Pumpkinの歴史



『Pumpkinの歴史』の後編です〜
まだ前編を読んでいない方は、先に前編から読むことをオススメします。

もちろん後編も草凪巽がお送りします☆





 ☆新作グッズ続々発売!

 Pumpkinの活動は、春、夏、冬、それぞれ一回地元のイベントに参加する、というペースに 落ち着き、私達も段々と慣れて参りました。
 そんな、「まったり活動期」のお話です。
 まぁ、嵐の前の静けさ、ともいいますが・・・。


 この頃から、各々の趣味嗜好が更にはっきりしてきました。
 サークルとしてのジャンルは、星矢とトルーパーとしていましたが、この二つがメイン、という のではなく、共通項がこの二つだった、のです。
 今でもPumpkinはよろずサークルなのですが、当時はメンバーが七人いたのですから、 それはもう、書ききれないほどのジャンル数です。
 正直なところ、全部覚えてはいません、私。

 ジャンルの多さもさることながら、私達は全員、絵柄のタイプがまったく違っていました。
 イベントで余所様のスペースを見ていると、なんとなくそのサークル様のカラーが見えてくる ものですが、自分達のスペースに限ってそれが全然感じられません。
 人間、自分の事ほどわからないっていうしな・・・などと、深く考えもしなかった私でしたが、 実は本当に統一感がないサークルだったのでした。


 この、あっちゃこっちゃぶりに拍車をかけたのがグッズ類の普及です。
 便箋以外にも色々なグッズが出始めたのです。

 当然のように私達も手を出します。

 豪華(我々にとって)なものではバッジ。
 カンバッジではなく、絵を書いた紙を挟むタイプの、名札式のものです。
 丸い形で、直径は3〜4cmでしたか。

 小さかったなあ。
 描くのも挟むのも、ちまちまちまちまとやったものです。

 またも額つき合わせて悩みながら。

 バッジの枠の色が何色もあったもので、この絵にはこの色が映える、でもキャラのイメージは こっちの色、いやそのギャップもまた良し、・・・まったくかしましい事です。
 出来たバッジを試しにつけてみて、はずし忘れてそのままコピーに行ってしまうのも お約束・・・。


 小物と言えば、カセットレーベル、栞などを沢山作りました。
 ちなみにカラーコピー登場はまだまだ先ですので、全部一点ものです。
 私はカセットレーベルを作るのが大好きでした。
 あの縦横の比率と大きさが描き易かったからです。
 今でもグッズを作るならカセットレーベルを作りたいのですが、残念なことに需要が無いと 思われます。

 大きいカラーイラストで使うのはためらわれる派手な色使いを楽しみ、いきすぎて悪趣味に走り、 セピア系で軌道修正し、ちょっと楽しくなって、もっと描き込んでメリハリのある物を、 とやっているうちにモノクロになり。

 ・・・カラーの意味なし。
 まるで原稿のようなカセットレーベルが出来てしまいました。

 栞は一枚一枚が小さいので、量産が出来ます。
 私はシリーズものにするのが定番でした。
 トルーパーだったら、一人を描いたらあと四人分、計五枚にしなくてはならないのです。
 セット売りもしてないくせに、なぜ「しなくてはならない」のやら、さっぱりわかりません。
 それがこうじて、並べると一枚の絵になるという栞も作りましたが、こうなると栞の用途を完全に 忘れ去っています。
 しかもこれもセット売りではないのです。
 バカです。

 さらに凝りたくなり、本より大きいサイズの栞も作ってしまいました。
 なんでしょう、それ。
 もはやメンバーにすら栞だとは気付かれず、リボンつきのカラーイラストとして並べられて いました。
 バカもゆきすぎるとばれないものですね。

 他にも、使途不明のカード(ポストカードサイズとは限らない)、スタンド付きのイラスト (プラスチックのスタンドに挟んで立てられる物です)などなど、スペースからグッズが溢れん ばかりでした。

 何故このように雑多な物を大量生産していたのかといいますと、私達は何か新しい物を 見聞きすると「そういうものがあるのか、じゃあやってみよう」と直結する思考回路を持っていた ようなのです。
 サークルを作ったところから「同人誌即売会というものがあるんだ、じゃ、出よう」ですから、 このノリはすっかり完成してしまっていたのです。

 そんな私達が、とうとう「コスプレ」というものがあることを知ってしまいました。
 じゃ、やろう。
 ・・・当然の成り行きだったのです、コスプレという嵐がやってくるのは・・・。

 しかし今こうして思い出してみたところ「嵐の前の静けさ」というほど静かではなかったよう ですね、やっぱり。


 ・・・付けられたバッジ・・・一番大きなサイズのモノだったんですけど・・・(未だに根に 持ってる)
 当時カラーコピーは、あったことはあったはず。
 但し、犯罪的(大袈裟)に高かった・・・




 ☆コスプレだ!

