『代理人』「うわー、こんな魔方陣がフツーのおうちの中にあるなんて不思議ー」 その大きさは、大人が自らの両腕で円を描いた程度のものだろうか。 石面に刻まれた線は、それほど古いものではない。 「かつて、この地方で密かに流行した魔方陣です。夢を・・・見るために使うものなのです」 アルル・ナジャが、この街を訪れたのは数度目のことであった。 魔導学校から比較的近くに位置する地方の中核都市。 主要街道からは僅かに外れているものの、この街の北部にそびえる山脈を抜けると、比較的近代まで使われていた 遺跡が多数点在する一帯への近道となる。 探索には初歩的となるその遺跡は、授業の中でも何度か使われていたし、個人的な・・・いわゆる暇つぶしで 何度か出向いてみたこともある。 ただ、街の中には、買出しや食事のための店に立ち寄る程度のもので、じっくりと散策したことなどはない。 聞く所によると、古くからの学術都市でもあったこの街には、魔導・歴史専門の研究機関や図書館等も存在し、 街並み自体も古代遺跡を思わせるような芸術的かつ学術的に意味のある配置がなされており、 『観光スポット』とは言い難いが、魔導に携わる者にとっては、一見の価値がある土地だという評判も時々耳にする。 『今度出向いた時は、街の中も見て回ろう』と思っていた矢先に、学校側より、この街の図書館に書簡を届けてもらいたいという 依頼が入った。 特定個人が指名されるようなこともない他愛もない仕事。 良い機会だ・・・と、彼女は自ら名乗り出た。 木々が道なりに続く。 明るい色合いのその幹は、木漏れ日の揺らめきのせいかより白く輝いて見えた。 特別に美しいわけでもないありふれた光景ではあるものの、彼女にはそれが『懐かしい』ものと感じられた。 街の外れの小さな湖の畔、僅かに息を弾ませて小走りのまま周囲を見渡す彼女は、 木々の向こうに佇む、見知った後姿を見つける。 「 ――――― 」 声をかけようと、その手を頭上で大きく振りながら息を胸いっぱいに吸い込んでみたものの、そのまま動きが止まる。 (あれ・・・何て声をかけたらいいんだろう・・・) ――――― っていうか、あの人・・・誰? (えーと、えーと・・・ボクの名前はアルル・ナジャ・・・だよね) 曖昧な記憶を辿りながら、彼女は自らに問いかける。 (そう・・・間違いないよ。でも、なんでボク、こんなところにいるわけ・・・?) 時間にして、ほんの十数秒。 (ああ、そっか・・・ボク、『この女の子』の夢の中に入ってるんだったっけ・・・) この自問自答自体、果たして何度目のものなのか ――――― 「本来の目的は、今ではわかりかねますが、かつてこの魔方陣は、 街の人々の娯楽の一つとして広く使われていたようなのです」 その家の主はそう語りだした。 邸宅とまではいかなかったが、それなりの商家なのだろう。家自体は決して狭くはない。 その魔法陣は、作り付けの家具の奥の隠し扉の中に据えられていた。 「それほど複雑な作りでもなかったためか、魔方陣は幾つも複製されて、庶民の手にも渡りだしました。 意図的に明るい夢を見ることによって、生活に潤いができ、町に活気が溢れた時代もありました」 「じゃあ、それっていいことなんじゃないの?」 「若き者は将来の希望を夢に映し、老いた者は若かりし頃の夢を懐かしむ・・・それが次第に、夢の中に逃避しだす者が 相次ぎまして・・・」 「トーヒ?」 「夢は所詮夢。・・・ですが『全ての望みは夢の中で叶う』と現実の生活での努力をせずに夢の中に逃げてしまう者が 徐々に増え、仕舞いには夢の中の世界と現実の世界との区別が付かなくなるほどの錯乱をきたす者まで現れだしました」 「・・・つまり、今は使っていないんだ。だから隠してあったんだね」 視線をその魔法陣から外すことなく、アルルはそう問いかける。 「幸いなことに、他の地方へこの魔方陣は流出していなかったので、その全てが封印・破棄されたと聞いております。ですが・・・ 先代の当主が隠し持っていたらしく・・・」 (そう。それを、この家の娘さんが見つけちゃって、こっそり使っていたんだっけ・・・) 「どのくらいの期間、娘が夢を見続けたのかはわかりませんが、確かに・・・最近の様子は少しおかしかったように思われます。 