『道標』





 青い空。白い雲。
 木々の間をすり抜ける爽やかな風に小鳥のさえずり。
 決して汗ばむでもなく、肌寒くもなく・・・いわゆる絶好のピクニック日和。

 そんな中、アルル・ナジャはたった一人でその道端に佇んでいた。

 『待ち人』はいくら待っても一向に『来たらず』、無常にも時間だけが刻々と過ぎていく。
 空を見上げてみても、来た道を振り返ってみても状況は何も変わらずに、ゆっくりと陽だけが傾いていった。
 おあつらえ向きに用意されたかのような切り株に腰掛けてみたり、携帯していた食料や飲み物に手を付けてみたり・・・ その場でできることは全てやりつくし、彼女にできる残されたことは・・・ただ『待つ』ことだけなのである。



 * * * * * * * * * 



 事の発端は、魔導学校の小テスト。
 パーティーで挑む、簡単なクエストの課題でのことだった。

 地域に伝わる身近な伝承についての調査が目的で、彼女達のパーティーは学校からは若干離れた地域の、 とある小規模な街の名の書かれたプレートを引き当てた。
 移動は学校からの転移魔法。
 キーワードを元に街の朝市に集まる人々から情報を集め、太陽が昇りきる前には街を出発した。


 ――――― 昔から伝わる洞窟の泉の言い伝え ―――――


 街から西に向かう街道から僅かに外れた森の中に存在する小さな洞窟の奥には美しい泉があり、 その泉の水を飲んだ者の願いは、1日先着一名様限定で叶う・・・というもの。

 それが彼女達のつかんだ情報であった。

「願い事? そんなの決まっているじゃないの。サタン様のハートをギュッと鷲掴みよっ!!」
「そうですわね・・・望みは色々ありましてよ? 欲しい魔法薬もありますし、試してみたい実験もあるし ・・・でもその前に、あんな事とかこんな事とか・・・」

 妙に具体的だったり曖昧だったりするものの、同行者の発言は微妙に物騒な気がした。
 ただ、あくまでもそれはクエストの副産物。
 彼女達の課題は、いかに人々から情報を得、いかにその情報を的確に判断し、 いかに迅速に目的を達するか・・・なのである。
 課題自体は冒険初心者向けのものであるから、彼女達冒険慣れした者にとっては簡単過ぎるものであっただろう。
 ただ、パーティー内のチームワークの取り方等も得点には大きく影響するとのこと。
 そのようなわけで、互いにリーダーシップをとったり譲り合ったりしながらも、 ここまで上手くやってきたつもりではあったが ―――――

「こっちの道よ」
「いいえっ、こちらですわっ!!」

 街を出て、小一時間も過ぎた頃であろうか。
 初めて大きく意見が割れたのである。

 街から西に延びる一本道。
 正確には、途中幾つかの分かれ道などもあったものの、それは明らかに林道や獣道と一見してわかるようなもので、ここまでの 道のりに大きな障害となるようなことは全くなかった。
 『西へ』という情報は聞いてはいたが、確かに西へ向かう道の先がどうなっているのかを聞いた者は誰もいない。
 明らかな情報収集不足であろう。

「どう見たってこっちの道の方が広く見えるわ。例の森が見えるまでは余計な脇道には入らない・・・ってことなんだから、 広い方の道に進むのは当然じゃなくて?」

 水晶色の髪をかきあげながら、ルルーは右の道を指差す。

「何を仰るの! 私達が向かうのは西なんですのよ。こちらの道の方が正確に西に向かっていますわ」

 そう言うのは金髪の魔女、ウィッチ。

「アルルさん、貴女はどちらの道だと思います?」
「もちろんこっちの道よね〜」

 二人で言い争っていたかと思うと突然話を振られてしまい、つい戸惑ってしまう。

「え・・・っと、真ん中の道・・・とか」

 ――――― そう。
 実を言うと、この街道は途中で3つに分かれていたのである。

「まったく、アルルってば何も考えていないのねぇ・・・こんな細い道が正解であるはずないじゃないの」
「えー、でも・・・このまま真っ直ぐ進み続けるんなら、この道だよ」

 特に根拠があったわけでもなければ、我を通すつもりもなかったのだが、ついつい反論したくなってしまう。

「大体・・・ルルーさんの主張なさる道だって常識的にはどうかと思いますわよ」
「どこがよ!」
「方角的には、恐らくこの道は海の方に向かっているはずですわ。私達の探しているのは湧き水なんですから、 海へ向かうのは得策ではありません」

