――― 無駄なことは、決してしない。 今回のこの仕事も、報酬目当てと、自らの好奇心と探究心を満足させるためだけのもの。 それ以上でも、以下でもない。 部屋の外に足を踏み出す際、彼は一度だけ後ろを振り向いた。 ――――― がとう・・・ 既にほとんど色を失っていた光の箱を形成する魔力の粒が、その瞬間完全に消えた。 「・・・礼など、いらん」 マントを颯爽と翻し、それ以上振り向くことなく足早に歩き去る。 ――――― 俺自身は・・・お前達に何もしてやっていないからな。 あとがき・・・ うん。 『代理人』を書き始める時点で、この『代弁者』の構想はありました。 中盤を書いている頃には、二つの作品を対にしよう・・・というのと、結末兼、種明かしはある程度決まっていました。 その時点で、『代理人』のベタ甘ハッピーエンドの予定は消えてなくなりました。 個人的には、ダークなシェゾって好きなのですが、あじ自身が偽善者なせいなのか、自分の手でダークな彼を書くことができず・・・ まあ、こんな感じに収まってしまいましたが・・・ いつか書いてみたいものです。ダークなシェゾ様☆ 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |