『鏡の迷宮』彼がその部屋に足を踏み入れた時、その空間には良く見知った少女の姿があった。 出会うはずのない少女の姿に戸惑いを覚えつつも、彼は ――――― 至極自然に声を発した。 その遺跡は、古くから知られる至極単純な作りの、いわゆる『安全』な人為的洞窟であった。 野生動物や、低級な魔物等が住みつくことも珍しくはなかったが、『冒険』を生活の糧としている者でなくとも、 多少の剣と魔法が使えるものであるならば、その探索自体は全く苦になるようなことはない。 内部の構造も至って単純で、迷う者が存在することの方が不思議であろう。 過去の王朝の財宝が隠されていたわけでもなく、宗教的意味があるわけでもない。 強いて言えば、その存在理由そのものが解明されていない 『謎』として残されている ――――― そんな遺跡であった。 通称『高台の遺跡』というありふれた名で呼ばれるその遺跡の探索依頼が、 彼の元に舞い込んだのは偶然の出来事である。 何の価値もない遺跡と判断されていたその内部には、いわゆる隠し通路が存在しており、それが偶然に発見されたのは 一月程前のことだという。 奥へ進むための扉は、自然に崩落したと思われる岩盤で塞がれており、長い年月の内に崩落の痕跡すらも残さずに 風化してしまった・・・というところなのだろう。 そのため、その遺跡の真の姿は誰にも知られることもなく、その地に放置され続けていた ――――― 「それで、俺に何をしろと・・・?」 旅の魔導師が訪れていると聞きつけてやって来たのだろう。 隣町の領主の使いだと名乗ったその男を一瞥し、興味なさ気にそう答えた。 「貴方様を高名な魔導師とお見受けして、お願いがございます」 彼がこの街を訪れたのは単なる偶然であった。 当然、彼がこの街でその名を名乗ったこともなければ、その実力を垣間見せるようなこともしているはずもない。 むしろこの時の彼は、魔導師の多くが身に付けるようなローブではなく、まるで旅の剣士の軽装備とでもいえる マントに胸当て・・・といった出で立ち。 腰に剣を提げていないことで剣士ではないという想像はつくであろうが、それでも彼が『高名』な魔導師だと 判断できる材料は何もない。 要は・・・『魔導師』を名乗るものならば誰でも良かったのであろう。 男の依頼とは、隠し通路の奥に存在する地下迷宮の調査であった。 迷宮内部の地図の作成と罠の有無。 可能な限りの罠の解除や破壊、そして魔力の結界の無効化・・・ いわゆるトレジャーハントや学術的調査ではなく、後日の探索に向けた下調べとも判断できるが、恐らくはそれだけが 目的ではないはずだ。 聞けば、隣町は複数の領主がそれぞれの土地を治めており、件の遺跡はいわゆる共有地として、誰の管理下にも 置かれていなかったとのことである。 多くは語らなかったが、察するに、その迷宮と古代遺産の所有権で領主同士が揉めているのであろう。 地下の広大な迷宮が、どのように地下に広がっているか・・・つまりは、誰の土地の下に宝が眠っているのか・・・といった ところか。 事情が事情だけに、土地に根を下ろす魔導師には少なからず利害が発生すると思われる以上、 不用意に依頼できないのであろう。 男は、迷宮の入り口には何らかの結界が貼られており、一定以上の魔力を持つ者以外は 足を踏み入れることもできないのだと付け加えた。 『魔導師』を欲する理由はそれであった。 当然、それまでにも何度か調査・探索は行っていたものの、入り口付近の狭い範囲の調査が完了したに過ぎず、 中には迷宮内で罠に嵌ったか帰り道を見失うかして、そのまま戻らぬ者も皆無ではないという。 この男の主と肩を並べて所有権を主張しているのであろう別の領主も何らかの調査を試みていることだろうが、 そちらの情報は一切伝わってきていない・・・とのことであった。 ただ、所有権争いに進展がないということは、調査自体もさほど進んでいないと判断して差し支えないだろう。 報酬自体は悪いものではなかった。 依頼内容は『遺跡内部の調査』であり、遺跡そのものに無関係な書物や魔導具等の一部は 彼が持ち出しても構わないとの付加条件も充分に彼の興味を惹いた。 偶然立ち寄っただけの土地での些細な揉め事などに当然興味はなかったが、その依頼を断る理由もない。 ――――― 結果、その日の内に、彼はその迷宮へと足を踏み入れることとなったのである。 その内部は、ある意味異様で、そして神秘的な光景でもあった。 便宜上『鏡の迷宮』と名付けられたその遺跡地下への隠し扉は、岩盤で塞がれていたという通路の奥にわずかに広がる 小部屋状のスペースの壁に取り付けられた『鏡』だったのである。 見るからに怪しい状態ではあるが、鏡の裏側は何の変哲もない岩壁であるし、その鏡に常人が触れてみても、 それはただの『鏡』にしか過ぎない。 魔力のみに反応し、まるでそれが『水鏡』であるかのように鏡の内部に入り込むかのような通路が開けるのである。 その名の所以は、そこから来ているものとのことであるが、むろんそれだけではなく、 迷宮内部には到る所に様々な鏡が存在していた。 両壁が全て鏡となっている通路や、遺跡入り口の隠し扉と同様に鏡の中へと入るかのように進まなくてはならぬ扉。 何の変哲もない大きな鏡が並べられている部屋が続くかと思えば、 強大な魔力の秘められた手鏡のみが鎮座している部屋もある。 「・・・なるほどな」 異様な魔力を放つその大鏡を横目で見ながら彼は呟いた。 鏡の中には、探索の先駆者と思しき男が倒れていた。 その内部に閉じ込められたまま、脱出の術なく力尽きたのであろうか・・・ 迷宮の深層部については定かではないが、転移魔法やそれに代わるアイテムを使用しての脱出が可能な一帯も多いらしく、 そのためか、実力が伴わぬ者が軽い気持ちで探索に挑むことも少なくないと依頼主は語っていた。 他の領主達の中には、隠し通路の入り口さえ通ることができれば良い・・・と、誰彼構わず迷宮内部へ送り込んでいる者がいる ことを嘆いてみせた。 ――――― だが、その依頼主自身、彼の実力の程を知るはずもない。 第一、彼が闇の魔導師だと知っていたのなら、果たして彼に声をかけたであろうか・・・ 「罠の解除も・・・依頼の内だったな」 言いながら彼は、自らの姿が映りこまぬようそれに近付き、悪趣味に装飾された金色に鈍く光るその枠に触れる。 まるで、拒絶するかのように一瞬火花状の輝きを見せたそれは、やがてその色を失い朽ち果てた。 割れるというよりは、まるで砂と化すかのように、その鏡はその形状すらも失っていく。 「だが・・・確かに ――――― 」 この迷宮は決して安全な遺跡ではなかった。 入り口に施された結界のためか、魔物は一切入り込んでおらず、当然戦闘が必要になることはない。 罠自体も、それがそのまま殺傷力となるような、いわゆる毒針や槍が飛び出してくるような類のものは全くない。 だが・・・彼自身、危険と思われる鏡には細心の注意を払ってはいたものの、 通路の両壁や部屋中の到る所に取り付けられたそれらから完全に身を隠すことは不可能なことであった。 柱の陰に装飾物として取り付けられていた魔力を帯びたそれに、自らの姿が捕らえられているのに気付き、 冷や汗をかいたりもした。 「ある意味、今までに味わったことのないスリルだな・・・」 しかし、あまり心地良いスリルとは言い難い。 迷宮は縦横無尽に広がり、探索するにもキリがない。 精神的にも肉体的にも、それほど消耗があったわけでもなかったが、一旦街に戻るべきか思案し始めた頃であった。 「扉の色が・・・変わったな」 そう呟いて、彼は必要最小限の用心を払い、目前のそれを押し開ける。 「 ――――― 」 一瞬自らの目を疑った。 部屋の中央には、少女 ――――― 「 ――――― アルル・ナジャ・・・」 ――――― なぜ、こう頻繁に出会ってしまうのだろうか・・・ いや、『出会う』という表現は・・・この場合、的確なものではない。 床に描かれた色あせた魔方陣のほぼ中央に、うつ伏せになって倒れている彼女。 その姿を見るなり、思わず駆け寄ってしまったことを彼は後悔する。 「・・・・・・」 幸いにして、不用意に足を踏み入れてしまったその魔方陣は、単体で動作するものではないらしい。 「・・・おい!」 彼女自身は気を失っているだけのようだった。 先刻鏡に閉じ込められた魔導師の成れの果てを見てきたばかりの彼にとって、 とりあえずの最悪の事態は 回避できたというべきだろうが ――――― 「・・・生きているなら返事をしろ」 気を失っている少女に向ける言葉とは到底思えないが、冷たく固い床から抱え起こされたこともあるのだろう。 ゆっくりと彼女はその瞳を開く。 「・・・ん。あれ・・・? シェゾ・・・?」 金色の瞳に光が戻る。 ようやく焦点を合わすことが出来たのか、不思議そうにそう言うと僅かに首を傾げるかのような仕草を見せた。 「なんで・・・こんなとこにいるの?」 「それはこっちの台詞だな・・・何故お前がここにいる」 そう問いを投げかけてみたものの、その理由に見当は付いていた。 「ボクは、通りすがりの街でこの遺跡の調査を任されたんだけど・・・そうか。もしかして、シェゾも?」 「ああ。どうやら依頼主は異なるようだが・・・」 苦々しげに顔をしかめ、視線を背ける。 「そっか・・・ならさ、もしかして・・・帰り道、わかる?」 「まあ、そんなことだろうとは思ったが・・・こんな複雑な遺跡、マッピングもしないで進んでいたとはおめでたい奴だな」 「その・・・最初はちゃんとしていたんだけど・・・」 気まずそうに口ごもる。 「ちゃんと書いていたつもりが、だんだん・・・繋がらなくなっちゃって・・・」 ある意味当然だろう・・・と彼は思った。 この遺跡は無駄に広いだけではない。 いくつもの『鏡の扉』によって異なるフロア同士が隣接していたり、合わせ鏡が転移魔法に似た状態を発動させたりといった 珍しいタイプの『罠』が幾つも存在しているのだ。 