『幸せのカタチ』





『何のために生まれてきたのか』

その答えを教えてくれる者は 誰もいなかった


『何のために生きているのか』

それに答えを見出すことなど 無駄な努力だと信じて疑わなかった



そう・・・ 今までの 自分だったとしたならば ―――――





 地表に墜落した封神台は、今もその機能を失うことなく その場に座したままだった。

 夜明け前のわずかな空の白みに、その輪郭がくっきりと浮かび上がる。
 辺りの空も、山も、何一つ変わらないまま、 このまま時を刻みつづけていくのだろう。

「他人(ひと)から見たら、 単なる歴史の異端物に過ぎないんだろうけどね」

 それでも、彼はこの『異端物』が、大自然の風景に極自然に溶け込んで いるように思えてならなかった。

 ――――― いや、そう『思いたかった』のかもしれない。


「こんなところで、何をしている」

 背後からの突然の声に驚きもせず、太乙真人は視線を声の主に移す。

「君が探しに来てくれるとは思わなかったよ、ナタク」

 相変わらず不機嫌そうなその顔を、いつまで見守りつづけることが できるのであろうか。
 不意に、今まで考えても見なかった疑問が胸中をよぎった。

「怖気づいて逃げられでもしたらかなわないからな。・・・あの、新しい島は お前でなくては動かせないと聞いた」
「大丈夫だよ。私だって、崑崙十二仙の一人だ。・・・ここに眠る皆に 誓って、自分のできる限りの力を尽くすつもりだよ」

 もう一度封神台の方を見やって、彼はそう答えた。
 視線をそらしたのは、不意に浮かんだ胸中の不安を悟られないようにする ためだったのかもしれない。

「お前は、崑崙の仙人だから・・・という理由だけで、 戦いに赴くのか?」

「 ――――― え?」

 今までに、ナタクの方から『太乙真人』個人の心中を垣間見ようとしたことが あったであろうか。

「どういう・・・意味だい?」

 恐らく他意はなかったのであろう。続けて問い返されたことに、かえって ナタクの方が僅かにではあるが困惑の色を浮かべた。

「・・・戦いにおいてなら、私は、 足手まといになるかもしれないからね」

 しばらくの沈黙の後、結局太乙真人はナタクの答えを待たずして、 そう語りだした。

「確かに、私が十二仙という立場についていなかったとしたら、どうしたか なんてわからないな・・・」

「・・・・・・」

「・・・でも、もしもということはありえない。事実、私は崑崙十二仙の 生き残りで、唯一『崑崙山2』を操縦できる存在で・・・なにより、この 戦いの結末を見届けたいと、心から思っている一人だからね」

『君はどうなんだい ――――― 』

 その一言を、彼は思わず飲み込んでしまった。

 話の流れからすると極自然な問いであり、この場に居合わせて これらの会話を交わしていたのが、自分以外の他の者であったのなら、恐らくは そう問い返していたことだろう。