そして・・・ある日を境に、娘は夢の中から目覚めることがなくなってしまいました・・・」 ――――― ここは夢の中・・・ ボクは、ボクと同じくらいの年頃の女の子の中に入っている・・・ 一定以上の魔力がある魔導師なら、この魔法陣を使って人の夢の中に入って自由に行動したり、 夢の主や登場人物の役になりきっちゃったりできるんだって・・・ だから娘さんのお父さんは、夢の中に入って、娘さん役を演じることができる若い女の子の魔導師を探していたんだ・・・って 言ってたっけ。 夢の中で、どうして女の子が目覚めないのかを突き止めたり、無理矢理ボクが連れ戻す・・・みたいにして、目を覚まさせる ことができるんじゃないか・・・って。 ボクがその役になったのは、本当に偶然この街にやってきたからなんだけど・・・ ナイショで隠していた魔法陣なんだから、余所者の方が都合良かっただろうしね。 でも・・・ボクはこの街のことほとんど何にも知らないから、何度も迷子になっちゃうし、街の人の名前もわかんないし・・・ 何をどうしたらいいんだかもわからないし・・・ 安請け合いなんてするんじゃなかったよぅ ――――― 彼女が迷い込んでいるのは『夢の中』。 その夢をコントロールする本人の意思や、その意思すらも無関係に、何の前触れもなく『場面』や『設定』が突然変わる。 その度に彼女は、先刻のように今の自分の状況の把握しなくてはならないのだ。 更に彼女を悩ませるのが、『彼女自身』の記憶。 夢世界はその主の頭の中で構成されている世界ではあるが、主が常にその『場面』や『設定』を強く意識している とは限らない。 漠然と『公園』とか『店』等程度の意識しかしていない場合もあれば、それらの設定すらない場合もある。 まあ、実際に人が見る夢なんて、そのようなものだとは思うが、その夢の中に入り込んで行動する身となれば、 『公園』には小道がなければ歩けないし、『店』に壁や入り口が存在しないと都合が悪い。 アルル自身の思考がそうさせているのか、元々そういうものなのかの判断は付きかねるが、主がそういう曖昧な場面設定しか していない場合は、彼女自身の記憶から都合の良いように、世界が広がることがある。 つまり、見慣れた公園で突然ルルーに出会ったり、もももの店に買い物に出かけたりすることも多々あるのだ。 しかも、ある時のルルーは単なる通りすがりの人物なのに、次の場面では友人のように話しかけてくる・・・ それが余計に彼女の思考を混乱させていた。 (えーと、こんな時は・・・『ボク』が動かない方がいいんだっけ・・・) 混乱した場合や状況の判断がつかない場合、夢の主の思考に身を任せた方が展開が楽になる・・・ 元々勝手に『夢の中の主人公』の中にお邪魔している状態である以上、 本来の『主人公』にその役を返せば良いだけのこと。 ただ、その意識の切り替えにもコツを要し、スムーズに行かないことも少なくはない。 この時も・・・そうであった。 いや、コツは何度も繰り返すうちに、だいぶ掴んでいたはずだった。 アルル側の操作が上手くいかない・・・というよりは、むしろ夢の主側から意識の切り替えを 拒まれているかのような感覚・・・ 単に、湖畔に佇む人影の名を、たった一言呼んでもらいたいだけなのに ――――― (困ったな・・・) そう思ったのは一瞬。 「なら、ボクが話進めちゃうしかない・・・って事だよね」 そう呟くと、彼女は木々を潜り抜け湖畔の方へと足を向ける。 夢の中での出来事である以上、何らかの失敗をしても誰にも迷惑がかかることはない。 「・・・・・・」 相手も、彼女の存在に気が付いたようだった。 湖面を彩る細波の乱反射がまるで逆光のようになって、ゆっくりと振り向いた『彼』の銀色の髪が輝いた。 「 ――――― シェゾ」 無意識にそう呟いて、アルルは思わず自らの口を押さえた。 「・・・ようやく会えたか」 彼はそう言いながら彼女の方に歩を進めた。 「良かった・・・もう、来てくれないんじゃないかと思ってた」 意図せずに口を付いて出た台詞。 恐らく、夢の主である少女の『言葉』なのだろう。 「お前・・・俺を信用していなかったのか?」 「べ、別に・・・そんなことはないけど・・・」 容姿も口調も、アルルの知る『彼』そのものであったが、時折見せる眼差しには紛れもない優しさと愛おしさが 溢れていることにアルルは気付く。 (つまりこのシェゾは、ルルー達と同じようにボクの中で脳内変換した姿・・・ってことだよね。それにしても・・・) 「冗談だ。そんな顔するな」 「わ、わかってるよ・・・そんなこと・・・」 (それにしても・・・なんか、『悔しい』かも・・・) 「だから、そんな顔するなって。