「で・・・ウロウロしているうちに、 多分なんか罠みたいなのにかかっちゃったのかなぁ・・・気が付いたら、シェゾがいた・・・ってわけ」 この娘は、随分と物事を軽く考え過ぎる。 あまりにも明るくそう話す彼女の姿に、彼は舌打ちしたい衝動をかろうじて押さえ込んだ。 かく言う自分も、今まで通ってきたフロアの罠や、フロア同士の次元の繋がりを把握しきっているわけではない。 自らの魔力で小さな印をつけた小石を使って安全を確認しながらここまで進んできた彼であったが、 扉を開けた瞬間に転移が発動し、安全を確認する以前に別のフロアに飛ばされてしまったことも数度ほど あったのも事実。 人のことを偉そうにとやかく言える筋合いではない。 「ボク、どのくらい気を失っていたのかなぁ・・・」 「そんなこと知るか」 「まあ・・・そりゃそうだけ・・・」 そう言いかけた時、辺りに小さく音が響く。 「・・・あ」 「最後に飯を食ってから・・・それなりの時間は経っているようだな」 一瞬顔を真っ赤に染め、下腹部を隠すような仕草を見せてから、そのまま恨めしそうな視線と 共に口を僅かに尖らせる。 「し、仕方ないじゃないか・・・自然現象だよ」 「なら別にいいじゃねーか」 「レディのお腹の音が聞こえたとしても、知らん振りするのがマナーってもんだよっ」 「・・・まあ、一般的にはそう言うかもしれんが、俺は一般人でもなければ・・・と、それ以前に、 この場にレディなんていないしな・・・」 「それって・・・どういう意味だよっ」 彼女は更に口を尖らせる。 「ちょうど一旦街に帰ろうとしていたところだ・・・保存食を分けてやってもいいが・・・」 「い、いいよ・・・外まで一緒に連れて行ってくれるだけで」 「そのくらいは別に構わんが・・・お前、脱出用のアイテムも持たずにここに入ったのか?」 「持ってきたけど・・・どこかに行っちゃったみたいで・・・」 確かに、このフロアに『彼女』以外の荷物は落ちてはいなかった。 移動の途中で落としたものなのか、転移の際に荷物を置き去りにしてしまったためなのかはわかりかねたが、 どちらにしても回収が必要な貴重な荷でもあるまい。 「・・・で、何色の扉のフロアから来た?」 「え? なに・・・どういうこと?」 「気付いていなかったのか? 一部の例外はあるようだったが、この遺跡はフロアごとに扉の装飾が色分け されている。万一迷うことがあっても道標が最初から用意されているとは・・・ある意味、親切丁寧設計・・・とも 言えるだろうが・・・」 先にも述べたが、遺跡各所に仕掛けられている罠には、それ単体で殺傷力の強いものは皆無であった。 現に、鏡の中に閉じ込められ、そのままその生涯を終えることとなった者がいる以上、決して安全な遺跡であるとは 言えないが、少なくとも侵入者を排除する目的のものとは思い難い。 恐らくは、様々な魔力を持つ鏡自体とその配置が、偶然に性質の悪い『罠』と化しているのだろう。 「あ。そっか・・・えーっとね。真ん中のところに赤かな・・・そんな感じの石が埋め込まれている扉が あったと思うけど」 「・・・それなら2つ上のフロアだな。確かに転移効果のあると思われる鏡もあったが・・・」 恐らく、床に敷かれたこの魔方陣が、他のフロアからの転移先として設定されているのだろう。 これまでに確認した全ての出口にそのような仰々しい物が描かれているわけではなかったが、 そこには何らかの法則があるのかもしれない。 「まあいいさ。立てるか・・・?」 「・・・うん大丈夫。ちょっと体があちこち痛いけど。そのっ・・・ありがと・・・」 『立てるか』の一言に他意などなかった。 この場から自らの転移魔法で連れ戻るにしても徒歩で戻るにしても、 彼女が自力で立てるかどうかでその後の手順が大きく変わる。 しかし、彼女はそうはとらなかったようだった。 最後に付け加えた一言がそれを物語っている。 「礼など言われる筋合いはない。とにかくまずはここから出るぞ。特に魔力は感じないが、正体の知れない魔方陣の中に 長時間居ることもない」 言いながら、彼は先に立って今来た扉の方に足を向ける。 早々にこの場で転移してしまっても良かったが、やはりもう少し魔法陣から離れておくべきだろう。 もしもこの魔法陣と鏡の転移先とに因果関係があるのなら、転移魔法がそれに何らかの影響を及ぼしかねない。 恐らくは、何も問題はないとは思われたが、用心しておくに越したことはない ――――― ただ、それだけの理由だった。 「あ、待って・・・」 彼女がそう言いながら、彼の後を追って小走り気味に歩き始める。 少し足が縺れたようにも見えたが、さほどの問題はないようであった。 「・・・・・・」 横目でその様を確認すると、彼は先刻入ってきたばかりの扉に手をかける。 「 ――――― !」 扉が ――――― 開いた。 確かに扉には手をかけた。 しかしそれは、触れる程度のもので、一切の力を加えたわけでもない。 つまり、扉は彼が開いたわけではなく ――――― 「あ、やっと追いついた。