『翼が消えた天使』 第一部第十一話 『昼下がりの庭で』「全く・・・日の曜日に突然呼び出されたかと思えば・・・ただのお茶会だったとはね」 誰しもが見とれるほどの端正な顔立ちの青年から発せられる歯に衣着せぬ物言いに、同席者達は思わず顔を見合わせる。 「申し訳ありません。女王試験という大切な任務を任されている同士として、もっと親交を深めるべきかと思ったのですが・・・ 出過ぎた真似だったでしょうか」 「そんなことはないだろう。ただのお茶会・・・とはいうが、大事な情報交換の場でもある。決して無駄な行為ではない」 一時的にではあるものの、聖地の一角に守護生達と同様に与えられた私邸の庭先。 このために用意させた真新しいテーブルと小さな花瓶。 「いえ・・・でも、確かに・・・日の曜日はプライベートな時間・・・僕の考えが浅はかだったのかもしれません」 まだ幼い顔つきのその少年は、僅かに目を伏せる。 「別にプライベートとかそういう問題ではないんだけどね、この聖地という特殊な空間にいる限り、完全なプライベートな時間なんて 望めるはずもないだろうし」 「まあ、そう言うな、セイラン。お茶会が気に入らないのなら、勉強会とでも場を改めても良いのだが?」 年長者らしくそうまとめながら、苦笑いを浮かべる目前の男に視線を移し、セイランと呼ばれた青年は溜息をつく。 「ヴィクトール・・・そういう考え方もナンセンスだと思わないかい? まあ・・・僕の価値観を君達に押し付けるつもりは 毛頭ないから、これ以上の議論は無駄だと思うけれど」 言いながらも椅子に深く座りなおした彼を見て、他の二人は再び顔を見合わせた。 「そういうわけだからティムカ、話があるのなら、さっさと済ませてもらいたいものだね」 さほど興味なさげにではあるが、即ち『会の続行』を承諾しているのであろう。 主催者でもある少年 ――――― ティムカは、胸を撫で下ろすかのように僅かに息をつく。 「そう・・・だな。女王候補は試験には大分慣れてきたことと思うが、特に気にかかる点などはないか?」 話を切り出したのはヴィクトール。 「そうですね。二人とも一生懸命に頑張っていることと思います」 「頑張るだけで試験が上手くいくのなら、それに越したことはないんだろうけどね」 「それはその通りだが・・・何か問題でもあるのか?」 「別に・・・女王候補自体がどうこう・・・って意味じゃなくて、むしろ僕は、この試験・・・いや、聖地そのものの方が 気にかかるけど」 セイランのその言葉に、ヴィクトールは僅かに逡巡したものの、それでもゆっくりとその口を開く。 「確かに・・・今の聖地は、いや正確には・・・この宇宙は、正常な状態ではない」 詳細こそは伏せられていたが、彼ら3人も前女王から現女王への戴冠の際に、宇宙そのものが新たな空間へと 移動したことについては聞かされていた。 本来であれば、聖地や王立研究院関係者等、特別な立場にある者以外には決して漏らされぬ情報である。 「僕達にとっては、新しい空間に宇宙が移動した・・・と言われても、何の変化も感じ取ることは出来ない状態ですが、 恐らく・・・女王陛下や守護聖様達にとっては、言葉では言い尽くせないほどの負担があるのではないかと思います。 ですが・・・」 言いかけて、ティムカはそのまま口ごもる。 「今回の女王試験は、何か裏がある・・・やっぱり君達もそう考えていた・・・ってことか」 特に表情を変えるでもなく、セイランがそう続ける。 「別に、裏・・・だなんて・・・」 「この宇宙が今まで存在していたはずの虚無の空間に、新たな宇宙が生まれた・・・その用無しの空間の宇宙をわざわざ育て上げる ・・・ってことは、今のこの宇宙が上手く機能しない場合は、今のこの宇宙を捨てて、 元の宇宙に全てを帰還する可能性がある・・・って意味ではないのかい?」 事も無げに、そう言ってのける彼に驚きを感じつつも、正直なところヴィクトールも、そしてティムカも同様の推測が 思考の片隅に存在しなかったといえば嘘になるだろう。 『宇宙の違和感』を感じる ――――― さすがに、そうまで言い切れる根拠はなかったが、聖地の人々の顔色や様子を見ていれば、ある程度の想像はつく。 「い、嫌ですよ・・・セイランさん。そんなキツイ冗談を・・・」 場を取り繕うように、とりあえずそう発した言葉。 「そうだ。滅多なことを言うものではない」 「・・・そうかな。新しい宇宙の行く末については、今の女王候補達にとって最も重要な話だと思うけどね。 もしも、この宇宙が元の場所に還るのであれば・・・女王候補達は何のために女王試験を受けているのか・・・」 「・・・・・・!」 