お前の笑顔が見たくてこうして会いに来たんだから」 (・・・その顔で、この子のこと見てるなんて・・・やっぱ、なんか悔しいっ!!) それでも、とりあえず会話がスムーズに進んでいることに彼女は安堵した。 以前、街角で出合ったルルーに『ルルー』と呼びかけて、怪訝な顔をされてしまったことがある一方、別の場面では そのまま通用してしまったこともある。 思わず『シェゾ』と呼んでしまった時はさすがに焦ったが、 少なくともマイナスに作用はしていないと考えて良いだろう。 「でも・・・ボク達は、もうこんな風に会っちゃいけないんでしょ・・・」 再び、少女の『言葉』 ――――― 「・・・ああ、そうだな」 悲しみや憤りを噛み殺したかのような表情と、その素っ気無い一言。 「 ――――― !」 その一言と同時に、アルルの中に様々な感情が溢れんばかりに流れ込んできた。 恐らくは・・・いや、間違いなく、この夢の主である少女の感情。 今まで、決して外に出してはいけないと必死で押さえ込んできた『本心』・・・ (ああ、そっか・・・そういうことだったんだ) たった一瞬のこと。 その一瞬だけで、彼女は全てを『理解』した。 (ボクが・・・ボクがこんなことしていいのか、わかんないけど・・・) 「・・・『そうだな』・・・なんて、キミはいつもそう!」 アルルなりに『大人しい女の子』を演じてきたつもりではあったが、この時の彼女の口調は、 完全に『地』であった。 「家柄とか掟とか・・・そんなことの方がキミには大切なわけ?」 「・・・い、いや、そういう意味では・・・」 突然の口調の変化に焦りの色を浮かべたのか、図星を突かれたからなのか、彼は言葉に詰まる。 「確かにキミは領主様の一人息子で、ちゃんとした家柄のお嬢様との結婚が決まっているのかもしれないし、 ボクは古くから敵対する土地に住んでいる庶民の娘で・・・」 「違う! そんなことは関係ない!!」 「関係ある・・・!」 「敵対する土地・・・とか気にしているのはそっちの方だろう! 戦争があったのは昔のことだ。確かにこの土地の年寄り達は 父のことを良くは思っていないかもしれないが、そんなことは関係ない。気にしているのはむしろお前の方だ!」 「・・・そうだよ。気にしちゃ悪い? キミが悪く言われるなんて、ボクは耐えられないから!」 (・・・そっか、だからこの子のお父さんは、娘さんがおかしくなった原因を知らなかったんだ・・・) 恐らく、家族にも友人達にも、彼のことを話すことができなかったのだろう。 この土地に古くから根付く一部の者達からの偏見は、確かに存在したに違いない。 『反対されること』よりも『否定されること』・・・その理不尽な事実に怯えていたのではあるまいか。 ――――― 『夢の中』で彼と会うことだけが、彼女にとっての『全て』だった ――――― 「・・・・・・」 何かを言いかけようと僅かに開いたまま、彼の唇の動きが止まる。 「だって、ボクは・・・」 間を開けたのはほんの一瞬。 「ボクは、キミのことが好きだから・・・」 (う、うわ・・・言っちゃったよ・・・どーしよっ!!) 少女から流れ込んでくる思考の影響と、その場の流れや勢いもあっただろう。 しかし、自らの爆弾発言への焦りは尋常なものではなかった。 (でも、それが『キミ』の願いだったんでしょ?) 恐らくは、この言葉を伝えることこそが少女の『夢』 ――――― (こんな大事なことを、夢の中でボクの言葉で代弁しちゃって良かったのかどうかわかんないけど、 物事にはノリとか勢いとかも大切だし、これで・・・こんな感じで間違ってないんだよね・・・?) 少女の意思を酌んで精一杯堂々と振舞っているつもりだった。 これが、本当に自らの脳内変換が結んだ『映像』なのかと疑いたくなるほどの美しく透き通った青い瞳。 まるで『本物』の彼を目前にして、このような台詞を紡いでしまったかのような『錯覚』を覚えて、 先の言葉をどうつなげて良いのかがわからなくなってしまう。 「だから ――――― だから・・・キミには、今この場で決めて欲しい」 アルルの意図とは関係なく言葉を紡ぐ。 恐らくは、少女自身がそうさせているのだろう。 それならば、この場は『彼女』に任せる方が良い。 「決断して欲しい・・・もう、ボクのことは・・・これっきり忘れてしまう・・・って」 ( ――――― え?) 自分でも、一瞬目が見開くのを感じた。 (な、何・・・? 今の・・・どういうこと?) 少女の『言葉』 ――――― 「キミは、ボクとは生きる世界が違うから・・・キミとボクとは一緒の道を歩くことはできないから・・・」 「・・・・・・」 「それなら、ちゃんとお別れした方がいいと思うから。