 海の近くから真水が湧き出ることがありえないわけではないのだが、確立的なことを考えると確かに一理ないでもない。

「それを言うならウィッチの言う道だって変だよ。道の先には険しい岩山が連なっているみたいだよ。街の人は、旅慣れていない人でも 楽に行ける場所だ・・・って言ってなかったっけ?」
「それは・・・多分、道が険しくなってくる前に泉の湧く森があるんですわ。それなら何の問題もありませんでしょう?」

 意見は三者三様。
 食い違ったまま話は進まない。

「わかったわ。アタクシがちょっと街までひとっ走りで戻って、もう一度話を聞いてくるから・・・ それまでここで待っていなさいよ」

 業を煮やしたのか、ルルーは突然そう言い放つと返答も待たずに踵を返す。

「あ、ちょっと待ってよ!」
「すぐ戻るわよ。アンタ達とのんびり歩いて戻っていたんじゃ、目的地に着く前に日が暮れちゃうわっ!」

 多少大袈裟ではあるが、確かに全員で歩いて戻るよりはその方が早いだろう。
 そう思って、アルルはそれ以上呼び止めようとはせず、そのまま見送ってしまったのであるが ―――――

「よく考えたら、私がホウキで飛んで戻った方が早かったんじゃありません?」

 ウィッチがそう口に出した時は、ルルーの姿は遙か彼方に消えた後のこと。

「・・・キミ、気が付くのが遅いよ」
「あの場で気が付いていたとしても、暴走モードのルルーさんを引き止めることの方が困難ですわよ。それに、彼女の足なら もうかなりの距離を戻っていることと思いますし、ここで変に私が動くよりは、このまま待っていた方が・・・」

 言いかけて、そのまま言葉が止まる。

「そうですわ。ルルーさんが戻ってくるまでもう少し時間がありそうですから、ちょっと上空から道の先がどうなっているか だけでも確認してきますわね」

 止める間どころか声をかけるだけの暇も与えず、ウィッチはホウキに飛び乗ったかと思うと、そのまま空へと舞い上がる。

「すぐ戻りますわ〜 そこで待っててくださいな〜」

 叫ぶ声も、すでに距離があるため辛うじて聞き取れる程度。

「もうっ! みんなして何だよ〜っ!」

 負けじと叫んでみるものの、その時点の彼女の高度を考えると、恐らくは全く聞こえていないだろう。


 ――――― そして、そのまま一時間。


 何事もなければ、とうに戻って来ても良い頃合であろう。
 ・・・ただ、いくらルルーでも走り通しは疲れるであろうし、少しくらいの休憩はするかもしれない。
 また、先刻情報をくれた人物が見つからず、別の人を当たっているのかもしれない。
 ・・・一方のウィッチも、近場を飛び回るだけでは詳細がつかめず、予定していたより 遠くまで足を延ばしているのかもしれない。
 もしかすると、ここへ戻る途中のルルーを探しに向かっているのかもしれない。

「・・・・・・」

 待てと言われているわけだし、他に何かをするあてもない。
 アルルは、切り株に腰掛けながら、ふと目前の三叉路の根元に視線を向ける。

「もしかして、立て看板とかあったのかな・・・」

 決して柔らかくはないであろう土に不自然に開いた穴と、折れ口の新しいと思われる棒切れ。

「あっちは海・・・とか、こっちは山・・・とか、書いてあったんじゃないかなぁ・・・」

 例え道が分かれていても道標があるため、『行けばわかる』と、わざわざ忠告する者もいなかったのではあるまいか。
 自然現象なのか、ただの悪戯なのかはわかりかねたが、もしも道標がそのままここに存在していたのなら、 こんな無駄な時間を過ごす羽目にはならなかったわけで・・・

「全く・・・あの二人とパーティー組んだ時点で嫌な予感はしていたけどさ、ホンっト運がないよね・・・ボクって」

 そう毒づきながらも、そのまま待つ ―――――


 ――――― そして、更に一時間。


「・・・遅すぎる・・・」

 いくらなんでも、遅過ぎである。
 普通に3人でのんびり歩いて戻ったとしても、もっと早くにここまで戻ってくることができたはずだ。

「もしかして・・・!」

 待っている間、その可能性を全く考えなかったわけではないが、あえて言葉にはしないよう努めていた。
 『人として』仲間を信じるべきだと思っていたのである。

「課題なんて無視して、勝手に泉の水を飲みに行ったんじゃ・・・!!」

 言い伝えによると、『1日先着一名様限定』の湧き水。
 もしも本当に願いが叶うのであれば、あの二人の行動・思考パターンを考えるなら、 課題のことなど忘れていかなる手段を用いようと、『限定』の権利を手に入れようと考えるのが自然なことであろう。
 『街に戻る』と見せかけたルルーが、街道沿いの林の木々に隠れるようにここまで戻り、 彼女に気付かれぬように先へ進むことも難しいことではないだろうし、『空から様子を見てくる』といったウィッチについては、 更にそれは容易なことだろう。