「土台を作るためだけの捨石の役目なのか、それとも逆に、現女王自身の方が ――――― 」 「 ――――― やめましょう」 言葉こそは相変わらずの丁寧なものではあったが、その口調の強さに、さすがのセイランも思わず発しかけた自らの言葉を 飲み込んだ。 「やめましょうよ・・・僕は、そういうつもりで皆さんをお呼びしたわけではないんです。女王候補の二人が少しでも良い環境で 試験を受けられるように、そして新たな宇宙が少しでも発展するように・・・そのために有用な情報交換ができたら・・・と、 それだけのことだったんです」 声を荒げたのは一瞬のこと。 すぐに落ちついた普段の口調で彼は話を続けた。 「確かに・・・そう、確かに聖地にとって部外者でもある我々であっても、不可解な点の多い状況下なのは俺も認めよう。 だが、それは我々には関係のないことだ。あくまでも我々は・・・試験の教官として聖地に呼ばれただけのことで、 それ以上の問題に立ち入ることは許されないし、それらについて知る必要もない」 「ふん・・・型通りの返答だね」 そうは言いつつも、それは彼にとって予想の範疇であったのだろう。 「少しは面白い話を聞けるんじゃないか・・・って思ったから、半分退屈しのぎに出向いてきたわけだけど・・・」 恐らくは、最初からそれが目的だったのだろう。 「それは・・・なんと言ったら良いか・・・」 「大体、ここで僕達が情報を交換なんてしなくても、女王候補各々のデータも、育成中の新宇宙のデータも、全て王立研究院が まとめてくれているはずさ。今更何が必要だというんだい?」 「研究院のデータだけが全てじゃないだろう。アンジェリークがどんな食べ物を好むか。レイチェルはどんな本を読んだのか・・・ そういう些細な事だって大事な情報だ」 「僕としては・・・そういう噂話の類は、あまり好きじゃないんだけどね」 「噂話の中に重要な情報が隠されていることだったあるでしょう。現にセイランさんが感じている、聖地や宇宙がおかしい って話についても・・・全てではないにしても、人々の噂話が元になっているわけではないのですか?」 「意外と正論をつくのが得意みたいだね。確かに、当たらずとも遠からず・・・といったところだ」 あっさりとそう認め、目前の二人に視線を向ける。 「でも・・・結局、それが何になるって言うんだい?」 「・・・・・・?」 「確かに女王候補の好みや行動を把握していたら、それを講義に役立てることは出来るかもしれないね」 表情一つ変えずにセイランはそう続ける。 「だからこそ、言えるんじゃないか? それは ――――― とてつもなく恐ろしいことだ・・・と」 セイランの言わんとする意図が飲み込めず、ティムカはそのまま声を発せずにいた。 「所詮僕達は外部から召喚された教官に過ぎない存在だから、当然新女王の選択権も推薦権もない」 返答がなされないことを確認して、更に彼は続けた。 「だけど、二人の女王候補を・・・もしくは一方の気に入った候補を、自分の思い通りの『女王』となるように 教育することは出来る。もちろん、 彼女達も自我がある人間なんだから、限界はあるだろうけどね・・・」 「 ――――― !!」 テーブルに置かれたカップが振動で小さく音を発した。 「セ、セイラン・・・!」 「そして、当然のことながら、逆も・・・つまり気に入らない方の候補を、自らの意思で追い落とすことも容易い」 事も無げにそう続ける。 「まさかお前は・・・そんなことを・・・!」 「考えちゃいないさ。そこまで僕は女王というものに興味はないんでね」 まるで軽い冗談でも言ってのけたかのような表情でそう答える。 「・・・ただ、僕達はそういうことが可能な存在だ・・・ってことさ。それ自体に間違いはないはずだと思うけど・・・?」 「た、確かに・・・そうですよね。そんなことがあってはならないことだとは思いますが、僕達も人間である以上、 無意識の中でそういう行為をしないとも限りません」 静かにティムカがそう答えを返す。 「・・・だけど、いえ・・・だからこそ、僕達教官は複数拝命されたのではないでしょうか」 無論、それだけが理由ではないのだろうが、確かに女王候補の教育のみが目的であるならば、精神・感性・品位・・・全てに おいて人並み以上に秀でた存在の『教官』を1名のみ拝命すれば良い話なのである。 守護聖のような存在と違い、教官としての資質を持ち合わせたものであれば、彼ら3人でなくとも 充分にこの任は勤まるはずであろう。 「教官が複数いることで、講義は公平・公正に近い形で行われるはずでしょう。