やっぱりシェゾだったんだね」 それが開き切る前に発せられたその聞き慣れた声に、彼は耳を疑う。 「・・・・・・!!」 いや、当然驚いたのは彼だけではない。 「ち、ちょっと・・・これってどういうことっ!?」 扉の向こう側とこちら側 ――――― 二人の『アルル』は、同時にそう叫んだのだった。 状況を整理するのに、それからどのくらいの時間を要したことだろうか。 扉の外から現れた『アルル』も、内側で倒れていた『アルル』同様、街での依頼を受けてこの遺跡の探索をしているのだと 語った。 その依頼者はそれぞれの『アルル』の話から考えるに、同一人物であると判断して差し障りないであろう。 依頼を引き受けた経緯、探索中の食料の問題からカーバンクルを街に置いて来たという判断、その他様々な点で彼女達の 話は一致している。 異なるのは ――――― 外から来た『アルル』は、中にいた『アルル』が失くしたという探索用に用意したと思われる 荷物を持っていたということ。 そして、その『彼女』は、もう一人の『彼女』とは違い・・・彼、シェゾ・ウィグィィが この遺跡の探索を先行している事実を知っていたということ ――――― 「まあ・・・こういう遺跡だからな。ある意味、ありふれた罠だと言い換えることもできるが・・・」 単純に考えれば、そういうことだろう。 ――――― 『鏡に映ったもう一人が、こちら側へ出てきた』・・・と。 ありがちな三流物語では、目前の鏡から自分と瓜二つの存在が抜け出し、本物を驚愕させる・・・等のシチュエーションも 少なくはないが、必ずしもそうであるとは限らない。 『偽者』は、『本物』がその場を去ってから鏡を出てくることも可能であるはずだし、鏡の中の世界を一人彷徨った挙句、 別の鏡を使ってこちら側へと脱出するという可能性もあるだろう。 「問題は・・・」 どちらが本物であるか ――――― 少なくとも、ドッペルゲンガーの類ではないことは間違いない。 彼女達の発する魔力の質がそれを裏付けている。 そして、その魔力の質は・・・全く同一のものでもあった。 「・・・・・・」 流石に彼も、その疑問を口に出すことはできなかった。 『どちらが本物であるか』ということは、つまり『どちらかが偽者』だという意味である。 本人達を目の前に、その事実を突きつけるのはあまりに酷なことであったし、それ以前に彼女達が 今以上に混乱し、状況を悪化させかねない。 そして ――――― その結論を、彼自身に求められたくなかったというのが本音。 「それとも、脱出を優先させるべきか・・・」 この迷宮自体に敷かれている結界から出ることで、『偽者』が消えるという可能性も否定できない。 または、この場から離れることによって、『偽者』の発する魔力の質の違いを明確に判断することが可能かもしれない。 だが逆に、この迷宮内に何らかの手掛かりが存在しないとも限らない。 どちらが正しいのか、その判断をこの場でつけることは困難であった。 「うーん。とりあえず、その辺は任せるよ。どっちにしてもボク、帰り道わかんないし」 最初に出会ったアルルが答える。 「そうだね。確かにここはシェゾに任せた方がいいと思うな」 後に出会ったアルルもそう答える。 ある意味、元来から楽天的な彼女の性格が幸いしたのだろう。 常識的に考えてこういう場合、『自分こそが本物で、相手の方が偽者だ』と罵り合ったり、そこまでせずとも疑心暗鬼に 牽制しあったりするものだろう。 いや ――――― その場の状況にもよるだろうが、この場で互いに 殺し合いを始めてもなんらおかしくはないのである。 さすがにそこまでは行かずとも、自分が本物であるという何らかの根拠を必死で探す行為に終始することに 間違いないはずだ。 過剰なこの行為は、情報を混乱させるに過ぎないだろう。 だが、根拠といえば ――――― 何故 ――――― 二人のアルルには『違い』が存在しているのか。 確かにその点は、大きな謎であった。 探索用に持参したはずの荷を『失くした』アルルと『持っている』アルル ――――― 迷宮の先行者の存在を『知らなかった』アルルと彼を『追ってきた』アルル ――――― 前者については『複製』の際に『偽者側に荷物は複製されなかった』可能性が考えられる一方、『偽者に荷を奪われた』という 説も否定できないし、それ以前に荷をなくしたこと自体が全く別の理由から・・・という可能性も大いにありえる。 そして後者については、自分よりかなり後方にいたと思われる彼女が、例え罠に嵌ったからといって『彼の前方に現れた』という 不自然さも気になるが、逆にもう一人の彼女が『彼の存在を知っていた』ということもある意味不自然ではある。 無論、それら自体が単なる偶然という可能性もあるわけだが、それを『偶然』で片付けてしまって良いものだろうか。 どちらかが ――――― いや、場合によってはどちらともが『彼を陥れるための罠』であるという 可能性も考えられるのだ。 いや・・・この場で考えるだけ無駄である。 例え罠であっても、油断しなければ良いだけのこと。 