 だが ―――――


『ナタク・・・君の存在意義は闘うことにあるんだよ』

 かつて、自分自身が告げた言葉。

 その時は、それでいいと思っていた。

 運命の悪戯か、単なる肉の塊として母親の胎内で眠りつづけていた ナタク。

 本来なら、生まれいずることの無かった1つの命を、無理矢理この世に 存在させたのは、紛れも無く自分自身・・・

 幸いにして・・・と言うべきだろうか、三つの宝貝を身につけて この世に生を受けたナタクは、他の誰よりも強かった。

 そしてそれ故に・・・母のために、一度は幕を下ろしたはずの生涯。

 それがあまりにも不憫でならなくて、再び与えたのは、愛する母とは 血のつながり無き『身体』。


 ――――― 戦え そして 強くなれ ―――――


 生まれながらにして、自らの存在意義を定められた、 魂無き宝貝人間 ―――――

 ナタクは強い。
 まるで、戦いの申し子であるかのように、戦うことを自ら望み、 自ずとその身を戦火の中に投じていく。

 ナタクは強い。
 己の力をより高めたいと望み、 その望み通りに強くなっていく ―――――


 ――――― 戦え そして 強くなれ ―――――


 彼がそれを望むのならば、彼をこの世に生み出した自分自身の 望みも、また同じ。

 生まれながらにして、自らの存在意義を定められた、 悲しき宝貝人間 ―――――

 それが ――――― 彼にとっての全てなのだと 信じて疑わなかった。


 そう、あの時までは ―――――




 彼の前に現れたのは、自らと同じ宿命を負った宝貝人間。

 その名は、馬元。
 趙公明との船上の戦いの折に遭遇した、 呂岳の作り出した『最高傑作』とも言うべき宝貝人間。

 ――――― 哀れな宝貝人間。

 ――――― 悲しき宝貝人間。

 創造主のエゴ・・・ただそれだけのために、 自らの身を意識無き怪物と化す結果となってしまったものの、 己の魂だけは・・・決して汚すことも、失うことも無かった。


『――――― そうか、宝貝人間にも、魂は宿るのだな』


 最後にそう言ったナタクの瞳 ―――――




 自分は、呂岳と何も変わらない ―――――

 自らのエゴのためだけにナタクを作り出し、二度にもわたって無理矢理 身体を与え、本人の意思とは関係なく戦わせつづけ、都合の良い『存在意義』と やらを掲げる。


 この行為、呂岳と何が変わろうか ―――――


 それでも、もう引き返せない。

 この戦いはもう始まっていて、その戦いにはナタクの力が必要で、 その戦いでナタクは戦わなくてはならなくて ―――――




「・・・おい」

 思考が彷徨っていたのは、ほんの一瞬のことだった。

「その顔、お前らしくない・・・気味が悪いからやめろ」

「・・・え?」

「戦いが怖いのなら、いつものようにどこかに隠れていればいいだろう? 残念 だが、今の俺はお前に先に死なれると困る」

 これも他意の無い台詞だということはわかりきったことだ。
 ナタクにとって、『太乙真人』とは『自らの身体を修理し、より強力な 宝貝を与えてくれる存在』に他ならない。

 だが ―――――

「・・・今までの俺は、ただ戦いに『勝てば』それだけで良かった。俺が 死ねば、母上はまた悲しむかもしれないが、俺はもう、母上に何もして あげることができないから、 そうなった時はそれで仕方のないことだと思っていた」

 ナタクが、自らの考えを淡々と述べる姿を見るのは、これが初めてでは なかったが、その表情は、今まで見せていたものとは、僅かに異なる ように思われた。

「・・・だが、俺は約束 した。 ――――― 俺は『死なない』・・・と」

 誰と交わした約束だったのかの想像は大方ついていた。
 その約束の相手について、深く語ろうとしないところは、まさにナタクらしい 振る舞いで、特別驚くようなことでもなかったのだが ―――――


 ――――― これは、『人間』の瞳だ ―――――


 馬元との戦いの後に一瞬だけ見せた、あの瞳。


 ――――― ナタクは、『人間』だ ―――――


 誰がなんと言おうと・・・その身体は蓮でできていて、 それを動かしているのは宝貝であるかもしれないけれど、 人から見たら単なる『異端児』に過ぎない 存在なのかもしれないけれど ―――――


 ――――― ナタクは、『人間』なんだ ―――――


「約束しろ。お前も絶対に死ぬな。・・・死んだら、俺が殺す」

 僅かな沈黙・・・

「・・・言ってることが矛盾してるよ、ナタク」

 目を伏せ、僅かな笑みを浮かべて、太乙真人はそう答える。

「知るか、そんなもの」
「大丈夫。私は死なないよ。大事な君の頼みを 無碍になんてできないしね」

 封神台に背を向けて、彼は歩き出した。

「・・・さあ、もう日が昇る。皆のところに戻ろうか、ナタク」
「俺に指図するな。・・・言われなくても自分で戻る」

 いつもの不機嫌そうな声。

「わかってるよ、私は君にとって『親』でも『師匠』でもないんだろ? 君が そういう関係を望むのなら、私はそれに従うことにするよ。・・・でもね、 これだけはわかって欲しい」

