『手紙』





 お元気ですか?


 ――――― だなんて、野暮な書き出ししか思い浮かばない自分にほんの少しだけ苛立ちを 感じています。

 この未知の海の上のどこかに必ず存在しているはずのあなた達に、こうして手紙を書こうと 思い立ったのは、私自身が今、この海の上にいるからなのかもしれません。

 無事に届くはずはない・・・と、わかりきってはいるものの、それでも心の中のどこかで、 この手紙があなた達の元に届くことを信じている私がいます。
 あなた達が私達に与えてくれた奇跡に比べれば、例えどんなことであろうとも、それはずっと 現実的な希望に思えるような気がするのです。



 私は今、あなた達と初めて出会ったあの岬の灯台に向かっています。

 たった一人・・・いえ、『2人』っきりの船旅です。
 もちろん皆には止められましたが、最後は・・・快く見送ってくれました。

 あなた達の船とは比べ物にならないほどの小さな小船ですが、この不規則な海流や気候の海では、 かえってこの方が扱いやすいですから。
 不安がないといえば嘘になりますが、それは多分、目の前にあなた達がいないために 感じる小さな不安なのでしょう。

 不動の道標は、揺るがなく一点を指し続けています。

 私が今進む道程は、決してあなた達と共に進んできた道程をそのまま辿っているわけでは ないけれど、この大きな海の中孤独に漂う船の乗組員は、旅の軌跡とその思い出をもう1つの道標に、 自らを奮い立たせているのです。


 私の目指す先には、もしかすると何もないかもしれません。
 それでも私は、海を進むのです。

 これは・・・私の、我侭です。

 友達を迎えに行く・・・ただそれだけの、小さな小さな我侭であり、大きな望み。


 偽りの宴が終焉を迎えた後、無事生き延びた迷い人の行く先は・・・ 恐らくは見慣れた小さな光の門。

 それは、願わくばそうあって欲しいというかすかな希望に過ぎないけれど、その現実を 理解しつつも私は最後の冒険への衝動に駆られたのです。


 彼らとは、同じ志を持つ『仲間』にはなれなかったけれど、私にとっての『友達』であったことに 変わりはありません。


 あなた達が命がけでそうしてくれたように、私も船を出したのです。

 その友と共に再びこの道を引き返し、今度こそ、志を同じにする新たな『仲間』に 加わってくれることを祈って・・・


 あなた達と固く結んだこの左腕を離さずに、もう一方の右腕を多くの人々に 差し伸べたい・・・

 そう思ったから、そうしたかったから・・・私は、再び海に出たのです。



 お元気ですか?


 そんな書き出しから始めたくせに、大事なことを書き忘れていました。

 ――――― 私は、元気です。


 故郷は信じられないほどの活気に満ち溢れ、見知った顔の人々は相変わらず・・・
 ただ1つ、戻ってきた大空の守護神の翼の傷がまだ完全に癒えていないことだけが気がかりな 毎日といったところでしょうか・・・


 ――――― 私は、元気です。


 波の音と潮の香りが、私をほんの少しだけ感傷的な気分にさせただけ。
 この海のどこかにいるはずの、私のもう1つの居場所を懐かしんでしまっただけ・・・


 ――――― 私は・・・元気です。


 たとえ、どんなに海が美しくても。
 どんなに冒険の毎日が魅力的なものであっても・・・

 自分の選択を、後悔なんてしていないから ―――――


 いつの日か再び出会えることを信じて、その時には胸を張って、自分の足跡を 見てもらいたいから。


 この先、どんなことがあっても私達は『仲間』だから。

 例え私達の間に、どんなに深く暗い海があろうとも、私のこの左手は、常に あなた方と固く結んだままなのだと信じているから。



 私の他愛もない呟きが、いつか・・・あなた達の手に届くことを祈りつつ、 私は真っ白な封筒に封をします。


 奇跡を信じて ―――――



ありったけの感謝と友情の証をこめて 







― 終 ―






あとがき・・・


 『小説』コーナーにおいてはみたものの、小説ではありません。

 扉ページの紹介文などにも、あえて詳細は書かなかったこの作品ですが、あえて後書きにも 何も書かないことにいたします。

 あじの方では何も語りませんが、御意見・御感想・苦情等をBBSに書き込んでいただけることに 関しては大歓迎です。
 もちろんメールでもお待ちしています☆





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