さほど大きな問題ではない。 「でもさ、もしかしたら・・・って思うんだけど。ボク、少し前にちょっと怪しい隠し部屋を見つけたんだ」 言い出したのは、後から現れたアルル。 「隠し部屋・・・?」 「うん。変わった鏡が一杯あったよ」 「この迷宮は、どの部屋も同じようなもんだろーが」 「うーん・・・そうなんだけど、上手く説明できないなぁ・・・なんか、ちょっと違う感じなんだってば。 とりあえず、見てみない?」 全く他意のない笑顔。 しかし、それを信じて良いものか否か ――――― 「見たい見たいっ! すぐ近くなんでしょ? 折角だから見てから帰ろうよ」 言い出したのは部屋に倒れていたアルル。 「・・・・・・」 この少女は、自らと同じ姿を持つ存在を『怪しい者』と考えないのだろうか・・・ 「ねえ、シェゾ・・・行ってみようよ。何かわかるかもしれないし」 普通に考えるならば、純粋な好奇心なのだろう。 事実、彼のまだ見ていない隠し部屋があるのなら、とりあえず見ておく必要はある。 ――――― だが・・・ もしも、この提案をした『アルル』が『悪意を持つ偽者』であるのなら、当然この誘いは『罠』 ――――― 「そう・・・だな」 なぜ同意したのか、彼自身にもわからなかった。 強いて言うならば・・・『多数決』に従った ――――― といったところだろうか・・・ 「よーし、じゃあレッツ☆ゴー!」 能天気に先を歩き出す彼女。 それを見て慌ててそれについて行く彼女・・・ やはり、軽く足を痛めているらしい。 先刻、足がもつれていたような気がしたのは気のせいではなかったようだ。 「シェゾ早く早くー! ここから出てすぐなんだよー」 急かされて、一旦彼は二人のアルルを見比べるのをやめた。 見た目でわからないものを、これ以上見続けても何の意味もないだろう。 若干彼女達から距離を保ちつつ、彼は道案内に従うことにした。 「あ。ここ、ここ。見てよっ!」 本当に、扉を出てからすぐのことであった。 数分経ってはいないだろう。 見たところ、辺りの通路と何の違いも見受けられない。 「この柱と壁のつなぎ目のとこにね、隠しレバーみたいなのがあるんだ」 壁に埋めこめられているその柱を回りこんで見てみると、確かに小さなレバーらしきものが存在している。 ・・・が、その位置は、あまりに低い。 よほど念入りに調査でもしない限り、そう簡単に見つけることはできまい。 「何か・・・落とした物を拾おうとしない限り、見つけることはできそうにないレバーだな・・・」 「ま、まあ・・・そういうことなんだけどさ。開けるよ?」 図星だったのだろうか。 それとも『罠』の『演技』として考えるべきか・・・ 「あ。ホントに開いた!」 小さな音と共に、柱の脇の壁が僅かに動き、小さな入り口が現れた。 無邪気にそう言いながら、もう一人のアルルが覗き込む。 「・・・通路自体に危険はないようだな・・・」 まるで『罠』の存在を疑っているかのような言葉が思わず漏れる。 「通路はそんなに長くないんだ。ボクが先に入るね」 彼の言葉に何か感ずるところがあったのか、それとも自然な行為なのか・・・隠し扉を開けたアルルは、返答も待たずに 中に足を踏み入れる。 続けて、もう一人のアルルも中に踏み込んだ。 「・・・・・・」 成り行き・・・それとも惰性だろうか。 躊躇しつつも、結局彼もその後に続くことにした。 例え全てが罠だろうと、油断さえしなければ良いのだ ――――― ほんの十数メートルほどの通路の奥には、この遺跡の入り口に構えていた鏡と良く似た作りのそれが彼らを待っていた。 やはり水鏡のようになっているそれを抜けると、そこは円形の天井を持つ、ホール状の広い部屋。 天井のみを見る上でなら『広い部屋』ではあるものの、壁だけではなく、床の到る所に大きな鏡が立てられており、 それが障害となって部屋の全景を一瞥することはできない。 「・・・なんだ・・・この部屋は・・・?」 「ね? 怪しい部屋でしょ?」 怪しい以外の何物でもない。 円形の天井には、魔法陣らしきものが描かれているものの、部分的に欠落しておりその形を成していない。 床からそびえる沢山の鏡そのものは、恐らく魔力などない普通の鏡なのだろう。 だが、それらを『鏡の迷路』と称するには数が少なすぎ、 かといって『装飾』と称するにはその大きさも向きも不規則で一貫性はない。 比較的質の良い石造りの床には、何らかの模様らしきものが描かれているようにも見えるが、それこそ全く形もなしていなければ 規則性も見られない。 唯一理解できたことといえば、壁に設置されている鏡と鏡の間の各柱には、それぞれ先刻の通路を開いた際と同様の レバーが隠されており、恐らくそれらの多くは各フロアへの隠し通路につながっているのだろう・・・ということ。 柱脇の鏡は、正確には『鏡』ではなく、隠し通路の向こう側の映像を映し出していた。 確かにこの部屋を訪れていれば、後から現れたアルルが先行していたはずのシェゾの存在を知っていたことの説明は付く。 