「許せないっ! ボクを出し抜いて・・・」

 言うなり勢い良く立ち上がる。
 そういうことなら、彼女自身が仲間を待たずに自分の思う道を進み、泉の水を飲んだとしても、 何の批判を受けることはないはずだ。
 ――――― が・・・

「・・・とはいっても、ボク・・・何をお願いしたら良いかわかんないや・・・」

 『一流の魔導師になりたい』という自分の望みは、確かになんとしても叶えたいものではあるが、 それを叶えるために魔導学校に通い、様々な勉強をしているのである。
 その中の課題をこなすための副産物でもある泉の水で、その望みが簡単に叶ってしまっては、 全く意味がないような気がした。

「・・・良く考えたら、そんなに簡単に望みが叶うわけないし」

 街から難なく向かうことのできる距離と場所に存在する泉。

 一日にたった一人・・・というハードルはあるものの、望みを叶えるためのそれとしては明らかに低過ぎる。
 もしも本当にどんな願いでも叶うのであれば、もっと大勢が泉に殺到したり、その土地の権利の問題で争い事が勃発したり するのではあるまいか。
 恐らくは、『今年も豊作になりますように』とか『おばあちゃんの腰痛が治りますように』とか・・・そういう 願掛けレベルの望みが叶う・・・という言い伝えだったのではなかろうか。

 第一、『1日先着一名様限定』・・・というキャッチコピーもかなり怪しい。
 地元の商店街や観光協会の陰謀か ――――― もしかしたらこの言い伝え自体が、 今回の課題のために学校側が仕組んだものである可能性も否定できない。

「ちゃんと団体行動ができなかった・・・ってことで、ボク達のパーティーは課題に合格点はもらえないわけだし・・・ なんか、ここで待っている意味すらなくなったのかも・・・」

 折角ここまで来ているのだから、気休め程度に『美味しい物を食べることができますように』とか 『今度の試験が上手くいきますように』のような、どうしょうもないくらいにささやかな望みを、 件の泉に託してみるのも悪くはない考えではあるが、ここまでのやり取りや考えのせいでなんとなく その気を削がれてしまった。
 どちらにしても、あの二人のどちらかが既に泉を見つけて、その湧き水を飲んでしまっている頃だろう。

「・・・バカバカしい。帰ろっかな・・・」

 課題達成時や、何らかのトラブル発生時の帰還用に各自渡されている魔導具を取り出してみる。

「ここでボクが帰ったって、怒られるようなこと・・・ないよね?」

 そうは言いつつも、すぐにそれを使用しないのは、結局どの道が正しい道だったのか・・・が気になるため。

 課題も望みもダメにはなってしまったが、成り行きとはいえ自分の主張した道が正しいものだったのかどうかだけは 確かめたいような気がしてならない。
 かといって、それを確かめるためとはいえパーティーを離れた単独行動をしてしまっては、他の二人と同レベルに 成り下がってしまうような気がして、少なからず躊躇してしまう。

「・・・・・・」

 行くべきか、帰るべきか、それとも待ってみるべきか・・・
 いや、最後の選択肢は既に眼中にはなかったが、それでも即決することはできずに、再び切り株に腰を下ろし、 その場でしばし考え込んでみる。

「・・・・・・」

 靴を飛ばしてみたり、棒切れを倒してみたり・・・なんでもいいからどちらかに決めてしまおう・・・ そう思って、顔を上げた時だった。

「 ――――― あ」
「・・・なんだ、お前か」

 中央の小道の向こうから歩いてくるのは、彼女の見知った人物。

「どうしたの? こんなところで」
「それはこっちの台詞だ」

 剣呑な口調で答えるシェゾであったが、見たところ決して不機嫌ではないらしい。

「ボクは学校の課題。ルルー達が勝手な行動するから、合格点貰えないよ・・・きっと」
「そりゃ残念だったな」
「・・・で? キミは? もしかしてキミも例の伝説の・・・」
「伝説 ――――― ?」

