『夢の欠片』





――――― もしも、ボクがある日突然死んじゃったりしたら ―――――


みんな、悲しんでくれるかな・・・

泣いてくれる人なんて、いるのかな・・・


女の子達は、多分・・・泣いてくれるんじゃないかな。

そんなに親しくしていない人達だって、こういう時は泣くもんだと思う。
悲しいこととかがあったら、涙腺だって弱くなるもんね。

でも、それってやっぱり何か違うと思う・・・
その『涙』は、ボクのために流してくれた涙じゃなくて、
きっと、自分のために流している涙なんだよ。

悲しいから・・・辛いから・・・?
なんとなく、そういう気分になったから・・・

中には、きっと・・・ボクのために悲しんでくれる人もいるとは思うけど、
それが誰で、どのくらいの数か・・・だなんて、ボクにはわからない。


男の子や男の人達だったらどうかな・・・

やっぱり、女の子みたいには泣いてくれないよね。
それに、お義理で泣かれても・・・あんまり嬉しくないや。

それでも、サタンはね・・・多分、泣くんじゃないかなぁ。
周りの皆が、大迷惑だ・・・って文句を言うくらい泣くんじゃないかと思う。

・・・でもね、サタンはいつも大袈裟だから・・・
だってそれは、あまりにも見慣れた光景で・・・
本当に悲しんでいるのかどうかなんて、わかんないと思うから。


それなら・・・キミは ―――――

キミなら、ボクのために泣いてくれる ――――― ?



















「変な夢・・・」

 あまりにも爽やかな朝に、似つかわしくない目覚めの瞬間であった。

 夢は人並に見ることはあるけれど、それはもっと楽しかったり、面白かったり・・・時には、 ちょっとだけ恐ろしかったりする、どこか奇妙で不思議な・・・それでもなんとなく現実的な もので、まるで自らの体験した冒険談のように他人に語って聞かせることのできるような『夢』で あった。
 それが全くといって良いほど現実味のない『想像上の物語』であることも珍しくはなかったが、 辻褄は全くといって良いほど合わないまでも、『夢の話』を強引にまとめて、『物語』として 他人に聞かせることは可能なことであろう。

 ところがこの日の夢は、現実味の全くない・・・まるで今まで精神世界を漂流していたかのような 感覚さえ覚える、言葉では言い表せないような『体験』であった。

「・・・やっぱり変な夢」

 まるで、怖い夢から目覚めた後の疲労感に近い感覚がアルルを襲う。

 『怖い夢』についていえば、あまりの恐ろしさに力一杯身をすくめたり、見えない敵に対して手足を バタつかせて抵抗したりと、疲れる理由もわかるものである。
 当然、そのような夢を見た後は精神的にも疲労しているのであろう。

 だが・・・この日の夢は、そういう類のものでは決してない。

 誰かに聞いてもらいたいとは思うものの、それをどう言葉にして良いのかがわからなくて・・・
 それでも、疲れきった体を起こし、身支度を整えるなどしているうちに・・・ そのようなことは、どうでも良いことのように思われた。

(もしかして・・・言葉にできないような夢は、こうやってすぐに忘れてしまうのかも しれない・・・)

 単に自分が覚えていないだけでもしかすると、この類の夢は頻繁に見ているのかもしれない・・・ という思いが頭をよぎる。

(なぁんだ・・・そう考えたら、それほど『変な夢』でもないのかも・・・)

 その『結論』は、アルルの気持ちを切り替えるのに充分なものであった。
 そして、そのまま・・・遅めの朝食を取り終える頃には、その日の朝の『夢』のことなど、本当に 忘れてしまっていたのである。



 空にはまるで綿菓子のような雲が浮かび、爽やかな心地良い風が時折木々をすり抜ける。

 このような天気の日には、大抵アルルはその森を訪れることにしていた。
 人に問われれば、単にその風景が好きだから・・・と答えるし、そこが 街へ向かうための近道であるのも事実。

 だが、それならば・・・さほど『天気』は関係のないことで・・・

(あ、やっぱりいた・・・)

