『些細な事件の目撃者』





 『不機嫌』・・・という現象に、理由なんてない。
 突然呼び出されたかと思うと、失くし物を探すのを夜遅くまで手伝わされて・・・ 結局見つからずにようやく開放されて戻ってきたところに、今度は来客。

(大体・・・今何時だと思っているのよ)

 ところが、その珍客はそんなことお構いなしで、中に押し入ってきた。
 それでいて、『何の用か』と訪ねても口篭もるばかりで・・・

(こんな状況で、にこやかに応対することなんて、できるわけないじゃない)

 それでも・・・ただでさえ決して自分から他人への関わりを持とうとはしない目前の男が、 わざわざ自分を訪ねて来たという事実にそれなりに興味は沸いた。
 気を紛らわすか、それでなくとも暇つぶしにくらいにはなるだろう。


「アイツに一体何があったんだ」

 ただ、それだけのことを聞き出すのに、ルルーがどれだけ苦労したことか。

「アイツ・・・って、ああ。アルルのことね」

 根拠があるわけではないが、ほぼ間違いのないことだろう。
 事実、シェゾはそれを否定しない。

「アルルが・・・どうかした?」
「昨日から、店を休んでいる。中にはいるようだが、返事がない。店の扉に貼り紙すらない」

 先刻まで、当のアルルのところにいたわけであるから、当然ルルーは 知っていたことであるが・・・はたから見れば、確かに妙な話かもしれない。

 思いつきとはいえ、あんなに楽しそうにカレーショップを開いた彼女。
 何度か、諸事情で店を休んだことはあったようだが、急な用事で出かけてしまったと いうのならまだしも、『休業』の貼り紙すら出さずに店を締め切り、 中に閉じこもっている状態は明らかに不自然であろう。

「・・・中にいるんでしょ? じゃあ、直接聞けばいいじゃないの」

 例え入り口が閉まっていてもカレーショップには、オープン当日にアルルがシェゾを ジュゲムで吹っ飛ばした際にできたという壁の大穴がある。
 あの穴は・・・確か、まだ修繕していないはずだ。
 そこが人の『家』である以上、その穴から勝手に出入りするのはどうかとも思うが、 中に声をかけるくらいは当然できるわけで・・・

「聞けるくらいなら、こんなところに来るか!」

 人の家を『こんなところ』呼ばわりされて、あまり気分の良い者はいないであろうが、 ルルーはそう思うよりも先に、目前の男の全くもって素直でない思考回路に対して 大きく溜息をついた。

 確かに、彼が『素直でない』のは、今に始まったものではないわけで・・・
 ルルーには、彼が『どうしたんだ。体の場合でも悪いのか?』だなんて、 心配そうな顔でアルルに話しかけるところなんて想像することすらできなかったのも 事実であった。

「・・・そうねぇ、教えてあげてもいいけど・・・」
「何か心当たりがあるのか?」

 意地悪げに呟いた言葉に間すら置かずに返ってきた返事のタイミングが あまりにも滑稽であったが、恐らく本人はそのことに気付いていないだろう。
 この場で突っ込んでも良かったが、その楽しみは後にとっておくことにして・・・

「なんか、失くし物をした・・・とか言ってたわね。確か」
「・・・失くし物?」
「何か、必死になってあちこち引っ掻き回していたみたいよ」

 その現場に居合わせていたわけであるから、『みたいよ』という表現は正しいものではなかったが、 彼女の目的は話を引き延ばすことにあるわけで、 そういう意味ではこの効果は絶大なものであった。

「い、一体何を失くしたっていうんだ」
「さあ・・・なんだったかしら」
「・・・知っているんだろう!?」
「そうねぇ・・・ところでそんなこと知って、どうするつもりなの?」
「・・・ま、まさか魔動力を失くした・・・なんてことはないだろうな!!」

 アルルが何を失くそうが当然この男には関係のないこと。

 確かに、元々彼女の魔導力が目当てで近づいて来たこの男にとって、そのような事態が起これば 忌々しき事態であることに間違いはないのだが・・・魔導力が失くなって、 タンスの中やカウンターの下を探し回る者がいるはずもない。
 少し考えればわかることだろうに・・・
 それならそれで、『心配』だとか『気になる』だとか、自らの口からそう言った言葉を発しようと いう感覚は、この男にはないのだろうか・・・

(まあ、こいつにそれを求める方が酷・・・ってものよね)