 さて、コスプレ集団でもあるPumpkin、そのうち私が参加したのは都合三回です。

 初コスプレは星矢でした。
 あじがキグナス氷河こと氷河くん、私がアンドロメダ瞬こと瞬ちゃんです。
 初心者ですから、難しい聖衣バージョンではなく、私服モード。

 まだいささかの照れがあったので、「一見普通の格好だけど、わかる人にはわかる」という路線を 狙ったつもりです。  しかし季節は冬、私達、半袖です。
 いったい何人の方が「普通の格好」などと思ってくれたのでしょう・・・?

 星矢にお詳しくない方のために、少々説明を。
 氷河くんは青の袖なしTシャツにレッグウォーマーと黒ズボン、瞬ちゃんはモスグリーンの Tシャツに白ズボン、白のサスペンダーです。

   えーと、「わかる人にはわかる」というコンセプトとは別に、私達にはもう一つポリシーが ありました。
 それは「極力お金をかけない」。

 私は貧乏性です。
 あじもややその傾向がありまして、あるもので出来る、は重要なポイントでもあったのです。
 あじは小物を手作りし、私は白いジーンズを水原から借りました。
 私が唯一購入したのが白いサスペンダーです。
 街中の店という店を捜し歩いたのですが、声高に苦労を語るほど広い街ではありません。
 むしろ、よく見つかったなあ!と、コスプレの神様に感謝です。

 世話になっておいてなんですが、あまり祀りたくない神様です。

 ちなみに、これ一回のために買ったサスペンダー、その後は何食わぬ顔で制服のスカートを 吊るのに愛用。
 つくづく貧乏性です(夏服の白いセーラー服から透けなくて便利・・・などと言い訳をしたもの です)。

 衣装はばっちり、私達の髪の長さも良い具合に切ったり伸びたりしてきました(鬘のことは思いつ きもしませんでした)。
 といったところで、一つ問題が。

   ・・・男の子のコスプレ、しかもTシャツ一枚です。
 当方女子、その、つまり胸をいかに潰すか、という・・・。
 コスプレのノウハウに疎く、教えを請う先達も持たぬ私達は、また長い会議に突入です。
 その甲斐あって、つつがなくクリア出来たと思います、が。
 今、そこそこ大人になった私は、あの頃の自分にどうしても言ってやりたい。
 ツッコまずにはいられない。

「悩むほどの胸はないだろ!!」

 ・・・とほほ。

 この初コスプレは、星矢ファンに罵倒されることも無く、何のコスプレだかわかる方も思ったより も多くて、とても楽しかったです。

 そうなると、もちろん一回で済むはずがないのであります・・・。


 二度目のコスプレをした頃は、もう星矢全盛期ではありませんでした。
 といいつつ初オフセットの星矢本を作っていた私達ですが、「美少女戦士セーラームーン」にも 手を染めていたのです。
 そう、コスプレ第二弾はこの「美少女戦士セーラームーン」でした。

 連絡は突然やってきました。
 コスプレのお知らせではなく、決定事項の報告として。
 このコスプレをする前に、メンバーの転居などの都合でPumpkinは四人になっており、 その四人もそれぞれ遠く離れていたので、恒例の作戦会議は出来なくなっていたのです。  それにしても、話が早い。
 発案者水原と、衣装製作者あじとの間で話は進み、私に連絡が来る頃には、何もかも決定済み でした。


 セーラー戦士の衣装(変身後)といえば、結構なミニスカート。
 正直、一歩引いてしまった私ですが、あじお手製の可愛い衣装を見たとたん、態度激変その気 100%です。
 我ながらあさましいほどの変わり身の早さでした。
 反省。

 変わり身の早さといえば、瞬ちゃんコスプレの時には如何に平らにするか悩んだ我が胸を、 今度は寄せるは上げるは大騒ぎです。
 まったくもって、勝手なものです。
 ちなみに、こっちのほうが苦労したことは言うまでもございません。
 ・・・とほほほほ。