 そこには・・・この爽やかな風景にあまりにも似つかわしくない黒装束の 男が横たわっていた。

 見た目には単に昼寝をしているだけのようにも思われるが、彼が言うにはそれは決して 無意味な行為ではないらしい。
 自然界に放出され続けている微弱な魔力を取り込むのに、 その場所は最適だということであった。
 一度、彼を真似て同じようにしてみたものの、結局アルルにはその違いがわからなかったので あるが・・・それでも、彼がそう言うのならそうなのであろう。

 実際、彼が完全に寝入っているのを見たことはない。
 単に熟睡していないだけなのかもしれないが、声をかけると、 ひどく不機嫌そうに返答する。

 その様が面白くて、アルルは時折この森を訪れるのであった。

 比較的機嫌の良い時は、取り留めのない話に付きあってくれることもある。
 時には、気配を気取られない程度の距離をおいてその姿を眺めているだけのこともある。

 普段、他人には絶対に見せないであろう一見無防備な彼の姿を、例え遠くからであろうと 眺めることで、まるで彼を独り占めしているかのような心地良い錯覚を覚えることもある。

「・・・何か用か?」

 珍しく、彼の方から声がかかる。
 ゆっくりと体を起こし、前髪をかきあげた。

 恐らくは、転寝から丁度目覚めたところだったのであろう。

「別に、用はないけど・・・」

 いつものようにそう言いかけて、アルルは息を飲んだ。


 銀色の前髪の隙間から、頬を伝う一筋の涙 ―――――


 ――――― うそ・・・


 まるで辺りに響き渡るのではないというような音で、心臓が飛び跳ねた。

 よく考えると、彼は寝起きでなのである。
 多少涙目になっていても、なんの不思議もないのだ。

 それでも、その光景は・・・ある意味衝撃的なものであった。

「シェゾ・・・もしかして、泣いてる・・・の?」

 若干遠慮がちにではあるものの、遠まわしな言い換えをすることなくアルルは問いかける。

「・・・・・・」

 言われてみて、初めてその事実に気が付いたのであろう。
 自らの頬に指先を当てその感触を確かめてから、彼は涙に濡れた指先に視線を移す。

 それは、僅かにその指先を濡らす程度の・・・
 木漏れ日がもう少しだけ弱ければ、誰も気が付かない程度のただの『水』 ―――――

「・・・ああ、怖い夢を見たからな」

 しばらく間を置いた後の彼の返答に、アルルは驚きの表情を隠せなかった。
 彼から発せられるにしてはあまりにも意外な言葉だったということもあるが、それ以前に、 彼が全く無表情で素っ気無くそう答えたことに対して呆気に取られた・・・とでも言い換えた方が 的確な表現だろうか・・・

 『泣いているのか』というストレートな問いを投げかけてみたものの、その直後、彼女は 自らの問いに激しく後悔の念を抱いたのである。
 彼の性格から考えて、本当に何らかの理由で涙していたとするならば、その姿を他人に 見られるなどあってはならない事態であろう。
 必要以上にプライドが高くて、滅多に他人に心を開かない彼に、面と向かって言うべき 言葉であるはずがない。

「・・・え?」

 思わずそう発したアルルの声は、そんなアルルの思考を如実に表していた。

「・・・・・・」

 当然、彼もそれに気が付いたのであろう。
 僅かにその表情を歪ませる。

「勘違いするな。ガキじゃあるまいし!」

 確かに、『怖い夢を見て泣いていた』という状況も、 彼にとっては大変不名誉なものであろう。

「・・・場所柄、他人の思考や潜在意識の一部が魔力と共に流れ込んでくることもそれほど珍しい ことでもないからな。大方、どこかのガキの『怖い夢』の記憶が俺の思考の中で 具現化しちまったんだろう」

 彼が言う通り、この場所が自然界に放出された微弱な魔力を取り込みやすい場所だと いうことであるならば、その説明にもとりあえずの納得はいく。
 それは、稀に強い念や潜在意識を感じることもあるらしいのだが、多くの場合は『思考』そのものを 読み取ってしまうような物騒なものではなく、『思考』から零れ落ちた記憶の欠片を断片的に感じる ・・・という程度の曖昧なものなのだという。