 ルルーは軽く溜息をついた。

「まさか、違うわよ。ほら、確か・・・前にあんたが、カレーを只で食べさせてくれたお礼に ・・・って、遺跡から持ち帰った安物の石を置いてったことあった じゃない? アレのことよ」

 それは何の変哲もない、ただの石。
 光にかざすと、それは美しい色彩を放ち、当初はルルーの方がそれを欲しがったりもしたのだが、 所詮は街の店で二束三文でしか買い取ってもらえない程度の代物。
 ルルーの興味は、たちまち失せた。

「ああ・・・結局アレは、アイツがそのまま持っていたのか。だが・・・それがなぜ・・・」
「アタクシもすっかり忘れていたんだけどね、あの日って、あの子の誕生日だったらしいのよ。 店のことでゴタゴタしている時だったから、 周りの人達も本人すらも忘れていたらしいんだけどね」

(実を言うと、サタン様だけは覚えていたらしいんだけどね・・・)

 豪華プレゼントを用意して、彼女を驚かすために密かに送らせていたのだが、住所を書き間違えて 翌日返送されてきたとか。

 つまり、誕生日当日に、彼女にプレゼントを手渡したのは、仮に本人にそのつもりが 無かったとしても、シェゾ・ウィグィィただ一人であるわけで・・・
 その『大事』なプレゼントを不覚にも紛失してしまったことで、彼女はそれを探しまくっている わけで・・・

 目前の男の表情の変化と苛立ちの素振りがあまりにも面白くて、ルルーは必要以上に 焦らしながらそこまで話して聞かせる。

「・・・たかが、それだけのことで、店を締め切っちまうか、フツー?」

 意外な真相に、拍子抜けしたかのような顔でシェゾがそう言った。

「今更だけど、あの子に『フツー』の感覚を求める方がどうかしているわよ」

 ルルーはそんな彼の表情につられたかのように、何度目かの溜息をついた。

「まあ、探し物が見つからない限り問題は解決しないんだろうけど・・・とりあえず、明日にでも 様子は見てきてあげる。だから・・・今日はとっととお帰りなさいよ」

 とりあえず話せることは、全て話してやった。
 退屈しのぎにと、わざと話を引き伸ばし、その結果、それなりに面白いモノを 見ることができたとは思うが・・・シェゾ『で』遊ぶのも、もう飽きた。


 なんだか、気まずそうな表情を浮かべて、無言で目の前から掻き消えてしまった 彼・・・



 その時は、珍しいものを見たと密かにほくそえんでもいたのだが、あまりにも呆気なく姿を消した こともあってか、それ以後彼女自身、この日の出来事についてさほど考えを巡らす ようなこともなく・・・

 そのまま一週間ほど過ぎ ―――――



「あ、いらっしゃい。またお金にならないお喋りしに来たの?」

 相変わらずの笑顔。
 人によっては『毒舌』と取られかねないその挨拶の言葉も、 彼女の口から出るとそうは感じられない。

「今日は通りがかっただけよ。アタクシも忙しいんだから・・・」

 そうは言いながらも、結局はアルルの元で時間潰しをすることは珍しくない。

「調子はどう? 前に作った・・・って言ってた新作は売れてるの?」
「うーん・・・相変わらずお客さん全然来ないからねー。さっぱりだよ」

 言いながら顔を上げたアルル。
 不意に一点で視線を止めた。

「あれ・・・?」
「何? どうかしたの?」
「・・・シェゾ?」

 入り口のドアの外に立っていたのは彼。
 中に入るでもなく、かといって通り過ぎるわけでもなく・・・なんとも微妙な位置に 立ちつくしている。

「・・・・・・」

 それでも彼女達が気付いたことで観念したのであろう。
 辛うじて表情を変えずに、そのままドアを開く。

「・・・どうやら『お客』としてきたんじゃないみたいだけど、何か用?」

 彼女は万人に対して共通の笑顔でそう問いかける。

「その・・・つまり、だな・・・」
「・・・?」

 店内に入っては来たものの、そのまま口篭もる彼の姿を見て、ルルーはふと 例の出来事を思い出す。
 彼の方はと言うと、一瞬ルルーに視線を逸らし、いかにも話を切り出し難そうに僅かに 顔をしかめている。

「なあに、用があるんだったらさっさと言いなさいよ」

 助け舟を出してやったというよりは、興味本位からの一言であった。
 それでもそれは、充分に前者の役割を果たすことになったようで、意を決したかのように 彼は握り締めたままの右の拳を差し出した。