 ナタクに背を向けたまま、太乙真人は立ち止まった。


「・・・それでも、私は・・・君のことが大好きなんだ」


 当然、返答は無い。

 ――――― いつものことだ。さらに機嫌を損ねて、攻撃されないだけ まだマシな方なのかもしれない。

 彼は、小さく溜息をつくと、 その場から立ち去ろうと足を進めかける。

「・・・俺は、お前が嫌いだ」

 ナタクの声である。

「だが、馬元と戦って奴の『感情』とやらを垣間見て、 そして天祥が家族を次々に失って悲しむ姿を見て・・・ そうしているうちに、ひとつだけ気が付いたことがある」

 なぜか、振り向くことはできなかった。


「 ――――― 少なくとも、『俺は、お前に愛されている』 ――――― 」


 ――――― えっ?

 驚きは声にはならなかった。
 目を見開いて、みっともないほど大袈裟なリアクションで 後ろを振り返る。

「・・・何を驚いている。いつも、自分で言っていることだろう?」

 声は上空に移っていた。
 今度は、音もなく宙に舞い上がったナタクの方が、 彼に背を向けている。

「少なくとも、お前の言葉が『嘘偽りのない事実だ』ということに 気が付いただけのことだ。・・・それ以上でも以下でもない」

 ただそれだけ言い残すと、ナタクは早々にその場から 飛び去っていってしまった。


 ――――― ナタク、君の『存在意義』は、これから自分で探していくと いいよ。・・・自分で戦うことを『存在意義』と定めるというのなら、 それもいい。


「でも、君との約束は、守れないかもしれないな」

 ようやく自らも足を進め始め、誰ともなくに呟いた。

「私より、君の方が先に死んでしまったら、今度は私の『存在意義』が なくなってしまうじゃないか」

 今まで、考えてもみなかった、『自分自身』の 『存在意義』・・・



『君』という『人間』を作り、この世に送り出す

そして、その成長とその生き様を命ある限り見守り続ける


なぜ今まで気付かなかったのだろう。

――――― こんな、単純明快な・・・ 『自らの存在意義』 ―――――



「やれやれ、自分の子供に教えられてしまうとは・・・偉そうなこと言ってる 割には、私もまだまだなのかもしれないな」



 ――――― 例えナタクが、それを拒んだとしても、きっと私はナタクを 先に死なせたくはない。


 絶対に、絶対にありえないことだと信じてはいるが、 万が一のその時・・・

 私の力では、ナタクの命を守ることなどできないのは、当然 わかりきってはいる。
 それでも、それでも最後の最期には、ナタクの前に飛び出して、 両手を大きく広げて、 その身を・・・例えほんの一瞬だけであっても守りたい。

 ――――― いや、きっと、そうしているだろう。



 ――――― 誰が何と言おうと、彼は、私の ―――――




 空が白みきるその前に、皆の元に戻らなくてはならない。

 もう一度、封神台に視線を移し、先に命を落とした同志達にゆっくりと 目礼する。


 ――――― 確かに、この世界と歴史の営みを守るために、私達は出陣する。 でも、各々の本当の目的はほんの少しずつ違っているはずだし、違っていても いいはずだよ。


 人間界の平和のために、仲間達の敵討ちのために、または自らの正義感や 使命感に法って・・・


 それでも ―――――




「これは、私の・・・たった一つのワガママなのかもしれないね」






― 終 ―






あとがき・・・


 お目汚し失礼をば致しました。
 本当は、自分のとこの同人誌に漫画として載せる予定だったお話を、 強引に小説用にしてみたりなんかして・・・(笑)

 太乙・ナタクの、あじ的な理想・・・ってカンジでしょうか。

 ギャグと違って、シリアス系の作品の場合、言いたいことは全て作品中に 出しきっちゃいたいと思ってますので(だから、異常に説明的文章が 長かったりするんですけどね・・・) 余計なコメントは差し控えたいと思います。

 御意見・御感想・苦情などは、メールまたはBBSまで☆





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