当然、教官各々が 同じ候補に肩入れするような事態もありえるでしょうが、それは・・・その候補に女王として即位するだけの何かが 存在していた・・・というだけのことで・・・」 「その通りだろうね」 満面の・・・とまでは当然いかなかったが、セイランの微笑みをティムカはこの時、初めて見たような気がした。 「確かにその通り。各々の考えが同じ候補に向けられるということはそういう意味だろう」 何かと否定的な返答のみを返していたセイランとの意見の一致に、ティムカは僅かに安堵の息を漏らす。 「だけど、あくまでもそれは『各々の意思』ってことが前提なんじゃないのかい?」 「・・・・・・!」 「互いに情報を交換し合うということは、当然自分の意思を他人に押し付ける・・・いや、そこまで強いものじゃなくても、 他人の考えに何らかの影響を与えてしまうことは否めないだろう」 「・・・・・・」 「もしも僕がここで、どちらかの女王候補についてを賞賛し、彼女こそが女王に相応しいと熱弁したら・・・どう思う?」 思ってもみなかった言葉に、思わず二人は顔を見合わせる。 「それは・・・」 「そうかもしれない・・・と刷り込まれるか、逆にそんなはずはない・・・と反意を持つか ――――― どちらにしろ、 その時点で公平な判断は出来なくなってしまうと思うんだけどね」 彼の言うことは正論であろう。 他人の意見に左右されぬという強靭な意志を持っていたとしても、その意思に支えられた判断が 本物なのかどうかを確かめる術はない。 「だから・・・ってわけでもないんだけどさ、僕は二人の女王候補『個人』に全く興味はないし、深く立ち入るつもりもない。 この会の趣旨が女王候補に関しての情報交換だ・・・というのなら、僕はこの辺で退席させてもらうよ」 言いながら、言葉の通りに席を立つ。 「あ・・・」 思わず呼び止めようと声を発したティムカであったが、繋ぎ止める言葉が思い浮かばずにそのまま飲み込んでしまう。 「セイラン・・・いくらなんでも、それは・・・」 恐らくは『失礼だ』とでも続けたかったのであろうヴィクトールの方も、彼の言い分が正論である以上、強くは言えずに 途中で言葉を止めてしまった。 「そうだね、美味しいお茶と綺麗な庭での一時は、それ程悪いものじゃなかったよ」 振り向きもせず足早に小道の方へと向かいながら、軽く片手をあげる。 「もしも、また僕を招待したい・・・だなんて酔狂なことを考えているのならさ、せめてもう少し楽しげな噂話でも 用意しておいてもらえると嬉しいんだけどね」 口調からして、本気で言っているのではないだろう。 彼自身がお茶うけ代わりにゴシップ話を望むとは到底思えない。 「あの・・・は、はい。そうします」 思わずそう答えてしまう。 「ああ、そうだ ――――― 」 不意にセイランは足を止めた。 「お茶のお礼に、いいことを教えてあげよう」 「・・・・・・?」 肩越しに振り向いて彼は言う。 「噂話なら、庭園近くの通り沿いにあるカフェなんてお勧めのスポットだと思うよ」 彼自身が噂話を求めて足繁く通っているとは思えなかったが、単にそういう機会に恵まれたのだろう。 「場所柄なのか、様々な立場の人が出入りしているみたいだからね。真偽の程はさすがにわからないけど、 かなり面白い話も耳に出来る」 「・・・面白い話?」 確かに庭園近くの店ならば、聖地で暮らす多くの人が出入りするだろう。 宮殿や王立研究院の関係者はもちろん、守護聖付きの秘書や使用人も例外ではない。 無論、それなりの役職に就く者が、そのような場で重要な情報を漏らすとは思えないが、さほど重要ではないと判断された 話題の断片が居合わせた他の客の耳に入り、他の情報と繋がっていく・・・という可能性は充分にある。 「そう ――――― 例えば、聖地での一定期間の任務を終え、他の任地に移動するはずの兵士や研究員達が、 時々そのまま忽然と姿を消してしまう・・・って感じの怪談話とかね」 まるで鼻で笑うかのように、セイランはそう答えた。 あとがき・・・ 脇道エピソード開始☆ ・・・っていうか、脇道入れないと教官達の出番がほとんどなくなってしまいそうだったので・・・(汗) とはいえ一応、完全な脇道ストーリーではなくて、ちょっと書きたかった エピソードに繋がる話にはしているつもりですが・・・ 予め白状しておきますが、個人的に・・・セイラン様ファンなので、出番多めです・・・(笑) 『お茶会』なんて場で、彼はこんなに饒舌ではない・・・とは思いつつも、ついつい出番を増やしてみたい乙女心・・・ メニューページへ戻る 全ジャンル小説図書館へ戻る 『アンジェリーク』アンジェ小説へ戻る |