「必要ないから、やる」

 無愛想に言い放つと、その拳を軽く開く。
 それは、条件反射で差し出されたアルルの両の手の中に収まり落ちた。

「・・・シェゾ?」

 不思議そうな表情を浮かべ、彼女が問う。

「俺のところに置いといてもしょうがないだろうが! そんなもの。要らないからやる・・・と 言っているんだ」

 顔を背け、僅かに声を上ずらせてのその答え。

 ――――― それは、ペンダントトップに加工された淡い色彩を放つ天然石。

 以前に彼が持ってきた石と、どことなく放つ色彩が似ているような気もするが、一見してそれとは 違うことくらいはわかる。

「シェゾ・・・これって・・・?」

 もう一度アルルは問う。

「あんな石ころ、どこに落ちてるものも同じだろうが・・・!」
「・・・え?」

 こういう事柄に決して敏感な方ではないアルルではあったが、その手の中の石の色彩とその一言は、 彼女を納得させるに充分なものだったらしい。
 僅かに頬に色がさし、見る間にその表情が緩む。

「・・・今日は腹は空いていないがな、今度来た時に何か食わしてくれればそれでいい」

 単に『プレゼント』と称するのが照れくさいのであろうか。
 背を向けたままの彼が突きつけたのは、本当に些細な交換条件。

「あ、ありがとう・・・」

 『でも・・・』という一言をアルルは辛うじて飲み込んだ。

 恐らくはどこかで、以前貰った『宝玉』を失くしてしまったことを聞いての行為なのだろうが、 実のところあれだけ大騒ぎしたものの、例の石はその翌日にはあっさりと 見つかっていたのである。
 つまり、『彼のプレゼント』は全く無意味なものと言い換えることもできるわけで、 本来なら、受け取る謂れは全くない。

 それでもアルルは、その彼の行為が単純に嬉しくて・・・

「大事にするねっ」

 満面の笑みを浮かべて、ただ一言そう告げた。

「・・・・・・」
「本当にありがとうっ!」

 振り向きもせず、どこかぎこちない足取りで立ち去ろうとした彼の背に、もう一度そう告げる。
 店の扉の小さなベルが鳴り、黒ずくめのその男はしばらくそのまま歩いていったかと思うと、 すぐに自らの姿を掻き消した。

「・・・な、なんだったんだろうね・・・」

 脇の傍観者にそう尋ねてはみるものの、その表情は緩みっぱなしで、見ている方が恥ずかしく なってしまうほどである。

 彼女の手の中のペンダントトップは、確かに『誕生日プレゼント』ではないけれど、 それ以上に価値のある『宝物』として輝いていた。



 新しい石は、決して高価なものではないけれど、それなりに人気のある街の店に最近入荷した ばかりの一点物。
 今朝までウインドウに飾られていたはずだ。

 あの男が、若い女の子達で溢れかえるその店でこれを見つけ、一週間も悩みに 悩んだ末にこれを購入したかと思うと・・・

 どんな顔して店に入り、店員にどんなことを言って、これを手に入れたのか。
 その姿を想像するだけで笑いを抑えられなくなる。

 こんな笑い話・・・滅多にあるものではない。


 ――――― それでも、アタクシは・・・教えてやらないんだから。


 彼女の様子がおかしいと、夜遅くに突然尋ねて来たその男の狼狽ぶりも、彼が『死ぬほど』 苦労してこのプレゼントを手に入れたであろうことも・・・

(だって、こんなに幸せそうなこの子の顔見てたら・・・これ以上さらに喜ばせるようで、 なんだか癪なんですもの)

 『彼の秘密』を暴露して、笑いものにできないことも癪ではあったが、 それでもやっぱり・・・しばらくは自分1人で楽しむことにした。

 他人から見たら、ちょっと意地悪に思われるかもしれないけれど・・・


 ――――― こんな『関係』に水を差す・・・ってのも、なんだか野暮な話だと思わない?






― 終 ―






あとがき・・・


 以前、某同盟様に投稿したネタの里帰りです(笑)
 今はそちらでは公開されていないのでUPしてみたのですが・・・既に読んだことのある方も 多いのでは・・・?
 改行以外は、原文のまま掲載です。

 さて・・・えーと、シェアル小説ではありながら、なぜかルルーが主役しています(爆)
 『おなかがぐ〜』の番外編に当たる作品なのですが・・・内容的にギャグとは言い難いですね。

 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆





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