 言葉の響きからして、それが彼の興味を惹くのに充分な条件を満たしていることにアルルは気が付いた。

「・・・っていうか、おばあちゃんの腰痛を治すための伝説・・・なんだけど・・・」
「なんだそりゃ・・・?」

 これ以上、自分を置いて、件の伝説に夢中になる者が増えることが癪だったのかもしれない。

「気にしないで。そういう課題だったんだ・・・」
「なんだか良くわからんが・・・まあいい」

 言葉の響きからして、とりあえず・・・彼の興味を削ぐのに充分な条件は満たしていたのだろう。

「ところで、お前・・・」

 さほどの間を置かず、彼が続ける。

「 ――――― 俺と付き合うつもりはないか?」

 空気が一瞬凍りつく。

「この先の街に、珍しい壁画があるらしい。部分的に古代文字が刻まれているから・・・と解読を頼まれたんだが、 壁面が無駄に広いと聞いている。効率のためにも人手が欲しい」

 アルルの表情などお構いなしで、彼は更に続けた。

「キミさぁ、もうちょっと言葉の使い方を・・・」

 言いかけてはみたものの、いつもと同じく無駄なことであろう。

 よく考えてみると、この男 ――――― 古代の文献や魔導書などの解読で食い扶持を稼ぐことも少なくないようだが、 その解読は果たしてまともにされているのだろうか ――――― ?

「・・・ま、いいや。・・・っいうか、いいよ。付き合ってあげる。その代わり、帰りは送ってよね」

 彼が魔導学校まで送ってくれるのなら、今回帰還用に支給されたアイテムは自分のものにすることができるわけで・・・ ちょっとだけお得かもしれない。

「あれ? でも・・・なんでキミ、こんなところ歩いているわけ? 転移魔法で行けばいいのに・・・」

 彼に使えない事情があるのであれば、帰りを送ってもらうこともできないわけで・・・

「ああ、俺だってたまには歩くこともあるさ。依頼を受けたのは隣の町・・・わざわざ魔法を使うこともないだろう。 依頼人が用意したという案内人と現地で待ち合わせているんだが、その時間まで少し余裕もあったしな」
「・・・ふぅん」

 つまりは、時間を持て余していたのだろう。

「それに、街道をつなぐ近道の途上に、美味い湧き水があると聞いたからな。折角だから寄ってみた」
「え・・・それって?」

 それは、恐らく例の泉のこと。
 つまりは、恐らく・・・ではあるが、彼が今日一番先に泉の水を飲んだということになり ―――――

「水なんて普通に飲めりゃどれも同じものだとは思うが・・・まあ、時間もあったからな・・・って、 お前も知っていたのか?」
「あ、うん・・・まあ、ね」
「お前も寄るつもりだったのなら、汲んできたから少し分けてやってもいいが?」
「うん。ありがと。でも・・・今は喉乾いていないからいいよ」

 確かにそれは嘘ではない。

「なら・・・行くぞ」
「うん!」

 先に歩き始めた彼の後を小走りに追う。


 彼が ――――― 泉の水を飲んだのであれば、一体どんな望みを願ったのだろう。

 彼自身が、その泉についての言い伝えについてを知らなかったとしても。
 その泉の言い伝えが、『伝説』と呼ぶには余りにも安っぽいものだとわかってはいても。


――――― それならば、ボクは・・・ボクだったとしたら ―――――


「ま、いいや。あんな学校の課題より、こっちの方がずっと面白そうだし・・・」

 それはそれで、ささやかな望み。
 それに ―――――

「・・・何か言ったか?」
「ううん。なんでもないよ」

 怪訝そうに振り向いた彼に向かって、そう言いながら笑ってみせる。

「・・・気持ち悪いヤツだな」
「失礼な物言いだなぁ。キミ・・・そういうとこ、もっと気を付けた方がいいよ」

 別に不快感を顕わにしたわけではない。
 いつもの、至極日常的なやり取りの一つ。
 それがわかっているせいか、彼も適当な軽口で返す。後はその繰り返し。


――――― そう・・・泉の水なんて飲まなくたって、望みは叶うんだから ―――――


 ――――― この街道の三叉路の道標が失われてしまっていたことに少しだけ感謝しよう。

 目前の銀色の道標に遅れないように、早足で歩きながら ―――――






― 終 ―






あとがき・・・


 某所に投稿する予定だった作品なのですが・・・諸事情により、若干加筆してこっちに載せてみました。
 シェアル小説のつもりで書いたのですが、もっとルルーやウィッチとのやりとりも書き加えたいな・・・と思ってしまいまして ・・・うん。そんな感じ。

 設定としては・・・どうなんでしょう。
 課題のレベルからして、多分、魔導学校に入ってすぐ・・・なのかな。
 それにしては、シェゾとの関係が良好になっているような気もするのですが・・・ま、いいや☆

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