『鏡』に写されている映像が、本当に正しいものであるのかを確認することさえできれば、各フロアへの出入りも探索も 容易なものとなるのは間違いない。 「・・・・・・」 だが、この部屋が、単なる『近道』に過ぎないはずはない。 「ボクはね、確か・・・こっちの隠し通路からこの部屋に入ってきたんだ。最初はビックリしたんだけどね・・・」 言いながら、彼女は不規則に並ぶ鏡の幾つかをかわしながら、彼らが今入ってきたのとほぼ対角線上の柱の方へと歩を進めた。 途中、大きな鏡の影に入り、彼女の姿を見失ったものの、とりあえず喋り続ける声だけは聞こえる。 「・・・・・・!」 不意に、姿を消したはずのアルルが背後に現れた・・・ような気がした。 「・・・鏡か」 何のことはない。不規則な鏡の配置が、偶然合わせ鏡のような役割を果たしたのだろう。 よく見ると、別の位置の鏡にも彼女の姿は映っているし、当然自らの姿も意外な場所に映りこんでいる。 「待てよ・・・この形・・・」 映りこんだ自らの姿と、その足元の模様・・・そして天井の中途半端な魔法陣らしきものを見比べながら彼は呟いた。 「そうか。鏡に映った状態で魔法陣が発動しているのか」 一番近くの鏡に近寄り、様々な角度からそれを覗き込んでみる。 思った通り、別の鏡に映りこんだ天井の魔法陣がそのまま目前の鏡に映り、欠損していたと思われる部分は床の模様が 補っている。 無論、それだけでは完全な形の魔法陣には成り得ていないが、恐らくはこの『映像』を映し出している別の鏡と その周辺の床の模様が更にその形を補っているのだろう。 後は延々その繰り返し ――――― 「こりゃ・・・面白い」 立ち位置を変えると、当然鏡に映る映像も変わる。 そして、違う角度から見たそれは、違う模様と映像とを組み合わせ、全く別の魔法陣を織り成しているのである。 「なるほど・・・これは恐らく、迷宮内の転移系魔導力を統括している陣か・・・だが、右の鏡に映り込むことで、 何か別の効果の陣と成り得ているようだな」 「・・・ねぇ」 「いや、まだこれだけじゃ不足しているか・・・更にどこか別の鏡に・・・」 「ねぇってば!」 何度目かのアルルの呼びかけ。 「あ、ああ・・・どうかしたか?」 「どうかした・・・じゃないってば。さっきからずっとボク達のこと無視しちゃってさ」 この場合、『ボク達』という表現自体を如何なものかとは思うが、実際ほんの短い時間であっても、完全に彼女『達』のことを 失念するくらいに、その鏡と魔法陣との関係に没頭していたのも事実。 「確かに『怪しい部屋を見つけた』って言ったのはボクだし、『もしかしたら何かわかるかも』・・・って言ったのもボクだけどさ、 ここまで無視されちゃったりしたら面白くないっ!」 目前の鏡を遮るかのように、彼女は彼の目の前に割って入る。 台詞の内容から判断して、恐らくは、後に出会った方のアルルなのだろう。 『罠』の可能性がある以上、油断はしない・・・と気を引き締めていたはずであるが、完全に彼女達の動きを目で追うことを 失念していたらしい。 「まあ・・・そう慌てるな。ほんの一瞬だが、この迷宮内の全ての魔力を途絶えさせる方法を思い付いた」 「え? それって、ボク達が二人になっちゃったのとかに関係あるの?」 「・・・そりゃあるだろうよ。逆になけりゃ、そっちの方が怖い」 この隠し部屋の中には、短い時間内に彼が確認しただけで、数個の質の異なった魔法陣が存在していた。 相当数の陣が同じ空間内に同居しているのは明らかではあるが、それらの全てを調べるには時間がかかりすぎるだろう。 詳細がわからない以上断言してしまうのは早計ではあるが、 この迷宮内の魔力の中枢を担っている空間である・・・と言い換えても過言ではあるまい。 「わかりやすく言うとだな・・・この鏡に映っている魔法陣を消してしまえば、迷宮内の魔力が無力化する・・・ってことだ」 「へー、そっか。ここに映ってるのって、魔法陣なんだね」 「さっすが、シェゾ。ボク言われるまで全然気が付かなかったよ・・・」 両側からの同じ声での返答。 「でもさ、さっきからボク、この鏡の前をウロウロしているけど、ボクの体のせいで魔法陣は映らなくなってるよ」 「だよね・・・鏡の前に立っても、何にも変わったこと起きないよね」 言いながら、二人のアルルはそれぞれ鏡の前で、宙で手を振り回すなど同じような仕草をしてみせる。 (・・・気が付いていないのか・・・?) 彼女達の仕草を横目で見やりながら、彼は鏡の角度を確認しつつ数歩移動する。 「やはり・・・そういうことか・・・」 先刻のアルルの台詞は、至極正論であった。 鏡の前や鏡同士の間に誰かが立つことで、その鏡には魔法陣以外の物が映し出される。 つまり、魔法陣を途切れさせることは簡単なことであるはずなのである。 「・・・予備・・・と言うべきなのか、別の場所に置かれた鏡にも同じ魔法陣が描かれている。一箇所の陣が隠れたからといって 問題はないようだ」 「そうなの? 