 あじがセーラームーン、水原がセーラージュピター、和斎がクンツァイト、私がセーラー マーキュリーに扮して、いざ出陣です。

 キャラクタ―について簡単に説明します。
 セーラームーン、ジュピター、マーキュリーは正義の味方セーラー戦士。
 クンツァイトは敵方ダークキングダムの四天王。
 同じく四天王のゾイサイト(♂)はクンツァイト(♂)が好き好き大好きで、彼の為にか本人の 趣味か、いつも斬新な作戦をセーラー戦士達に仕掛けてくるおちゃめさん。

 セーラームーンに化けて皆を騙そうとしたのがその最たるものでしょう(筆者主観。詳しくは 「美少女戦士セーラームーン・煩悩つきストーリー紹介」のページをご覧下さいませ)。

 あじはゾイサイトの大ファンです。
 それはもうファンです。
 クンツァイト込みで愛しているくらいファンです(いえ、クンツァイト単体でも好きなのかも しれませんが、どうも私には把握しきれないのでこんな説明でご勘弁を)。

 そんなあじが、クンツァイトの衣装も麗しい和斎を見て、 

「きゃあクンツァイト様!素敵ーっ!!」

 と抱きついたとて誰が責められましょう。

 が、しかし。
 コスプレの華、主役のセーラームーンが、これではすっかり偽セーラームーンすなわちゾイサイト です(ゾイサイト本人がおネエ言葉なので、その様子はもう「そのまんま」)。


 我々は、主役をあっさりと失ってしまったのです。

 コスプレには意外な落とし穴があるものだということを、 この日私達は学んでしまったのでした。


 まあ、このコスプレには他にも腐るほどのエピソードがありますが・・・(汗)
 ちなみに・・・確かにクンツァイト単体ででも好きですが、どちらかというと『クンツァイト込み で好き』の方が的を得た表現なのではないかと・・・多分。
 さらにちなみに・・・巽、忘れてるね?
 星矢の前にやったコスプレのことを・・・



 ☆コスプレ再び

 前回のちょうど一年後、我々は再び「セーラームーン」のコスプレに挑みました。
 今度は完全版、セーラー戦士五人のコスプレです。
 ムーンあじ、マーズ水原、ジュピター和斎、マーキュリー草凪、そしてセーラーヴィーナスには、 共通の友人をスカウトしてきました。

 マーズ、ヴィーナスの衣装をあじは新たに製作し、私もささやかながら衣装の準備に携わること となりました。
 とはいっても、学校祭のクラス演劇で、衣装係をおろされたというイヤな実績を持つ私に 縫製の手伝いが勤まるわけがありません。
 私に課せられた使命は「アンダースコートを買うこと!」でした。
 前回もそれに類する物を着用していたのですが、人数が増えた分をどうせ買い足すのだから いっそ全員分新調しよう、というわけです。


 私は勇んでスポーツ用品店に出かけました。
 テニス用のアンダースコートはすぐに見つかり、あとはこれを五つばかりレジへ持って 行くだけ。
 ・・・ですが。
 なぜかそうする気になれません。
 自分を訝しがりながらも、しかたないので日を改めることに致しました。

 後日、出直した私は、念の為に水原を道連れにしておりました。
 季節柄、今度は五件ほどのお店を巡ってアンダースコート発見です。
 白いのは四つしか無かったので、一つは銀のラメ入りになってしまいますが、それはもちろん ムーンあじふらいが穿けば良いのです。
 主役ですから。
 さあレジへ・・・とここでもまた、なぜか手が出ません。
 この為に連れてきた水原もその気になってはくれないようで、ただただ私達は顔を見合わせる ばかりです。

 ・・・日を改めます。

 案の定、今度は三人です。
 はるばる私達の住む所までやってきた(旅の目的は他にあったのですが)和斎をすかさず連行 しました。
 和斎も乗り気ではなかったようですが、もう日にちが無いのと、三人揃う機会も今日しかないと いう勢いでなんとか購入、やっと購入。

 しかし、この「なんか買う気にならない現象」は何なのでしょう?
 後にも先にも、こんな事はアンダースコートを買うときだけです。
 一人で五つも買うのに抵抗があるのかとも思いますが、三人で五つ買うのも同じような 物でしょう。

 テニス部でもないのにアンダースコートを買うなんて宗方コーチ(「エースをねらえ!」参照の こと)に申し訳が立たない!とかいう可愛らしい理由でもあったのでしょうか・・・。

 宗方コーチもよりによってフリフリのスコートの件で顔を立てて欲しくも 無いとは思いますが。


 「セーラームーン」のコスプレは二度目なので余裕!といきたいところですが、そうは問屋が 卸しません。
 なんと、今回のイベントはPumpkin初主催イベントでもあったのです。

 なにかというと会議していたのは伊達ではありません、イベントの概要などPumpkinは 三十分で決めてしまいました。
 ・・・なんと一年前の時点で。
 しかし何か新しいことを見つけては手を出す体質も伊達ではなかったので、イベントの内容は 必然的に色々なことを詰め込んだものになります。
 準備が忙しくなるわけです。
 ならば主催に専念しコスプレは次回に回す、ということも出来ないのです。
 貧乏性も伊達ではなかったらしく、折角コスプレするのだから、イベントのメイン企画の一つ 「コスプレ人気投票」の賑やかしに・・・という下心、 いえいえ合理的な思惑があったもので。

 つくづく、Pumpkinらしいイベントだったと思います。


 それでも、いかに疲労しようとも当日となれば、気分はすっかり戦う乙女です。
 念願の主催イベント・・・一年に及ぶ下準備の期間が走馬灯のように・・・などという暇は ありません、当日の方が忙しいに決まってます。
 衣装の上にコートを着込んで(更衣場は参加者優先ということでこんないでたちに)、早々に イベント会場へ向かいました。


 念願のセーラー戦士5人勢揃い!
 衣装が衣装なので、かなり目立つ!

 ・・・だろうという読みをしておりましたが、結果は・・・。

 ある意味、当たったというべきでしょうか。


 五人のセーラー戦士はイベントスタッフとしてフル回転で働いておりました。
 受け付け、企画の進行、オークション関係の会計、ステージ上での司会、自スペースでの売り子、 諸々が全部セーラー戦士。

  「何かございましたらお近くのセーラー戦士まで!」

 ・・・こうなるとコスプレもスタッフのユニフォームです。

   目立つことこの上ないのですが、どうも、見て見て的華やかさとは遠く隔たったところにいって しまいました。

 それでも、お客様がいらっしゃる間は楽しく、コスプレのし甲斐もあるというものですが。
 設営及び撤収のために、黙々と机を運び椅子を積むセーラー戦士の姿は・・・哀しい。

 自慢の衣装はとうとう作業着と化してしまいました。


 ともあれ、イベントは盛況のうちに終了、会場閉鎖時刻に追われながらも決めポーズ写真も撮影し、 感無量です。
 良き思い出、青春の一枚です。

 ・・・水原がネガを紛失したので誰の手元にも残っていませんが。

 思い出とはいつも、儚いものなのですね・・・。


 このネタも他にも腐るほどありますね・・・
 あ、ちなみにこの時のイベントは『単独初主催』で、以前にも合同での主催経験はありました☆
 それはさておき・・・例の写真。
 ネガはやっぱりないらしいけど、最初の1枚は今、元締の手元にあるらしいよ。



 ☆ノートいろいろ

 その後も、Pumpkinは何度かコスプレをしています。
 「DORAGON BALL」のグレートサイヤマン1号2号や、「地獄先生ぬ〜べ〜」の ゆきめちゃん、「封神演義」の趙公明様などなど。
 私が、再利用の方法に頭を悩ませていたフリフリアンダースコートも、再び役に立ったようです (グレートサイヤマンの中身ではありませんので、どうぞご安心ください)。

 居住地などの関係で全員が顔を揃える機会は減りましたが(私は上記のコスプレには不参加 なのです)、イベントのほかに通信販売などもするようになり、Pumpkinの 活動は続きました。
 和斎の脱退、あじによる「ぱんぷきん☆ねっと」の開設などを経て、 現在に至るというわけなのです。


 ・・・なのですが、もう少しだけ、お付き合いください。

 サークルとして同人活動に関わってきたことをメインにここまで書き連ねて参りましたので、 記す機会が無かったのですが、実はそれとは全く関係なくサークル内の楽しみのためだけに続いて いた活動のことを書いておきたいなと思います。

 それは「Pumpkinノート」という、ひねりの無い名前のついたノートのことです。

 一人一ページ好きなことを描いて(書いて)次の人に回す、それだけの回覧板ノートなのです けれど。
 私は自分の番が回ってくるのが楽しみで楽しみで、毎度わくわくして読んでいました (描くのも楽しかったんですけどね)。
 ノートは普通のB5サイズ大学ノートです。
 一冊終わったら、最後のページを描いた者が次のノートを買い、終わったノートは買った人が 保管する、というルールでした。