「誰だろうと、全ての思考を記憶して留めておくことなんてできやしないからな。記憶の奥にそれを 押し込めたりそれ自身を排除したり・・・そんな時に、その欠片が微弱な魔力と共に自然放出 されることがあるんだ。・・・まあ、その魔力を吸収したところで、それが具現化するなど かなり珍しいことではあるんだが・・・」

 余計な誤解を招いたことに焦りを感じたのだろうか。
 普段よりも彼の口数が多い。

「・・・あ」

 そんな彼の話を聞きながら、アルルは不意にそう言葉を漏らす。

(思い出した・・・今朝の夢の事・・・)


 つい先刻のことであるはずなのに、すっかり忘れていた自らの奇妙な夢 ―――――


 ――――― さっき、シェゾが泣いているのを見て、ドキッとしたのは・・・ 夢の続きを見たような気がしたからだったんだ。


 確かに、意外な光景に驚いたからでもある。
 だが・・・ただそれだけのことで、あんなに心音が飛び跳ねるはずはない。

(ボク自身、言葉にできなかった変な夢を、記憶の欠片に変えていた・・・ってことだよね)

 それでも夢の全てを思い起こすことはできなかったけれど、湧き上がった疑問に対する結論が 出たことでとりあえずの納得をする。

(・・・でも、それならボクもその記憶の欠片を魔力と一緒に放出してた・・・ ってことだよね)

 思い起こしてみると、目が覚めた後のあの疲労感は、魔力を必要以上に放出し続けたからと 理由付けることもできる。


 ――――― もしかして、ボクの夢は・・・


「どうかしたのか?」

 アルルが話の途中で言葉を漏らしてから、時間にしてほんの一瞬程度しか過ぎていないので あろうが、それでも彼には充分不審な行動に感じられたのだろう。

「・・・ベ、別に・・・何でもないよ・・・」

 動揺していることに気付かれるのではないかと気が気ではない。
 だが、むしろその焦りが僅かに声を上ずらせる。
 それでも彼は、それ以上の詮索をしなかった。

「ところでさぁ、さっき・・・シェゾが見た『怖い夢』ってどんな夢だったの?」

 今度はもっと落ち着いて声を発する。

「・・・さあな。あくまでも思考の『欠片』だ。いちいち覚えちゃいねーよ」


 ――――― うそ。


(だって、今・・・不自然に視線を外した)

 大体、例えどんなに恐ろしい記憶の欠片を吸収したのだとしても、それを『見た』のは 彼自身。

(・・・キミは、自分で涙を流したんだよ)

 知らない他人の『夢』なんかを見て、彼が涙を流すことなんてありえない。


 ――――― キミの涙は、キミ自身のものなんだよ・・・


 どこかの子供の怖い夢を見て涙を流した・・・など、その『言い訳』の方が彼にとって、 より不名誉なことであろうことに気が付いているのかいないのか。

 アルルの奇妙な笑顔の真意に気が付いているのかいないのか ―――――


 彼は再びその場に身を横たえて瞳を閉じる。



 空にはまるで綿菓子のような雲が浮かび、爽やかな心地良い風が時折木々をすり抜ける。

 なんの変哲もないありふれた日常の風景が、何気なく心の中を暖かくした ―――――






― 終 ―






あとがき・・・


 不意に・・・米を洗っている時に思いついた話です(爆)
 あまりインパクトのない話なので、さっさと書き留めておかないと、本当に『忘れちゃう』 ・・・と思いまして、今、慌てて書いています(笑)

 あまりあじの作風っぽくない作品かもしれませんね・・・
 アルルの性格といい、シェゾの性格といい・・・
 ウチのアルル・・・こんなに『少女』じゃありません(笑)
 『闇が〜』があじの書く作品のシリアス系の公式的なストーリーだとすると、 こっちは番外・・・ってことで。

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