言われて見れば、ナルホド・・・ってカンジだよね」 「でも・・・なら、どうすればいいの?」 さすがに二人同時に・・・とまではいかなかったが、振り向きざまに、やはり同じ声での返答。 (本当に気付いていないのか・・・?) 今発生している『問題』の『解決法』とは・・・ つまり、迷宮内の魔導力を断ち切ってしまうということは ――――― (お前たちの内のどちらかが『偽者』と判断されて、消えてしまうということなんだぞ ――――― ) ・・・かといって、そのままにしておくわけにもいくまい。 それは当然、彼自身もわかっていた。 「ここの鏡を徹底的に怖しまくるのが一番早い方法だが、折角の遺跡の価値がなくなってしまうばかりか、下手すると 迷宮の出入り口の鏡からの脱出すらできなくなってしまうだろうからな・・・」 この場の魔法陣が迷宮内の全ての鏡の魔力を統括しているわけではないだろう。 鏡の多くは外部から持ち込まれたものであるだろうし、当然それぞれが元々持ち合わせていたはずの魔力もあるはずだ。 だが恐らく・・・迷宮入り口の鏡については、それが『迷宮の一部』である以上、その可能性は多分にありえる。 それ以前に、この部屋からの脱出自体が出来なくなってしまえば元も子もない。 「そ、それはさすがに困るかも・・・」 「やっぱり、脱出最優先だよね〜」 (・・・『全員で』脱出できるわけではないだろうがな・・・) 「手間はかかるが・・・予備に形成されている陣も消してしまえるよう、効率良く鏡の前に障害物を置けば良い。 あえて一部の鏡は左右に稼動するよう作られているタイプのものもあるが、無闇にそれを動かさない方がいいだろう」 「障害物・・・?」 「・・・指示をするが、その通りに動けるか?」 「うん。やってみるよ」 「どうしたらいいの?」 二人のアルルが返答する。 「まず・・・服を脱げ」 ――――― 場の空気が凍りついた。 「・・・ちょ、何どさくさに紛れてヘンタイ発言してんのさ!」 「少しでもキミを信用しようとしたボクが馬鹿だったよっ!!」 「ああ・・・そういえば、お前らも『一応は』女だったな。すっかり失念していた」 本気の発言だったのか、意図的な悪戯だったのか・・・ 罵声を浴びせ続ける彼女達を一瞥すると、 彼は身に纏っていた漆黒のマントを脱ぎ捨てると同時に剣を抜き、それを切り裂いた。 「何も鏡全体を隠す必要はないからな・・・なんとかなるだろう」 言いながら彼は、ただの布切れと仮した自らのマントの一片を更に切り裂く。 「これを・・・ここから見て一番奥の鏡の左上に引っ掛けろ」 「もう一方は、向こうの壁側の・・・床の陣が混み合っている部分がわかるか? その手前の鏡の下側を隠せ。足元の陣が 一緒に隠れても構わん」 彼の意図することが理解できたのだろう。 鏡の上に・・・と指示されたアルルは布を受け取ると素直に指示された方向に向かった走り出し、 もう一人のアルルも軽く足を引きながらも、同様に従った。 「もう少し・・・右側まで隠れるか? ああ・・・その辺で良い」 周囲の鏡の映像を見比べながら更に細かな指示を出し、彼自身は別の方向に歩いていく。 残ったマントも幾つかに切り裂き、その一片を自ら目前の鏡の中央部分にロープを使ってくくりつける。 「次はこっちだ」 再度彼は同様の指示を出し、手元の布切れは全てなくなった。 ほんの数箇所を布で覆っただけではあるが、今まで映りこんでいた筈の映像内の紋様が大幅に変わる。 当然それと同時に、鏡の陰に入り死角になる空間も増えた。 「シェゾ、次はどうすればいいの?」 今声をかけてきたのが、どちらのアルルなのか・・・ 彼女の姿も、僅かな時間ではあるが何度か死角に入ってしまっている。 見分ける手段は、足を引きずっているか否かと、荷を持っているか否か、のみ。 「あとは・・・お前の持ってきた荷物を、あの鏡の前に置け。床に描いてある陣の一部が出来るだけ大きく隠れるようにだ」 これで、荷物の有無で見分けることは出来なくなる。 「ついでに・・・その向かい側に、これを被せろ」 言いながら彼は、今度は自らの上着を脱ぐなりそれを放り投げる。 「うわっ! もう・・・人使い荒いなぁ! これ、ちゃんと洗濯してるの?」 「さっさとしろ・・・」 文句を言いながらも、結局は言われた通りに動く彼女を横目で確認しながら、彼自身は反対方向に移動する。 「ねえ、次はどうするの?」 「お前は、今置いた荷物のすぐ右側に並んだ鏡のほぼ中央に立て。そこから動くな。そしてお前は・・・」 視線をもう一人のアルルに向ける。 「この鏡の前だ。あまり前に出すぎるな」 視線の角度を変えながら、ゆっくりとその場を後にする。 (これで・・・あとは ――――― ) 小さく息をついて、彼は足を止めた。 「今から、俺が最後のポイントになる鏡を隠す。これで、 一瞬だが全ての魔法陣が途切れるはずだ。準備は・・・いいな」 そう・・・魔法陣が途切れるのは一瞬のみ。 彼の仮説が正しければ、魔法陣が途切れることによって、この迷宮内の魔力自体も途切れ、 その結果偽者のアルル消えるはず・・・ 偽者の彼女が消えることによって、途切れた魔法陣は復活し迷宮内の魔力も元に戻る。 「うん。このまま動かなけりゃいいんでしょ」 「大丈夫。いつでもオッケー」 つまり ――――― 彼自身が一歩踏み出せば、アルルが一人消える。 (・・・単純に、元の状態に戻るだけの話だ・・・) そう割り切ってはいた。 いや、割り切ろうとしていた・・・という方が正しいだろう。 それなりに警戒はしつつも、あえて、どちらが偽者であるかを見極めようともしなかった。 もしかして、結論が出るのを恐れていたのではあるまいか・・・ それとも・・・自らの手で結論を付けたくなかったのか ――――― (まさか・・・な) 不意に浮かんだその思考を、自ら打ち消すかのように軽く首を振ってみせる。 (仮にそうであるとしても、単に結論付けるのが面倒だったからに違いない) そして、鏡の死角に入っているはずの彼女達がいるであろう方向に視線を戻す。 (どちらが本物のアイツなのか、見分けられないはずはないだろう・・・) 視線を目前に戻し、彼はゆっくりとその一歩を踏み出す。 その判断に何かしらの根拠があるわけではない。 いわゆる勘の一種なのか、それとも別の感覚なのか ――――― 本物のアルルは ―――― ――――― そして、真実を残し・・・鏡の死角に隠れた、『偽りの全て』が消えた ――――― 彼がその部屋に足を踏み入れた時、その空間には良く見知った少女の姿があった。 出会うはずのない少女の姿に戸惑いを覚えつつも、彼は ――――― 至極自然に声を発する。 「こんなところで、何をやっているんだ」 その問いを聞いて、彼女も至極自然に微笑んだ。 「うーん・・・ちょっとした、長くて短い不思議な冒険体験?」 「なんだ? そりゃ・・・」 「上手く説明できないし、しても信じてくれないと思・・・」 そう言いかけた時、辺りに小さく音が響く。 「・・・あ」 「最後に飯を食ってから・・・それなりの時間は経っているようだな」 一瞬顔を真っ赤に染め、下腹部を隠すような仕草を見せてから、そのまま恨めしそうな視線と共に口を僅かに尖らせる。 「し、仕方ないじゃないか・・・自然現象だよ」 「なら別にいいじゃねーか」 「レディのお腹の音が聞こえたとしても、知らん振りするのがマナーってもんだよっ」 「・・・まあ、一般的にはそう言うかもしれんが、俺は一般人でもなければ・・・と、 それ以前に、この場にレディなんていないしな・・・」 「それって・・・どういう意味だよっ」 彼女は更に口を尖らせる。 「さあな・・・言葉そのままの意味だと思うが?」 楽しげな嫌味を吐きながら、彼は部屋の奥へと歩を進め、そのまま辺りを見回している。 「随分と興味深い造りの部屋だが・・・本格的に調査するとなると、それなりに手間がかかるだろうな・・・」 周囲の鏡と天井や床の紋様とを見比べているのだろう。 「部屋を見つけたのはお前が先だろうから・・・本来なら調査権はお前にある」 振り向きざまに彼はそう言った。 「無論、力ずくで奪い獲ってもいいんだが・・・どうせお前の知識じゃロクな調査なんて出来ないだろう」 「・・・だ、だから・・・なんだっていうのさっ!」 「折半・・・で、調査を手伝ってやってもいいが、どうする?」 「そ、そんなの・・・なんかズルイじゃないかっ!」 彼女の言葉に答えようともせず、彼はそのまま元来た通路の方へと歩き始める。 「調査には時間がかかる。俺は一旦街まで引き返して、飯食ってから改めて出直すつもりだが・・・お前はどうする?」 「・・・え?」 「戻り先は同じなんだろうから迷子の一人くらい道案内してやっても良いし、 どーせ雇い主の金なんだから飯くらい奢ってやっても構わないが・・・どうする?」 そのまま彼女の横を通り過ぎ、今度は振り向きもせずに言い放つ。 「あ・・・待って。い、行くよっ!」 そのまま歩み去ろうとする彼を呼び止め、後を追おうとして思わず足を止める。 「・・・・・・」 その場で静かに振り向くと、背後には鏡に映った自分達の姿 ――――― 「 ――――― ボク、帰るね」 誰に言うとでもなく、思わず呟いてみる。 「何か・・・言ったか?」 「ううん、なんでもないっ! 今行くねっ!!」 視線を戻し、足元に置きっ放しになっていた荷を慌てて拾い上げると、彼女は軽やかに彼の後を追って走り出した。 あとがき・・・ 後味がビミョーな作品を書いてみたくて・・・こんなものができてしまいました。 あじってば、相変わらず『説明君』なので、短編であろうとも余計な解説・描写が多くてサクサク読みたい派の方は ちょっとイライラしちゃうかもしれませんが・・・(汗) シェアル小説・・・とは言い難いですね。多分。 とりあえず、シェゾとアルルが出てくる小説・・・って感じで(苦笑) 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『魔導物語・ぷよぷよ』魔導・ぷよ小説へ戻る |