 そのうちの一冊が私の手元にありますので、久しぶりに開いてみることにします。

 ・・・。
 ・・・ちょっと眩暈がしました。

 描き込み及び書き込みの量が半端じゃありません。
 一人一ページという決まりなので、画面狭しとばかりに。
 余白無しです。
 途中で一人二ページまでとルール変更されたのも納得の密度でございます。
 さらに、二ページでも足りなかったのでしょう、別の紙をクリップで挟んで付け足して描いて いる剛の者もちらほら。

 そこまでしても規定ページ数は厳守している様が微笑ましくもあります。


 内容は・・・何と言ったらいいのでしょうか・・・?
 ・・・誰に聞いているのでしょう。
 基本はイラストとフリートークだと思うのですが・・・。
 コマ割りした漫画あり、見開きで隣り合う者同士の合作あり、他人のページへの乱入あり、 思いつくことなんでもありです。
 しかもカラーです。
 画材は主に色鉛筆ですが、パステルを使って他のページまで粉っぽくしているのは私のイラスト でした。
 そんな奴もいれば、丁寧にペン入れしてから着彩している者もいたり。

 ・・・重ねて言いますが、普通の大学ノートです。

 当時の私達の、溢れ出る情熱をお伝えしたいのですが、客観的に見れば何かが脳からはみ出して いたとしか思えません。


 ですが、ここは恥も外聞も無く、正直な感想を書かせてください。
 個人的には物凄く面白いのです。

 本などで発表する物ではないので、各々が好き勝手なことをしているのですが、もう楽しくて 仕方ないと言わんばかりのページの連続、こっそりひっそりと大騒ぎ、といった感じです。

 イベント参加や本作りなどの外に向けた活動と、このノートのように内輪でぐるぐる回る活動、 質の異なることを偏らずに並行して出来たという環境はとてもありがたかったのだなぁ、と、今 改めて思います。


 回覧ノートはPumpkin七人時代の間ずっと続き、最後に「特別編」と称した七人合同好き 放題コピー本を作りました(メンバー分だけでもちろん販売はなしです)。

 このノートとコピー本は私の宝物です(唯の門外不出品かもしれません)。


 ・・・なんだか感傷的になってしまいました。
 しみじみついでに「Pumpkin的ちょっといい話」をしてしまいましょう。


 もう一種類のノートのことです。
 こちらは四人になってから、あじ、水原、和斎の三人で回していたものです。
 私は見せてももらえないばかりかどんなノートかも教えてもらえず、と言いますか私には秘密裡に ノートは回されていたのです。

 仲間はずれ以外のなにものでもないように見えますが。

 実は、三人が私にプレゼント(習慣からしておそらく誕生日プレゼントでしょう)するために リレー小説を書いてくれていたのです(詳しい成り行きは存じませんが、 そういうことだそうです)。

 ・・・いい話だ・・・(私にとってだけ)。


 しかし、です。
 この話を聞いたのは彼女達が書き始めて数年たってからです。
 しつこく催促した末に、私の手元に贈られたのはさらに数年後。
 しかも、です。
 この小説、未完なのです。

 いったい何歳の誕生日プレゼントにする予定だったのでしょう?
 私は幾つになったら続きをよめるのでしょうか?
 この悲しみを分かち合える仲間は、おそらく唯一の読者である私には、いないのです。

 しまった。
 いい話になっていませんね。
 Pumpkinってばこれだから、もう。

 もしや、続きのノートを還暦祝いにでも頂いたなら、そのときこそ、まごうかたなき良い話に 纏め上げたいと思っております。

 ・・・本音を言えば、そんなに待つのはいやです。
 早く下さい。
 (今の状態も話の種にはなるので悪くないんですけどね)

 では、今度こそ現在に追いついたところでおしまいにします。

 ながーい思い出話にお付き合いくださって有難うございました。


 ・・・あの小説ねー、一応完結はしているのよ。一応。
 ただ、和斎が『手直しして、きれいな状態で渡したい』って言ったものだから、残りは 全て彼女の手元にあるのです。
 ・・・というわけで、よろしく☆(笑)




歴史前編 『Pumpkin結成!』〜に戻る

 



TOPへ戻る

メニューページへ戻る