キミの口から、直接言って欲しかったから・・・ 」 (・・・泣いてる) アルルは、確かに感じた。 『少女』が人知れず涙を流していることに ――――― 「それがキミのためでもあり、ボクのためでもある・・・わかってるはずだよ?」 少女は更に続けた。 「もう・・・もうボクに、これ以上言わせないで ――――― !!」 心の中から、無理矢理に搾り出したかのような叫び。 泣いているのは思考の中の少女であるはずなのに、アルル自身まで涙がこみ上げてきた。 (いいの・・・? 本当にいいの・・・? 今なら、今ならまだ取り返しは付くんだよ) 夢の中の出来事だということも忘れて、アルルは必死で少女に呼びかける。 (そりゃ、世の中には自分の思い通りにはならないこととか一杯あるだろうし、 自分の思いばっかり他人に押し付けあうのもどうかと思うけどさ。・・・でも、もっと話し合ったり考えたりする時間が あってもいいんじゃ・・・) 「 ――――― わかった」 目前の彼が、一瞬頷いた。 そして意を決したかのように、再びその瞳を向ける。 「これで・・・お前とはお別れだ」 (・・・え? うそ・・・) 「それで、いいんだな?」 涙目のまま、少女は・・・アルルは頷いた。 (ホントに、いいの・・・? 『これ』が『キミ』の本当の望みだったの・・・?) 「 ――――― ありがとう」 泣き笑いのまま、無理に作った満面の笑み。 「・・・幸せになれ・・・よ」 取って付けたかのようなそんな台詞は、まるで本当の『彼』からのもののようで、アルルは素直に頷いて良いものかどうか 思わず躊躇してしまう。 「・・・うん」 返答は、少女自らのものだった。 『愛し合っている』から別れなてはならないだなんて、悲しすぎる現実であろう。 アルル自身、その事実に納得したわけではない。 (でも・・・これは、この子が決めたことなんだから・・・) 納得はしていなくても、尊重はしなくてはならない。 夢の中で迷いに迷って出口を失っていた少女に、出口への道標を照らしたのも・・・ 夢と現実の狭間で立ち止まり、前へと進むための切欠と勇気を与えたのも、彼女の功績だったのかも知れないけれど。 ――――― 最後の一歩を自らの決断で踏み出したのは、少女自身。 (だから、『キミ』は間違ったことなんてしていない。そうだよね?) 作り笑いは自然な笑みへと変わる。 涙で濡れたままのその瞳のまま、彼の姿をその瞳に焼き付けるかのように ――――― (・・・って、ええっ?) 不意に、彼が頬に手を伸ばす。 (え。え。えええ〜〜〜〜っ!) 銀色の髪と青い瞳が目前に迫り、そのあまりの美しさに一瞬魅了されそうになるのをかろうじて、理性で押さえ込む。 (これって・・・まさか、『お別れのなんとか』ってヤツ・・・?) ――――― ちょっと待って・・・まだ心の準備ってのが・・・!! ――――― 「・・・あ」 突然視界に開けたのは、ありふれた家屋の天井板。 長き眠りに付いたままの少女のすぐ横に用意してもらった簡易寝台の上である。 「そっか・・・用が済んだんだから、もうボクは出てきても良かったんだよね」 そう呟きながら半身を起こして少女の寝顔に視線をやる。 アルルが目覚めたことに気が付いた使用人が、慌てて主の元へと駆けていこうとしているのが横目に見えた。 「多分・・・あと少しだけ『夢』を見たら、帰ってくると思うよ。だから、もう少しだけ・・・眠らせてあげて くれないかなぁ」 最後くらい本当の意味での『二人っきり』にさせてあげたかった。 ――――― 元々これは、『キミ』の望んだ夢なんだからね。 あとがき・・・ 『何、この話って意味不明?』みたいなものを書いてみたくて、あえて最初の設定をあやふやっぽく始めてみました。 あと・・・『闇が〜』や『籠の中〜』もそうなのですが、あじのシェアル小説は、彼らの関係自体を進展させないように 書いておりますので、パターンに限度があるというかなんというか・・・ さすがに典型的な『夢オチ』はどうか・・・とも思いまして、『ならオチじゃなくて最初っから夢にしてしまえ』 ・・・みたいな(笑) 設定はともかく・・・展開については、数パターン考えてまして、書き始めた時はもっとベタ甘のハッピーエンドに なるかもしれない・・・くらいのつもりでしたが、所詮作者はあじですから。 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |